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第一部
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私はあることを決心して、このお願いを聞いてくれる人を心の中で吟味した。
当事者の理人さんはもちろんダメ。雄吾さんも、春くんもいろんな事情を知っているから、絶対無理だと思う……子竜さんも事情をもちろん知っているだろう。
だとすると一人しかいない。
紅蓮の里からこちらの里に移ってきたばかり、そして、事情が事情なだけにあまり知らないだろうし、関係がまだそこまで深くないから詳しくはまだ知らされていないだろう人。
凛太さんだ。
「凛太さん、お願いがあるんですけど」
凛太さんは、不思議そうな顔をして台本から顔を上げた。その端正な顔はどんな表情をしても、どんな角度から見ても、整っている。神様って本当不公平だよね。
「もちろん、僕ができることなら、なんでも。透子さん」
私はこくんと息を飲んだ。ここで不審な様子を見せてしまうと、私がしたいことが出来なくなってしまう。
「あの、理人さんの妹さんに会いに行きたくって。遊びに行きたいんですけど、連れて行ってもらえますか?」
私は出来るだけ、なんでもないように言った。
「……理人の妹? でもそれは、この前言っていた夢に出て来ていた子なんじゃ?」
凛太さんは眉を寄せた。私は、出来るだけ平静を装って言葉を返す。
「その、ちょっと誤解があって、喧嘩しちゃったんですけど、今はもう仲良しなんです。だから、彼女の巣に遊びに行きたくて。一緒に行ってもらって良いですか?」
私は仲良くなった子竜さんの秘書さんにお願いして、手に入れた小夜乃さんが住んでいるという住所が書かれたメモを手渡した。
「……わかりました。じゃあ、車の鍵を持ってきますね」
なんとなく不思議そうな顔をしつつ、台本を置いて背をむけた凛太さんに、私はほっとして息をついた。
「ここ……ですね?」
凛太さんは車を降りて、いぶかしげに辺りを見渡した。三人が番人をしていた誘いの森のほど近く、大きな民家があった。とても大きく豪華な作りだけど、この緑の多いいかにも田舎と言った風情の場所には似つかわしくないような気がした。
なんとなくだけど、ここに巣がある理由がわかった。小夜乃さんは嫁いでもなお、理人さんの近くに居たかったのだ。
きっと夫達に結婚する条件として、この場所に家を建てることを同意させたんだと思う。
私はインターホンを押して、じっと待った。
「あのっ、私、透子と言います、小夜乃さんにお会いしたいんですけど」
受話器に出た男性は驚いたようにガタガタと音をさせると、ちょっと待つように伝えて、一度切れた。
「……透子さん、会う約束をしていたんですよね?」
私は凛太さんの整った顔をじっと見つめた。凛太さんはその強い深い茶色の目で私を真っ直ぐに見ている。
その時、ばっと扉が開いた。走ってきたのか、小夜乃さんがはあはあと息を切らして爛々としたうすいグレーの目で私を射抜くように見た。
「透子さん、いらっしゃい」
にやりと、その形の良い唇が動いた。
案内された応接間はいかにも豪華で、小夜乃さんの夫達の社会的地位の高さを窺わせるものだった。
私の隣に座った凛太さんは、ずっと私のそばを離れず絶えず周囲を警戒しているようだった。
「ありがとう。来てくれて。なんの用かしら?」
「……はっきり言います。もう私の夢に出てこないでください。理人さんにももう関わらないで」
出来るだけ、一言一言区切るように話した。私の気持ちが伝わるように。
「どうして? 貴女にどんな権利があるの?」
「私は理人さんの妻です。その権利はあるはずです。もしやめないのなら……」
「やめないなら?」
挑戦的に小夜乃さんは微笑んだ。
「裁判所に訴えます。全部あったことを伝えて、接近禁止命令も出してもらいます。それが守れないのなら……逮捕されてください」
ぐっと小夜乃さんは答えを探すように詰まった。
「……そう? そうね。どっちにしても私が捕まるのなら、貴女も一緒に消さなきゃいけないかしら。誠治!」
小夜乃さんは一緒に同席していた、夫であろう人の名前を読んだ。なんだか、気弱そうな人だ。凛太さんがすぐ隣でぐっと体に力を込めたのを感じた。
「小夜乃、しかし……」
躊躇うような声がする。小夜乃さんは指をさして言う。
「さっさと、凛太を拘束して! ふふっ、ここに来るなら凛太を連れてくるってわかっていたわ。貴方の夫の中で何も知らないのはこの人だけだものね?」
誠治と呼ばれた人は躊躇いながらも、両手を前に出した。
凛太さんの足元にぐじゅぐじゅとした何か形容し難いものが湧く。泥のような、泡のような、何?
