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07 寝耳に水の縁談①
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——私、ブランシュ・エタンセルがアーロン・キーブルグと結婚することになった経緯のはじまりは、約一年三ヶ月ほど前に遡る。
「……え……私宛に、縁談……ですか? ハンナ宛にではなく?」
エタンセル伯爵である父レナードに使用人の仕事を手伝い中に、いきなり呼び出され突然の縁談を聞かされて私は驚いていた。
「……そうだ。名高い将軍のキーブルク侯爵が、ブランシュを是非、自分の妻に迎えたいと希望されている……私もとても良い話だと思う……ブランシュには、カーラが亡くなってから、ここ数年は肩身の狭い思いをさせてしまったからな」
「はあ……」
決まり悪く頭をかいた父に、生返事をした私は、複雑な思いだった。
格上の侯爵家から、会ったこともない私へと名指しで、縁談が来たですって……?
こんなことを言ってしまうと切ない話だけど、私本人が一番に信じられない。けれど、条件を見れば、誰もが飛びつくほどにそれは良い縁談だと思う。
というか、お父様……前妻の娘の立場について、一応は傍観している自分が悪いことをしたという自覚はあったんだ。ひどい人だわ。
前妻であるカーラお母様が三年前に亡くなり、喪が明けてすぐにお父様が再婚した後妻グレイスは、当然のように前妻の娘である私を虐げた。
自身の連れ子義妹ハンナを偏重して可愛がり、身体は大柄な彼女より小さいからと、年上のはずの私は、いつもハンナのお下がりのドレスを着ていた。
今だって、そうだ。使用人の仕事を手伝い薄汚れてしまったドレスを着ている私を見て、この家の正統な血を受け継ぐ、れっきとした貴族令嬢だとは誰も思うまい。
貴族間としての大人の事情で、自分よりも身分の高い公爵家の出である義母には父は逆らえず、私が虐められていても、見ても見ない振り知らない振りだった。
……それなのに、今までのことを私には悪かったと思ってる……ですって?
血の繋がった娘の私が、どんなに虐められようが何をされようが、これまで我関せずで傍観して黙っていたと言うのに。
本来ならば、一年前に社交界デビューするはずだった私は、これまでに社交らしい社交をしたことがない。義母の目を考えれば、出来なかったのだ。
だから、何故ハンナではなく姉の私の元へと、そんなにも条件の良い縁談が回って来たのかと信じられない思いだった。
……私のことをとても嫌っている義母の連れ子、義妹ハンナではなくて、キーブルグ侯爵が望む縁談の相手は本当に私なの?
父は私に片手をあげて、何もかもわかっていると言わんばかりに頷いた。
「お前が言いたいことは、私とて理解している。ブランシュにはこれまでにエタンセル家のために、随分と苦労をさせてしまった。だから、私はお前はエタンセル伯爵家を出て、幸せになるべきだと思うんだよ」
「……はあ」
娘の私がどれだけ辛そうでも、何も言わなかった癖に……そんな情のない父に幸せになるべきなどと、とても白々しく聞こえる。
……もしかしたら、有り得ないほど良い縁談は、私のことを気に入らないお義母様の差し金なのかもしれない。
そう疑ってしまうほどに、私の神経はこれまでに擦り切れていた。
まだ社交界デビューすら済ませておらず、人脈もないので、若くして将軍位にあるというアーロン・キーブルク侯爵が、どんな男性なのかなんて知らない。
だから……もしかしたら、お相手はあまり評判の良くない男性なのかもしれない。こうして、警戒心を持って私が考えてしまう事情があった。
私の父親と義母は、お互いに再婚同士とは言え……伯爵家に高い地位にある公爵家の女性を迎えるなんて、通常ならばあり得ないと言って良い。
王家の血も受け継ぐ公爵家の義母にとっては、エタンセル伯爵である父は、あまりにも妥協した再婚相手になってしまった。
再婚によって我がエタンセル伯爵家は、義母の実家ローエングリン公爵家のご縁で、各種特権に与ることが出来るのも事実。
だからこそ、お父様はお母様の亡き後に一年間の喪明けと同時に申し込まれた格上の公爵家の次女だった義母との再婚話を、エタンセル伯爵家の利益を最優先して受けた。
お互いに連れ子のある再婚とはいえ、政略結婚だったのだ。
商売下手で貧乏な伯爵家には願ってもいない好条件の縁談で、断る理由なんて何もなかった。
だから、前妻の娘である私は、高貴な家の出で高慢な性格の義母から、その代償を、代わりに存分に払わされている。
ハンナは日々社交でお茶会にと飛び回っていて、姉の私だって貴族令嬢であるというのに、社交は最低限しか許されなかった。
本来ならば一昨年する予定だったのに、何かと理由を付けられて未だデビューしていない。
化粧品は贅沢だとすべて取り上げられ、使用人に混じり水仕事をして、冷たい水に耐えらない手には、あかぎれが目立っていて、薬を使うことだって許されなかった。
これでは、エタンセル伯爵家の娘などではなく、扱いは使用人だった。
だから、これまでとても不安だった……いつか義母の都合の良い家の、とんでもない男性と結婚させられてしまうのではと。
「……え……私宛に、縁談……ですか? ハンナ宛にではなく?」
エタンセル伯爵である父レナードに使用人の仕事を手伝い中に、いきなり呼び出され突然の縁談を聞かされて私は驚いていた。
「……そうだ。名高い将軍のキーブルク侯爵が、ブランシュを是非、自分の妻に迎えたいと希望されている……私もとても良い話だと思う……ブランシュには、カーラが亡くなってから、ここ数年は肩身の狭い思いをさせてしまったからな」
「はあ……」
決まり悪く頭をかいた父に、生返事をした私は、複雑な思いだった。
格上の侯爵家から、会ったこともない私へと名指しで、縁談が来たですって……?
