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第一部
058 じじょう
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春くんが再度の懇願したその時、表からブレーキ音がした。
もう新車も納入されていて理人さんと雄吾さんの二人はどちらも車で出掛けているから、どちらかが帰って来たのかもしれない。
春くんはハッとした顔をして、一気に獣化すると私の横をすり抜けて行った。すぐに玄関の扉の音がして、誰かが入って来た靴音がした。
「……透子?」
雄吾さんだ。座り込んだままだった私は、慌てて駆け寄った。
「おかえりなさい」
笑顔がぎこちない私に片眉をあげると、雄吾さんはふうっと大きく息をついた。私のおでこを、指でピンと弾いた。
「あまり、春をいじめないでやってくれよ」
「……でも」
「何があったか知らないが、あいつが脇が甘いのはいつものことだから。あまりいじめすぎると、家出するぞ」
「春くんって……家でしたことあるんですか?」
「ああ。何度かね。あいつは紅蓮の里からも家出同然で出てきたし。行くところもなく、今までは探しに行くまで、山の中で籠っているだけだったけどな」
「どうしよう……」
「……何があったか、もう聞いても?」
雄吾さんは私の背中に手を当てて、リビングのソファに腰を落ち着けた。
「……春くんが……」
「ああ」
「私の目の前で、別の女の子とキスしたんです」
「春から?」
「違います。無理矢理。不意打ちで」
「……俺には春の何が悪いのか、よくわからないんだが」
「でも、私。それを見て、すごく嫌な気持ちになって……」
「まあ……やきもちを、妬いたんだな。妻の透子が居る前でそういうことをする、その女の子にも問題はあると思うが……春は、昔から女の子に甘いからな」
くくっと過去を思い出すようにして、雄吾さんは笑った。
「春くんの小さい時のこと、雄吾さんは知ってるんですか?」
「まあな。俺と理人は幼馴染なんだが、あいつは理人の父親の弟の息子なんだ」
「理人さんとは、従兄弟に当たるんですね」
「小さい頃から、こちらの里にたまに遊びに来ていてな。女の子より可愛いって言われて、良く揶揄われて怒っていたな」
「今でも……あれだけ、可愛い顔をしてますもんね」
私は春くんの可愛い笑顔を、思い浮かべた。今は年頃の青年としての格好良さが加わってしまっても、あれだけ可愛いのだ。
幼い頃は、きっと天使だと思う。
雄吾さんは私のなんとも言えない顔を見て、少しだけ笑いながら言った。
「ああ。また、写真を見せるよ……それだから、やたら雌ってだけで甘く優しくしてな。今思えばそうすることで、自分は雌じゃないっていう、あいつの幼いなりの主張だったんだろう。今でも、そういう甘さは残っているな」
「……でも、あの事がなかったら真理亜さんの夫だったって言ってました……それも、嫌だったんです」
「俺はその真理亜っていう子は知らないが、その子の言いたい事情は、少しはわかる……が、透子が凛太にも言っていたが、春のことは春に直接聞いた方が良いだろう」
「……はい」
「今頃、春は家出の準備中かもしれないぞ」
「えっと……雄吾さん。ありがとうございました」
「ああ。このお礼は、また今度してもらうよ」
私の髪にそっとキスをしてくれた雄吾さんにもう一度お礼を言って、私は春くんの部屋に向かって急いだ。
とんとんと扉をノックしても、何故か春くんは出て来ずにしんとしている。
「春くん?」
私はそっと、扉を開けた。部屋の中は夕方の薄暗いまま。茶色のもふもふが、ベッドの上で尻尾を巻いて丸くなっている。
やっぱり、春くんは泣いてるみたい……やりすぎちゃったかも。
「春くん。ごめんね。私がやり過ぎた。好きだから、泣かないで」
私は彼の身体をそっと撫でると、茶色のお耳がピンと立った。
「……透子……」
「ごめんなさい。私……真理亜さんに、やきもち妬いた。春くんは私のなのにって思っちゃった。泣かせてごめんね。好きだよ」
春くんは一気に人化すると、それに驚く私をベッドに引き込みながら可愛い顔で笑った。