私は眉を寄せてじっと見入る。凛太さんは立ち上がって抜け出そうとするけど、どうも、うまくいかないみたいだ。
「透子さん、離れて! 足が動けない。拘束系の能力です」
私はその言葉でハッとして小夜乃さんを向き直った。
「何を……」
「大丈夫よ。この人は不死者だもの、死ぬことはないけど……そうねえ、流石に鼻と口を塞がれたら死ぬかしら?」
「……やめてください!」
私は凛太さんの体を拘束していく不思議な物体を見ながら、悲鳴に近い声をあげる。
「良いわ。あなたがこれから、私の言うことを聞くって言うなら、凛太は生かしてあげる。ちゃんと良い子で着いてきてね?」
当事者の理人さんはもちろんダメ。雄吾さんも、春くんもいろんな事情を知っているから、絶対無理だと思う……子竜さんも事情をもちろん知っているだろう。
だとすると一人しかいない。
紅蓮の里からこちらの里に移ってきたばかり、そして、事情が事情なだけにあまり知らないだろうし、関係がまだそこまで深くないから詳しくはまだ知らされていないだろう人。
凛太さんだ。
「凛太さん、お願いがあるんですけど」
凛太さんは、不思議そうな顔をして台本から顔を上げた。その端正な顔はどんな表情をしても、どんな角度から見ても、整っている。神様って本当不公平だよね。
「もちろん、僕ができることなら、なんでも。透子さん」
私はこくんと息を飲んだ。ここで不審な様子を見せてしまうと、私がしたいことが出来なくなってしまう。
「あの、理人さんの妹さんに会いに行きたくって。遊びに行きたいんですけど、連れて行ってもらえますか?」
私は出来るだけ、なんでもないように言った。
「……理人の妹? でもそれは、この前言っていた夢に出て来ていた子なんじゃ?」
凛太さんは眉を寄せた。私は、出来るだけ平静を装って言葉を返す。
「その、ちょっと誤解があって、喧嘩しちゃったんですけど、今はもう仲良しなんです。だから、彼女の巣に遊びに行きたくて。一緒に行ってもらって良いですか?」
私は仲良くなった子竜さんの秘書さんにお願いして、手に入れた小夜乃さんが住んでいるという住所が書かれたメモを手渡した。
「……わかりました。じゃあ、車の鍵を持ってきますね」
なんとなく不思議そうな顔をしつつ、台本を置いて背をむけた凛太さんに、私はほっとして息をついた。
「ここ……ですね?」
凛太さんは車を降りて、いぶかしげに辺りを見渡した。三人が番人をしていた誘いの森のほど近く、大きな民家があった。とても大きく豪華な作りだけど、この緑の多いいかにも田舎と言った風情の場所には似つかわしくないような気がした。
なんとなくだけど、ここに巣がある理由がわかった。小夜乃さんは嫁いでもなお、理人さんの近くに居たかったのだ。
きっと夫達に結婚する条件として、この場所に家を建てることを同意させたんだと思う。
私はインターホンを押して、じっと待った。
「あのっ、私、透子と言います、小夜乃さんにお会いしたいんですけど」
受話器に出た男性は驚いたようにガタガタと音をさせると、ちょっと待つように伝えて、一度切れた。
「……透子さん、会う約束をしていたんですよね?」
私は凛太さんの整った顔をじっと見つめた。凛太さんはその強い深い茶色の目で私を真っ直ぐに見ている。
その時、ばっと扉が開いた。走ってきたのか、小夜乃さんがはあはあと息を切らして爛々としたうすいグレーの目で私を射抜くように見た。
「透子さん、いらっしゃい」
にやりと、その形の良い唇が動いた。
案内された応接間はいかにも豪華で、小夜乃さんの夫達の社会的地位の高さを窺わせるものだった。
私の隣に座った凛太さんは、ずっと私のそばを離れず絶えず周囲を警戒しているようだった。
「ありがとう。来てくれて。なんの用かしら?」
「……はっきり言います。もう私の夢に出てこないでください。理人さんにももう関わらないで」
出来るだけ、一言一言区切るように話した。私の気持ちが伝わるように。
「どうして? 貴女にどんな権利があるの?」
「私は理人さんの妻です。その権利はあるはずです。もしやめないのなら……」
「やめないなら?」
挑戦的に小夜乃さんは微笑んだ。
「裁判所に訴えます。全部あったことを伝えて、接近禁止命令も出してもらいます。それが守れないのなら……逮捕されてください」
ぐっと小夜乃さんは答えを探すように詰まった。
「……そう? そうね。どっちにしても私が捕まるのなら、貴女も一緒に消さなきゃいけないかしら。誠治!」
小夜乃さんは一緒に同席していた、夫であろう人の名前を読んだ。なんだか、気弱そうな人だ。凛太さんがすぐ隣でぐっと体に力を込めたのを感じた。
「小夜乃、しかし……」
躊躇うような声がする。小夜乃さんは指をさして言う。
「さっさと、凛太を拘束して! ふふっ、ここに来るなら凛太を連れてくるってわかっていたわ。貴方の夫の中で何も知らないのはこの人だけだものね?」
誠治と呼ばれた人は躊躇いながらも、両手を前に出した。
凛太さんの足元にぐじゅぐじゅとした何か形容し難いものが湧く。泥のような、泡のような、何?
私は眉を寄せてじっと見入る。凛太さんは立ち上がって抜け出そうとするけど、どうも、うまくいかないみたいだ。
「透子さん、離れて! 足が動けない。拘束系の能力です」
私はその言葉でハッとして小夜乃さんを向き直った。
「何を……」
「大丈夫よ。この人は不死者だもの、死ぬことはないけど……そうねえ、流石に鼻と口を塞がれたら死ぬかしら?」
「……やめてください!」
私は凛太さんの体を拘束していく不思議な物体を見ながら、悲鳴に近い声をあげる。
「良いわ。あなたがこれから、私の言うことを聞くって言うなら、凛太は生かしてあげる。ちゃんと良い子で着いてきてね?」
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