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第一部
幻想
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私はシャワーを浴びてから、水着から着替えて髪を乾かした。
一度メイクを落としてからもう一度メイクをやり直す。高級ホテルだけあってその辺も完備なんだよね。
「……どうも、透子さん」
私は鏡越しのその姿に驚いた。さらりとした赤銅色の髪が揺れる。改めてまじまじと見ると思う、本当にすごく綺麗な人だ。幼かった雄吾さんが魅了されてしまうのも仕方ないと思ってしまうくらいに。
「環さん……」
「この前はごめんなさい。私勘違いしていたみたいで」
魅惑的な笑みで笑うと、環さんはしおらしく頭を下げた。その仕草をわざとらしい、と思ってしまうのは、騙されてしまいそうだった私には仕方のないことだと思う。
それを見ながら手早く身支度を整えた。いつでも立ち上がってここから逃げ出せるように。
「雄吾は元気かしら?」
「ええ、元気にしています」
私は背を向けていた体を回る椅子でくるりと回した。立ち上がって彼女と向かい合う。
「そんなに睨まないで。悪気があった訳じゃないの」
宥めるように私に笑いかける。その笑顔も綺麗だ。嫌味なくらいに。
「……私にはお話することはないので」
スマホを乗っ取るような真似をして悪気がない? そんな訳ない。今更何を話したいんだろう。
「貴方にはなくても私にはあるのよ」
挑戦的に微笑み、その金属を思わせる綺麗な瞳で私をじっと見つめた。
「……手早く話して頂いて良いですか?」
「雄吾と離婚して頂戴、もともと私のだもの、返してくれる?」
私はもうそれ以上話を聞く気にもなれなくてさっと彼女の横をすり抜けてドアから出ようとした。
環さんは私の右の二の腕をぎゅっと強い力で握ると、手を振りあげた。
殴られる、と思って、目をぎゅっと閉じる。
「そこまでだ、姉さん、もう俺の持ってる店やホテルには出禁な」
急に子竜さんの声がして私は目を開けた。子竜さんは今にも私を平手打ちしようとしていた環さんの腕をとり、止めていた。
「子竜! なんで、この女を庇うの! 私はただ一人の……」
「はいはい、もうそのセリフ聞き飽きた。俺ももう結婚したし今一番大事なのは妻の透子ちゃんなんでね、何かあるなら秘書か弁護士を通してくれ」
私の腕を掴んでいた環さんの手を外し、一気に向こうへと押し出した。そして、私の背中に手を当てると、さっと胸ポケットに入ったスマートフォンを手に取り、誰かに電話しだした。
「……綾翔か、姉さんがプールの化粧室に入り込んでいた、警備員をよこしてくれ」
「子竜!」
悲鳴みたいな声を上げた環さんを横目に子竜さんは言った。
「それから、これから俺の持つ店やホテル、すべての所有物から姉さんを出禁にする。直ちに全ての従業員に通達するように」
呆然としている私の背中をかるく押して子竜さんは環さんに向かって言った。
「頼むからこれ以上俺を怒らせるなよ、姉さん……それと、俺の妻に何かしたら肉親の縁も切って援助も打ち切らせてもらう」
やがてホテルの一室にたどり着くと、子竜さんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「さっきは遅くなって、怖がらせてしまってすまなかった。何か飲み物を飲むか?」
私は静かに頭を振った。せっかく、朝からずっと楽しくてウキウキしていたのに、子竜さんのせいじゃないけど、気分は台無しだ。
雄吾さんを捨てたのは自分の癖に、誰かのものになると惜しくなったのかな。
そういう気持ちはぜんぜんわからないけど、もうとにかく、イライラとしてしまう。雄吾さんが群れを捨ててはぐれてしまうまでどれだけ、どれだけ傷ついたかと思うと、あの人を許すことは出来ない。
「透子ちゃん、仕方ないけど、ご機嫌ナナメになっちゃったね。切ないな」
「子竜さんのせいじゃないです」
私はぎゅっと両手を握りしめながら言った。
「でも、俺のせいでも、ある。そうだろ? 今日は巣に帰ろうか。俺の顔だけ見てると怒りがぶり返すかもしれないからな」
