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第一部
020雨音
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私は春くん二人で大きな豪邸の中で普段使用するだろう部屋を中心に順番に綺麗にしていった。
とは言っても、働き者の春くんによって全体的にざっとは掃除されているみたいで、私は彼に指示をされながらそんなに汚れていない机なんかを雑巾で拭いたり、埃を箒で掃き出しをするくらい。
「ここって、誰の部屋にするの?」
水色を基調にした調度が置かれた部屋で、春くんに質問した。豪邸なので家具なども明らかにデザインに拘った高級そうなものが多い。まるで理想の部屋を表現していたショールームみたいな部屋でこれからは生活することになりそうだ。
「んー。この部屋は、俺だよ。透子が寂しくなったらいつでも来てね~」
前もって水洗いしてから乾燥して綺麗にしていた空調のフィルターを変えながら、春くんは言った。彼はすごく背が高いから、脚立の低い段で十分天井に近い位置にある空調の高さまで手が届いている。
「春くんて、背が高いよね。何センチ?」
「高校時代に最後に測った時は180センチくらいだったけど……今はどうかな~? 流石にそれからは伸びてないかもしれないね」
春くんは器用な動きで、手早くガタガタと音をさせつつ空調のカバーを閉じていく。
「春くんて、いくつなの?」
「俺は二十歳だよ。何々~? 能力のこともそうだけど、俺たちのこと色々知りたくなってきた?」
「私と、同い年なんだね。うん。結婚したし、皆のこといっぱい知りたいなあって思っちゃった」
汚れていた雑巾を洗って絞りながらしみじみ言った私に、春くんは面白うそうにクスッと笑った。
「俺は、透子のそんなところが好きだな~」
春くんはすんなりと私のことを「好き」だと言った。彼からの好意は感じていたものの、言葉に出されたのは初めてだったので戸惑ってしまう。
「……どういうとこ?」
「うーん……すごく、前向きだよね? 異世界に来て、絶対に戸惑っているはずなのに、自分の中での最善を、探しているような感じがするから」
飄々としながら答える春くんは、傍若無人に振る舞っているように見せながらも周囲をよく見ているのかもしれない。
「春くんは、私と結婚して良かったと思う?」
「うわあ」
「何?」
「直球で来るなって、思った」
「なんか、聞きたかった」
「まだ結婚してから日にちは経ってないけど、俺は本当にすっげー、嬉しいよ……一応夫候補になるための授業とかは、親に言われて取ってはいたんだけど……結婚なんてするつもりなかったんだ。幼い頃は良かったんだけど……成長するにつれて女の子って、正直面倒くさいなって思ってたし。それで俺も色々あって里も出ちゃったし。だから、そもそも結婚なんて、根本的に不可能になったしさ。でも、こうやって透子に会って、確かに森で迷い込んだところを運良く助けたけど。透子に奇跡的に選んで貰えて、すっごく嬉しい」
「……うん。私もそう言って貰えて嬉しい」
春くんの正直な気持ちが知れて、良かった。結婚しなきゃいけない私が三人を選んだことで、彼らには選択権がないように思っていたから。
「どうしたの? 急に」
春くんは私が持とうとしたバケツの取っ手をサッと持つと、間近で私を不思議そうに見た。
「ううん。なんとなく、思っただけ」
「そっか。透子は不安になったら、いくらでも俺の気持ちを言うから。聞いてね~」
春くんは安心させるように、大きな口でにかっと笑った。
「あー……えっとね。俺は今から買い物に行くんだけど」
「あ、お出かけする? 用意するね」
私がそう言うと、彼は目に見えて困った表情になった。
「……うーん。すごく言い難いんだけどさ。匂いつけの終わってない透子は、今は外出は出来ないんだよ」
大きな茶色の獣耳が、申し訳なさそうにへにゃっと垂れた。
「あ」
そうだ。なんだか、完全に忘れてた。その、そういうことが終わるまで、私の所有権(?)は主張出来ないんだよね。だから、それを早くしようとなっていたのに。
「忘れてた? んでさ。この巣の中だと、そうそうな奴らは手出し出来ないから。安全だとは思うんだけど……一応は雄吾の近くに居て貰える? 俺もなるべく早く帰るからさ」
