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第一部
037 宣言
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「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
春くんと二人でキッチンに立ち夕食の準備をしていた時、理人さんが帰って来た。
昨日と同じような、濃紺のスーツ姿だった。光沢のある素材のネクタイも完璧に色が合わせられていて、全く隙がなく立ち姿も美しい。
「おかえり。理人。待ってた~」
「何かあったか?」
理人さんは、眉を顰めつつジャケットを脱ぎながら答えた。私は彼が脱いだジャケットを受け取り、リビングに常備しているハンガーへと掛けた。
「……久祈さんてさ。敵なの、味方なの?」
彼らの兄弟の関係について敢えて踏み込んだような言葉を、春くんは使った。テーブルの上には料理の載ったお皿は並べ終えたし、後は部屋でまだ仕事をしている雄吾さんを呼ぶだけの状態になっている。
「……何のことだ?」
「小夜乃が、透子の夢に出てきたらしいよ」
「透子さんの?」
いきなり表情をなくして、理人さんは私の方向に向かって来た。軽く腕を取られて、顔を近づけて問い掛けられた。
「何を、されました? あの子に、何か言われましたか?」
「えっと……実はあまり覚えてないんです。最後に良くわからない死神の話を、されただけで」
「死神?」
理人さんは、その単語を聞き不快そう眉を寄せた。この人がそんな風に気持ちを表情に出すのは珍しい。いつも、無表情に近いからだ。
「……何かの暗号? それにしちゃ、不吉過ぎるだろ?」
春くんは、腕組みをして仏頂面だ。彼は理人さんの妹を、あまり良くは思っていない。
「わかった。兄さんには、僕から後で話そう。透子さん、不安な思いをさせてすみませんでした。兄は妹に甘くて……他の兄弟は、僕以外は皆そうなんですけど」
何処か悔いるような響きの声で、理人さんは言った。
「甘過ぎだよ。小夜乃が理人にしたことって、到底許されることでもないだろ」
「……春。それ以上は言うな」
身体中にぶわっと、鳥肌が立った。間近で強い気を、感じたからだ。それは淡々とした口調だったものの、理人さんが無表情で春くんを見つめている。
「ごめん……俺、雄吾呼んでくる」
理人さんの圧から逃れるようにして、春くんはさっと逃げるように素早く階段へと向かった。
「……すみません。咄嗟だったので、怖がらせましたね」
「あ。私は……大丈夫です。夢のことは、ほとんど覚えていませんし。でも……夢を渡ることが出来るなんて、本当に不思議な力ですね」
「兄の能力、ですか?」
「はい、そうです。夢の中のことが、自分の思い通りになるなんて。なんだか素敵だなと思います」
「……あの時。猫又を追い出して、あの人とすぐ別れたのではないんですね?」
理人さんには、何でもお見通しみたいだった。
私はとても滑りやすい自分の口に、片手を当てた。でも、急に殺気立っていた理人さんの雰囲気が柔らかくなったので、それはそれで良いかと息をついて微笑んだ。
「はい。自分の夢まで送っていただいて、夢の中でなら。何でも思い通りになるからと、色々見せてもらいました」
「何を、願いました?」
「多分。言ったら、笑いますよ」
「どうして。知りたいです」
理人さんは片手でネクタイを取りながら私に聞いた。その色っぽい仕草に顔が熱くなる。
「あの、すぐに三人に会いたいって言いました」
照れ笑いしながら明かす。理人さんは無表情で頷いただけだ。このまま、笑い話にしてしまった方が良いのかもしれない。
「……そうですか」
「起きたらすぐそばに居るよって言われたんですけど、ほんの少しの間起きるまでなんですけど、夢の中でも会いたくて。ふふ、おかしいですよね」
ネクタイを受け取ってジャケットと一緒にかけようとしたところで後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「少しだけ、このままで良いですか?」
「でも、雄吾さんと春くんが帰ってきますよ」
私はあわあわと慌てながら、答えた。二人にこんな姿を見られてしまうのは、流石に恥ずかしい。
「大丈夫です。二人ともまだ二階の部屋から出てきていませんから。近づいてきたら僕がわかります」
「えっと……それなら、私は大丈夫です」
私は自分の首元にある彼の腕に、両手を当てた。理人さんの放つ空気が、とても甘くて熱い
彼から香る、いつものシトラスの香りも少し感じる。何も言わずに多分何分か、ドキドキして時間の感覚なんてなくなっていたけど、二人そのままだった。
「今夜はずっと一緒ですから、覚悟してくださいね」
離れてしまう瞬間、耳にキスをされた。
