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第一部
対面
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その日は朝から慌ただしく出掛ける準備に追われていた。
理人さんの仕事の一環で、なんでも深青の里の族長候補達が集まるお茶会に招待されたのだ。それは結婚している人は妻同伴というのが基本らしくて三日ほど前から出かける旨は理人さんに言われていた。
「……そんなに急がなくても大丈夫ですよ。まだまだ時間はありますし」
理人さんは苦笑しながらシャツのボタンを止めている。その見事な銀髪は先ほど、シャワーを浴びて乾き切っていないのか、濃い灰色になっていた。
「女性には色々あるんです……理人さんみたいに支度は服着て顔だけ洗ったら良いだけじゃないんです」
何分、はじめてのことだし、余裕なんてぜんぜん出せなくて、ちょっとむくれた私を宥めるように背中をとんとんと叩いた。
「そんなに可愛い顔をしても用意は進みませんよ。それに多少遅れても問題ありませんよ。皆、その透子さんを見たら納得をするはずです」
「……どういう意味ですか?」
「あんまり可愛くて僕が悪戯して遅れたんだろうってわかるからですよ。……それを本当にしても構いませんよ?」
ふっと目を細めて微笑んだ理人さんに、からかわれた私は慌てて立ち上がって用意していたフォーマルでもいける、うすいオレンジのワンピースを身につけ始めた。
「やあ、よくいらしてくださいました」
「飛鳥さん」
私は微笑んでお辞儀をするとこの場に相応しい挨拶をした。この前のお披露目でのやりとりの時に垣間見た飛鳥さんの族長としての顔は怖いものではあったんだけど、それもこれもやはり集団をまとめて行くために必要なものなんだと思う。
「ますます綺麗になってきましたね、美しい妻を娶れて良かったな、理人」
「……ありがとうございます」
理人さんは言葉少なに頭を下げた。私の銀髪の夫は人前では普段ほぼ無表情なんだけど、飛鳥さんの前ではそれが顕著なように思える。どうしても、必要とされている資質のせいかのかな。
「兄さんっ」
その時、廊下の向こう側から、甲高い声が聞こえた。私はびっくりして声がした方向を見やる。
「……小夜乃か、何故ここに?」
すこし呆然としたように理人さんは言った。小夜乃ちゃん、というと理人さんの以前里を捨てる理由となった妹さんのことだろうか。
銀色のふわふわとした髪を背中に流した信じられない程の美貌を持つ女の子がこちらを切なげに見つめていた。
「……小夜乃、阿仁はどこだ。夫を待たずにここにきた理由を、説明してもらおうか」
飛鳥さんは静かに言った。
「その……族長、すみません。兄が、理人兄さんが居るって聞いて……」
どもりながら説明をし始めたところで、後ろから慌てて追ってきた短い金髪をもつ人が、その腕を掴んだ。厳しい顔をしている。
「族長、理人さん申し訳ありません。私の管理不足です。急に走り出したと思ったら、こんなところに……」
「阿仁、お前なら、事情が良くわかっているだろう。なぜ、目を離した。小夜乃、理人にもう二度と近づくな。あの時は方々からあり得ない程の温情をかけられたことが未だに理解出来ないのか」
「族長っ、でも」
厳しく叱責する飛鳥さんに、それでも理人さんに近づこうとする小夜乃さん。
理人さんは私の背をそっと押した。この場から去ろう、と言われているようで、ちいさく頷いた私は会場となっているホールの方向に足を踏み出した。
「理人兄さんっ!」
小夜乃さんの悲鳴のような呼びかけにも、隣を歩く理人さんは表情を変えることはなかった。
「すみません。お見苦しいところを」
そっと会場の隅に居場所を移すと、理人さんは向かい合って私の手を取った。
「……いいえ。構いません。えっと、阿仁という方が?」
「そうです。小夜乃の夫の序列筆頭になります。僕と同じ族長候補なので、また会うことになると思います。相性の問題で、小夜乃の能力を抑え込めるのはあいつが最適なので」
淡々と他人事のように話す理人さんの頬にそっと触れた。
「大丈夫ですか?」
「……正直に言ってしまうと、僕はあいつがトラウマみたいなものなんです。ちいさな頃から可愛がっていたはずの妹なのに、本気の恋愛感情を持たれていると思うと、どうしても寒気がして……」
外では珍しく眉を寄せた理人さんの眉間をそっと押さえた。
「……無理しないで。つらい時はつらいって言って良いんですよ」
