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第一部
064 五分だけ
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さぁっと降る細かい雨の音で、私は目覚めた。
目だけ動かして時計を見たら、まだ目を覚ます時間でもない。
隣で寝ていたのは、銀髪のおおかみさん。私の大好きな人の一人。
寝た時は一人だったからいつものように深夜に帰って来た、ベッドに入ってきたんだと思う。
昨夜も、遅かったのかな。熟睡しているみたいで、微動だにしない。私は彼の綺麗な寝顔の頬に触れたくなる衝動を、必死で抑えつけた。
絶対絶対に、彼を起こしたくなかったから。
「……透子さん?」
低くて掠れた声が聞こえて、私はドキッとした。出来るだけ動きを止めていたつもりだけど、起こしちゃったのかもしれない。
「はい。ごめんなさい。私が、起こしちゃいました?」
「いや……興奮して、眠れなかっただけです。眠りが浅くて。子どもみたいですね」
気怠げに開いた、彼の灰色で美しい瞳が綺麗だ。私は、クスッと笑った。
こんなに冷静ですごく大人っぽい人にも、遠足前の子どもみたいなところあるんだ。
「はい。もう少しで、お披露目ですよね。昨日も遅くまで、お仕事だったんですか?」
「……ええ。すみません。透子さんの衣装も、見に行きたかったんですけど。写真だけは、雄吾から見せてもらいました」
雄吾さん。あの一瞬の間に、写真なんて撮ってたんだ。春くんと店員さんが話している時は、確かに目の前に居る彼のことを見ていなかったかも。
「あのドレス、どうでした?」
「透子さんに似合っていて、すごく綺麗でした。この人が僕の妻なんだと思うと、嬉しくて。早く会いたかったんですけど……面倒なしがらみのある会食があって、どうしても帰れなかったんです」
「……お疲れ様でした。いつも私のために働いてくれて、ありがとうございます」
どうやら気を使って疲れている理人さんは甘えるように頭を胸に擦り付けるから、私は両腕で頭を抱きしめた。銀色の髪の毛から、ふんわり香るシトラスの匂い。
「この匂い、私好きです」
「ん。どの匂いですか?」
彼は灰色の目で、上目遣いで私を見る。可愛い。
「えっと、柑橘系の……シトラスみたいな……そんなに、強い香りじゃないですけど」
「ああ……シャワージェルかな、貰ったものだから、あまり気にしていませんでした」
「こういう匂いって、鼻につらくないですか?」
とても鼻が良く利く彼らは、少しの匂いだけでも顔を顰めそうなイメージが私の中であった。
「僕たちは、匂いをある程度嗅ぎ分けることが出来るので、平気ですよ。こうして、透子さんに包まれていても雨の匂いもわかります」
「私も、理人さんと同じシャワージェル欲しいな……」
「ああ……好きな匂いですか?」
「そう。好きな人と一緒の匂いって、すごく良いなって思ったんです」
えへへと笑った私に理人さんはふうっと大きく息をつくと、また私の胸に顔を埋めた。
「僕は、いつか透子さんに殺されるかもしれない」
物騒な物言いに私はびっくりしてちょっと離れようとするけれど、ぎゅっと強い力の腕に押し留められてしまった。
「くすぐったいです……ふふっ、何でそう思ったんですか?」
「突然。想像もしてなかった可愛いこと言うから、心臓が止まりそうになります」
「今から言いますって予告した方が良いですか?」
「いや……こういった死因ならいつ死んでも……いや、透子さんを一生守るんだからまだまだ死ねないですね」
とても真面目な顔してそんなこと言うから、私はくすくすと笑ってしまった。
「時間があれば、ずっと抱き合っていたいな……」
「……ん。けど、もうすぐ起きなきゃ……」
私は時計を見て慌てた。そろそろ朝食の用意を手伝う時間だ。
「もう少しだけ、良いですか?」
「……後、五分だけですよ?」
私は、朝が起きれなくなる常套句を使った。
「僕は休暇取ったので、透子さんが朝食食べたらここに帰ってきてくださいね」
「……今日は、一日ベッドの中になりそうですね」