「……知ってる。俺はその何倍も、何十倍も好きだよ。透子」
もう新車も納入されていて理人さんと雄吾さんの二人はどちらも車で出掛けているから、どちらかが帰って来たのかもしれない。
春くんはハッとした顔をして、一気に獣化すると私の横をすり抜けて行った。すぐに玄関の扉の音がして、誰かが入って来た靴音がした。
「……透子?」
雄吾さんだ。座り込んだままだった私は、慌てて駆け寄った。
「おかえりなさい」
笑顔がぎこちない私に片眉をあげると、雄吾さんはふうっと大きく息をついた。私のおでこを、指でピンと弾いた。
「あまり、春をいじめないでやってくれよ」
「……でも」
「何があったか知らないが、あいつが脇が甘いのはいつものことだから。あまりいじめすぎると、家出するぞ」
「春くんって……家でしたことあるんですか?」
「ああ。何度かね。あいつは紅蓮の里からも家出同然で出てきたし。行くところもなく、今までは探しに行くまで、山の中で籠っているだけだったけどな」
「どうしよう……」
「……何があったか、もう聞いても?」
雄吾さんは私の背中に手を当てて、リビングのソファに腰を落ち着けた。
「……春くんが……」
「ああ」
「私の目の前で、別の女の子とキスしたんです」
「春から?」
「違います。無理矢理。不意打ちで」
「……俺には春の何が悪いのか、よくわからないんだが」
「でも、私。それを見て、すごく嫌な気持ちになって……」
「まあ……やきもちを、妬いたんだな。妻の透子が居る前でそういうことをする、その女の子にも問題はあると思うが……春は、昔から女の子に甘いからな」
くくっと過去を思い出すようにして、雄吾さんは笑った。
「春くんの小さい時のこと、雄吾さんは知ってるんですか?」
「まあな。俺と理人は幼馴染なんだが、あいつは理人の父親の弟の息子なんだ」
「理人さんとは、従兄弟に当たるんですね」
「小さい頃から、こちらの里にたまに遊びに来ていてな。女の子より可愛いって言われて、良く揶揄われて怒っていたな」
「今でも……あれだけ、可愛い顔をしてますもんね」
私は春くんの可愛い笑顔を、思い浮かべた。今は年頃の青年としての格好良さが加わってしまっても、あれだけ可愛いのだ。
幼い頃は、きっと天使だと思う。
雄吾さんは私のなんとも言えない顔を見て、少しだけ笑いながら言った。
「ああ。また、写真を見せるよ……それだから、やたら雌ってだけで甘く優しくしてな。今思えばそうすることで、自分は雌じゃないっていう、あいつの幼いなりの主張だったんだろう。今でも、そういう甘さは残っているな」
「……でも、あの事がなかったら真理亜さんの夫だったって言ってました……それも、嫌だったんです」
「俺はその真理亜っていう子は知らないが、その子の言いたい事情は、少しはわかる……が、透子が凛太にも言っていたが、春のことは春に直接聞いた方が良いだろう」
「……はい」
「今頃、春は家出の準備中かもしれないぞ」
「えっと……雄吾さん。ありがとうございました」
「ああ。このお礼は、また今度してもらうよ」
私の髪にそっとキスをしてくれた雄吾さんにもう一度お礼を言って、私は春くんの部屋に向かって急いだ。
とんとんと扉をノックしても、何故か春くんは出て来ずにしんとしている。
「春くん?」
私はそっと、扉を開けた。部屋の中は夕方の薄暗いまま。茶色のもふもふが、ベッドの上で尻尾を巻いて丸くなっている。
やっぱり、春くんは泣いてるみたい……やりすぎちゃったかも。
「春くん。ごめんね。私がやり過ぎた。好きだから、泣かないで」
私は彼の身体をそっと撫でると、茶色のお耳がピンと立った。
「……透子……」
「ごめんなさい。私……真理亜さんに、やきもち妬いた。春くんは私のなのにって思っちゃった。泣かせてごめんね。好きだよ」
春くんは一気に人化すると、それに驚く私をベッドに引き込みながら可愛い顔で笑った。
「……知ってる。俺はその何倍も、何十倍も好きだよ。透子」
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