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11 訃報①
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私は訃報の手紙をクウェンティンより手渡され『一人になりたい』と伝えると呆然としたまま部屋へと戻り、ベッドの上で我が身の不幸を嘆き泣いていた。
「ぐずっ……そんなの……っ……なんの意味もなかった……! 優秀な将軍で、素敵な人だとしても……! すぐに亡くなったら、もう……私のことを幸せになんてっ……してくれないのようっ! お父様の嘘つきー!!!!」
父に縁談があると伝えられた時を思い出して、私はふわふわの枕にかきついて涙を流してしまった。
多忙過ぎて、一度も会わないままで結婚式が行われる教会から直接戦地へ向かい、書類のみで結婚を済ませ、その一週間後に妻の私は夫の訃報を受け取った。
これでは……あまりにも、展開が早過ぎる。
まだ会ってもいない夫アーロンに先立たれてしまった私が、目が溶けるのではないかと心配するくらいに泣いてしまっても、きっと誰も驚かないだろう。
だって、これから私はどうなるの? 不安で不安で堪らないわよ。
「……奥様。戦場に出る軍人には、これは仕方のないことです。どうか……気持ちを強くお持ちください」
「っクウェンティン。待って……貴方、いつの間に私の部屋に入って来たの?」
ベッドでうずくまり泣いていた私は執事クエンティンの姿を見て、とても驚いた。
ベッド脇のすぐ傍に居たのは、夫アーロンが気に入って重用していたという執事クウェンティン・パロット。
キーブルグ侯爵邸に務める使用人たちも彼の指示を聞くようにと、当主アーロンより常々聞かされていたそうで、今は優秀な彼を中心にしてこの邸は回っていると言っても過言ではない。
私という部屋の主からの返事がないままに、クウェンティンは入室していたらしい。
すっきりとした清涼感のある整った顔立ちを持つ、ふわりとした銀髪と印象的な赤い目を持つ執事は、まだまだ年齢的に若い。
彼は社交界デビューが遅れた十七歳の私と、同じ年齢くらいのようだ。
「不躾な真似をしてしまい、本当に申し訳ありません。奥様。何度お呼びしても、お返事がなかったもので……もしかしたら奥様に何かあったのではないかと、心配が過ぎて部屋に入ってしまいました」
こうして、主人の許しも得ずに入室するなど、通常の状況ならばあり得ない事だろう。
けれど、こういう緊急事態で何かあったのかもしれないと思うことは仕方ないだろうと、クウェンティンは全く悪びれた様子なく、落ち着いた口調で言い訳をした。
キーブルク侯爵邸に嫁いだ私の部屋は、貴族夫婦のお決まりの配置で、旦那様の部屋から続き部屋が用意されていた。
どうやら、旦那様から並外れた信頼を勝ち取っている執事クウェンティンは、夫の部屋から続く扉の鍵を使い、私の部屋へと入って来たようだ。
夫の訃報を聞いた妻が部屋に篭もりきりで返事もしないというと、もしかしたら……という、心配をしても仕方ないかもしれない。
けれど、あまりにもショックが大き過ぎる私にとっては、それもこれもどうでも良いことだった。
「ぐずっ……クウェンティン!! これがっ……泣かないでっ……どうするっていうのっ! 夫が私と一度も会わないままで、亡くなってしまったのよっ!!」
夫アーロンが幼い頃に拾い教育しとても可愛がっているという執事クウェンティンは、少し変わっていて無表情で感情を見せることがない。
だから、アーロンが死んだと聞いても、いつも通りの様子だった。
……何と言って例えれば良いのか、まるで人形のように人間らしい気持ちを出すことが全くない。
今だって嘆き悲しむ私を見ても、表情を変えることはなかった。
「ああ……ですが、奥様。こうなってしまっては、旦那様とお会いしなくて、幸いだったかもしれないです。こうして、亡くなったものは仕方ありませんし、奥様の悲しみの深さとて会ってからよりも浅くなるでしょう」
主人を喪ったばかりだというのに、全く悲しむ様子のないクウェンティンは、これからの未来を悲観して、ベッドに潜り込んで泣いていた私に淡々と諭すように言った。
それは、確かに……クエンティンの言う通りに、亡き夫アーロンと一度も会わなかったのは、幸いだったかもしれない。
私がアーロンと既に会い、気持ちを通い合わせていた後で彼が亡くなった時、ここで泣き崩れているどころではなくなると思う。
