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第一部
警告
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また夢の中だ。そう思った。
今日は昏い森の中だった。この世界に迷い込んだ時の誘いの森のよう、でも、今回決定的に違うのはすぐに誰にも見つけて貰えないってことだ。
彷徨い、獣道のようなところをずっと歩いた。今日月は見えない。でも、ここに留まっても何もならないことは分かっていたから、急いで歩を進める。まるで誰かに追い立てられるように。
おんおーん、と遠くで獣の鳴き声がした。夢の中でも獣に襲われて怪我するのかな、なんて思ったりもした。
「こんなところに居たの」
その時、何処からか鈴の鳴るような声だけがした。
「……小夜乃さん?」
私は意識を集中しようと努めた。ここの神様は私。小夜乃さんの苦手そうなもの……なんとなく、春くんの顔が浮かんだ。あの明るい笑顔があればこの昏い場所も明るくなるような気がした。
彼を呼び出そうとして思い描こうとする。
「やめて。大量殺人犯なんて、呼び出さないで」
「……え?」
「知らないの? あの人が何をしたのか。知らないで結婚したの?」
小夜乃さんのバカにしたような声に私に眉根を寄せた。
「……春くんはそんなことしないわ」
「そうね、語弊があったかもしれないわ。彼は殺していない。結果的に殺しちゃっただけ」
ふふっと楽しそうに笑ったのが、すごく、癇に障った。
「それが貴女に何か関係あるの?」
「何にも知らない透子さんに教えてあげているだけ。そうしたら、本当に何も、何も知らないのね。可哀想に」
「……春くんのことは春くんに聞きます。私にそれ以上、何も言わないで」
私は声だけの存在を引き離すように、森の中を一心に走った。
「透子?」
体を揺さぶられる感覚がして、私は目が覚めた。目の前には可愛い顔を心配そうに曇らせて私を見つめている春くんだ。一緒に寝ていたから、すぐ近くに顔があって、私には温かな毛布に包まれていた。
「春くん……」
「どうしたの、すごくうなされてた」
「また、小夜乃さんが出て来た」
「……また!? ちょっと俺、理人に言ってくるよ!」
慌ててベッドから抜け出そうとする春くんの腕を両手で引き留めた。
「待って。春くん、私聞きたいことある」
春くんは不思議そうに大きな栗色の目を瞬いた。
「急にどうしたの? 透子」
「……私は信じていない。でも、小夜乃さんは春くんのことを殺人犯だって……言ってた。どういうことなのか教えて欲しい」
春くんは私から顔を背けると、険しい顔でベッド側を睨んだ。絶対許さない、そう言いたげに。
そのまま、じっと私は春くんの言葉を待った。やがてぽつりぽつりと話し出す。
「……ちゃんと、時期が来たら言うつもりだったことだ。でも、こんな風に、透子に知らせるつもりじゃなかった」
「うん、わかってる。誤解したままで居たくないからちゃんと教えて欲しい」
私の真っ直ぐな視線を受けて、その大きな目からほろりと涙が落ちた。
「……俺の能力知ってるよね?」
「うん、血を武器化するんだよね?」
私に言葉に静かに頷いて、ぎゅっと私の手を握った。
「俺が……外国留学から帰って来た頃、ちょっと誘拐されたことがあってさ」
まるでどこか近所に行って来ましたと言わんばかりのその口調に私は驚いた。
「えっと、誘拐!? 大丈夫だったの?」
私の驚いた声に春くんは驚いたようにすこし微笑んだ。
「うん、この通り今もぴんぴんしてる。ただ……その時の誘拐した奴らが小賢しくてさ。俺の血を限界まで抜こうとしたんだ。それで無力化させようとしたんだろうな……」
どこか自嘲するように笑いながら、春くんは言った。私はなんだか見ていられなくて、彼の手を両手で包んだ。
「……春くん」
「それがその抜いた血が……爆発しちゃってさ、まさか俺もそんなことになるなんて思ってなくて……俺の血は俺を傷つけることはないから、誘拐した奴らは死んで俺だけが助かった……それが……俺の紅蓮の里に居られなくなった、事情」
「そんな、春くんは悪くないのに……」
「……そう言ってくれる人たちばかりだと良かったんだけどね」
春くんは私を抱きしめて、肩に顔を擦り付けた。
「時々、あの時のことを今でも夢に見る。あのことがなかったらって思うこともあった。でも、今は透子に会えて、何もかもが許せるような、そんな気がするんだ」
