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第一部
031 帰宅
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三人の膠着した気まずい時間を終わらせたのは、帰宅した理人さんと雄吾さんが玄関のドアを開けた音だ。
私は慌てて立ち上がって、応接室のドアを開ける。
「……小巻か? 何しに来た?」
部屋の様子を見て取ったのか。雄吾さんの嫌そうな声が、天井の高い玄関ホールに響いた。
「兄さん、久しぶり。ご挨拶ね。群れに戻って結婚したって聞いたから来たのよ。女嫌いのはずの兄さんが、どんな風の吹き回し?」
「お前に関係ない」
「……ふうん? 理人さん。初めまして。私雄吾の妹の小巻です。兄が、お世話になっています」
小巻さんは急にしおらしく態度を変えて、雄吾さんの後ろに居た理人さんに挨拶し出した。理人さんはそれを完全に無視して、動けなかった私に近づいて手を取った。
「お待たせしました。僕達には関係ないようだから、部屋に戻りましょう」
「……え? でも……」
一応彼女は私にとって義理の妹、という親族になるんじゃないだろうか? こんな風に扱ってしまって、大丈夫?
「あー、俺も行く。雄吾、まじ妹の教育失敗してるよ」
春くんも立ち上がると私のすぐ後ろに来て、小巻さんに向かって嫌そうに舌を出した。小巻さんは、それを見て面白そうに微笑んだだけだ。
「俺が教育する役じゃないって……あー」
頭を抱える雄吾さんをよそに、私は黙ったままの理人さんに手を引かれて階段を上がる。
「良いんでしょうか?」
「大丈夫でしょう。気にしなくて良いです。そんなものですよ」
「……えっと、理人さん。あのどうなりました?」
「ああ、終わりました。もう貴女に手出しすることは、絶対にないと思います」
その時の理人さんはさらっと言ったんだけど、振り返った時にグレーの目には底冷えするような怒りが見えて、少しだけ怖かった。彼が私に危害を加える訳ないって、わかっていても。
「理人。俺ちょっと買い物で外出してきたいんだけど、透子頼める?」
春くんが、階段の下から声を掛けてきた。脱いでいたお洒落なジャケットも、いつの間にかちゃんと着ているし、車の鍵を出して出掛ける準備万端だ。
「……早く戻れ」
「わかってるって。行ってくるねー。透子」
「いってらっしゃい」
理人さんに手を引かれながら、私は手を振る春くんに挨拶を返す。
強く引かれる手が、ちょっと痛い。いつも優しくて優しすぎるくらいなのに、理人さんがどれだけこれまで心配したかを表しているようで、なんだか何も言えなかった。
やがて奥の私の部屋まで辿り着いて、大きなソファに隣り合って座るとようやく一息つけた。
「……すみません。目覚めた透子さんと、一緒に居たかったんですけど、僕達の掟で、落とし前をどうしてもつけなきゃいけなくて」
「いえ、私のため……ですよね? ありがとうございました」
「礼は言わなくて良いです。僕が一番大事なのは、透子さんですので」
さらっと言われた言葉に、私の顔は熱くなる。こんなに短期間でと思われるかもしれないけど、彼をすごくすごく好きになっちゃっているから、最初に好きって言われた時よりもっと。
少し言葉もなく部屋の中がしん、とする。ドキドキしてなんだか、ここから逃げ出したくなって、胸が苦しい。
「あのっ、私お茶でも……」
立ち上がりかけた時に手を引かれて、彼の膝に腰が落ちて後ろから抱きしめられた。
「お茶は、良いです。それより一緒に居てくれませんか?」
なぜだろう、ぎゅっと抱きしめられると、なんだか焦げた匂いがする。気になるほどではないけど、落とし前ってもしかして。
春くんも、理人さんがその気になったら、この里も一夜でなくなると言っていたけど……火で焦げた匂い?
