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第一部
055 やきもち
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翌日、ようやく一人で立てるようになった私が例のパン屋さんに行ってみたいと言うと、春くんは快く良いよと言ってくれた。
そのパン屋さんで女の子が働いていると言うことは、私だってもしかしたらその店で働けるかもしれない。
自分で働いたお金で色々買いたいし、こんなにも大事にしてくれる三人にも、いつかささやかだとしてもお礼がしたい。
車ですぐ近くだと言うお店に辿り着いてからも、私の心はひどく浮き立っていた。
「わ。美味しそうなパンがいっぱい」
「でしょ~? この店って、ネットでも評判良かったんだよね。透子、イートインあるから焼きたてのパンを、何か食べようよ」
「良いの? どれにしよう。迷う」
「ふふ。ゆっくり悩んで良いよ~」
私はパンが沢山陳列された、広い店内を見渡した。
それなりにお客さんは入っているんだけど、元々のお店が広いのか、混み合ってる気はしない。ゆっくりと選べるスペースを計算して、設計されているようだ。
お洒落だし、趣味が良いお店だ。
「こちら、焼きたてでーす。良かったら、いかがですか?」
可愛い女の子の声がした。私と春くんは声につられて、そちらの方向を向く。
三角巾をつけたフワフワの薄茶色の髪の毛を後ろにお下げにしている、ちょっとつり目がちな大きな目が特徴の可愛い女の子だ。
そうすると、そのパンの載ったプレートを持って来た女の子は私たちの視線を感じたのか。こっちを向いて、それから大声を上げた。
「……あれ!? もしかして、春?」
私は隣に居た春くんを見た。春くんは、眉を顰めて少しだけ考えるようにすると、ああと息をついた。
「あれ。真理亜か。めっちゃくちゃ久しぶりだね~」
女の子はパンを載せているプレートをサッと置いて、こちらへと駆け寄ると春くんの右腕にしがみついた。
「えー、すっごい背が伸びてるし、かっこ良くなってる! 昔はチビで女の子みたいに可愛いだけだったのに、今は大違いだね……ね。春。今だったら、結婚してあげても良いよ?」
春くんは困ったように笑うと、やんわりと彼女の手を外そうとしていた。
けど、真理亜さんはますます力を入れて、春くんの腕にしがみついているみたいだ。
「あのさ。俺、もう既婚者なんだ」
「え? 昔は真理亜に結婚して欲しいって言ってたじゃん。今だったら良いよって言ってるのに」
「……真理亜、ごめん。今は奥さんも居るし、離れて欲しい」
春くんは真理亜さんにきっぱりと言うと、隣の私の方を見てすまなさそうな顔をした。
真理亜さんは私をチラッと苛立たし気に見ると、くんくんとちいさな可愛い鼻を動かした。
「えー! この人から、全然春の匂いがしないじゃん。春は、何番目なの? 私だったら序列一番にしてあげる! それに、真理亜の方が可愛いでしょ?」
「……真理亜、悪いけど俺は透子が一番なんだ。それ以上変なことを言うようなら、俺にも考えがある」
珍しく眉を寄せて不機嫌を露わにした春くんに、真理亜さんは一瞬だけビクッとしたようだった。そして、大きな目をうるっと滲ませつつ言った。
「……あのことがなかったら、きっと春は今頃真理亜の夫だったのに……春、考え直したらいつでも私のところにきて良いよ」
そう言うと真理亜さんは、春くんの唇に素早くキスをした。
「真理亜!」
「何よ、昔はほっぺにキスしてあげるって言ったら、なんでもしてた癖に。春のバーカ!」
舌を出しながら、厨房に帰っていく真理亜さん。焦ったように私と真理亜さんを見比べる春くん。私は呆然としながら、二人の様子を見ていた。
◇◆◇
「……透子、真理亜は幼馴染で……その、昔に色々あったっていうか。今はもう何もないっていうか……いや! 昔も今も、何もないっていうか……」
そのままお店を出てきた私はただ呆然として、一度だけ頷いた。
春くんの大きなお耳はしゅんと寝たままになっていて、何回も私の様子を伺いながら、自分の髪の毛をくしゃくしゃと手でまぜた。
私はどうしても春くんの顔を見ることが出来なくて、流れていく窓を見ていた。
呆然だったのを終えてしまうと、なんだかイライラする気持ちを止めることができない。
