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第一部

063 お願い

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「よぉ。この前ぶり」

 カウンターしかないこじんまりとした店内は、揚げたての美味しい天ぷらがすぐに食べられるようにという心遣いのようだった。

 この前に連れて行ってもらった、イタリアンレストランの華やかさとは全然違う。

 昔ながらの、老舗の高級天ぷら屋さんようだ。濃いブルーのスーツを隙なく着こなして、赤毛を撫で付けている子竜さんは、カウンターの中にいた職人さんに何か合図を送った。

「子竜。この前は悪かった」

「いや? 別に謝らなくて良い。お前の頼みじゃなくて、そこの可愛い奥さんの頼みだったからな」

「子竜。久しぶりー、助けてくれてありがとね」

「能天気なそこのお前は、そろそろ加減を学習しろ。これで倒れるの何回目なんだよ」

「えー……覚えてない」

 あきれたようにそう言った子竜さんは、へへっと笑って笑顔を返した春くんを小突いた。

 春くんの可愛い笑顔って、どんな人でも和ませてしまう不思議な力を持ってると思う。

「三人でそこに立ってないで、席に座れよ。結婚祝いに、高給取りの俺が、ここは奢ってやるよ」

「……遠慮すると、色々と長くなるからな。今夜はご馳走になろう。ありがとう。子竜」

 雄吾さんの言葉に頷いた子竜さんは、さっと座ると隣を勧めた。私が彼の近くに居たから、そのまま座った。

「あ。ごめん。俺。トイレ行ってから座る。漏らしそう」

 席に座る前にと春くんが職人さんにトイレの場所を聞いていると、雄吾さんの胸ポケットのスマホが鳴り出した。

「仕事先だ。すまない。すぐに戻る。子竜、透子を頼む」

「はいはい。友人の大事な奥さまに逃げられないように、ちゃんと見張っとくよ」

 私が彼の軽口にクスッと笑うと、子竜さんは綺麗な赤い目を私に向けた。

「さ。何でも好きなものを注文してくれ。何でも、何個でも頼んでくれて良いぞ。今夜痛むのは、旦那の財布ではなく。俺の財布だからな」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑った子竜さんは、カウンターに居る職人さんへ手を上げた。いくつか彼のお勧めを頼んで貰うと、私は前々から彼に聞きたかったことを聞いた。

「あの。子竜さん。この前はありがとうございました……えっと、お会いできたら聞きたいことがあって」

「……何か? 俺に出来ることなら」

 不思議そうに首を傾げつつ、子竜さんは頷いた。

 私は彼の頭にある、大きなその赤いお耳に耳打ちをする。ふわふわの毛が、手に触れてくすぐったかった。

「三人の誕生日とかって、ご存知ないですか?」

「……かれこれ腐れ縁に近い、長い付き合いだからな、もちろん知ってはいるが、どうするつもりなんだ?」

「あのっ。サプライズで、お祝いしたくって。後、子竜さんのお店のお仕事で、私にも手伝えることって何かありますか?」

「あいつらほどに、金を持っている人狼たちもなかなかいないと思うが……与えられたお金では、買えないものか?」

 私は彼の悪そうなハンサムな顔の間近で、こくこくと頷いた。

 洗練された余裕ある動きで、さらっと名刺に電話番号を書いてくれた。私は名刺を受け取って、肩掛けの小さなバッグに入れた。

「あいつらも、愛されてるねえ……俺も、羨ましいな」

「……子竜さんは、結婚しないんですか?」

 こんなにもハンサムで若くして青年実業家なのに、引く手数多なのではないだろうか?

「……しないねえ。俺はもし一生一緒に居るなら、相手から愛し愛されたい。その辺に良く居るワガママお嬢様たちだと、叶わない夢なんでね」

「子竜さんだったら、きっといつか叶いますよ」

「ああ……そうだと良いけどね。 二人とも、戻って来たな。またこっそり連絡してくれ。その時に、詳しく話そうか」

「わかりました」

「子竜。子竜。これって、まじで何でも頼んで良いの?」

「お前。高いものから、順に制覇するのやめろよ。やりたいことは知ってるからな。野菜もちゃんと食え」

「へへっ。あ、今日は運転手居るし、酒も飲みたい! 日本酒頼もうー」

 春くんが縦書きのメニュー片手に悩んでいるところで、雄吾さんが帰って来た。

「遅くなって、すまない……子竜、ちょっと話せるか?」

 私は帰ってきた雄吾さんと席を代わり、仕事の話を始めてしまった二人を横で、春くんときゃあきゃあ言いながら高級天ぷらを堪能した。
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