すぐに雄吾さんと春くんが来たけど、私の顔がどうして赤くなっているのかは誰も何も聞かなかった。
「おかえりなさい」
春くんと二人でキッチンに立ち夕食の準備をしていた時、理人さんが帰って来た。
昨日と同じような、濃紺のスーツ姿だった。光沢のある素材のネクタイも完璧に色が合わせられていて、全く隙がなく立ち姿も美しい。
「おかえり。理人。待ってた~」
「何かあったか?」
理人さんは、眉を顰めつつジャケットを脱ぎながら答えた。私は彼が脱いだジャケットを受け取り、リビングに常備しているハンガーへと掛けた。
「……久祈さんてさ。敵なの、味方なの?」
彼らの兄弟の関係について敢えて踏み込んだような言葉を、春くんは使った。テーブルの上には料理の載ったお皿は並べ終えたし、後は部屋でまだ仕事をしている雄吾さんを呼ぶだけの状態になっている。
「……何のことだ?」
「小夜乃が、透子の夢に出てきたらしいよ」
「透子さんの?」
いきなり表情をなくして、理人さんは私の方向に向かって来た。軽く腕を取られて、顔を近づけて問い掛けられた。
「何を、されました? あの子に、何か言われましたか?」
「えっと……実はあまり覚えてないんです。最後に良くわからない死神の話を、されただけで」
「死神?」
理人さんは、その単語を聞き不快そう眉を寄せた。この人がそんな風に気持ちを表情に出すのは珍しい。いつも、無表情に近いからだ。
「……何かの暗号? それにしちゃ、不吉過ぎるだろ?」
春くんは、腕組みをして仏頂面だ。彼は理人さんの妹を、あまり良くは思っていない。
「わかった。兄さんには、僕から後で話そう。透子さん、不安な思いをさせてすみませんでした。兄は妹に甘くて……他の兄弟は、僕以外は皆そうなんですけど」
何処か悔いるような響きの声で、理人さんは言った。
「甘過ぎだよ。小夜乃が理人にしたことって、到底許されることでもないだろ」
「……春。それ以上は言うな」
身体中にぶわっと、鳥肌が立った。間近で強い気を、感じたからだ。それは淡々とした口調だったものの、理人さんが無表情で春くんを見つめている。
「ごめん……俺、雄吾呼んでくる」
理人さんの圧から逃れるようにして、春くんはさっと逃げるように素早く階段へと向かった。
「……すみません。咄嗟だったので、怖がらせましたね」
「あ。私は……大丈夫です。夢のことは、ほとんど覚えていませんし。でも……夢を渡ることが出来るなんて、本当に不思議な力ですね」
「兄の能力、ですか?」
「はい、そうです。夢の中のことが、自分の思い通りになるなんて。なんだか素敵だなと思います」
「……あの時。猫又を追い出して、あの人とすぐ別れたのではないんですね?」
理人さんには、何でもお見通しみたいだった。
私はとても滑りやすい自分の口に、片手を当てた。でも、急に殺気立っていた理人さんの雰囲気が柔らかくなったので、それはそれで良いかと息をついて微笑んだ。
「はい。自分の夢まで送っていただいて、夢の中でなら。何でも思い通りになるからと、色々見せてもらいました」
「何を、願いました?」
「多分。言ったら、笑いますよ」
「どうして。知りたいです」
理人さんは片手でネクタイを取りながら私に聞いた。その色っぽい仕草に顔が熱くなる。
「あの、すぐに三人に会いたいって言いました」
照れ笑いしながら明かす。理人さんは無表情で頷いただけだ。このまま、笑い話にしてしまった方が良いのかもしれない。
「……そうですか」
「起きたらすぐそばに居るよって言われたんですけど、ほんの少しの間起きるまでなんですけど、夢の中でも会いたくて。ふふ、おかしいですよね」
ネクタイを受け取ってジャケットと一緒にかけようとしたところで後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「少しだけ、このままで良いですか?」
「でも、雄吾さんと春くんが帰ってきますよ」
私はあわあわと慌てながら、答えた。二人にこんな姿を見られてしまうのは、流石に恥ずかしい。
「大丈夫です。二人ともまだ二階の部屋から出てきていませんから。近づいてきたら僕がわかります」
「えっと……それなら、私は大丈夫です」
私は自分の首元にある彼の腕に、両手を当てた。理人さんの放つ空気が、とても甘くて熱い
彼から香る、いつものシトラスの香りも少し感じる。何も言わずに多分何分か、ドキドキして時間の感覚なんてなくなっていたけど、二人そのままだった。
「今夜はずっと一緒ですから、覚悟してくださいね」
離れてしまう瞬間、耳にキスをされた。
すぐに雄吾さんと春くんが来たけど、私の顔がどうして赤くなっているのかは誰も何も聞かなかった。
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