「……ずっと、起きなかったので心配しました」
背後から唐突にかけられた声にドキっとして、振り向いた。
私の唇にキスをすると、そのまま舌を差し込んでくちゅくちゅと口の中を混ぜ合わせる。久しぶりのキスに頭がぼーっとする。気持ち良すぎて、溶けていきそう。
理人さんは何故か執拗に私の唾液を飲もうとするし、息も上手に出来ない。
やっと口を離した時には、私はふにゃふにゃになっていたと思う。
「はあっ……はあ」
息をついた私に色気たっぷりの視線を送り、そっと時計を見て優しく微笑んだ。
「それじゃ……夕食まで、また練習しましょうか?」
私は慌てて立ち上がって、応接室のドアを開ける。
「……小巻か? 何しに来た?」
部屋の様子を見て取ったのか。雄吾さんの嫌そうな声が、天井の高い玄関ホールに響いた。
「兄さん、久しぶり。ご挨拶ね。群れに戻って結婚したって聞いたから来たのよ。女嫌いのはずの兄さんが、どんな風の吹き回し?」
「お前に関係ない」
「……ふうん? 理人さん。初めまして。私雄吾の妹の小巻です。兄が、お世話になっています」
小巻さんは急にしおらしく態度を変えて、雄吾さんの後ろに居た理人さんに挨拶し出した。理人さんはそれを完全に無視して、動けなかった私に近づいて手を取った。
「お待たせしました。僕達には関係ないようだから、部屋に戻りましょう」
「……え? でも……」
一応彼女は私にとって義理の妹、という親族になるんじゃないだろうか? こんな風に扱ってしまって、大丈夫?
「あー、俺も行く。雄吾、まじ妹の教育失敗してるよ」
春くんも立ち上がると私のすぐ後ろに来て、小巻さんに向かって嫌そうに舌を出した。小巻さんは、それを見て面白そうに微笑んだだけだ。
「俺が教育する役じゃないって……あー」
頭を抱える雄吾さんをよそに、私は黙ったままの理人さんに手を引かれて階段を上がる。
「良いんでしょうか?」
「大丈夫でしょう。気にしなくて良いです。そんなものですよ」
「……えっと、理人さん。あのどうなりました?」
「ああ、終わりました。もう貴女に手出しすることは、絶対にないと思います」
その時の理人さんはさらっと言ったんだけど、振り返った時にグレーの目には底冷えするような怒りが見えて、少しだけ怖かった。彼が私に危害を加える訳ないって、わかっていても。
「理人。俺ちょっと買い物で外出してきたいんだけど、透子頼める?」
春くんが、階段の下から声を掛けてきた。脱いでいたお洒落なジャケットも、いつの間にかちゃんと着ているし、車の鍵を出して出掛ける準備万端だ。
「……早く戻れ」
「わかってるって。行ってくるねー。透子」
「いってらっしゃい」
理人さんに手を引かれながら、私は手を振る春くんに挨拶を返す。
強く引かれる手が、ちょっと痛い。いつも優しくて優しすぎるくらいなのに、理人さんがどれだけこれまで心配したかを表しているようで、なんだか何も言えなかった。
やがて奥の私の部屋まで辿り着いて、大きなソファに隣り合って座るとようやく一息つけた。
「……すみません。目覚めた透子さんと、一緒に居たかったんですけど、僕達の掟で、落とし前をどうしてもつけなきゃいけなくて」
「いえ、私のため……ですよね? ありがとうございました」
「礼は言わなくて良いです。僕が一番大事なのは、透子さんですので」
さらっと言われた言葉に、私の顔は熱くなる。こんなに短期間でと思われるかもしれないけど、彼をすごくすごく好きになっちゃっているから、最初に好きって言われた時よりもっと。
少し言葉もなく部屋の中がしん、とする。ドキドキしてなんだか、ここから逃げ出したくなって、胸が苦しい。
「あのっ、私お茶でも……」
立ち上がりかけた時に手を引かれて、彼の膝に腰が落ちて後ろから抱きしめられた。
「お茶は、良いです。それより一緒に居てくれませんか?」
なぜだろう、ぎゅっと抱きしめられると、なんだか焦げた匂いがする。気になるほどではないけど、落とし前ってもしかして。
春くんも、理人さんがその気になったら、この里も一夜でなくなると言っていたけど……火で焦げた匂い?
「……ずっと、起きなかったので心配しました」
背後から唐突にかけられた声にドキっとして、振り向いた。
私の唇にキスをすると、そのまま舌を差し込んでくちゅくちゅと口の中を混ぜ合わせる。久しぶりのキスに頭がぼーっとする。気持ち良すぎて、溶けていきそう。
理人さんは何故か執拗に私の唾液を飲もうとするし、息も上手に出来ない。
やっと口を離した時には、私はふにゃふにゃになっていたと思う。
「はあっ……はあ」
息をついた私に色気たっぷりの視線を送り、そっと時計を見て優しく微笑んだ。
「それじゃ……夕食まで、また練習しましょうか?」
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