「うん、わかった。雄吾さんはどこにいるの?」
そういえば、雄吾さんは朝食食べて以来姿を見ていない。
「自分の部屋で、株やってると思うよ~」
「え?」
「俺は自分がやらないから、難しいことはわからないんだけどさ。あいつ株で結構儲けてるんだよね。てか、それが仕事。投資家ってやつ」
「ふーん……?」
「あ。透子、株に興味ないでしょ」
「うん。なんか、難しそう」
二人で、顔を見合わせて笑い合う。春くんは、相性もあるとは思うけど私にとって一緒に居てすごく楽。彼が気さくな性格的なものあって、自然と気を使える人なんだと思う。
春くんに見つけて貰って彼と結婚出来て良かったって、そう思った。
◇◆◇
「……雄吾さん?」
私は大きな扉をノックしてから、彼の返事が聞こえたので薄暗い部屋に入った。
「……春は?」
三人の中で一番低い声。雄吾さんが、黒縁の眼鏡を外しながらパソコンのディスプレイを見ていた視線を外してこちらを振り向いた。
「えっと……買い物に出かけました。二時間くらいで、戻るみたいです」
二台のモニターの前で、視線を戻した彼はマウスをカチカチと動かしていた。忙しなく変わっていく、黒い画面に映し出される市場の状況。瞬く間に、線グラフや数字が切り替わっていく。
「悪い。後少しで取引時間が終わるから、待っていてくれ」
「あ。私の事は、大丈夫なので、あまりお構いなく。えっと、春くんに本を貸して貰ったので読んでますね」
雄吾さんの部屋にある、寝てしまえるほどに大きなソファに腰を掛けて、春くんからこれが絶対おすすめと言われたラブストーリーの本を開く。
物語の序盤が終わったところだろうか。ポツポツという雨音が、外から聞こえてきた。
「……降り出したな」
「あ、雨。二人とも大丈夫かな」
「春は車だろうが……理人は、どうかな」
そういえば、車は一台しかないから。春くんが乗っていったのなら、理人さんは徒歩で出かけていったのだろう。
「もしかしたら、帰って来る所を降られちゃうかもしれませんね……」
「ああ」
そして、また沈黙。カチカチというマウスの音と強くなった雨の音だけが響く。
でも、なんだかそれが心地よくて。私は読みかけの本をローテーブルに置いてからふわっとしたクッションのあるソファに横になって、目を閉じた。
とは言っても、働き者の春くんによって全体的にざっとは掃除されているみたいで、私は彼に指示をされながらそんなに汚れていない机なんかを雑巾で拭いたり、埃を箒で掃き出しをするくらい。
「ここって、誰の部屋にするの?」
水色を基調にした調度が置かれた部屋で、春くんに質問した。豪邸なので家具なども明らかにデザインに拘った高級そうなものが多い。まるで理想の部屋を表現していたショールームみたいな部屋でこれからは生活することになりそうだ。
「んー。この部屋は、俺だよ。透子が寂しくなったらいつでも来てね~」
前もって水洗いしてから乾燥して綺麗にしていた空調のフィルターを変えながら、春くんは言った。彼はすごく背が高いから、脚立の低い段で十分天井に近い位置にある空調の高さまで手が届いている。
「春くんて、背が高いよね。何センチ?」
「高校時代に最後に測った時は180センチくらいだったけど……今はどうかな~? 流石にそれからは伸びてないかもしれないね」
春くんは器用な動きで、手早くガタガタと音をさせつつ空調のカバーを閉じていく。
「春くんて、いくつなの?」
「俺は二十歳だよ。何々~? 能力のこともそうだけど、俺たちのこと色々知りたくなってきた?」
「私と、同い年なんだね。うん。結婚したし、皆のこといっぱい知りたいなあって思っちゃった」
汚れていた雑巾を洗って絞りながらしみじみ言った私に、春くんは面白うそうにクスッと笑った。
「俺は、透子のそんなところが好きだな~」
春くんはすんなりと私のことを「好き」だと言った。彼からの好意は感じていたものの、言葉に出されたのは初めてだったので戸惑ってしまう。
「……どういうとこ?」
「うーん……すごく、前向きだよね? 異世界に来て、絶対に戸惑っているはずなのに、自分の中での最善を、探しているような感じがするから」
飄々としながら答える春くんは、傍若無人に振る舞っているように見せながらも周囲をよく見ているのかもしれない。
「春くんは、私と結婚して良かったと思う?」
「うわあ」
