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第一部
005人狼の世界
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ヒュッと変な音をさせて、喉の奥が鳴った気がする。
それを聞いて、頭が真っ白になってしまった。そうだ。あまりに自分の住んでいた世界と何もかもが一緒だから、どうしてか全く危機感もなかった。日本でちょっと迷子になったくらいの気持ちで居たけれど……ここは、私が生まれ育った日本じゃない。
私が住んでいた日本では、ないんだ。
どうして。今までその事を何も考えずに、呑気に居られたんだろう。どうして何も恐れずに居れたんだろう。
……あの三人と居た時はなんでだか、強い安心感が心の中にあった。
けど、今は。今私には、もう何も無い。
「……このまま、説明を続けさせて頂いても良いですか?」
彼から見れば一目瞭然なほどに様子を変えた私を気遣うように飛鳥さんは静かにそう言い、彼の言葉に色を無くしたまま頷いた。
「まず……この世界は、貴女が元居た世界に、良く似ている……はずです。私はそちらへは行ったことがありません。ですが、あなたと同じようにこの世界にやって来た方のお話を総合すると文化や言葉なんかは、こちらと寸分も変わらないようです。ただ、違うのは人間と人狼、種族が違う生き物が隆盛しているということ。いわゆる……二つの世界は平行世界と呼ばれているものに近いのではないかと、思われます」
「……はい」
確かにおかしいくらい、この異世界と私の居た世界は似過ぎている。平行世界と呼ばれる、ひとつだけボタンを掛け違っただけの世界と言われれば納得出来るような気もする。
「そして、元の世界に戻るということは、数多ある内の平行世界の貴女が居た世界を見つけ出さねばならない……ですが、それは我々の現在の技術では難しいんです。申し訳ない……そして、貴女のような人間たちが、何故こちらの世界に迷い込んだかも解明はされてはいません」
「わかりました」
飛鳥さんの淡々とした言葉に、私は何度か機械的に答えを返した。心の中のどこかではこんなはずはない。これは夢だ。と自分に言い聞かせながら。
「そして……もう貴女には、この世界で生きていく、という選択肢しかなくなってしまいます」
しんと部屋の中が、静まり返った。思わず息をすることを忘れて呆然としている私の返事を待っているのか。少し首を傾げた飛鳥さんを言葉もなくじっと見つめることしかできない。
「……そして、こちらの世界で生きていくということは……もちろん。こちらのルールに従ってもらいます」
今は何も言えないのだろうと、察したのか。私の返事を待たずに飛鳥さんは、ゆっくりと説明を進めることにしたらしい。
「この世界……この日本に住む人狼は、昔から男女比が極端で男十に対して女一の割合なんです。女の比率が、格段に少ない。ですので、一人の妻は必ず複数の夫を持つことを義務づけられています」
複数の夫……? ガンガンと血液の音が鳴る頭の中で、飛鳥さんを信じられない思いで見つめた。理解したと見たのか、彼はにこりと微笑み話を続ける。
「……もちろん。夫を選択する権利は与えられます。実は人間の女の子は、本当に貴重なんです。そして、貴女は若く美しい。最高の求婚者達が、目の前に列を成すでしょう。そのうちから、好きな雄をいくらでも選ぶと良い。特に夫の数に上限はありませんが、下限は三人です。この建物から出る前に、必ず三人は夫を選んで貰います」
そんな権利要らないから元の世界に帰してと泣き叫べたら、どんなに良いだろう。けれど、この信じがたい現実は、その程度の事ではなくなってくれないらしい。
「ここからは大事な事なんですが……貴女は、今現在一人も夫のいない若く美しい、とても珍しい人間の女の子だ。もちろん……私やこの里でも、出来るだけの守備は固めます。ですが、早急に強い雄の夫を決めることを、お勧めします」
その言葉に思わず眉が寄った。早急に選ぶ? 私に夫は選ぶ権利はあると、先ほど言ったのに、それではあまりにも展開が早くはないだろうか?
