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第二部

002 出発

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「良し。それでは、すべて、準備が調ったな? 出発しようか」

 無表情が変わらない理人さんの一声で、私たちは二台の車に分乗した。私は雄吾さんの運転する車に、凜太さんと一緒に後部座席に乗った。

 ついさっき私と喪服を買いに行った春くんと凜太さんは、とても仲が悪いので、それもあっての配慮だったのだろうと思う。

 そうするようにと言った理人さんは二人が仲が悪いことを解決すべき問題とせずに、淡々と不要な喧嘩を招かぬような指示を与えるだけだ。

 春くんと凜太さんの仲が悪い原因は、とても根が深い。

 私も少し聞いたことはあるけれど、この事について、双方ともに言い分があるので『無理にでも仲良くしろ』と命令するには難しいと思う。けれど、そんな二人と結婚すると決めたのは私だ。

 だから、リーダーとなる理人さんはそういう関係性の二人だと認識した上で、問題の起こらぬように差配するだけ。そういう部分でも、冷静過ぎる人だから、里長候補として育って来たのかもしれない。

「そうか……通夜が今夜なら、明日が葬式なのか?」

「いや、明日は友引だから一日置くそうです。明後日に葬式があると聞いてます。午後からなので、僕も行けます」

 今回の件について、あまり情報収集する必要がなかった雄吾さんがこれからの予定について聞くと、誰かから聞いていたらしい凜太さんは、仕事柄ロケなどもあって不在がちだけど自分も行けるだろうと言った。

 二人とも、神妙な表情だ。とにかく、長老が亡くなって大変なことになってしまったという異常な空気だけは私も物凄く感じている。

 亡くなった長老がどういう人でどういう役割をしていた人なのか、私はちゃんと理解は出来ていないけれど、夫たちがこうなってしまうだけの大きな権力を持った偉大な人狼だったのだろうと思う。

 理人さんと子竜さんの二人が、特にひりひりした緊張感を持っているようだった。

 二人の持つ立場を思えば仕方のないことなのかもしれないけれど、家族の中でリーダー的存在の理人さんと影から支えてくれる子竜さんがあんな風になってしまうと、何もわからない私も動揺してしまうというものだった。

 けれど、二人ともそれをわかりつつも、今目の前にある事を処理しているという雰囲気。私も今は通夜に出てお葬式に出て……必要なすべてをこなさなければ。

「そうか……面倒なことにならなければ良いが」

 ため息をついた雄吾さんも、憂鬱そうだった。彼はあまり関係ないと見ていたけれど、深青の里に属するならそれからは逃れられないのかもしれない。

「そうですね。僕もそう願います。なんだか、空の雲行きも怪しいですし」

 私も凜太さんの言葉を聞いて、さっきまで晴れていた空に目をやった。遠い空から流れてくる厚くて、黒い雲が見える。

「なんだか……雨が降りそうですね」

「あまり降らないと良いですが」

「そうだな。理人は身内扱いになるから、全部に出ることになる。明後日は葬式に火葬場まで、それに精進落としまでか。遠方から人も来るから、長老と言えど悠長に初七日をしている場合でもない……それにしても、まさか亡くなるとはな」

「はい。この前の透子さんのお披露目でお会いした時も、お元気そうでしたから……残念です。良い人を亡くしました」

 私はその時になって初めて、自分も会っていた人なのかと気がついた。

「……あの、今回亡くなった長老って、お披露目に居たんですか? 私も会ってます?」

 その時、ちょうど赤信号で停まっていたので雄吾さんも私を見て驚いた表情をしていたし、隣の凜太さんも驚いた顔をしていた。二人の頭にある獣耳も、驚きを表すようにしてピンと真っ直ぐに立ってしまっていた。

「ごっ……ごめんなさい! 私、あの時たくさんの人狼にお会いしたので……どなたなのか、本当にわからないんです……」

 私に夫たちと同じような獣耳があれば、しゅんとしおれて倒れているはずだ。

 あの時、里長候補の理人さんと旧い財閥の御曹司である春くんがお披露目するとなり、そういう関係でたくさん集まっていた。

 元々の記憶力が悪いというのもそうだけど、本当にたくさん居たから、名前も顔も今一致するかと言われれば難しいと思う。

「ああ。違う……そうか。透子はわからないんだな……俺たちは、匂いでわかるんだ。特別な存在であるか、そうではないか。能力を持っているか。持っていないか。今回亡くなった長老はそういう意味で、特に特別だったから、会えばわかるはずなんだが」

「あ……二人とも、持っている能力みたいに?」

 この人狼の世界では珍しいとされる能力を、私の夫は全員持っている。

 それは何故かというと、異世界からやって来た私のような祖先が居て、彼らの遺伝で能力を持つ人狼が隔世遺伝でも生まれて来たりするらしい。

 だから、異世界から来た妻と結婚することになる人狼も、そういう人になってしまうらしい。そういう特殊能力を持てば、権力を得やすいからだろうと思う。

「そうです。たとえば、雄吾さんや僕は『不死者』と呼ばれる珍しい能力を持っていますが、今回亡くなった長老も、特に強い特殊能力を持っていました」

「……そうなんですね」

 私は驚きつつも、こくこくと頷いた。強い能力……そういえば、理人さんの持つ『鏡』だって、かなり特殊な能力だと思う。

 相手の姿と能力を写し取り、それを使うことが出来る。それに、今はストックすることだって出来るらしいのだ。

「亡くなった長老が持っていた能力は『審判』。これは、自分の前では約したことを必ず守らせるという能力で、契約時には彼が居れば双方ともに必ず履行せねばならず、長老には絶対に逆らえなかったんです。だから、今回の死の原因は他殺ではないと思います」

「……どうして?」

 凜太さんがそう言い切ってしまったことが、私には不思議だった。約束を守らせることが出来るならば、そこまで強力な能力に思えない。

「彼が『殺すな』と命じただけで、その人狼は従わざるをえない。まるで、神のような能力ですが、実際にそれを使うことが出来たんです。そんな彼が居なくなれば、勢力図はまた新しく塗り変わる。深青の里は彼に守られていた……だから、これからどうするのかどうすべきなのか、まだ誰にもわかりません」

「そんなに強い人狼が深青の里を、守ってくれていたのね……」

 ……知らなかった。だから、私も驚くしかなかった。

 そして、ようやく夫たちの今の動揺の理由を知ることが出来た。

 守られていた。けれど、こうして、そんな彼が居なくなったならば……今は、守られていない。
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