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第一部
022傷
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「春くん、美味しい」
ご馳走の名に相応しい種類と量の料理が、所せましと食卓に並んでいる。どれも美味しいからあれもこれもと食べていたら、すぐ太ってしまいそうだ。
「でしょー? 俺天才だよね!」
「あまり、おだてるな。こいつはすぐ調子に乗るぞ」
「雄吾はもう食べなくて良いよ」
私は雄吾さんと春くんの言い合いを笑って眺めながら、手作りだというローストビーフを口にした。
その時、二人の頭の上にある耳が、大きく動いた。
「……帰って来たね」
「ああ」
彼らは二人で頷き合って、揃って何を言い出したのかと戸惑っている私を見た。
「ごめん。透子。これだけ気が立っていたら、俺たちは近付けないから……理人に、タオル持って行ってあげて」
春くんは、慌てて動いて大きなタオルを何枚か私に渡してくれる。確か理人さんは、朝出る時に帰りは深夜になると言っていたはずのに、時計を見るとまだ夕飯を食べていてもおかしくない時間だ。
「……え? どうしたの? 何か、あった?」
突然態度の変わった二人に尋ねても、彼らは顔を見合わせている。雄吾さんが言い難そうにしながら、私に言った。
「おそらく……透子以外が今近付いたら、お互いに怪我するだろうな。そのくらい……気が立っている。すまないが、宥めて来てくれ」
「……わかった。私で出来るかわからないけど、やってみるね」
経緯は全く良くわからないけど、理人さんが気が立っていて二人が近付けば良くないことが起こるみたいだ。
「透子。ありがとう」
「うん」
心配そうな二つの視線に頷きながら、私は渡された大量のタオルを抱えて、玄関ホールに出た。
「理人さん」
「……透子さん」
私は彼に駆け寄りながらも驚いてしまった、理人さんの左頬には明らかに殴られた痕があったからだ。高級そうなスーツはびしょ濡れだし、理人さんの銀髪や頬からも水滴が垂れている。
「大変っ」
私は大きなタオルを広げて、彼を抱きしめるようにして拭き始めた。理人さんは濡れていたスーツの上着を脱いで、バサッと音をさせてそのまま床に落とした。
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないです。あの……すぐにお風呂沸かして、救急箱持ってきますね」
私は次々に彼の体にタオルをかけて、身を翻して行こうとするところを手を引かれて、気がついたら彼の腕の中に居た。
「その前に僕を宥めてくれませんか。なんだかもう……全部を壊してしまいそうだ」
私達が交わしていた会話を聞いていたのか、本当にそう思っているのかはわからないけれど、私は背の高い理人さんの背中に手を回した。
「……寒くないですか?」
「温めてくれます?」
疑問を逆に聞き返された。私は理人さんの表情を失くした綺麗な顔を見た。いつもの無表情とは全然違う。まさに氷のような、と形容してもおかしくない程。殴られたところを除けば、美しすぎる彫刻のような顔だ。
「まずお風呂に入ってからです。あと、手当てしてから」
「……そうしたら、僕と一緒に居てくれますか?」
「はい。もちろん。理人さんが嫌と言うまで」
「約束ですよ」
彼はもう一度ぎゅっと私を抱きしめると、浴室の方向に向かって歩き出した。私は理人さんの着替えと救急箱の準備をしに、リビングへと向かった。
「どうだった?」
私が戻ったら、春くんがひょこっと顔を出す。心配そうで眉が寄っていて、大きな口もへの字になってる。
「誰かに……殴られているみたい。何か冷やすものと、救急箱ある?」
「もちろん。ちょっと待ってて」
春くんはサッと身を翻して、手際良く必要なものを用意してくれる。私はその間に、理人さんの着替えだ。
「理人さん、着替え置いておきますね」
私は、脱衣所で声をかけた。浴室からは、断続的にシャワーの音がする。
「……透子さん」
「はい。なんでしょう」
「すみません。僕濡れていたのに、抱きしめてしまいました。今更ですけど、濡れてませんか?」
理人さんは少しは正気に戻って来ているのだろうか、なんだか声が恥ずかしそうだ。
「ふふ。タオルごとだったので、大丈夫ですよ。私、自分の部屋に居ますので。怪我の手当てしますから後で来てくださいね」