今はただ……独りになってしまい、頼りなく悲しくて。けど、それだけだ。
親しく愛しい人を亡くしてしまったという、悲しみではなかった。
「ぐずっ……そんなの……っ……なんの意味もなかった……! 優秀な将軍で、素敵な人だとしても……! すぐに亡くなったら、もう……私のことを幸せになんてっ……してくれないのようっ! お父様の嘘つきー!!!!」
父に縁談があると伝えられた時を思い出して、私はふわふわの枕にかきついて涙を流してしまった。
多忙過ぎて、一度も会わないままで結婚式が行われる教会から直接戦地へ向かい、書類のみで結婚を済ませ、その一週間後に妻の私は夫の訃報を受け取った。
これでは……あまりにも、展開が早過ぎる。
まだ会ってもいない夫アーロンに先立たれてしまった私が、目が溶けるのではないかと心配するくらいに泣いてしまっても、きっと誰も驚かないだろう。
だって、これから私はどうなるの? 不安で不安で堪らないわよ。
「……奥様。戦場に出る軍人には、これは仕方のないことです。どうか……気持ちを強くお持ちください」
「っクウェンティン。待って……貴方、いつの間に私の部屋に入って来たの?」
ベッドでうずくまり泣いていた私は執事クエンティンの姿を見て、とても驚いた。
ベッド脇のすぐ傍に居たのは、夫アーロンが気に入って重用していたという執事クウェンティン・パロット。
キーブルグ侯爵邸に務める使用人たちも彼の指示を聞くようにと、当主アーロンより常々聞かされていたそうで、今は優秀な彼を中心にしてこの邸は回っていると言っても過言ではない。
私という部屋の主からの返事がないままに、クウェンティンは入室していたらしい。
すっきりとした清涼感のある整った顔立ちを持つ、ふわりとした銀髪と印象的な赤い目を持つ執事は、まだまだ年齢的に若い。
彼は社交界デビューが遅れた十七歳の私と、同じ年齢くらいのようだ。
「不躾な真似をしてしまい、本当に申し訳ありません。奥様。何度お呼びしても、お返事がなかったもので……もしかしたら奥様に何かあったのではないかと、心配が過ぎて部屋に入ってしまいました」
こうして、主人の許しも得ずに入室するなど、通常の状況ならばあり得ない事だろう。
けれど、こういう緊急事態で何かあったのかもしれないと思うことは仕方ないだろうと、クウェンティンは全く悪びれた様子なく、落ち着いた口調で言い訳をした。
キーブルク侯爵邸に嫁いだ私の部屋は、貴族夫婦のお決まりの配置で、旦那様の部屋から続き部屋が用意されていた。
どうやら、旦那様から並外れた信頼を勝ち取っている執事クウェンティンは、夫の部屋から続く扉の鍵を使い、私の部屋へと入って来たようだ。
夫の訃報を聞いた妻が部屋に篭もりきりで返事もしないというと、もしかしたら……という、心配をしても仕方ないかもしれない。
けれど、あまりにもショックが大き過ぎる私にとっては、それもこれもどうでも良いことだった。
「ぐずっ……クウェンティン!! これがっ……泣かないでっ……どうするっていうのっ! 夫が私と一度も会わないままで、亡くなってしまったのよっ!!」
夫アーロンが幼い頃に拾い教育しとても可愛がっているという執事クウェンティンは、少し変わっていて無表情で感情を見せることがない。
だから、アーロンが死んだと聞いても、いつも通りの様子だった。
……何と言って例えれば良いのか、まるで人形のように人間らしい気持ちを出すことが全くない。
今だって嘆き悲しむ私を見ても、表情を変えることはなかった。
「ああ……ですが、奥様。こうなってしまっては、旦那様とお会いしなくて、幸いだったかもしれないです。こうして、亡くなったものは仕方ありませんし、奥様の悲しみの深さとて会ってからよりも浅くなるでしょう」
主人を喪ったばかりだというのに、全く悲しむ様子のないクウェンティンは、これからの未来を悲観して、ベッドに潜り込んで泣いていた私に淡々と諭すように言った。
それは、確かに……クエンティンの言う通りに、亡き夫アーロンと一度も会わなかったのは、幸いだったかもしれない。
私がアーロンと既に会い、気持ちを通い合わせていた後で彼が亡くなった時、ここで泣き崩れているどころではなくなると思う。
今はただ……独りになってしまい、頼りなく悲しくて。けど、それだけだ。
親しく愛しい人を亡くしてしまったという、悲しみではなかった。
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