上 下
58 / 151
第一部

058 じじょう

しおりを挟む
 春くんが再度の懇願したその時、表からブレーキ音がした。

 もう新車も納入されていて理人さんと雄吾さんの二人はどちらも車で出掛けているから、どちらかが帰って来たのかもしれない。

 春くんはハッとした顔をして、一気に獣化すると私の横をすり抜けて行った。すぐに玄関の扉の音がして、誰かが入って来た靴音がした。

「……透子?」

 雄吾さんだ。座り込んだままだった私は、慌てて駆け寄った。

「おかえりなさい」

 笑顔がぎこちない私に片眉をあげると、雄吾さんはふうっと大きく息をついた。私のおでこを、指でピンと弾いた。

「あまり、春をいじめないでやってくれよ」

「……でも」

「何があったか知らないが、あいつが脇が甘いのはいつものことだから。あまりいじめすぎると、家出するぞ」

「春くんって……家でしたことあるんですか?」

「ああ。何度かね。あいつは紅蓮の里からも家出同然で出てきたし。行くところもなく、今までは探しに行くまで、山の中で籠っているだけだったけどな」

「どうしよう……」

「……何があったか、もう聞いても?」

 雄吾さんは私の背中に手を当てて、リビングのソファに腰を落ち着けた。

「……春くんが……」

「ああ」

「私の目の前で、別の女の子とキスしたんです」

「春から?」

「違います。無理矢理。不意打ちで」

「……俺には春の何が悪いのか、よくわからないんだが」

「でも、私。それを見て、すごく嫌な気持ちになって……」

「まあ……やきもちを、妬いたんだな。妻の透子が居る前でそういうことをする、その女の子にも問題はあると思うが……春は、昔から女の子に甘いからな」

 くくっと過去を思い出すようにして、雄吾さんは笑った。

「春くんの小さい時のこと、雄吾さんは知ってるんですか?」

「まあな。俺と理人は幼馴染なんだが、あいつは理人の父親の弟の息子なんだ」

「理人さんとは、従兄弟に当たるんですね」

「小さい頃から、こちらの里にたまに遊びに来ていてな。女の子より可愛いって言われて、良く揶揄われて怒っていたな」

「今でも……あれだけ、可愛い顔をしてますもんね」

 私は春くんの可愛い笑顔を、思い浮かべた。今は年頃の青年としての格好良さが加わってしまっても、あれだけ可愛いのだ。

 幼い頃は、きっと天使だと思う。

 雄吾さんは私のなんとも言えない顔を見て、少しだけ笑いながら言った。

「ああ。また、写真を見せるよ……それだから、やたら雌ってだけで甘く優しくしてな。今思えばそうすることで、自分は雌じゃないっていう、あいつの幼いなりの主張だったんだろう。今でも、そういう甘さは残っているな」

「……でも、あの事がなかったら真理亜さんの夫だったって言ってました……それも、嫌だったんです」

「俺はその真理亜っていう子は知らないが、その子の言いたい事情は、少しはわかる……が、透子が凛太にも言っていたが、春のことは春に直接聞いた方が良いだろう」

「……はい」

「今頃、春は家出の準備中かもしれないぞ」

「えっと……雄吾さん。ありがとうございました」

「ああ。このお礼は、また今度してもらうよ」

 私の髪にそっとキスをしてくれた雄吾さんにもう一度お礼を言って、私は春くんの部屋に向かって急いだ。

 とんとんと扉をノックしても、何故か春くんは出て来ずにしんとしている。

「春くん?」

 私はそっと、扉を開けた。部屋の中は夕方の薄暗いまま。茶色のもふもふが、ベッドの上で尻尾を巻いて丸くなっている。

 やっぱり、春くんは泣いてるみたい……やりすぎちゃったかも。

「春くん。ごめんね。私がやり過ぎた。好きだから、泣かないで」

 私は彼の身体をそっと撫でると、茶色のお耳がピンと立った。

「……透子……」

「ごめんなさい。私……真理亜さんに、やきもち妬いた。春くんは私のなのにって思っちゃった。泣かせてごめんね。好きだよ」

 春くんは一気に人化すると、それに驚く私をベッドに引き込みながら可愛い顔で笑った。

「……知ってる。俺はその何倍も、何十倍も好きだよ。透子」

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...