「なりふりを構わない連中が、後先考えずに貴女をここから連れ去らないとも限らない。こういう言い方は酷かもしれませんが……貴女は所有者のいない、美しい宝石なんです。誰もが欲しがり、所有者不明のままでは血で血を洗う奪い合いになる可能性も高い。なるべく……私としては一番最初の夫は、地位が高く権力のある雄をおすすめします。そうすれば危険は格段に減る」
「ちょっと……ちょっと待って貰えますか?」
あまりに衝撃的で……驚いてしまった。人間で女の子だからって、そんな奪い合いの元になってしまうなんて、とても信じがたいから。
「はい」
「私が……もし、誰とも結婚しないと断ったら……それから、私はどうなりますか?」
「それは、不可能です」
「え?」
「貴女は色んな要因で、この世界では働きに出られません。見たところ、森で獲物を狩るようなことも難しいでしょう……社会の中でお金がないと生きていけないことは、その年齢であれば良くご存知のはずでは?」
飛鳥さんの言葉を聞いて理解して、息が詰まった。それは、当たり前のことだ。こんな現代社会で働けずにお金もなければ、何も買えない。ということは、生きていけない。
「この日本では雄が中心で、働き動いています。貴女がその中で働き、生きていく糧を得ることは難しいでしょう」
確かに十人に一人の割合になってしまえば、そんな貴重な女性を働かせないかもしれない……。
「そんな……」
逃げようにも逃げられない現実に呆然をした私に、追い打ちをかけるように飛鳥さんはあっさりと言った。
「……この建物に貴女の私室を用意します。警備は厳重にはしますが……先ほど情報を公開したので、近い内に貴女の夫候補へ名乗りを上げる者が、この里を目指して集まるでしょう。どうか、それまでに気持ちを落ち着けて、自分の夫を選ばれてください」
飛鳥さんは、何も言わないままに頷いた私に、気遣うような視線を向けた後で一礼すると出ていった。
多数の夫を選ばなければ生きていけない世界。頭がガンガンして、色んな出来事、今聞いた情報なんかが、頭の中をぐるぐると回って回って。
どうしようもなく、やり場のない怒りや悲しみ、そんなものが体中に渦巻いていた。
それを聞いて、頭が真っ白になってしまった。そうだ。あまりに自分の住んでいた世界と何もかもが一緒だから、どうしてか全く危機感もなかった。日本でちょっと迷子になったくらいの気持ちで居たけれど……ここは、私が生まれ育った日本じゃない。
私が住んでいた日本では、ないんだ。
どうして。今までその事を何も考えずに、呑気に居られたんだろう。どうして何も恐れずに居れたんだろう。
……あの三人と居た時はなんでだか、強い安心感が心の中にあった。
けど、今は。今私には、もう何も無い。
「……このまま、説明を続けさせて頂いても良いですか?」
彼から見れば一目瞭然なほどに様子を変えた私を気遣うように飛鳥さんは静かにそう言い、彼の言葉に色を無くしたまま頷いた。
「まず……この世界は、貴女が元居た世界に、良く似ている……はずです。私はそちらへは行ったことがありません。ですが、あなたと同じようにこの世界にやって来た方のお話を総合すると文化や言葉なんかは、こちらと寸分も変わらないようです。ただ、違うのは人間と人狼、種族が違う生き物が隆盛しているということ。いわゆる……二つの世界は平行世界と呼ばれているものに近いのではないかと、思われます」
「……はい」
確かにおかしいくらい、この異世界と私の居た世界は似過ぎている。平行世界と呼ばれる、ひとつだけボタンを掛け違っただけの世界と言われれば納得出来るような気もする。
「そして、元の世界に戻るということは、数多ある内の平行世界の貴女が居た世界を見つけ出さねばならない……ですが、それは我々の現在の技術では難しいんです。申し訳ない……そして、貴女のような人間たちが、何故こちらの世界に迷い込んだかも解明はされてはいません」
「わかりました」
飛鳥さんの淡々とした言葉に、私は何度か機械的に答えを返した。心の中のどこかではこんなはずはない。これは夢だ。と自分に言い聞かせながら。
「そして……もう貴女には、この世界で生きていく、という選択肢しかなくなってしまいます」
