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第一部
012序列
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そうして必要なことを済ませてから、私は三人の待っている居間へと入った。
「透子!」
来るなり名前を呼んだ春くんの屈託のない笑顔に、私も笑顔を返す。
「あの……色々準備してくれて、ありがとう。すごく助かった」
本当に各種何の不足もなく用意されていて、私としてはもう感謝するしかない。
「俺たちのお嫁さんのためにしたことなんだから。お礼なんて、言わなくても良いよ。何か不足とかはなかった?」
私は春くんの問いかけにうんと頷いて、彼に導かれるまま、その場での定位置になりそうな大きな赤いクッションに腰掛けた。
視線を向けると理人さんはにこっと微笑んでくれ、雄吾さんは暖かそうなふわふわの膝掛けを黙ったまま私に差し出してくれた。
「結局……しなかったんだね?」
春くんは少し遠慮がちに、聞いた。彼らには匂いでわかってしまう。こちらの世界では当たり前で仕方ないことだとはわかっていても、どうしてもそれについては恥ずかしさがあった。
「……うん。その……する前に、わかったから」
「そっか……残念だな。俺の番になるの、待ち遠しい。早く二人の匂いつけ終わらないかな」
可愛い顔が、とんでもない事を言ってにこにこと笑う。順番……私は彼が言った言葉に、少し引っかかって聞いた。
「あの……春くんが、三番目なの? それはどうやって、決まるの?」
それをする順番は、最初から彼らの中で決まっていたようだった。
「そうか。人間は群れっていう概念がないんだよね。俺たち人狼には序列があるんだよ……群れの中での地位。理人や雄吾が相手じゃなかったら、俺が一番だったかもしれないのにな~」
悔しさを滲ませつつ口を尖らせて、春くんは言った。狼という生き物は群れを作って行動する。そして、一番強い個体のリーダーを筆頭に序列が決められているというから……人狼にもそれがあてはまるということだろうか。
「透子さん。質問しても、良いですか?」
「はい。なんでしょうか、理人さん」
春くんの言葉を聞いて少し考えていた私に伺うように、彼は首を傾げて聞いた。
「個人差はあると聞いていますが、生理は透子さんは大体何日くらいで終わりますか?」
「……完全には、一週間くらいだと思います」
事務的で「これから必要なことだから聞いています」という真面目な雰囲気だったので、私も男性の前では憚られる内容ではあったものの、特に恥ずかしくなることなく淡々と答えた。
理人さんと雄吾さんは顔を見合わせ、何事か二人で小声で話し始めた。生理になって予定が変わってしまったので。これからの、相談だろうか。
「……あの?」
私も話に加わらせて貰おうとしたら、春くんが私の肩をトントンと指で叩いた。
「透子は、何も心配しなくて良いからね? 面倒くさいことは、あの二人に任せていたら何も問題ないよ」
彼はにこにことした可愛い笑顔を、私に向けた。それよりこっちを見ようと大きなテレビ画面を指差しながら、言った。
「それより、俺たちは映画でも見よう? 女の子が好きって言われている映画とかも、すぐ観られるようにダウンロードして用意したよ?」
ダウンロードって……ここは異世界だった事を思わず忘れてしまうような言葉に、苦笑した。
「ありがとう。春くん」
「うん、どういうのが好きかな?」
「えっと……普通に、ラブストーリーとかかな? そういうのは、ある?」
「もちろん」
彼は微笑みながら、大きなリモコンでテレビ画面を操作する。
二人でパッケージの画像っぽいタイトル画面を観つつ、これかな? あれかな? と言いながらこれから観る映画を選ぶのは楽しい。
ようやく二人が納得出来る純愛っぽいタイトルの映画を選び出すと、彼はそのタイトル画面を選んで映画が始まった。
映画の最初はロゴから始まるのは、この世界でも一緒なんだなって変なところで感心しながら。
「ねえ、春くん」
「何?」
