148 / 151
第二部
002 出発
しおりを挟む
「良し。それでは、すべて、準備が調ったな? 出発しようか」
無表情が変わらない理人さんの一声で、私たちは二台の車に分乗した。私は雄吾さんの運転する車に、凜太さんと一緒に後部座席に乗った。
ついさっき私と喪服を買いに行った春くんと凜太さんは、とても仲が悪いので、それもあっての配慮だったのだろうと思う。
そうするようにと言った理人さんは二人が仲が悪いことを解決すべき問題とせずに、淡々と不要な喧嘩を招かぬような指示を与えるだけだ。
春くんと凜太さんの仲が悪い原因は、とても根が深い。
私も少し聞いたことはあるけれど、この事について、双方ともに言い分があるので『無理にでも仲良くしろ』と命令するには難しいと思う。けれど、そんな二人と結婚すると決めたのは私だ。
だから、リーダーとなる理人さんはそういう関係性の二人だと認識した上で、問題の起こらぬように差配するだけ。そういう部分でも、冷静過ぎる人だから、里長候補として育って来たのかもしれない。
「そうか……通夜が今夜なら、明日が葬式なのか?」
「いや、明日は友引だから一日置くそうです。明後日に葬式があると聞いてます。午後からなので、僕も行けます」
今回の件について、あまり情報収集する必要がなかった雄吾さんがこれからの予定について聞くと、誰かから聞いていたらしい凜太さんは、仕事柄ロケなどもあって不在がちだけど自分も行けるだろうと言った。
二人とも、神妙な表情だ。とにかく、長老が亡くなって大変なことになってしまったという異常な空気だけは私も物凄く感じている。
亡くなった長老がどういう人でどういう役割をしていた人なのか、私はちゃんと理解は出来ていないけれど、夫たちがこうなってしまうだけの大きな権力を持った偉大な人狼だったのだろうと思う。
理人さんと子竜さんの二人が、特にひりひりした緊張感を持っているようだった。
二人の持つ立場を思えば仕方のないことなのかもしれないけれど、家族の中でリーダー的存在の理人さんと影から支えてくれる子竜さんがあんな風になってしまうと、何もわからない私も動揺してしまうというものだった。
けれど、二人ともそれをわかりつつも、今目の前にある事を処理しているという雰囲気。私も今は通夜に出てお葬式に出て……必要なすべてをこなさなければ。
「そうか……面倒なことにならなければ良いが」
ため息をついた雄吾さんも、憂鬱そうだった。彼はあまり関係ないと見ていたけれど、深青の里に属するならそれからは逃れられないのかもしれない。
「そうですね。僕もそう願います。なんだか、空の雲行きも怪しいですし」
私も凜太さんの言葉を聞いて、さっきまで晴れていた空に目をやった。遠い空から流れてくる厚くて、黒い雲が見える。
「なんだか……雨が降りそうですね」
「あまり降らないと良いですが」
「そうだな。理人は身内扱いになるから、全部に出ることになる。明後日は葬式に火葬場まで、それに精進落としまでか。遠方から人も来るから、長老と言えど悠長に初七日をしている場合でもない……それにしても、まさか亡くなるとはな」
「はい。この前の透子さんのお披露目でお会いした時も、お元気そうでしたから……残念です。良い人を亡くしました」
私はその時になって初めて、自分も会っていた人なのかと気がついた。
「……あの、今回亡くなった長老って、お披露目に居たんですか? 私も会ってます?」
その時、ちょうど赤信号で停まっていたので雄吾さんも私を見て驚いた表情をしていたし、隣の凜太さんも驚いた顔をしていた。二人の頭にある獣耳も、驚きを表すようにしてピンと真っ直ぐに立ってしまっていた。
「ごっ……ごめんなさい! 私、あの時たくさんの人狼にお会いしたので……どなたなのか、本当にわからないんです……」
私に夫たちと同じような獣耳があれば、しゅんとしおれて倒れているはずだ。
あの時、里長候補の理人さんと旧い財閥の御曹司である春くんがお披露目するとなり、そういう関係でたくさん集まっていた。
元々の記憶力が悪いというのもそうだけど、本当にたくさん居たから、名前も顔も今一致するかと言われれば難しいと思う。
「ああ。違う……そうか。透子はわからないんだな……俺たちは、匂いでわかるんだ。特別な存在であるか、そうではないか。能力を持っているか。持っていないか。今回亡くなった長老はそういう意味で、特に特別だったから、会えばわかるはずなんだが」
「あ……二人とも、持っている能力みたいに?」
この人狼の世界では珍しいとされる能力を、私の夫は全員持っている。
