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第一部
042 あの人
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車のショールームに着くなり、早速車を停めた春くんは私が乗っていた助手席のドアを開けてくれる。
最初にそんなことしなくて良いよって、私は言ったんだけど、したいからさせて……だって。したい気持ちが良く分からないけど、数少ない女性を大事にするのは、この世界ではごく当たり前のことみたい。
「いらっしゃいませ」
店員さんに導かれるままに進むと、ぴかぴかの車がたくさん並んていた。
見るからに車好きな春くんは、好奇心を露わにしてこの車はどうとか店員さんに質問攻めだ。そんな彼の様子を見て本当に車が好きなんだなって、私は思わず笑顔になった。
「……透子さん?」
え?
異世界人の私の名前を知る人なんて、限られている。
慌てて振り向くと、焦げ茶色の髪の毛と持つ、すっきりとした鼻筋のいかにも日本男児な綺麗な顔をした男性だった。
彼も店に入って来たばかりなのか店員に付き添われているから、私たちと同じようにここに車を買い来たところなのかもしれない。
「えっと、凛太……さん?」
「覚えていてくれたんですね」
はにかむように笑うと、この前に春くんと一緒に観たドラマに出ていた俳優その人だった。芸能人だからか。申し訳程度の変装だろうか、黒縁の大きな眼鏡をかけている。
「あの……凛太さんも、ここに車を?」
名前を呼んだもののそれ以外の話題が見つからなくて、そんな当たり前のことを聞いてしまった。
一緒に来てた春くんをちらっと見ると、やっぱりまだ夢中になって店員さんとエンジンルームを覗き込んでいた。
「ええ……透子さんは、今日は夫はご一緒ではないんですか?」
「え、ええっと……夫はそこで、車を見ています」
私が春くんを指差すと、凛太さんは目を見開いて言った。
「元紅蓮の春、ですか?」
春くんは他の二人と違い紅蓮の里出身って言っていたと、私はその時に思い出した。けど、凛太さんはなんでそれを知っているんだろう。
「ええ。夫のことを、ご存知なんですか?」
「……もちろん。彼は、有名ですから」
「有名?」
首を傾げた私に、凛太さんは見る者を虜にしてしまう魅力的な笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。条件反射で少し、顔が赤くなってしまう。
そんな私を見て、彼は片眉を上げて言った。
「透子さん……今は夫は一人だけ、ですか?」
「え? あ。全部で、三人居ます。今日一緒なのは、春くんだけなんですけど……」
「まだ……三人しか、居ないんですね」
まだ? 彼の言葉に、固まってしまった私に凛太さんは真面目な顔をして頷いた。
「そういった情報も、透子さんは知らないんですね……あの、良ければこれを」
凛太さんは胸ポケットから白い名刺を出して、裏に何か書き始めた。疑問符を浮かべていた私に、彼は微笑みながら名刺を渡してくれた。
「僕の連絡先です」
「え? ええっと、凛太さん。ごめんなさい。受け取れません。私……」
「……この前のようには、すぐに結婚して欲しいとは言いませんし。今はこれを受け取ってくれるだけでも、構いません……それに、僕なら彼らが透子さんに隠していることを、教えてあげられるかもしれませんよ?」
三人が私に、隠していること?
凛太さんは私の手に名刺を握らせると、顔を近づけて耳元で囁いた。
「いつでも。例え夜中だって、構いません。透子さんからの連絡を待っています」
凛太さんはそう言うと、するりと私の横をすり抜けて行った。
「透子ー!」
春くんの呼ぶ声が聞こえて、私はさっとデニムのポケットに凛太さんから貰った名刺を差し込むと、慌てて声がした方向を向いた。
私が好みの色で車体やシートの色で決めた車を、また春くんは即決で購入し(!)新車の搬入待ちになったので、そのまま帰路にへと着いた。
「あ。それと今日は理人が透子にプレゼントがあるって、言ってたよ」
「プレゼント?」
「うん。連絡取るための、スマホ。ないと不便でしょ? 誰かが傍に居るだろうけど、別と連絡取りたい時だってあるだろうし。理人のカードで登録してあるから、ネットショッピングで、なんでも好きなもの買ったら良いよ」
「え。そっか……嬉しい」
春くんの言葉を聞いて、私はポケットに突っ込んだままの名刺を思った。凛太さんが書き込んでいたあれって……多分、仕事用の名刺に個人の連絡先を書いていたってことだよね?
