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第一部
003一夜
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「あの、お風呂。お借りしました」
お風呂を借りてさっぱりした私は居間として使っているあろう、食卓が並べられた部屋に戻って言った。
そんな私を何気なく確認した彼らは、何故か三人とも大きな獣耳をビクッとさせ引き戸を開いて部屋に入ったばかりの私に視線を向けた。彼らは食卓ではなく、すぐ隣の和室の畳の上で各々思い思いの恰好をして寛いでいたようだった。
「ああ、すぐに寝床を用意しよう」
理人さんが素早く立ち上がり、そんな彼に慌てて私は言った。
空腹を訴えるためにお腹がくぅくぅ鳴っているのを、彼らに気が付かれないように少しだけ大きめの声で。
「あの」
「……何ですか?」
理人さんは首を傾げて、不思議そうにしている。そんな美形の彼にはとても言いづらいけれど、仕方ない。自分の身体が発する本能の訴えを口にした。
「……ごめんなさい。実は私……お昼から何も食べていなくて。申し訳ないんですけど……もし、良かったら何かいただけませんか?」
恥ずかしかったけれど、文字通り背に腹はかえられない。彼はそれに思い至らなかった自分を恥じるように少し俯くと謝ってくれた。
「時間が遅いので済ませているものかと、思い込んでいた。気が利かなくて、申し訳ない……春。今日の夕食の残り物が、あっただろう」
「うん。すぐに用意するから、ちょっとだけ待っててね~」
にかっと大きな口で笑って、春くんが立ち上がった。
「ありがとうございます。それと着替えの服も、お借りして。ありがとうございます」
私はほっとして理人さんを見つめた。彼は、そんな私から目を逸らしつつ、足元を指さした。
「とても聞きづらいんですが……ズボンは、履かないんですか?」
「サイズが合わなくて……どうやっても、ずり落ちるので諦めました。でも、このTシャツが大きめなので、かなり隠れていますし、大丈夫です。新品ですよね? また購入してお返ししますね」
「いや! それは別に構わないけれど、貴女の足が……見えてる……」
目を逸らしながら、理人さんも顔はすこし赤くなっている。
確かに私の足は見えているけれど、膝上より若干上くらいになる丈だ。私としては、それほど問題に感じなかった。
私が住んでいるのは都会だし、最近の流行からもっと短いスカートを日常的に履いたりしていたので、すっかり麻痺していた。けれど、山で暮らしているような彼らの前では、この格好はあまり良くなかったかもしれない。
「ごめんなさい。なんとかして、履いてきますね」
「……すみません。お願いします」
まだ目を逸らしている理人さんに一度頭を下げてから、私はパタパタとスリッパの音をさせて今辿って来たばかりの廊下を戻った。
◇◆◇
「足、めちゃくちゃ細くて白くて……可愛かったなー。湯上りでほっぺも赤くて……可愛かった……女の子って、なんかあんなに柔らかそうなんだなぁ」
なんとかウエストをぎゅうっと縛ったズボンを履き、不格好だけれど一応は人前へに出られる格好で、私が居間へと戻った時に春くんのそんな明るい声が聞こえた。
「……春。手に届かないものを、欲しがるのは良くない。俺たち、はぐれ狼が彼女の夫になるなど、ない。可能性はゼロだ。彼女は里で最高の雄たちを候補にして選んだ後に、そこで生きていくんだ」
低くて響きの良い、雄吾さんの声だ。そこで生きていく? どういうこと?
