151 / 151
第二部
005 待合室
しおりを挟む
くゆる煙になり天に昇っていく。いつかは、私もそうなるだろう。
空は曇っていてこの場に居る誰もかもの哀しみを現すかのように、灰色の雲から涙をこぼそうとしているようだ。不意に立ち止まり視線を上げたまま突っ立っていた私の手を大きな手が導くように取った。
「透子さん……行きましょう」
凛太さんの言葉に頷き、振り返りながら私を待っていた夫達の元へと急ぐ。
黒い喪服を着ている皆は、いつもとは違うそんな雰囲気を醸し出していた。
二日前の通夜から、本当にあっという間だった。私たちの家長である理人さんは、かなり神経をすり減らしているようで、ここ二日ほどは私を近づけさせなかった。
……やはり、亨さんのことを気にしているのかもしれない。
権力を持ち守っていてくれていた人狼を喪った深青の里は、他の里とは今揉められないらしい。だから、理人さんだって色々と言いたいこともあるけれど、何も言えないのだ。
私が亨さんにぶつからなければ避けられたことだから、どうしても切ない。
沈痛な表情を浮かべている親族に礼をしてから、待合室に進み、故人が骨になってしまう時間を待つ。周りには私たちと同じように、一人の女性を守るように何人かの男性が囲んでいた。
この世界は一妻多夫が原則で、そういうものだとはわかってはいるんだけど、こうやって多人数で集まる機会はそう多くなかった。
深青の里という群れの所属する私たちは、その里の規律(ルール)に基づいて動くことにはなるんだけど、女性である私が外に出なければいけない機会は過保護な夫達が極力排除しているからだ。
「……透子、お茶要る?」
「うん。ありがとう」
そう笑顔で言ってくれた春くんに頷くと、彼は用意されていたポットからお湯を入れて甲斐甲斐しく緑茶と茶菓子を前に置いてくれた。
「ここから、長く待つことになる。理人は身内扱い。俺らも同様になるからね」
身体がすべて焼かれるまで、何時間か。私もいずれそうなるとは思うけど、不思議なほど恐れはしなかった。
私は今、いくつかの不安要素を内包しつつも、幸せだからなのかもしれない。
年長組の理人さんと雄吾さんと子竜さんの三人は、小声で何かを話し合っているようだ。彼らがそうしているということは、きっと私に聞かせたくない内容なんだろう。
きっと……亨さんのことだ。赤風の里長であり、故人とも親しかった彼は、葬式にも出ていたし、ここにもやって来るはず。
おそらくだけど、リーダーの理人さんから、妻を守るように言われているだろう凛太さんと春くんの二人の間に座る私はなんとなく、周りを見渡した。
「本当にたくさんの人が居るね」
私がぽつりと言うと、両側の二人は顔を見合わせた。言葉を選ぶようにして、凛太さんが答える。
「そうですね……人望のある方でしたから」
そう、すごく人望があり、この里でも一番発言力を持つ年老いた人狼が亡くなった。強い雄の死。それは、群れの中での勢力図が塗り替わることを表している。
だから、私の夫達、特に俳優の凛太さんや親の会社をそのまま継ぐ春くん以外の三人は、今後どう動くか、もしいくつかの派閥が出来るのなら誰につくべきか、これから大嵐のように深青の里は荒れることになるだろう。
「透子……何か、心配しているの? 大丈夫だよ。俺たちなら上手くやる。透子は何も心配しなくて良い」
そう机に置いていた私の手の上に自分の手を重ねると、春くんは自分にも言い聞かせるようにそう、言った。
向き合った優しい栗色の目を見て、なんだか泣きそうになる。こんなに大事にされているのに、私は。
……拒否すれば、夫に処罰を与えるだなんて、こんな風に脅されることになったのも私のせいだった。
人の嫁を欲しがる人狼は、たくさん居る……異世界から来たなら、その血を引く子どもは特殊能力を持つことになるし、出来にくいけれど子どもをたくさん生めることも大きいらしい。
もしかしたら、亨さんにそう言えば良いかも知れない。だって、あの人には私がそういうメリットのある人の子だと思ってちょっかいをかけて来ている訳だから、これを言ってしまえば何も言わなくなるかもしれない。
……ざわりと周囲が驚いて、そして、水を打ったかのように静まり返り、緊張感に包まれた。
そして、亨さんが現れた。今回は彼は単独で行動せず、自分の配下なのか、何人かが周囲に居た。
彼の立場を思えば、来るとわかっていたし、そうしたならば、私のところに来るだろうと思っていた。
私の夫達全員が身を強張らせるのを感じ、そして、隠しきれない敵意をその人へと放つ。
亨さんは真っ直ぐに私のところへとやって来て、あくまで余裕のある仕草で手を差し出した。
私は、その手を取るしかない。それはわかっていた。だから、その手に向けて自分の手を重ねる。すぐ近くに居る夫達の視線が集まる。それは強く心を抉るほどに切ない光をも秘めていた。
でも、ここではそうするしかない。私の夫達を守るために、私は、そうするしかないってわかっているから。
空は曇っていてこの場に居る誰もかもの哀しみを現すかのように、灰色の雲から涙をこぼそうとしているようだ。不意に立ち止まり視線を上げたまま突っ立っていた私の手を大きな手が導くように取った。
「透子さん……行きましょう」
凛太さんの言葉に頷き、振り返りながら私を待っていた夫達の元へと急ぐ。
黒い喪服を着ている皆は、いつもとは違うそんな雰囲気を醸し出していた。