こんなことを言ってしまうと切ない話だけど、私本人が一番に信じられない。けれど、条件を見れば、誰もが飛びつくほどにそれは良い縁談だと思う。
というか、お父様……前妻の娘の立場について、一応は傍観している自分が悪いことをしたという自覚はあったんだ。ひどい人だわ。
前妻であるカーラお母様が三年前に亡くなり、喪が明けてすぐにお父様が再婚した後妻グレイスは、当然のように前妻の娘である私を虐げた。
自身の連れ子義妹ハンナを偏重して可愛がり、身体は大柄な彼女より小さいからと、年上のはずの私は、いつもハンナのお下がりのドレスを着ていた。
今だって、そうだ。使用人の仕事を手伝い薄汚れてしまったドレスを着ている私を見て、この家の正統な血を受け継ぐ、れっきとした貴族令嬢だとは誰も思うまい。
貴族間としての大人の事情で、自分よりも身分の高い公爵家の出である義母には父は逆らえず、私が虐められていても、見ても見ない振り知らない振りだった。
……それなのに、今までのことを私には悪かったと思ってる……ですって?
血の繋がった娘の私が、どんなに虐められようが何をされようが、これまで我関せずで傍観して黙っていたと言うのに。
本来ならば、一年前に社交界デビューするはずだった私は、これまでに社交らしい社交をしたことがない。義母の目を考えれば、出来なかったのだ。
だから、何故ハンナではなく姉の私の元へと、そんなにも条件の良い縁談が回って来たのかと信じられない思いだった。
……私のことをとても嫌っている義母の連れ子、義妹ハンナではなくて、キーブルグ侯爵が望む縁談の相手は本当に私なの?
父は私に片手をあげて、何もかもわかっていると言わんばかりに頷いた。
「お前が言いたいことは、私とて理解している。ブランシュにはこれまでにエタンセル家のために、随分と苦労をさせてしまった。だから、私はお前はエタンセル伯爵家を出て、幸せになるべきだと思うんだよ」
「……はあ」
娘の私がどれだけ辛そうでも、何も言わなかった癖に……そんな情のない父に幸せになるべきなどと、とても白々しく聞こえる。
……もしかしたら、有り得ないほど良い縁談は、私のことを気に入らないお義母様の差し金なのかもしれない。
そう疑ってしまうほどに、私の神経はこれまでに擦り切れていた。
まだ社交界デビューすら済ませておらず、人脈もないので、若くして将軍位にあるというアーロン・キーブルク侯爵が、どんな男性なのかなんて知らない。
だから……もしかしたら、お相手はあまり評判の良くない男性なのかもしれない。こうして、警戒心を持って私が考えてしまう事情があった。
私の父親と義母は、お互いに再婚同士とは言え……伯爵家に高い地位にある公爵家の女性を迎えるなんて、通常ならばあり得ないと言って良い。
王家の血も受け継ぐ公爵家の義母にとっては、エタンセル伯爵である父は、あまりにも妥協した再婚相手になってしまった。
再婚によって我がエタンセル伯爵家は、義母の実家ローエングリン公爵家のご縁で、各種特権に与ることが出来るのも事実。
だからこそ、お父様はお母様の亡き後に一年間の喪明けと同時に申し込まれた格上の公爵家の次女だった義母との再婚話を、エタンセル伯爵家の利益を最優先して受けた。
お互いに連れ子のある再婚とはいえ、政略結婚だったのだ。
商売下手で貧乏な伯爵家には願ってもいない好条件の縁談で、断る理由なんて何もなかった。
だから、前妻の娘である私は、高貴な家の出で高慢な性格の義母から、その代償を、代わりに存分に払わされている。
ハンナは日々社交でお茶会にと飛び回っていて、姉の私だって貴族令嬢であるというのに、社交は最低限しか許されなかった。
本来ならば一昨年する予定だったのに、何かと理由を付けられて未だデビューしていない。
化粧品は贅沢だとすべて取り上げられ、使用人に混じり水仕事をして、冷たい水に耐えらない手には、あかぎれが目立っていて、薬を使うことだって許されなかった。
これでは、エタンセル伯爵家の娘などではなく、扱いは使用人だった。
だから、これまでとても不安だった……いつか義母の都合の良い家の、とんでもない男性と結婚させられてしまうのではと。
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