「あれ? どうしたの。そんなに、嬉しくなかった?」
春くんは私がこれを聞いて喜ぶと思っていたのか、反応が薄かったので驚いているようだ。
「え? ううん。そんなことないよ。でも私、服とかは見て着てから買いたい派だから。ネットショッピングするよりは、今日みたいにお店に行って物を見てお買い物したいな」
慌てて話題を誤魔化した私に、春くんはニカっと笑って言った。
「そう? 買い物行きたいなら、いつでも連れて行くよ。今日は俺、すっごく楽しかった」
「うん。私も。春くん、今日はありがとう」
そのまま、なんでだか、私は春くんに凛太さんのことを言えなかった。
最初にそんなことしなくて良いよって、私は言ったんだけど、したいからさせて……だって。したい気持ちが良く分からないけど、数少ない女性を大事にするのは、この世界ではごく当たり前のことみたい。
「いらっしゃいませ」
店員さんに導かれるままに進むと、ぴかぴかの車がたくさん並んていた。
見るからに車好きな春くんは、好奇心を露わにしてこの車はどうとか店員さんに質問攻めだ。そんな彼の様子を見て本当に車が好きなんだなって、私は思わず笑顔になった。
「……透子さん?」
え?
異世界人の私の名前を知る人なんて、限られている。
慌てて振り向くと、焦げ茶色の髪の毛と持つ、すっきりとした鼻筋のいかにも日本男児な綺麗な顔をした男性だった。
彼も店に入って来たばかりなのか店員に付き添われているから、私たちと同じようにここに車を買い来たところなのかもしれない。
「えっと、凛太……さん?」
「覚えていてくれたんですね」
はにかむように笑うと、この前に春くんと一緒に観たドラマに出ていた俳優その人だった。芸能人だからか。申し訳程度の変装だろうか、黒縁の大きな眼鏡をかけている。
「あの……凛太さんも、ここに車を?」
名前を呼んだもののそれ以外の話題が見つからなくて、そんな当たり前のことを聞いてしまった。
一緒に来てた春くんをちらっと見ると、やっぱりまだ夢中になって店員さんとエンジンルームを覗き込んでいた。
「ええ……透子さんは、今日は夫はご一緒ではないんですか?」
「え、ええっと……夫はそこで、車を見ています」
私が春くんを指差すと、凛太さんは目を見開いて言った。
「元紅蓮の春、ですか?」
春くんは他の二人と違い紅蓮の里出身って言っていたと、私はその時に思い出した。けど、凛太さんはなんでそれを知っているんだろう。
「ええ。夫のことを、ご存知なんですか?」
「……もちろん。彼は、有名ですから」
「有名?」
首を傾げた私に、凛太さんは見る者を虜にしてしまう魅力的な笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。条件反射で少し、顔が赤くなってしまう。
そんな私を見て、彼は片眉を上げて言った。
「透子さん……今は夫は一人だけ、ですか?」
「え? あ。全部で、三人居ます。今日一緒なのは、春くんだけなんですけど……」
「まだ……三人しか、居ないんですね」
まだ? 彼の言葉に、固まってしまった私に凛太さんは真面目な顔をして頷いた。
「そういった情報も、透子さんは知らないんですね……あの、良ければこれを」
凛太さんは胸ポケットから白い名刺を出して、裏に何か書き始めた。疑問符を浮かべていた私に、彼は微笑みながら名刺を渡してくれた。
「僕の連絡先です」
「え? ええっと、凛太さん。ごめんなさい。受け取れません。私……」
「……この前のようには、すぐに結婚して欲しいとは言いませんし。今はこれを受け取ってくれるだけでも、構いません……それに、僕なら彼らが透子さんに隠していることを、教えてあげられるかもしれませんよ?」
三人が私に、隠していること?
凛太さんは私の手に名刺を握らせると、顔を近づけて耳元で囁いた。
「いつでも。例え夜中だって、構いません。透子さんからの連絡を待っています」
凛太さんはそう言うと、するりと私の横をすり抜けて行った。
「透子ー!」
春くんの呼ぶ声が聞こえて、私はさっとデニムのポケットに凛太さんから貰った名刺を差し込むと、慌てて声がした方向を向いた。
私が好みの色で車体やシートの色で決めた車を、また春くんは即決で購入し(!)新車の搬入待ちになったので、そのまま帰路にへと着いた。
「あ。それと今日は理人が透子にプレゼントがあるって、言ってたよ」
「プレゼント?」
「うん。連絡取るための、スマホ。ないと不便でしょ? 誰かが傍に居るだろうけど、別と連絡取りたい時だってあるだろうし。理人のカードで登録してあるから、ネットショッピングで、なんでも好きなもの買ったら良いよ」
「え。そっか……嬉しい」
春くんの言葉を聞いて、私はポケットに突っ込んだままの名刺を思った。凛太さんが書き込んでいたあれって……多分、仕事用の名刺に個人の連絡先を書いていたってことだよね?
「あれ? どうしたの。そんなに、嬉しくなかった?」
春くんは私がこれを聞いて喜ぶと思っていたのか、反応が薄かったので驚いているようだ。
「え? ううん。そんなことないよ。でも私、服とかは見て着てから買いたい派だから。ネットショッピングするよりは、今日みたいにお店に行って物を見てお買い物したいな」
慌てて話題を誤魔化した私に、春くんはニカっと笑って言った。
「そう? 買い物行きたいなら、いつでも連れて行くよ。今日は俺、すっごく楽しかった」
「うん。私も。春くん、今日はありがとう」
そのまま、なんでだか、私は春くんに凛太さんのことを言えなかった。
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