「何?」
「直球で来るなって、思った」
「なんか、聞きたかった」
「まだ結婚してから日にちは経ってないけど、俺は本当にすっげー、嬉しいよ……一応夫候補になるための授業とかは、親に言われて取ってはいたんだけど……結婚なんてするつもりなかったんだ。幼い頃は良かったんだけど……成長するにつれて女の子って、正直面倒くさいなって思ってたし。それで俺も色々あって里も出ちゃったし。だから、そもそも結婚なんて、根本的に不可能になったしさ。でも、こうやって透子に会って、確かに森で迷い込んだところを運良く助けたけど。透子に奇跡的に選んで貰えて、すっごく嬉しい」
「……うん。私もそう言って貰えて嬉しい」
春くんの正直な気持ちが知れて、良かった。結婚しなきゃいけない私が三人を選んだことで、彼らには選択権がないように思っていたから。
「どうしたの? 急に」
春くんは私が持とうとしたバケツの取っ手をサッと持つと、間近で私を不思議そうに見た。
「ううん。なんとなく、思っただけ」
「そっか。透子は不安になったら、いくらでも俺の気持ちを言うから。聞いてね~」
春くんは安心させるように、大きな口でにかっと笑った。
「あー……えっとね。俺は今から買い物に行くんだけど」
「あ、お出かけする? 用意するね」
私がそう言うと、彼は目に見えて困った表情になった。
「……うーん。すごく言い難いんだけどさ。匂いつけの終わってない透子は、今は外出は出来ないんだよ」
大きな茶色の獣耳が、申し訳なさそうにへにゃっと垂れた。
「あ」
そうだ。なんだか、完全に忘れてた。その、そういうことが終わるまで、私の所有権(?)は主張出来ないんだよね。だから、それを早くしようとなっていたのに。
「忘れてた? んでさ。この巣の中だと、そうそうな奴らは手出し出来ないから。安全だとは思うんだけど……一応は雄吾の近くに居て貰える? 俺もなるべく早く帰るからさ」
「うん、わかった。雄吾さんはどこにいるの?」
そういえば、雄吾さんは朝食食べて以来姿を見ていない。
「自分の部屋で、株やってると思うよ~」
「え?」
「俺は自分がやらないから、難しいことはわからないんだけどさ。あいつ株で結構儲けてるんだよね。てか、それが仕事。投資家ってやつ」
「ふーん……?」
「あ。透子、株に興味ないでしょ」
「うん。なんか、難しそう」
二人で、顔を見合わせて笑い合う。春くんは、相性もあるとは思うけど私にとって一緒に居てすごく楽。彼が気さくな性格的なものあって、自然と気を使える人なんだと思う。
春くんに見つけて貰って彼と結婚出来て良かったって、そう思った。
◇◆◇
「……雄吾さん?」
私は大きな扉をノックしてから、彼の返事が聞こえたので薄暗い部屋に入った。
「……春は?」
三人の中で一番低い声。雄吾さんが、黒縁の眼鏡を外しながらパソコンのディスプレイを見ていた視線を外してこちらを振り向いた。
「えっと……買い物に出かけました。二時間くらいで、戻るみたいです」
二台のモニターの前で、視線を戻した彼はマウスをカチカチと動かしていた。忙しなく変わっていく、黒い画面に映し出される市場の状況。瞬く間に、線グラフや数字が切り替わっていく。
「悪い。後少しで取引時間が終わるから、待っていてくれ」
「あ。私の事は、大丈夫なので、あまりお構いなく。えっと、春くんに本を貸して貰ったので読んでますね」
雄吾さんの部屋にある、寝てしまえるほどに大きなソファに腰を掛けて、春くんからこれが絶対おすすめと言われたラブストーリーの本を開く。
物語の序盤が終わったところだろうか。ポツポツという雨音が、外から聞こえてきた。
「……降り出したな」
「あ、雨。二人とも大丈夫かな」
「春は車だろうが……理人は、どうかな」
そういえば、車は一台しかないから。春くんが乗っていったのなら、理人さんは徒歩で出かけていったのだろう。
「もしかしたら、帰って来る所を降られちゃうかもしれませんね……」
「ああ」
そして、また沈黙。カチカチというマウスの音と強くなった雨の音だけが響く。
でも、なんだかそれが心地よくて。私は読みかけの本をローテーブルに置いてからふわっとしたクッションのあるソファに横になって、目を閉じた。
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