あ、わかった。
……三人も夫が居て、自分は何言ってるんだって……言われるかもしれないけど。
私。やきもちを、妬いてるんだ……。
そのパン屋さんで女の子が働いていると言うことは、私だってもしかしたらその店で働けるかもしれない。
自分で働いたお金で色々買いたいし、こんなにも大事にしてくれる三人にも、いつかささやかだとしてもお礼がしたい。
車ですぐ近くだと言うお店に辿り着いてからも、私の心はひどく浮き立っていた。
「わ。美味しそうなパンがいっぱい」
「でしょ~? この店って、ネットでも評判良かったんだよね。透子、イートインあるから焼きたてのパンを、何か食べようよ」
「良いの? どれにしよう。迷う」
「ふふ。ゆっくり悩んで良いよ~」
私はパンが沢山陳列された、広い店内を見渡した。
それなりにお客さんは入っているんだけど、元々のお店が広いのか、混み合ってる気はしない。ゆっくりと選べるスペースを計算して、設計されているようだ。
お洒落だし、趣味が良いお店だ。
「こちら、焼きたてでーす。良かったら、いかがですか?」
可愛い女の子の声がした。私と春くんは声につられて、そちらの方向を向く。
三角巾をつけたフワフワの薄茶色の髪の毛を後ろにお下げにしている、ちょっとつり目がちな大きな目が特徴の可愛い女の子だ。
そうすると、そのパンの載ったプレートを持って来た女の子は私たちの視線を感じたのか。こっちを向いて、それから大声を上げた。
「……あれ!? もしかして、春?」
私は隣に居た春くんを見た。春くんは、眉を顰めて少しだけ考えるようにすると、ああと息をついた。
「あれ。真理亜か。めっちゃくちゃ久しぶりだね~」
女の子はパンを載せているプレートをサッと置いて、こちらへと駆け寄ると春くんの右腕にしがみついた。
「えー、すっごい背が伸びてるし、かっこ良くなってる! 昔はチビで女の子みたいに可愛いだけだったのに、今は大違いだね……ね。春。今だったら、結婚してあげても良いよ?」
春くんは困ったように笑うと、やんわりと彼女の手を外そうとしていた。
けど、真理亜さんはますます力を入れて、春くんの腕にしがみついているみたいだ。
「あのさ。俺、もう既婚者なんだ」
「え? 昔は真理亜に結婚して欲しいって言ってたじゃん。今だったら良いよって言ってるのに」
「……真理亜、ごめん。今は奥さんも居るし、離れて欲しい」
春くんは真理亜さんにきっぱりと言うと、隣の私の方を見てすまなさそうな顔をした。
真理亜さんは私をチラッと苛立たし気に見ると、くんくんとちいさな可愛い鼻を動かした。
「えー! この人から、全然春の匂いがしないじゃん。春は、何番目なの? 私だったら序列一番にしてあげる! それに、真理亜の方が可愛いでしょ?」
「……真理亜、悪いけど俺は透子が一番なんだ。それ以上変なことを言うようなら、俺にも考えがある」
珍しく眉を寄せて不機嫌を露わにした春くんに、真理亜さんは一瞬だけビクッとしたようだった。そして、大きな目をうるっと滲ませつつ言った。
「……あのことがなかったら、きっと春は今頃真理亜の夫だったのに……春、考え直したらいつでも私のところにきて良いよ」
そう言うと真理亜さんは、春くんの唇に素早くキスをした。
「真理亜!」
「何よ、昔はほっぺにキスしてあげるって言ったら、なんでもしてた癖に。春のバーカ!」
舌を出しながら、厨房に帰っていく真理亜さん。焦ったように私と真理亜さんを見比べる春くん。私は呆然としながら、二人の様子を見ていた。
◇◆◇
「……透子、真理亜は幼馴染で……その、昔に色々あったっていうか。今はもう何もないっていうか……いや! 昔も今も、何もないっていうか……」
そのままお店を出てきた私はただ呆然として、一度だけ頷いた。
春くんの大きなお耳はしゅんと寝たままになっていて、何回も私の様子を伺いながら、自分の髪の毛をくしゃくしゃと手でまぜた。
私はどうしても春くんの顔を見ることが出来なくて、流れていく窓を見ていた。
呆然だったのを終えてしまうと、なんだかイライラする気持ちを止めることができない。
あ、わかった。
……三人も夫が居て、自分は何言ってるんだって……言われるかもしれないけど。
私。やきもちを、妬いてるんだ……。
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