今日は昏い森の中だった。この世界に迷い込んだ時の誘いの森のよう、でも、今回決定的に違うのはすぐに誰にも見つけて貰えないってことだ。
彷徨い、獣道のようなところをずっと歩いた。今日月は見えない。でも、ここに留まっても何もならないことは分かっていたから、急いで歩を進める。まるで誰かに追い立てられるように。
おんおーん、と遠くで獣の鳴き声がした。夢の中でも獣に襲われて怪我するのかな、なんて思ったりもした。
「こんなところに居たの」
その時、何処からか鈴の鳴るような声だけがした。
「……小夜乃さん?」
私は意識を集中しようと努めた。ここの神様は私。小夜乃さんの苦手そうなもの……なんとなく、春くんの顔が浮かんだ。あの明るい笑顔があればこの昏い場所も明るくなるような気がした。
彼を呼び出そうとして思い描こうとする。
「やめて。大量殺人犯なんて、呼び出さないで」
「……え?」
「知らないの? あの人が何をしたのか。知らないで結婚したの?」
小夜乃さんのバカにしたような声に私に眉根を寄せた。
「……春くんはそんなことしないわ」
「そうね、語弊があったかもしれないわ。彼は殺していない。結果的に殺しちゃっただけ」
ふふっと楽しそうに笑ったのが、すごく、癇に障った。
「それが貴女に何か関係あるの?」
「何にも知らない透子さんに教えてあげているだけ。そうしたら、本当に何も、何も知らないのね。可哀想に」
「……春くんのことは春くんに聞きます。私にそれ以上、何も言わないで」
私は声だけの存在を引き離すように、森の中を一心に走った。
「透子?」
体を揺さぶられる感覚がして、私は目が覚めた。目の前には可愛い顔を心配そうに曇らせて私を見つめている春くんだ。一緒に寝ていたから、すぐ近くに顔があって、私には温かな毛布に包まれていた。
「春くん……」
「どうしたの、すごくうなされてた」
「また、小夜乃さんが出て来た」
「……また!? ちょっと俺、理人に言ってくるよ!」
慌ててベッドから抜け出そうとする春くんの腕を両手で引き留めた。
「待って。春くん、私聞きたいことある」
春くんは不思議そうに大きな栗色の目を瞬いた。
「急にどうしたの? 透子」
「……私は信じていない。でも、小夜乃さんは春くんのことを殺人犯だって……言ってた。どういうことなのか教えて欲しい」
春くんは私から顔を背けると、険しい顔でベッド側を睨んだ。絶対許さない、そう言いたげに。
そのまま、じっと私は春くんの言葉を待った。やがてぽつりぽつりと話し出す。
「……ちゃんと、時期が来たら言うつもりだったことだ。でも、こんな風に、透子に知らせるつもりじゃなかった」
「うん、わかってる。誤解したままで居たくないからちゃんと教えて欲しい」
私の真っ直ぐな視線を受けて、その大きな目からほろりと涙が落ちた。
「……俺の能力知ってるよね?」
「うん、血を武器化するんだよね?」
私に言葉に静かに頷いて、ぎゅっと私の手を握った。
「俺が……外国留学から帰って来た頃、ちょっと誘拐されたことがあってさ」
まるでどこか近所に行って来ましたと言わんばかりのその口調に私は驚いた。
「えっと、誘拐!? 大丈夫だったの?」
私の驚いた声に春くんは驚いたようにすこし微笑んだ。
「うん、この通り今もぴんぴんしてる。ただ……その時の誘拐した奴らが小賢しくてさ。俺の血を限界まで抜こうとしたんだ。それで無力化させようとしたんだろうな……」
どこか自嘲するように笑いながら、春くんは言った。私はなんだか見ていられなくて、彼の手を両手で包んだ。
「……春くん」
「それがその抜いた血が……爆発しちゃってさ、まさか俺もそんなことになるなんて思ってなくて……俺の血は俺を傷つけることはないから、誘拐した奴らは死んで俺だけが助かった……それが……俺の紅蓮の里に居られなくなった、事情」
「そんな、春くんは悪くないのに……」
「……そう言ってくれる人たちばかりだと良かったんだけどね」
春くんは私を抱きしめて、肩に顔を擦り付けた。
「時々、あの時のことを今でも夢に見る。あのことがなかったらって思うこともあった。でも、今は透子に会えて、何もかもが許せるような、そんな気がするんだ」
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