二日前の通夜から、本当にあっという間だった。私たちの家長である理人さんは、かなり神経をすり減らしているようで、ここ二日ほどは私を近づけさせなかった。
……やはり、亨さんのことを気にしているのかもしれない。
権力を持ち守っていてくれていた人狼を喪った深青の里は、他の里とは今揉められないらしい。だから、理人さんだって色々と言いたいこともあるけれど、何も言えないのだ。
私が亨さんにぶつからなければ避けられたことだから、どうしても切ない。
沈痛な表情を浮かべている親族に礼をしてから、待合室に進み、故人が骨になってしまう時間を待つ。周りには私たちと同じように、一人の女性を守るように何人かの男性が囲んでいた。
この世界は一妻多夫が原則で、そういうものだとはわかってはいるんだけど、こうやって多人数で集まる機会はそう多くなかった。
深青の里という群れの所属する私たちは、その里の規律(ルール)に基づいて動くことにはなるんだけど、女性である私が外に出なければいけない機会は過保護な夫達が極力排除しているからだ。
「……透子、お茶要る?」
「うん。ありがとう」
そう笑顔で言ってくれた春くんに頷くと、彼は用意されていたポットからお湯を入れて甲斐甲斐しく緑茶と茶菓子を前に置いてくれた。
「ここから、長く待つことになる。理人は身内扱い。俺らも同様になるからね」
身体がすべて焼かれるまで、何時間か。私もいずれそうなるとは思うけど、不思議なほど恐れはしなかった。
私は今、いくつかの不安要素を内包しつつも、幸せだからなのかもしれない。
年長組の理人さんと雄吾さんと子竜さんの三人は、小声で何かを話し合っているようだ。彼らがそうしているということは、きっと私に聞かせたくない内容なんだろう。
きっと……亨さんのことだ。赤風の里長であり、故人とも親しかった彼は、葬式にも出ていたし、ここにもやって来るはず。
おそらくだけど、リーダーの理人さんから、妻を守るように言われているだろう凛太さんと春くんの二人の間に座る私はなんとなく、周りを見渡した。
「本当にたくさんの人が居るね」
私がぽつりと言うと、両側の二人は顔を見合わせた。言葉を選ぶようにして、凛太さんが答える。
「そうですね……人望のある方でしたから」
そう、すごく人望があり、この里でも一番発言力を持つ年老いた人狼が亡くなった。強い雄の死。それは、群れの中での勢力図が塗り替わることを表している。
だから、私の夫達、特に俳優の凛太さんや親の会社をそのまま継ぐ春くん以外の三人は、今後どう動くか、もしいくつかの派閥が出来るのなら誰につくべきか、これから大嵐のように深青の里は荒れることになるだろう。
「透子……何か、心配しているの? 大丈夫だよ。俺たちなら上手くやる。透子は何も心配しなくて良い」
そう机に置いていた私の手の上に自分の手を重ねると、春くんは自分にも言い聞かせるようにそう、言った。
向き合った優しい栗色の目を見て、なんだか泣きそうになる。こんなに大事にされているのに、私は。
……拒否すれば、夫に処罰を与えるだなんて、こんな風に脅されることになったのも私のせいだった。
人の嫁を欲しがる人狼は、たくさん居る……異世界から来たなら、その血を引く子どもは特殊能力を持つことになるし、出来にくいけれど子どもをたくさん生めることも大きいらしい。
もしかしたら、亨さんにそう言えば良いかも知れない。だって、あの人には私がそういうメリットのある人の子だと思ってちょっかいをかけて来ている訳だから、これを言ってしまえば何も言わなくなるかもしれない。
……ざわりと周囲が驚いて、そして、水を打ったかのように静まり返り、緊張感に包まれた。
そして、亨さんが現れた。今回は彼は単独で行動せず、自分の配下なのか、何人かが周囲に居た。
彼の立場を思えば、来るとわかっていたし、そうしたならば、私のところに来るだろうと思っていた。
私の夫達全員が身を強張らせるのを感じ、そして、隠しきれない敵意をその人へと放つ。
亨さんは真っ直ぐに私のところへとやって来て、あくまで余裕のある仕草で手を差し出した。
私は、その手を取るしかない。それはわかっていた。だから、その手に向けて自分の手を重ねる。すぐ近くに居る夫達の視線が集まる。それは強く心を抉るほどに切ない光をも秘めていた。
でも、ここではそうするしかない。私の夫達を守るために、私は、そうするしかないってわかっているから。
109
お気に入りに追加
1,891
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(51件)
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お待ちしてました!年内に読めて嬉しいです( ;∀;)
ありがとうございます╰(*´︶`*)╯♡
感想ありがとうございます♡
遅くなってすみません😭ちまちま更新していきます!
待ってましたー!!!!大好きな作品なので、ずっとずっとずーーーっと待ってました!!嬉しすぎてどうしよう!!
感想ありがとうございます♡
ぼちぼち更新してまいりますね(*´ ˘ `*)♡エヘヘ
そう言って貰えて本当に嬉しいです!
とても楽しく一気に読んでしまいました!
キャラクターも個性豊かで、続編もとても気になります!
楽しみにしています!
感想ありがとうございます♡
めっちゃ久しぶりに感想頂いて。。!!( •̀ω•́ )✧
驚きました。ありがとうございます!
続きは早く書きたいとは思っています。