「……わかりました」
ご馳走の名に相応しい種類と量の料理が、所せましと食卓に並んでいる。どれも美味しいからあれもこれもと食べていたら、すぐ太ってしまいそうだ。
「でしょー? 俺天才だよね!」
「あまり、おだてるな。こいつはすぐ調子に乗るぞ」
「雄吾はもう食べなくて良いよ」
私は雄吾さんと春くんの言い合いを笑って眺めながら、手作りだというローストビーフを口にした。
その時、二人の頭の上にある耳が、大きく動いた。
「……帰って来たね」
「ああ」
彼らは二人で頷き合って、揃って何を言い出したのかと戸惑っている私を見た。
「ごめん。透子。これだけ気が立っていたら、俺たちは近付けないから……理人に、タオル持って行ってあげて」
春くんは、慌てて動いて大きなタオルを何枚か私に渡してくれる。確か理人さんは、朝出る時に帰りは深夜になると言っていたはずのに、時計を見るとまだ夕飯を食べていてもおかしくない時間だ。
「……え? どうしたの? 何か、あった?」
突然態度の変わった二人に尋ねても、彼らは顔を見合わせている。雄吾さんが言い難そうにしながら、私に言った。
「おそらく……透子以外が今近付いたら、お互いに怪我するだろうな。そのくらい……気が立っている。すまないが、宥めて来てくれ」
「……わかった。私で出来るかわからないけど、やってみるね」
経緯は全く良くわからないけど、理人さんが気が立っていて二人が近付けば良くないことが起こるみたいだ。
「透子。ありがとう」
「うん」
心配そうな二つの視線に頷きながら、私は渡された大量のタオルを抱えて、玄関ホールに出た。
「理人さん」
「……透子さん」
私は彼に駆け寄りながらも驚いてしまった、理人さんの左頬には明らかに殴られた痕があったからだ。高級そうなスーツはびしょ濡れだし、理人さんの銀髪や頬からも水滴が垂れている。
「大変っ」
私は大きなタオルを広げて、彼を抱きしめるようにして拭き始めた。理人さんは濡れていたスーツの上着を脱いで、バサッと音をさせてそのまま床に落とした。
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないです。あの……すぐにお風呂沸かして、救急箱持ってきますね」
私は次々に彼の体にタオルをかけて、身を翻して行こうとするところを手を引かれて、気がついたら彼の腕の中に居た。
「その前に僕を宥めてくれませんか。なんだかもう……全部を壊してしまいそうだ」
私達が交わしていた会話を聞いていたのか、本当にそう思っているのかはわからないけれど、私は背の高い理人さんの背中に手を回した。
「……寒くないですか?」
「温めてくれます?」
疑問を逆に聞き返された。私は理人さんの表情を失くした綺麗な顔を見た。いつもの無表情とは全然違う。まさに氷のような、と形容してもおかしくない程。殴られたところを除けば、美しすぎる彫刻のような顔だ。
「まずお風呂に入ってからです。あと、手当てしてから」
「……そうしたら、僕と一緒に居てくれますか?」
「はい。もちろん。理人さんが嫌と言うまで」
「約束ですよ」
彼はもう一度ぎゅっと私を抱きしめると、浴室の方向に向かって歩き出した。私は理人さんの着替えと救急箱の準備をしに、リビングへと向かった。
「どうだった?」
私が戻ったら、春くんがひょこっと顔を出す。心配そうで眉が寄っていて、大きな口もへの字になってる。
「誰かに……殴られているみたい。何か冷やすものと、救急箱ある?」
「もちろん。ちょっと待ってて」
春くんはサッと身を翻して、手際良く必要なものを用意してくれる。私はその間に、理人さんの着替えだ。
「理人さん、着替え置いておきますね」
私は、脱衣所で声をかけた。浴室からは、断続的にシャワーの音がする。
「……透子さん」
「はい。なんでしょう」
「すみません。僕濡れていたのに、抱きしめてしまいました。今更ですけど、濡れてませんか?」
理人さんは少しは正気に戻って来ているのだろうか、なんだか声が恥ずかしそうだ。
「ふふ。タオルごとだったので、大丈夫ですよ。私、自分の部屋に居ますので。怪我の手当てしますから後で来てくださいね」
「……わかりました」
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