「……ありがとうございます。僕は立場的にも生まれた時からそんな言葉をくれる人は居ませんでした。透子さんが居てくれて、この世界に来てくれて、良かった」
理人さんの仕事の一環で、なんでも深青の里の族長候補達が集まるお茶会に招待されたのだ。それは結婚している人は妻同伴というのが基本らしくて三日ほど前から出かける旨は理人さんに言われていた。
「……そんなに急がなくても大丈夫ですよ。まだまだ時間はありますし」
理人さんは苦笑しながらシャツのボタンを止めている。その見事な銀髪は先ほど、シャワーを浴びて乾き切っていないのか、濃い灰色になっていた。
「女性には色々あるんです……理人さんみたいに支度は服着て顔だけ洗ったら良いだけじゃないんです」
何分、はじめてのことだし、余裕なんてぜんぜん出せなくて、ちょっとむくれた私を宥めるように背中をとんとんと叩いた。
「そんなに可愛い顔をしても用意は進みませんよ。それに多少遅れても問題ありませんよ。皆、その透子さんを見たら納得をするはずです」
「……どういう意味ですか?」
「あんまり可愛くて僕が悪戯して遅れたんだろうってわかるからですよ。……それを本当にしても構いませんよ?」
ふっと目を細めて微笑んだ理人さんに、からかわれた私は慌てて立ち上がって用意していたフォーマルでもいける、うすいオレンジのワンピースを身につけ始めた。
「やあ、よくいらしてくださいました」
「飛鳥さん」
私は微笑んでお辞儀をするとこの場に相応しい挨拶をした。この前のお披露目でのやりとりの時に垣間見た飛鳥さんの族長としての顔は怖いものではあったんだけど、それもこれもやはり集団をまとめて行くために必要なものなんだと思う。
「ますます綺麗になってきましたね、美しい妻を娶れて良かったな、理人」
「……ありがとうございます」
理人さんは言葉少なに頭を下げた。私の銀髪の夫は人前では普段ほぼ無表情なんだけど、飛鳥さんの前ではそれが顕著なように思える。どうしても、必要とされている資質のせいかのかな。
「兄さんっ」
その時、廊下の向こう側から、甲高い声が聞こえた。私はびっくりして声がした方向を見やる。
「……小夜乃か、何故ここに?」
すこし呆然としたように理人さんは言った。小夜乃ちゃん、というと理人さんの以前里を捨てる理由となった妹さんのことだろうか。
銀色のふわふわとした髪を背中に流した信じられない程の美貌を持つ女の子がこちらを切なげに見つめていた。
「……小夜乃、阿仁はどこだ。夫を待たずにここにきた理由を、説明してもらおうか」
飛鳥さんは静かに言った。
「その……族長、すみません。兄が、理人兄さんが居るって聞いて……」
どもりながら説明をし始めたところで、後ろから慌てて追ってきた短い金髪をもつ人が、その腕を掴んだ。厳しい顔をしている。
「族長、理人さん申し訳ありません。私の管理不足です。急に走り出したと思ったら、こんなところに……」
「阿仁、お前なら、事情が良くわかっているだろう。なぜ、目を離した。小夜乃、理人にもう二度と近づくな。あの時は方々からあり得ない程の温情をかけられたことが未だに理解出来ないのか」
「族長っ、でも」
厳しく叱責する飛鳥さんに、それでも理人さんに近づこうとする小夜乃さん。
理人さんは私の背をそっと押した。この場から去ろう、と言われているようで、ちいさく頷いた私は会場となっているホールの方向に足を踏み出した。
「理人兄さんっ!」
小夜乃さんの悲鳴のような呼びかけにも、隣を歩く理人さんは表情を変えることはなかった。
「すみません。お見苦しいところを」
そっと会場の隅に居場所を移すと、理人さんは向かい合って私の手を取った。
「……いいえ。構いません。えっと、阿仁という方が?」
「そうです。小夜乃の夫の序列筆頭になります。僕と同じ族長候補なので、また会うことになると思います。相性の問題で、小夜乃の能力を抑え込めるのはあいつが最適なので」
淡々と他人事のように話す理人さんの頬にそっと触れた。
「大丈夫ですか?」
「……正直に言ってしまうと、僕はあいつがトラウマみたいなものなんです。ちいさな頃から可愛がっていたはずの妹なのに、本気の恋愛感情を持たれていると思うと、どうしても寒気がして……」
外では珍しく眉を寄せた理人さんの眉間をそっと押さえた。
「……無理しないで。つらい時はつらいって言って良いんですよ」
「……ありがとうございます。僕は立場的にも生まれた時からそんな言葉をくれる人は居ませんでした。透子さんが居てくれて、この世界に来てくれて、良かった」
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