「あのっ、」
ガラッと音をさせ彼らの寛いでいた居間へと続く引き戸を開けた私に、また注目が集まる。
「あ、もうご飯温まってるよー。準備も出来てる」
明るい声で、春くんは言った。理人さんも雄吾さんの二人も私に軽く一度会釈だけをして、あまり大きくはないテレビの方を向いた。
今はニュースが流れている時間のようで、大きな黒い獣耳を頭につけたキャスターがスーツ姿で話している。
彼らの頭に獣耳がなければ、ここが別世界だと決して思わぬほどに普段通りにも思える不思議な感覚。
春くんが立ったままだった私に手招きをして、食卓の椅子を引いてくれる。どこかのレストランに来た時のような、もったいぶった仕草で。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
私がそうお礼を言うと、彼は顔を綻ばせ嬉しそうにはにかんでくれた。
木製の食卓の上にあるのは、どこからどう見ても食べられている日本食だ。手ごねっぽいハンバーグに、野菜がたくさん入ったお味噌汁。
私には、少し量が多いかなと思ったくらい。
「美味しい」
貧乏学生の一人暮らしだから、自炊すると余計にお金がかかる。近くのスーパーやコンビニとか総菜などを適当に買って食事を済ませていた私の舌にいかにもな手作りの味が染みる。
「あ、ほんと? 口に合って良かった。いっぱいあるから、遠慮せずに食べてね」
春くんは向かいの席に座って、頬杖をつきつつにこにこと笑い、私が料理を食べているのを嬉しそうに見る。
「これって誰が作ったの?」
「はい! 俺です!」
はいはいと大きな手を上げアピールする春くんに、笑ってしまった。性格が明るくて、可愛い人。私は異世界に来てしまったはずなのに、どことなく大きな安心感があるのは明るい彼の存在も大きいと思う。
「料理上手なんだね」
「雄は自分が料理するのが、この国では通常だからね。向こうでは違うんだよね? でも、まさか人間の女の子に食べさせてあげられるなんて、全然思わなかったから、普通の食事だけど。もし、知ってたら、もっともっと豪華なのを用意してたよ」
彼の話を聞きながら食事を食べ進める私を見つつ、春くんはしみじみとした様子で言った。
「食事の用意や身の回りの世話も、雄の役目だから何も気にせずに……」
「春、もう良い。お前は部屋に戻ってろ」
テレビを観ていたはずの、理人さんの冷静な声が届く。対して春くんは口を尖らせて不満そうにえーっと言った。
「なんで。良いじゃん別に」
「この世界の状況を、彼女に伝えるのは、僕たちじゃない。お前もわかっているだろう?」
「……わかった。もう言わない。ごめんなさい。でも透子ともう少し一緒に居たい。どうせ明日にはもう会えなくなるんだし」
しゅんとして項垂れた春くんに、理人さんは軽くため息をついた。
「……発言には気をつけろ」
彼にそう言いおくと、動かなかった雄吾さんと同じようにテレビに目を移した。私もつられるようにテレビ画面をふっと観ると、テロップには日本語が並んでる。政治家の誰だかの汚職のニュースが流れていた。
……本当に、ここは日本じゃないの?
お風呂を借りてさっぱりした私は居間として使っているあろう、食卓が並べられた部屋に戻って言った。
そんな私を何気なく確認した彼らは、何故か三人とも大きな獣耳をビクッとさせ引き戸を開いて部屋に入ったばかりの私に視線を向けた。彼らは食卓ではなく、すぐ隣の和室の畳の上で各々思い思いの恰好をして寛いでいたようだった。
「ああ、すぐに寝床を用意しよう」
理人さんが素早く立ち上がり、そんな彼に慌てて私は言った。
空腹を訴えるためにお腹がくぅくぅ鳴っているのを、彼らに気が付かれないように少しだけ大きめの声で。
「あの」
「……何ですか?」
理人さんは首を傾げて、不思議そうにしている。そんな美形の彼にはとても言いづらいけれど、仕方ない。自分の身体が発する本能の訴えを口にした。
「……ごめんなさい。実は私……お昼から何も食べていなくて。申し訳ないんですけど……もし、良かったら何かいただけませんか?」
恥ずかしかったけれど、文字通り背に腹はかえられない。彼はそれに思い至らなかった自分を恥じるように少し俯くと謝ってくれた。
「時間が遅いので済ませているものかと、思い込んでいた。気が利かなくて、申し訳ない……春。今日の夕食の残り物が、あっただろう」
「うん。すぐに用意するから、ちょっとだけ待っててね~」
にかっと大きな口で笑って、春くんが立ち上がった。
「ありがとうございます。それと着替えの服も、お借りして。ありがとうございます」
私はほっとして理人さんを見つめた。彼は、そんな私から目を逸らしつつ、足元を指さした。
「とても聞きづらいんですが……ズボンは、履かないんですか?」
「サイズが合わなくて……どうやっても、ずり落ちるので諦めました。でも、このTシャツが大きめなので、かなり隠れていますし、大丈夫です。新品ですよね? また購入してお返ししますね」
「いや! それは別に構わないけれど、貴女の足が……見えてる……」
目を逸らしながら、理人さんも顔はすこし赤くなっている。
確かに私の足は見えているけれど、膝上より若干上くらいになる丈だ。私としては、それほど問題に感じなかった。
私が住んでいるのは都会だし、最近の流行からもっと短いスカートを日常的に履いたりしていたので、すっかり麻痺していた。けれど、山で暮らしているような彼らの前では、この格好はあまり良くなかったかもしれない。
「ごめんなさい。なんとかして、履いてきますね」
「……すみません。お願いします」
まだ目を逸らしている理人さんに一度頭を下げてから、私はパタパタとスリッパの音をさせて今辿って来たばかりの廊下を戻った。
◇◆◇
「足、めちゃくちゃ細くて白くて……可愛かったなー。湯上りでほっぺも赤くて……可愛かった……女の子って、なんかあんなに柔らかそうなんだなぁ」
なんとかウエストをぎゅうっと縛ったズボンを履き、不格好だけれど一応は人前へに出られる格好で、私が居間へと戻った時に春くんのそんな明るい声が聞こえた。
「……春。手に届かないものを、欲しがるのは良くない。俺たち、はぐれ狼が彼女の夫になるなど、ない。可能性はゼロだ。彼女は里で最高の雄たちを候補にして選んだ後に、そこで生きていくんだ」
低くて響きの良い、雄吾さんの声だ。そこで生きていく? どういうこと?