赤いクッションの上に座っている私の隣に片膝を立てて座っている春くんが、きょとんとしながら答える。
「この、映画に出演している女優さんも……その、たくさんの夫が居るの?」
画面に映し出されている女優さんは、とても美人だ。けれど、飛鳥さんからの説明では、この人狼の世界では女性は働くことは出来ないとまで断言されていたような気がする。
「ああ……映画に出ている女優は、ほぼ女装している雄だよ。気まぐれで本当の雌が出演している場合もあるけど、大体は体の小さな雄の女装だよ。大体、こんな恋愛映画に出るなんて、ラブシーンの相手は俳優になる。夫達が許さないと思うよ」
邪気のない笑顔で、あっけらかんとした様子で彼はとんでもないことを言った。
「え……嘘……この、女優さんって、そうなの?」
思わず画面に映っている顔の整った美しい女優さんを、指差してしまった。こんなに女性らしい美人なのに。この人、男性の女装なんだ……とても、信じられないけど……。
「あ……この人……私、見たことある」
私は、その映画に出演している主役の俳優さんを、指差した。きりっとした眉といわゆる日本男児のような精悍な顔が、印象的だ。俳優さんという外見も売り物な職業もあって、その容姿は完璧だ。
「あー……まあ、確かに、人気のある俳優だね……」
春くんは、彼には珍しく少し不快な表情を私に見せた。顎に手を当て、大きな栗色な目を細めた。
「あっ……思い出した。凛太さんだ」
「うん。こいつは、紅蓮の里の凛太だね。不死者の一人だよ」
「不死者?」
「……そっか。透子は、知らないよね。持っている特殊な能力ゆえに……死ねない人狼の事を、俺たちはそう呼ぶんだよ。まあ、死ねないって言っても方法は……色々あるけどね?」
一瞬だけだった不穏な様子を仕舞い込んで春くんは、不思議そうにしている私に悪戯っぽく微笑んだ。
「なんか……不死者って言うんだ。すごいね。そうなんだ……」
「透子の近くにも不死者なら、一人居るよ?」
「え?」
「雄吾も不死者と呼ばれている一人だ。その能力故に、簡単には……死ねない。死なない不死者だよ」
首を傾けて不敵に笑う春くんの顔が、その時すごく印象的だった。
「透子!」
来るなり名前を呼んだ春くんの屈託のない笑顔に、私も笑顔を返す。
「あの……色々準備してくれて、ありがとう。すごく助かった」
本当に各種何の不足もなく用意されていて、私としてはもう感謝するしかない。
「俺たちのお嫁さんのためにしたことなんだから。お礼なんて、言わなくても良いよ。何か不足とかはなかった?」
私は春くんの問いかけにうんと頷いて、彼に導かれるまま、その場での定位置になりそうな大きな赤いクッションに腰掛けた。
視線を向けると理人さんはにこっと微笑んでくれ、雄吾さんは暖かそうなふわふわの膝掛けを黙ったまま私に差し出してくれた。
「結局……しなかったんだね?」
春くんは少し遠慮がちに、聞いた。彼らには匂いでわかってしまう。こちらの世界では当たり前で仕方ないことだとはわかっていても、どうしてもそれについては恥ずかしさがあった。
「……うん。その……する前に、わかったから」
「そっか……残念だな。俺の番になるの、待ち遠しい。早く二人の匂いつけ終わらないかな」
可愛い顔が、とんでもない事を言ってにこにこと笑う。順番……私は彼が言った言葉に、少し引っかかって聞いた。
「あの……春くんが、三番目なの? それはどうやって、決まるの?」
それをする順番は、最初から彼らの中で決まっていたようだった。
「そうか。人間は群れっていう概念がないんだよね。俺たち人狼には序列があるんだよ……群れの中での地位。理人や雄吾が相手じゃなかったら、俺が一番だったかもしれないのにな~」
悔しさを滲ませつつ口を尖らせて、春くんは言った。狼という生き物は群れを作って行動する。そして、一番強い個体のリーダーを筆頭に序列が決められているというから……人狼にもそれがあてはまるということだろうか。
「透子さん。質問しても、良いですか?」
「はい。なんでしょうか、理人さん」
春くんの言葉を聞いて少し考えていた私に伺うように、彼は首を傾げて聞いた。
