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第一部
記憶
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とある日の昼下がり、私は新しい夫の一人凛太さんに頼まれてクッキーを作っていた。型抜きも可愛い物から男の子の好きそうな恐竜型までそれぞれ用意してもらってご機嫌で生地をくり抜いていた。
なんでも、生まれ育った孤児院に報告に行くから、一緒に行って欲しいと頼まれたのだ。今でも育ててくれた親代わりの先生が居るから、その人には絶対に挨拶しておきたいとのこと。他の四人はお仕事や用事で出掛けていて、一緒に居るのはリビングのソファに座って台本を覚えている凛太さん一人だ。
凛太さんは早々にこの家への移住を決めたんだけど、子竜さんは仕事の関係などもあってまだこちらには引っ越して来てはいない。
私はクッキングシートを敷いた鉄板にクッキーを移すとオーブンの中に入れた。後は焼けるのを待って小分けにしたら完成かな。
「凛太さん、お茶淹れますけど、飲みますか?」
台本に集中していたのか、私の声にびっくりして本を取り落としそうになった凛太さんにちょっと笑ってしまう。
「あ、はい。すみません。完全に世界に入ってしまっていました」
「いえ、こちらこそ、すみません。今度からは驚かさないように気をつけます」
凛太さんは理人さん達より二つ下で春くんより年上らしい。ちなみに子竜さんは理人さんと雄吾さんの同い年で家も近くだったため、あの三人は学校も同級生らしい。
私はマグカップを渡しながらテーブルに置かれている台本をそっと見た。分厚い。これをほほ全部覚えなきゃいけないなんて役者さんって本当に大変だ。
「凛太さん、次はどんな役なんですか?」
「……次は主人公の相手役で普通のサラリーマンです。ちょっと……ちょっとどころじゃないか、どうしようもないクズの役ですよ」
自嘲するように言うから、私は首を傾げながら言った。
「凛太さんにはあまり似合わない役ですね」
「……どうしてそう思われますか?」
「いえ、凛太さんて女の子の思う、こう言う人が恋人だったらなって思ってしまうような外見をしているので。なんとなく、です」
凛太さんはその深い茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「……そう思います?」
私はお茶の入ったマグカップを持って隣に腰掛けた。
「ええ。もちろん、すごーく格好良いので」
真面目に言った私に凛太さんは恥ずかしそうに俯いた。あれ? 言われ慣れているだろうし、こんなこと当たり前ですよって言う展開を想像していたんだけど、読み間違えたかな?
「……良く褒められはしますけど、透子さんに言われるとどうしようもなく嬉しいし、照れますね」
「あの、凛太さん」
「なんですか?」
「どうして……そんなに私、なんですか? あの、凛太さんはすごく……モテるって聞きました。たくさん縁談があったけど、断っていたって。なんで私なのかなって、すごく思って」
凛太さんは大きく息を吸い込むと、私の顔をじっと見て言った。
「正直に言いますから気を悪くしないで欲しい……んです。僕は本当に透子さんが好きで、ずっとこういうことを言い合える関係になるのを望んでいました。だから……」
あまりにも真剣な顔をして言うから私もびっくりしながらも言い返す。
「えっと、わかりました。それは大丈夫です」
「……僕がちいさな頃、役者を志すきっかけになったドラマがあって、その、主役の女の子の女優さんに透子さんが似ていて。だから透子さんの夫募集のお触れが出た時に一も二もなく飛びつきました。お会いしたら……中身も全部僕の理想通りで……だから、断られた時は本当にショックで。それでも、どうしても、諦められなかったので……どうしても、諦められなかったんです」
焦げ茶色のお耳が垂れている。可愛い。
「ふふ、そうなんですね。もし良かったらそのドラマ、観てみたいです。一緒に観ます? クッキーが焼けるまで時間ありますし」
そう言うと凛太さんは耳がピンと立って顔を赤くして微笑んだ。
「もちろんです。僕の部屋から何枚か持って来ますね」
なんでも、生まれ育った孤児院に報告に行くから、一緒に行って欲しいと頼まれたのだ。今でも育ててくれた親代わりの先生が居るから、その人には絶対に挨拶しておきたいとのこと。他の四人はお仕事や用事で出掛けていて、一緒に居るのはリビングのソファに座って台本を覚えている凛太さん一人だ。
凛太さんは早々にこの家への移住を決めたんだけど、子竜さんは仕事の関係などもあってまだこちらには引っ越して来てはいない。
私はクッキングシートを敷いた鉄板にクッキーを移すとオーブンの中に入れた。後は焼けるのを待って小分けにしたら完成かな。
「凛太さん、お茶淹れますけど、飲みますか?」
台本に集中していたのか、私の声にびっくりして本を取り落としそうになった凛太さんにちょっと笑ってしまう。
「あ、はい。すみません。完全に世界に入ってしまっていました」
「いえ、こちらこそ、すみません。今度からは驚かさないように気をつけます」
凛太さんは理人さん達より二つ下で春くんより年上らしい。ちなみに子竜さんは理人さんと雄吾さんの同い年で家も近くだったため、あの三人は学校も同級生らしい。
私はマグカップを渡しながらテーブルに置かれている台本をそっと見た。分厚い。これをほほ全部覚えなきゃいけないなんて役者さんって本当に大変だ。
「凛太さん、次はどんな役なんですか?」
「……次は主人公の相手役で普通のサラリーマンです。ちょっと……ちょっとどころじゃないか、どうしようもないクズの役ですよ」
自嘲するように言うから、私は首を傾げながら言った。
「凛太さんにはあまり似合わない役ですね」
「……どうしてそう思われますか?」
「いえ、凛太さんて女の子の思う、こう言う人が恋人だったらなって思ってしまうような外見をしているので。なんとなく、です」
凛太さんはその深い茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「……そう思います?」
私はお茶の入ったマグカップを持って隣に腰掛けた。
「ええ。もちろん、すごーく格好良いので」
真面目に言った私に凛太さんは恥ずかしそうに俯いた。あれ? 言われ慣れているだろうし、こんなこと当たり前ですよって言う展開を想像していたんだけど、読み間違えたかな?
「……良く褒められはしますけど、透子さんに言われるとどうしようもなく嬉しいし、照れますね」
「あの、凛太さん」
「なんですか?」
「どうして……そんなに私、なんですか? あの、凛太さんはすごく……モテるって聞きました。たくさん縁談があったけど、断っていたって。なんで私なのかなって、すごく思って」
凛太さんは大きく息を吸い込むと、私の顔をじっと見て言った。
「正直に言いますから気を悪くしないで欲しい……んです。僕は本当に透子さんが好きで、ずっとこういうことを言い合える関係になるのを望んでいました。だから……」
あまりにも真剣な顔をして言うから私もびっくりしながらも言い返す。
「えっと、わかりました。それは大丈夫です」
「……僕がちいさな頃、役者を志すきっかけになったドラマがあって、その、主役の女の子の女優さんに透子さんが似ていて。だから透子さんの夫募集のお触れが出た時に一も二もなく飛びつきました。お会いしたら……中身も全部僕の理想通りで……だから、断られた時は本当にショックで。それでも、どうしても、諦められなかったので……どうしても、諦められなかったんです」
焦げ茶色のお耳が垂れている。可愛い。
「ふふ、そうなんですね。もし良かったらそのドラマ、観てみたいです。一緒に観ます? クッキーが焼けるまで時間ありますし」
そう言うと凛太さんは耳がピンと立って顔を赤くして微笑んだ。
「もちろんです。僕の部屋から何枚か持って来ますね」
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