「嫌ですか?」
「ううん。嬉しいです」
珍しく甘えてくれる彼の頭を、私はぎゅっと抱きしめた。
目だけ動かして時計を見たら、まだ目を覚ます時間でもない。
隣で寝ていたのは、銀髪のおおかみさん。私の大好きな人の一人。
寝た時は一人だったからいつものように深夜に帰って来た、ベッドに入ってきたんだと思う。
昨夜も、遅かったのかな。熟睡しているみたいで、微動だにしない。私は彼の綺麗な寝顔の頬に触れたくなる衝動を、必死で抑えつけた。
絶対絶対に、彼を起こしたくなかったから。
「……透子さん?」
低くて掠れた声が聞こえて、私はドキッとした。出来るだけ動きを止めていたつもりだけど、起こしちゃったのかもしれない。
「はい。ごめんなさい。私が、起こしちゃいました?」
「いや……興奮して、眠れなかっただけです。眠りが浅くて。子どもみたいですね」
気怠げに開いた、彼の灰色で美しい瞳が綺麗だ。私は、クスッと笑った。
こんなに冷静ですごく大人っぽい人にも、遠足前の子どもみたいなところあるんだ。
「はい。もう少しで、お披露目ですよね。昨日も遅くまで、お仕事だったんですか?」
「……ええ。すみません。透子さんの衣装も、見に行きたかったんですけど。写真だけは、雄吾から見せてもらいました」
雄吾さん。あの一瞬の間に、写真なんて撮ってたんだ。春くんと店員さんが話している時は、確かに目の前に居る彼のことを見ていなかったかも。
「あのドレス、どうでした?」
「透子さんに似合っていて、すごく綺麗でした。この人が僕の妻なんだと思うと、嬉しくて。早く会いたかったんですけど……面倒なしがらみのある会食があって、どうしても帰れなかったんです」
「……お疲れ様でした。いつも私のために働いてくれて、ありがとうございます」
どうやら気を使って疲れている理人さんは甘えるように頭を胸に擦り付けるから、私は両腕で頭を抱きしめた。銀色の髪の毛から、ふんわり香るシトラスの匂い。
「この匂い、私好きです」
「ん。どの匂いですか?」
彼は灰色の目で、上目遣いで私を見る。可愛い。
「えっと、柑橘系の……シトラスみたいな……そんなに、強い香りじゃないですけど」
「ああ……シャワージェルかな、貰ったものだから、あまり気にしていませんでした」
「こういう匂いって、鼻につらくないですか?」
とても鼻が良く利く彼らは、少しの匂いだけでも顔を顰めそうなイメージが私の中であった。
「僕たちは、匂いをある程度嗅ぎ分けることが出来るので、平気ですよ。こうして、透子さんに包まれていても雨の匂いもわかります」
「私も、理人さんと同じシャワージェル欲しいな……」
「ああ……好きな匂いですか?」
「そう。好きな人と一緒の匂いって、すごく良いなって思ったんです」
えへへと笑った私に理人さんはふうっと大きく息をつくと、また私の胸に顔を埋めた。
「僕は、いつか透子さんに殺されるかもしれない」
物騒な物言いに私はびっくりしてちょっと離れようとするけれど、ぎゅっと強い力の腕に押し留められてしまった。
「くすぐったいです……ふふっ、何でそう思ったんですか?」
「突然。想像もしてなかった可愛いこと言うから、心臓が止まりそうになります」
「今から言いますって予告した方が良いですか?」
「いや……こういった死因ならいつ死んでも……いや、透子さんを一生守るんだからまだまだ死ねないですね」
とても真面目な顔してそんなこと言うから、私はくすくすと笑ってしまった。
「時間があれば、ずっと抱き合っていたいな……」
「……ん。けど、もうすぐ起きなきゃ……」
私は時計を見て慌てた。そろそろ朝食の用意を手伝う時間だ。
「もう少しだけ、良いですか?」
「……後、五分だけですよ?」
私は、朝が起きれなくなる常套句を使った。
「僕は休暇取ったので、透子さんが朝食食べたらここに帰ってきてくださいね」
「……今日は、一日ベッドの中になりそうですね」
「嫌ですか?」
「ううん。嬉しいです」
珍しく甘えてくれる彼の頭を、私はぎゅっと抱きしめた。
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