子竜さんはどこまでも大人の対応で、それがなんだか、私のわがままなんだけど、なんだか、物足りないような気もした。
一度メイクを落としてからもう一度メイクをやり直す。高級ホテルだけあってその辺も完備なんだよね。
「……どうも、透子さん」
私は鏡越しのその姿に驚いた。さらりとした赤銅色の髪が揺れる。改めてまじまじと見ると思う、本当にすごく綺麗な人だ。幼かった雄吾さんが魅了されてしまうのも仕方ないと思ってしまうくらいに。
「環さん……」
「この前はごめんなさい。私勘違いしていたみたいで」
魅惑的な笑みで笑うと、環さんはしおらしく頭を下げた。その仕草をわざとらしい、と思ってしまうのは、騙されてしまいそうだった私には仕方のないことだと思う。
それを見ながら手早く身支度を整えた。いつでも立ち上がってここから逃げ出せるように。
「雄吾は元気かしら?」
「ええ、元気にしています」
私は背を向けていた体を回る椅子でくるりと回した。立ち上がって彼女と向かい合う。
「そんなに睨まないで。悪気があった訳じゃないの」
宥めるように私に笑いかける。その笑顔も綺麗だ。嫌味なくらいに。
「……私にはお話することはないので」
スマホを乗っ取るような真似をして悪気がない? そんな訳ない。今更何を話したいんだろう。
「貴方にはなくても私にはあるのよ」
挑戦的に微笑み、その金属を思わせる綺麗な瞳で私をじっと見つめた。
「……手早く話して頂いて良いですか?」
「雄吾と離婚して頂戴、もともと私のだもの、返してくれる?」
私はもうそれ以上話を聞く気にもなれなくてさっと彼女の横をすり抜けてドアから出ようとした。
環さんは私の右の二の腕をぎゅっと強い力で握ると、手を振りあげた。
殴られる、と思って、目をぎゅっと閉じる。
「そこまでだ、姉さん、もう俺の持ってる店やホテルには出禁な」
急に子竜さんの声がして私は目を開けた。子竜さんは今にも私を平手打ちしようとしていた環さんの腕をとり、止めていた。
「子竜! なんで、この女を庇うの! 私はただ一人の……」
「はいはい、もうそのセリフ聞き飽きた。俺ももう結婚したし今一番大事なのは妻の透子ちゃんなんでね、何かあるなら秘書か弁護士を通してくれ」
私の腕を掴んでいた環さんの手を外し、一気に向こうへと押し出した。そして、私の背中に手を当てると、さっと胸ポケットに入ったスマートフォンを手に取り、誰かに電話しだした。
「……綾翔か、姉さんがプールの化粧室に入り込んでいた、警備員をよこしてくれ」
「子竜!」
悲鳴みたいな声を上げた環さんを横目に子竜さんは言った。
「それから、これから俺の持つ店やホテル、すべての所有物から姉さんを出禁にする。直ちに全ての従業員に通達するように」
呆然としている私の背中をかるく押して子竜さんは環さんに向かって言った。
「頼むからこれ以上俺を怒らせるなよ、姉さん……それと、俺の妻に何かしたら肉親の縁も切って援助も打ち切らせてもらう」
やがてホテルの一室にたどり着くと、子竜さんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「さっきは遅くなって、怖がらせてしまってすまなかった。何か飲み物を飲むか?」
私は静かに頭を振った。せっかく、朝からずっと楽しくてウキウキしていたのに、子竜さんのせいじゃないけど、気分は台無しだ。
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そういう気持ちはぜんぜんわからないけど、もうとにかく、イライラとしてしまう。雄吾さんが群れを捨ててはぐれてしまうまでどれだけ、どれだけ傷ついたかと思うと、あの人を許すことは出来ない。
「透子ちゃん、仕方ないけど、ご機嫌ナナメになっちゃったね。切ないな」
「子竜さんのせいじゃないです」
私はぎゅっと両手を握りしめながら言った。
「でも、俺のせいでも、ある。そうだろ? 今日は巣に帰ろうか。俺の顔だけ見てると怒りがぶり返すかもしれないからな」
子竜さんはどこまでも大人の対応で、それがなんだか、私のわがままなんだけど、なんだか、物足りないような気もした。
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