「個人差はあると聞いていますが、生理は透子さんは大体何日くらいで終わりますか?」
「……完全には、一週間くらいだと思います」
事務的で「これから必要なことだから聞いています」という真面目な雰囲気だったので、私も男性の前では憚られる内容ではあったものの、特に恥ずかしくなることなく淡々と答えた。
理人さんと雄吾さんは顔を見合わせ、何事か二人で小声で話し始めた。生理になって予定が変わってしまったので。これからの、相談だろうか。
「……あの?」
私も話に加わらせて貰おうとしたら、春くんが私の肩をトントンと指で叩いた。
「透子は、何も心配しなくて良いからね? 面倒くさいことは、あの二人に任せていたら何も問題ないよ」
彼はにこにことした可愛い笑顔を、私に向けた。それよりこっちを見ようと大きなテレビ画面を指差しながら、言った。
「それより、俺たちは映画でも見よう? 女の子が好きって言われている映画とかも、すぐ観られるようにダウンロードして用意したよ?」
ダウンロードって……ここは異世界だった事を思わず忘れてしまうような言葉に、苦笑した。
「ありがとう。春くん」
「うん、どういうのが好きかな?」
「えっと……普通に、ラブストーリーとかかな? そういうのは、ある?」
「もちろん」
彼は微笑みながら、大きなリモコンでテレビ画面を操作する。
二人でパッケージの画像っぽいタイトル画面を観つつ、これかな? あれかな? と言いながらこれから観る映画を選ぶのは楽しい。
ようやく二人が納得出来る純愛っぽいタイトルの映画を選び出すと、彼はそのタイトル画面を選んで映画が始まった。
映画の最初はロゴから始まるのは、この世界でも一緒なんだなって変なところで感心しながら。
「ねえ、春くん」
「何?」
赤いクッションの上に座っている私の隣に片膝を立てて座っている春くんが、きょとんとしながら答える。
「この、映画に出演している女優さんも……その、たくさんの夫が居るの?」
画面に映し出されている女優さんは、とても美人だ。けれど、飛鳥さんからの説明では、この人狼の世界では女性は働くことは出来ないとまで断言されていたような気がする。
「ああ……映画に出ている女優は、ほぼ女装している雄だよ。気まぐれで本当の雌が出演している場合もあるけど、大体は体の小さな雄の女装だよ。大体、こんな恋愛映画に出るなんて、ラブシーンの相手は俳優になる。夫達が許さないと思うよ」
邪気のない笑顔で、あっけらかんとした様子で彼はとんでもないことを言った。
「え……嘘……この、女優さんって、そうなの?」
思わず画面に映っている顔の整った美しい女優さんを、指差してしまった。こんなに女性らしい美人なのに。この人、男性の女装なんだ……とても、信じられないけど……。
「あ……この人……私、見たことある」
私は、その映画に出演している主役の俳優さんを、指差した。きりっとした眉といわゆる日本男児のような精悍な顔が、印象的だ。俳優さんという外見も売り物な職業もあって、その容姿は完璧だ。
「あー……まあ、確かに、人気のある俳優だね……」
春くんは、彼には珍しく少し不快な表情を私に見せた。顎に手を当て、大きな栗色な目を細めた。
「あっ……思い出した。凛太さんだ」
「うん。こいつは、紅蓮の里の凛太だね。不死者の一人だよ」
「不死者?」
「……そっか。透子は、知らないよね。持っている特殊な能力ゆえに……死ねない人狼の事を、俺たちはそう呼ぶんだよ。まあ、死ねないって言っても方法は……色々あるけどね?」
一瞬だけだった不穏な様子を仕舞い込んで春くんは、不思議そうにしている私に悪戯っぽく微笑んだ。
「なんか……不死者って言うんだ。すごいね。そうなんだ……」
「透子の近くにも不死者なら、一人居るよ?」
「え?」
「雄吾も不死者と呼ばれている一人だ。その能力故に、簡単には……死ねない。死なない不死者だよ」
首を傾けて不敵に笑う春くんの顔が、その時すごく印象的だった。
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