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06 誤解

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「……僕は君に、謝らなければならない事がある」

 ライアンは両手で顔を覆ってから、私のことを見た。緑色の美しい目だ。彼に見つめられて、ドキンと胸が跳ねた。

 何……? 何なの。急に。こんな……どういうこと?

「ニコル。僕はモートン家に君の縁談を申し込んだその日、ニコルが広場で男性と抱き合っている姿を目撃してしまった」

「……何ですって? どういうこと?」

 私はライアンと結婚するまでに男性と付き合ったことなどないし、不貞があるように言われてしまっては、ちゃんと否定せねばと思ったのだ。

 私の気色ばんだ空気を感じ取ったのか、ライアンは慌てて両手を出した。

「いや、すまない。少し待ってくれ。違うんだ。それが、先ほどのハリー殿だったんだ」

「……私には兄が居たことは、貴方だって、知っていたでしょう?」

 愛のない結婚とは言え、相手側の家族構成くらいは、頭に入っているはずなのではないかしら。

「けれど、三年間の留学に行っていると聞いていた。遠方の異国だし、まさか僕が見かけた時に、偶然帰って来ているとは思わなかったんだ」

 確かにあの時、兄は強行軍でとんぼ返りの数時間だけの帰国だった。実家に寄っている時間もなかったのだ。

「あの……ごめんなさい。ライアン。はっきりと聞くわ。何が言いたいの? 兄と私が抱き合っているところを見たとは聞いたけれど、それが何で私に謝らなければならないか、わからないわ」

「わからないか……君は、少々鈍感なところがある。そういうところも、可愛いと僕は思っていた」

 ライアンは急に真面目な表情になったので、私はとても狼狽えてしまった。

 私たちは夫婦になって二年近く一緒に住んでいるというのに、何をと言われてしまいそうだけれど、彼からこんな風に『可愛い』と言われたことなんて一度もなかったからだ。

「なっ……何なの。私、本当にわからないんだけど……ちゃんと言って。ライアン」

「僕は君なら是非にと思って、あの時に、結婚を申し込みに行ったんだ。ニコル。けれど、その帰り、君が男性と抱き合っている姿を見てしまった。そして、僕は君と恋人を引き裂くようなことをしてしまったのではないかと、その時に絶望してしまったんだ」

「……ああ。それがあの兄であったということでしょう。貴方は何も……」

「そうだ。だが、公爵家からの縁談をモーリス男爵が断るはずもない。君だって何も言い出せないはずだ。だから、君を彼に返さねばならないと思っていた。二年の間だけは、僕の傍に居てもらおうと……」

 私のことをじっと見つめる彼は、今までの夫ライアンではない。別人になったようだ。今までの彼は一定の距離を空けた、善き隣人だったもの。
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