それは何故かというと、異世界からやって来た私のような祖先が居て、彼らの遺伝で能力を持つ人狼が隔世遺伝でも生まれて来たりするらしい。
だから、異世界から来た妻と結婚することになる人狼も、そういう人になってしまうらしい。そういう特殊能力を持てば、権力を得やすいからだろうと思う。
「そうです。たとえば、雄吾さんや僕は『不死者』と呼ばれる珍しい能力を持っていますが、今回亡くなった長老も、特に強い特殊能力を持っていました」
「……そうなんですね」
私は驚きつつも、こくこくと頷いた。強い能力……そういえば、理人さんの持つ『鏡』だって、かなり特殊な能力だと思う。
相手の姿と能力を写し取り、それを使うことが出来る。それに、今はストックすることだって出来るらしいのだ。
「亡くなった長老が持っていた能力は『審判』。これは、自分の前では約したことを必ず守らせるという能力で、契約時には彼が居れば双方ともに必ず履行せねばならず、長老には絶対に逆らえなかったんです。だから、今回の死の原因は他殺ではないと思います」
「……どうして?」
凜太さんがそう言い切ってしまったことが、私には不思議だった。約束を守らせることが出来るならば、そこまで強力な能力に思えない。
「彼が『殺すな』と命じただけで、その人狼は従わざるをえない。まるで、神のような能力ですが、実際にそれを使うことが出来たんです。そんな彼が居なくなれば、勢力図はまた新しく塗り変わる。深青の里は彼に守られていた……だから、これからどうするのかどうすべきなのか、まだ誰にもわかりません」
「そんなに強い人狼が深青の里を、守ってくれていたのね……」
……知らなかった。だから、私も驚くしかなかった。
そして、ようやく夫たちの今の動揺の理由を知ることが出来た。
守られていた。けれど、こうして、そんな彼が居なくなったならば……今は、守られていない。
無表情が変わらない理人さんの一声で、私たちは二台の車に分乗した。私は雄吾さんの運転する車に、凜太さんと一緒に後部座席に乗った。
ついさっき私と喪服を買いに行った春くんと凜太さんは、とても仲が悪いので、それもあっての配慮だったのだろうと思う。
そうするようにと言った理人さんは二人が仲が悪いことを解決すべき問題とせずに、淡々と不要な喧嘩を招かぬような指示を与えるだけだ。
春くんと凜太さんの仲が悪い原因は、とても根が深い。
私も少し聞いたことはあるけれど、この事について、双方ともに言い分があるので『無理にでも仲良くしろ』と命令するには難しいと思う。けれど、そんな二人と結婚すると決めたのは私だ。
だから、リーダーとなる理人さんはそういう関係性の二人だと認識した上で、問題の起こらぬように差配するだけ。そういう部分でも、冷静過ぎる人だから、里長候補として育って来たのかもしれない。
「そうか……通夜が今夜なら、明日が葬式なのか?」
「いや、明日は友引だから一日置くそうです。明後日に葬式があると聞いてます。午後からなので、僕も行けます」
今回の件について、あまり情報収集する必要がなかった雄吾さんがこれからの予定について聞くと、誰かから聞いていたらしい凜太さんは、仕事柄ロケなどもあって不在がちだけど自分も行けるだろうと言った。
二人とも、神妙な表情だ。とにかく、長老が亡くなって大変なことになってしまったという異常な空気だけは私も物凄く感じている。
亡くなった長老がどういう人でどういう役割をしていた人なのか、私はちゃんと理解は出来ていないけれど、夫たちがこうなってしまうだけの大きな権力を持った偉大な人狼だったのだろうと思う。
理人さんと子竜さんの二人が、特にひりひりした緊張感を持っているようだった。
二人の持つ立場を思えば仕方のないことなのかもしれないけれど、家族の中でリーダー的存在の理人さんと影から支えてくれる子竜さんがあんな風になってしまうと、何もわからない私も動揺してしまうというものだった。
けれど、二人ともそれをわかりつつも、今目の前にある事を処理しているという雰囲気。私も今は通夜に出てお葬式に出て……必要なすべてをこなさなければ。
「そうか……面倒なことにならなければ良いが」
ため息をついた雄吾さんも、憂鬱そうだった。彼はあまり関係ないと見ていたけれど、深青の里に属するならそれからは逃れられないのかもしれない。
「そうですね。僕もそう願います。なんだか、空の雲行きも怪しいですし」
私も凜太さんの言葉を聞いて、さっきまで晴れていた空に目をやった。遠い空から流れてくる厚くて、黒い雲が見える。