しんと部屋の中が、静まり返った。思わず息をすることを忘れて呆然としている私の返事を待っているのか。少し首を傾げた飛鳥さんを言葉もなくじっと見つめることしかできない。
「……そして、こちらの世界で生きていくということは……もちろん。こちらのルールに従ってもらいます」
今は何も言えないのだろうと、察したのか。私の返事を待たずに飛鳥さんは、ゆっくりと説明を進めることにしたらしい。
「この世界……この日本に住む人狼は、昔から男女比が極端で男十に対して女一の割合なんです。女の比率が、格段に少ない。ですので、一人の妻は必ず複数の夫を持つことを義務づけられています」
複数の夫……? ガンガンと血液の音が鳴る頭の中で、飛鳥さんを信じられない思いで見つめた。理解したと見たのか、彼はにこりと微笑み話を続ける。
「……もちろん。夫を選択する権利は与えられます。実は人間の女の子は、本当に貴重なんです。そして、貴女は若く美しい。最高の求婚者達が、目の前に列を成すでしょう。そのうちから、好きな雄をいくらでも選ぶと良い。特に夫の数に上限はありませんが、下限は三人です。この建物から出る前に、必ず三人は夫を選んで貰います」
そんな権利要らないから元の世界に帰してと泣き叫べたら、どんなに良いだろう。けれど、この信じがたい現実は、その程度の事ではなくなってくれないらしい。
「ここからは大事な事なんですが……貴女は、今現在一人も夫のいない若く美しい、とても珍しい人間の女の子だ。もちろん……私やこの里でも、出来るだけの守備は固めます。ですが、早急に強い雄の夫を決めることを、お勧めします」
その言葉に思わず眉が寄った。早急に選ぶ? 私に夫は選ぶ権利はあると、先ほど言ったのに、それではあまりにも展開が早くはないだろうか?
「なりふりを構わない連中が、後先考えずに貴女をここから連れ去らないとも限らない。こういう言い方は酷かもしれませんが……貴女は所有者のいない、美しい宝石なんです。誰もが欲しがり、所有者不明のままでは血で血を洗う奪い合いになる可能性も高い。なるべく……私としては一番最初の夫は、地位が高く権力のある雄をおすすめします。そうすれば危険は格段に減る」
「ちょっと……ちょっと待って貰えますか?」
あまりに衝撃的で……驚いてしまった。人間で女の子だからって、そんな奪い合いの元になってしまうなんて、とても信じがたいから。
「はい」
「私が……もし、誰とも結婚しないと断ったら……それから、私はどうなりますか?」
「それは、不可能です」
「え?」
「貴女は色んな要因で、この世界では働きに出られません。見たところ、森で獲物を狩るようなことも難しいでしょう……社会の中でお金がないと生きていけないことは、その年齢であれば良くご存知のはずでは?」
飛鳥さんの言葉を聞いて理解して、息が詰まった。それは、当たり前のことだ。こんな現代社会で働けずにお金もなければ、何も買えない。ということは、生きていけない。
「この日本では雄が中心で、働き動いています。貴女がその中で働き、生きていく糧を得ることは難しいでしょう」
確かに十人に一人の割合になってしまえば、そんな貴重な女性を働かせないかもしれない……。
「そんな……」
逃げようにも逃げられない現実に呆然をした私に、追い打ちをかけるように飛鳥さんはあっさりと言った。
「……この建物に貴女の私室を用意します。警備は厳重にはしますが……先ほど情報を公開したので、近い内に貴女の夫候補へ名乗りを上げる者が、この里を目指して集まるでしょう。どうか、それまでに気持ちを落ち着けて、自分の夫を選ばれてください」
飛鳥さんは、何も言わないままに頷いた私に、気遣うような視線を向けた後で一礼すると出ていった。
多数の夫を選ばなければ生きていけない世界。頭がガンガンして、色んな出来事、今聞いた情報なんかが、頭の中をぐるぐると回って回って。
どうしようもなく、やり場のない怒りや悲しみ、そんなものが体中に渦巻いていた。
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