「あのっ、」
ガラッと音をさせ彼らの寛いでいた居間へと続く引き戸を開けた私に、また注目が集まる。
「あ、もうご飯温まってるよー。準備も出来てる」
明るい声で、春くんは言った。理人さんも雄吾さんの二人も私に軽く一度会釈だけをして、あまり大きくはないテレビの方を向いた。
今はニュースが流れている時間のようで、大きな黒い獣耳を頭につけたキャスターがスーツ姿で話している。
彼らの頭に獣耳がなければ、ここが別世界だと決して思わぬほどに普段通りにも思える不思議な感覚。
春くんが立ったままだった私に手招きをして、食卓の椅子を引いてくれる。どこかのレストランに来た時のような、もったいぶった仕草で。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
私がそうお礼を言うと、彼は顔を綻ばせ嬉しそうにはにかんでくれた。
木製の食卓の上にあるのは、どこからどう見ても食べられている日本食だ。手ごねっぽいハンバーグに、野菜がたくさん入ったお味噌汁。
私には、少し量が多いかなと思ったくらい。
「美味しい」
貧乏学生の一人暮らしだから、自炊すると余計にお金がかかる。近くのスーパーやコンビニとか総菜などを適当に買って食事を済ませていた私の舌にいかにもな手作りの味が染みる。
「あ、ほんと? 口に合って良かった。いっぱいあるから、遠慮せずに食べてね」
春くんは向かいの席に座って、頬杖をつきつつにこにこと笑い、私が料理を食べているのを嬉しそうに見る。
「これって誰が作ったの?」
「はい! 俺です!」
はいはいと大きな手を上げアピールする春くんに、笑ってしまった。性格が明るくて、可愛い人。私は異世界に来てしまったはずなのに、どことなく大きな安心感があるのは明るい彼の存在も大きいと思う。
「料理上手なんだね」
「雄は自分が料理するのが、この国では通常だからね。向こうでは違うんだよね? でも、まさか人間の女の子に食べさせてあげられるなんて、全然思わなかったから、普通の食事だけど。もし、知ってたら、もっともっと豪華なのを用意してたよ」
彼の話を聞きながら食事を食べ進める私を見つつ、春くんはしみじみとした様子で言った。
「食事の用意や身の回りの世話も、雄の役目だから何も気にせずに……」
「春、もう良い。お前は部屋に戻ってろ」
テレビを観ていたはずの、理人さんの冷静な声が届く。対して春くんは口を尖らせて不満そうにえーっと言った。
「なんで。良いじゃん別に」
「この世界の状況を、彼女に伝えるのは、僕たちじゃない。お前もわかっているだろう?」
「……わかった。もう言わない。ごめんなさい。でも透子ともう少し一緒に居たい。どうせ明日にはもう会えなくなるんだし」
しゅんとして項垂れた春くんに、理人さんは軽くため息をついた。
「……発言には気をつけろ」
彼にそう言いおくと、動かなかった雄吾さんと同じようにテレビに目を移した。私もつられるようにテレビ画面をふっと観ると、テロップには日本語が並んでる。政治家の誰だかの汚職のニュースが流れていた。
……本当に、ここは日本じゃないの?
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