「なんだか……雨が降りそうですね」
「あまり降らないと良いですが」
「そうだな。理人は身内扱いになるから、全部に出ることになる。明後日は葬式に火葬場まで、それに精進落としまでか。遠方から人も来るから、長老と言えど悠長に初七日をしている場合でもない……それにしても、まさか亡くなるとはな」
「はい。この前の透子さんのお披露目でお会いした時も、お元気そうでしたから……残念です。良い人を亡くしました」
私はその時になって初めて、自分も会っていた人なのかと気がついた。
「……あの、今回亡くなった長老って、お披露目に居たんですか? 私も会ってます?」
その時、ちょうど赤信号で停まっていたので雄吾さんも私を見て驚いた表情をしていたし、隣の凜太さんも驚いた顔をしていた。二人の頭にある獣耳も、驚きを表すようにしてピンと真っ直ぐに立ってしまっていた。
「ごっ……ごめんなさい! 私、あの時たくさんの人狼にお会いしたので……どなたなのか、本当にわからないんです……」
私に夫たちと同じような獣耳があれば、しゅんとしおれて倒れているはずだ。
あの時、里長候補の理人さんと旧い財閥の御曹司である春くんがお披露目するとなり、そういう関係でたくさん集まっていた。
元々の記憶力が悪いというのもそうだけど、本当にたくさん居たから、名前も顔も今一致するかと言われれば難しいと思う。
「ああ。違う……そうか。透子はわからないんだな……俺たちは、匂いでわかるんだ。特別な存在であるか、そうではないか。能力を持っているか。持っていないか。今回亡くなった長老はそういう意味で、特に特別だったから、会えばわかるはずなんだが」
「あ……二人とも、持っている能力みたいに?」
この人狼の世界では珍しいとされる能力を、私の夫は全員持っている。
それは何故かというと、異世界からやって来た私のような祖先が居て、彼らの遺伝で能力を持つ人狼が隔世遺伝でも生まれて来たりするらしい。
だから、異世界から来た妻と結婚することになる人狼も、そういう人になってしまうらしい。そういう特殊能力を持てば、権力を得やすいからだろうと思う。
「そうです。たとえば、雄吾さんや僕は『不死者』と呼ばれる珍しい能力を持っていますが、今回亡くなった長老も、特に強い特殊能力を持っていました」
「……そうなんですね」
私は驚きつつも、こくこくと頷いた。強い能力……そういえば、理人さんの持つ『鏡』だって、かなり特殊な能力だと思う。
相手の姿と能力を写し取り、それを使うことが出来る。それに、今はストックすることだって出来るらしいのだ。
「亡くなった長老が持っていた能力は『審判』。これは、自分の前では約したことを必ず守らせるという能力で、契約時には彼が居れば双方ともに必ず履行せねばならず、長老には絶対に逆らえなかったんです。だから、今回の死の原因は他殺ではないと思います」
「……どうして?」
凜太さんがそう言い切ってしまったことが、私には不思議だった。約束を守らせることが出来るならば、そこまで強力な能力に思えない。
「彼が『殺すな』と命じただけで、その人狼は従わざるをえない。まるで、神のような能力ですが、実際にそれを使うことが出来たんです。そんな彼が居なくなれば、勢力図はまた新しく塗り変わる。深青の里は彼に守られていた……だから、これからどうするのかどうすべきなのか、まだ誰にもわかりません」
「そんなに強い人狼が深青の里を、守ってくれていたのね……」
……知らなかった。だから、私も驚くしかなかった。
そして、ようやく夫たちの今の動揺の理由を知ることが出来た。
守られていた。けれど、こうして、そんな彼が居なくなったならば……今は、守られていない。
151
お気に入りに追加
1,891
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~
ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。
ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。
一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。
目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!?
「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる