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第一部
019すりぬける
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「ね。今日は、私も掃除を手伝ったら良い?」
「え? でも透子、二日目って一番しんどいんでしょ? 無理しなくて良いよ。ベッドで寝てなよ。っていうか、透子は基本何もしなくても良いんだよ。こっちの女の子って、夫に大事にされるのが仕事だから。人狼は雌は、何もしないんだよ」
大きな口を開けて、パンケーキをむしゃむしゃ食べている春くんはそう言った。私の三倍は盛られているお皿からは、するすると魔法のように食べ物がなくなっていってしまう。身体は細いのに……こんなに食べるんだと変なところで感心してしまった。
「でも、私も何かしたい……それに、私はそういう時はそこまで症状が重い方じゃないから。普通に生活なんかは、出来るから。それに、良かったら春くんの料理とかも手伝いたい。ダメかな?」
異性にそういう事情を明け透けに話すのは、恥ずかしい。けれど、何もしなくて良いよと言われたとしても何かしていないと、落ち着かないのは確かだ。
戸惑っている春くんは、ちらっと視線を前の席に居る理人さんに向けて彼の様子を窺うようにして言った。
「だって。理人。聞いてたと思うけど、俺が言ったわけじゃないよ?」
「透子さん。貴女が……料理をするんですか?」
少し驚いたように、理人さんは言った。人狼の世界では、そんなに意外なことだったのかな。
「あ。でも、そんなに上手じゃないです。簡単なものが出来るくらいで。春くんみたいにお店で出てくるようなものは作れないんですけど」
「そうか。そうですね。こちらの世界と透子さんの世界は、全く常識が違うと言いますから……透子さんがしたいと望むなら僕は止めません。ですが、こちらの世界では妻に家事や仕事をさせる事は夫たちの恥になるんです。もし、誰かと話したりする時はそこは留意してください」
「はい」
理人さんの言葉に出来るだけ、神妙な顔をして頷いた。
人狼の世界では、何も出来ない女の子が普通みたいだ。もしかしたら、手料理を作ればすごく喜んで貰えるかもしれない。夫となった三人が、私の料理で喜んでくれたら嬉しいな。そう思いながら、目の前にあるパンケーキをつついた。
「透子さん。僕は、今日一日家を明けます。他に聞いておきたいことは何かありますか?」
理人さんは、時計を見ながら私に言った。
そう言われて彼の姿をきちんと見たら身体に合った高級そうな生地のスーツ着ているし、理人さんは出掛ける準備は万端みたい。濃い灰色のスーツが、すごく似合っていて思わずため息が出てしまう。
そうか。私たちはここに引っ越して来たばかりだから。リーダーの理人さんは、公的な手続きなどすべきことが、沢山あるのかもしれない。
「えっと……あの」
「……何か、ありますか?」
「理人さんの能力は、この前に見させて貰ったんですけど……雄吾さんと春くんの能力って、どういうものなんですか?」
理人さんはああと頷くと、目の前に置いてあったフォークを手に取った。そして、それを雄吾さんに投げた!
え!?
カンカンと金属音がして、フォークが床に落ちる。何が起こったのか、理解出来なかった。
私の見間違いでなければ……フォークが、雄吾さんの身体を何事もなくすり抜けた?
思いも寄らぬ事に、心臓がドクドクと大きな音を立てて胸を叩いたのを感じた。
「驚かせてすみません。ですが、こういう事は一度見た方が理解が早いかなと思いました」
理人さんはすっと立ち上がると、優雅な所作で落ちたフォークを拾い上げ、私に向かってふっと微笑んだ。
「雄吾の能力は影。敵意ある物理的な攻撃が不可能。ですから、不死者の一人と言われています。他にも色々と便利な能力ですけど、それはまた追々」
「おい。いきなりなんだよ」
拗ねたような口調の低い声を出して、雄吾さんは唸るように言った。
「お前は自分で説明させると、言葉足らずでわかりにくいから。どういったものなのか、見せた方が早いだろ」
彼の抗議にも似た言葉に特に取り合うこともなく、理人さんは淡々と言った。
「春の能力は……そうですね。女性には少し刺激的かもしれませんが、大丈夫ですか?」
「……う……はい」
自分で知りたいと言ったのだから、聞くしかない。それに気になっているのは事実だった。我関せずに隣でもりもり食べている春くん本人を横目に、私はこくりと頷いた。
「春の能力は最終兵器と呼ばれています。自分の血液を武器化することが出来、それは大抵の防御法では防ぐことは不可能なんです。ですが、諸刃の剣で……」
「俺の能力は、対多数だと不利なんだよ。武器にするための血液が足りなくなっちゃうと死んじゃうから」
とんでもないことをあっけらかんとして、春くんは言った。
「……そう。個人戦では、そうそう負けないでしょうね。俺や不死者以外には、だが」
「嫌味やめて!」
春くんは理人さんの意味ありげな言葉に、むうと頬を膨らませた。理人さんは肩を竦めてそれをさらっと流すと、二人のやりとりを見ていた私にもう一度聞いた。
「他に何かありますか?」
「えっと……いつ頃、帰りますか?」
「……今日は遅くなりますので、僕を待たずに先に寝て下さいね。練習の続きは、また明日にしましょう」
理人さんに優しい口調で言われたその言葉に、顔を熱くしてまた頷いた。それに、それをなんとなく期待をしていた自分にも驚いた。
「え? でも透子、二日目って一番しんどいんでしょ? 無理しなくて良いよ。ベッドで寝てなよ。っていうか、透子は基本何もしなくても良いんだよ。こっちの女の子って、夫に大事にされるのが仕事だから。人狼は雌は、何もしないんだよ」
大きな口を開けて、パンケーキをむしゃむしゃ食べている春くんはそう言った。私の三倍は盛られているお皿からは、するすると魔法のように食べ物がなくなっていってしまう。身体は細いのに……こんなに食べるんだと変なところで感心してしまった。
「でも、私も何かしたい……それに、私はそういう時はそこまで症状が重い方じゃないから。普通に生活なんかは、出来るから。それに、良かったら春くんの料理とかも手伝いたい。ダメかな?」
異性にそういう事情を明け透けに話すのは、恥ずかしい。けれど、何もしなくて良いよと言われたとしても何かしていないと、落ち着かないのは確かだ。
戸惑っている春くんは、ちらっと視線を前の席に居る理人さんに向けて彼の様子を窺うようにして言った。
「だって。理人。聞いてたと思うけど、俺が言ったわけじゃないよ?」
「透子さん。貴女が……料理をするんですか?」
少し驚いたように、理人さんは言った。人狼の世界では、そんなに意外なことだったのかな。
「あ。でも、そんなに上手じゃないです。簡単なものが出来るくらいで。春くんみたいにお店で出てくるようなものは作れないんですけど」
「そうか。そうですね。こちらの世界と透子さんの世界は、全く常識が違うと言いますから……透子さんがしたいと望むなら僕は止めません。ですが、こちらの世界では妻に家事や仕事をさせる事は夫たちの恥になるんです。もし、誰かと話したりする時はそこは留意してください」
「はい」
理人さんの言葉に出来るだけ、神妙な顔をして頷いた。
人狼の世界では、何も出来ない女の子が普通みたいだ。もしかしたら、手料理を作ればすごく喜んで貰えるかもしれない。夫となった三人が、私の料理で喜んでくれたら嬉しいな。そう思いながら、目の前にあるパンケーキをつついた。
「透子さん。僕は、今日一日家を明けます。他に聞いておきたいことは何かありますか?」
理人さんは、時計を見ながら私に言った。
そう言われて彼の姿をきちんと見たら身体に合った高級そうな生地のスーツ着ているし、理人さんは出掛ける準備は万端みたい。濃い灰色のスーツが、すごく似合っていて思わずため息が出てしまう。
そうか。私たちはここに引っ越して来たばかりだから。リーダーの理人さんは、公的な手続きなどすべきことが、沢山あるのかもしれない。
「えっと……あの」
「……何か、ありますか?」
「理人さんの能力は、この前に見させて貰ったんですけど……雄吾さんと春くんの能力って、どういうものなんですか?」
理人さんはああと頷くと、目の前に置いてあったフォークを手に取った。そして、それを雄吾さんに投げた!
え!?
カンカンと金属音がして、フォークが床に落ちる。何が起こったのか、理解出来なかった。
私の見間違いでなければ……フォークが、雄吾さんの身体を何事もなくすり抜けた?
思いも寄らぬ事に、心臓がドクドクと大きな音を立てて胸を叩いたのを感じた。
「驚かせてすみません。ですが、こういう事は一度見た方が理解が早いかなと思いました」
理人さんはすっと立ち上がると、優雅な所作で落ちたフォークを拾い上げ、私に向かってふっと微笑んだ。
「雄吾の能力は影。敵意ある物理的な攻撃が不可能。ですから、不死者の一人と言われています。他にも色々と便利な能力ですけど、それはまた追々」
「おい。いきなりなんだよ」
拗ねたような口調の低い声を出して、雄吾さんは唸るように言った。
「お前は自分で説明させると、言葉足らずでわかりにくいから。どういったものなのか、見せた方が早いだろ」
彼の抗議にも似た言葉に特に取り合うこともなく、理人さんは淡々と言った。
「春の能力は……そうですね。女性には少し刺激的かもしれませんが、大丈夫ですか?」
「……う……はい」
自分で知りたいと言ったのだから、聞くしかない。それに気になっているのは事実だった。我関せずに隣でもりもり食べている春くん本人を横目に、私はこくりと頷いた。
「春の能力は最終兵器と呼ばれています。自分の血液を武器化することが出来、それは大抵の防御法では防ぐことは不可能なんです。ですが、諸刃の剣で……」
「俺の能力は、対多数だと不利なんだよ。武器にするための血液が足りなくなっちゃうと死んじゃうから」
とんでもないことをあっけらかんとして、春くんは言った。
「……そう。個人戦では、そうそう負けないでしょうね。俺や不死者以外には、だが」
「嫌味やめて!」
春くんは理人さんの意味ありげな言葉に、むうと頬を膨らませた。理人さんは肩を竦めてそれをさらっと流すと、二人のやりとりを見ていた私にもう一度聞いた。
「他に何かありますか?」
「えっと……いつ頃、帰りますか?」
「……今日は遅くなりますので、僕を待たずに先に寝て下さいね。練習の続きは、また明日にしましょう」
理人さんに優しい口調で言われたその言葉に、顔を熱くしてまた頷いた。それに、それをなんとなく期待をしていた自分にも驚いた。
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