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第一部
001邂逅
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誰かに呼ばれた気がして、振り返った。
え? 私は目を何度か擦って、見える風景を疑った。
さっきまで、アスファルトの上を歩き、コンクリートの塀に囲まれた道を歩いていた。そのつもりが、今は鬱蒼とした森の中に居る。
気がついてみたら、靴の下にあるのはアスファルトの硬い感触じゃない。踏み固められていない土の、ふんわりした踏み心地。
暗い。
もちろん。ついさっきまで頭上にあったはずの街灯なんて、今ある訳なんてなくて。救いなのは、明るい満月の薄明かりであたりがすこしだけ見えるってことだけ。
どこか遠くででおんおん、という獣の遠吠えが聞こえる。
なんで。嘘だ嘘だと思っても、目に映る風景は幻のように消えてはくれない。胸に迫るような焦燥感だけが募る。
なんで……なんで。ほんの少し前まで、いつもの通り慣れた帰り道のはずだった。
「あれ? うっそ、女の子が居る」
背後から聞こえてきた声に、私はまた振り向いた。
月明かりも逆光で良く見えない。三人の背の高い男の子達が、私の方を見ているようだった。一人の手には懐中電灯だろう、眩い光を放つものを持っている。光に照らされて彼らの顔は詳しくわからない。
でも、きっと同年代かな。さっきの声はいかにも若そうだった。
いきなりの森の中に居て物凄く驚いたけれど、人が居るという事実に安心してほっと大きく息を吐いた。こんな山奥に思える場所だけど、誰かが居てくれた。
ここが何処かは、全く見当もつかない。けれど、こうして言葉が通じるのなら帰ることは容易いだろう。
「いや……待て。この子、匂いが全く付いてない。嘘だろ。まっさらな女の子?」
「何を言っている。この年齢の雌が、この時代存在する訳ないだろ」
「耳が……なくない? もしかして、人間じゃない?」
三人三様の戸惑った声が聞こえてくる。人間って……それは確かに私は人間だけど。貴方たちだって人間ではないの?
「あの……何言ってるの?」
意味のわからない展開のせいか、自然と震えてしまった声で反応を返した。
「……君は、人間か?」
硬質とも言えるような低い声が、慎重な様子で聞いて来た。人間か……? この人は何を、言っているんだろう?
「えっと……そうです……けど……」
薄暗い視界にある程度の距離があるから、彼らから見ればそうしているかわかるかわからないけれど、一応答えながら頷く。
おろむろに揺れるライトの光が目に眩しくて目を細めてしまった。三人はゆっくりとだけど、私が居るこの場所へと近づいて来ているようだ。
「ほら、やっぱりだ! 満月の夜に、まっさらな女の子! 絶対、人間だと思った。どうする?」
最初聞こえた明るくて朗らかな声が、満月で薄暗い夜の闇に響く。
「どうするったって……里に届け出るしか仕方ないだろう。人間の女を連れて里まで降りるのは、面倒だな」
さっきの二人とはまた違う、一番骨太で低く聞こえる声がはーっと溜め息をついた。
「……今から、君の傍に行く。驚くのは無理もないとは思うが、危害を加えることはないので、どうか慌てないで欲しい」
「? は、はい……?」
私がどう出るかと伺うような、とても慎重な口調だ。こんな状況なんだから、私にはどうすることも出来ない。戸惑いながらも、その声に答える。
もしかして、瞬間移動した? と疑ってしまう程の速度で彼らは私に近づいて来た。ふわっと辺りの空気が柔らかく揺れて肩まで伸びている私の髪を靡かせた。
「……え?」
彼らを見て私は、言葉を失った。
こちらに近付いて、ほのかな月明りに照らされた彼等の頭には、見間違いでなかったら大きな獣の耳がついているからだ。
その色は三人それぞれで違うけれど、どう考えても犬のような獣の耳が人間のあるべきではない頭の上についている。
三人の真ん中に立っている、すこし長めの銀色の髪と灰色の目を持つ人が硬質な響きの声で言った。先程からずっと慎重な言葉を、重ねていたのは彼なのだと知れた。
「貴女が驚くのも、無理はない……どうか落ち着いて聞いて欲しい。貴女は今貴女が居た世界と良く似ている別の世界に居る。僕らの種族は人狼で、狼と君のような人間の間に居る存在だ」
「えっと、えっと」
私の頭は、突然のもたらされた情報に処理が追いつかずショートしてしまったかのようになった。震える唇からは、小さな声で同じ言葉しか出ない。
「貴女が元居た国は日本という名前だと思うが、この国の名前も日本だ。ただ、住んでいる種族は、僕たちのような人狼。君と同じような人間はほんの少しの人数しか日本には存在していない。そして、今居るこの山の中は君のようなか弱い人間が、一晩を過ごすことの出来る場所ではない。貴女は僕らにとって保護しなければならない存在です。だから、今から僕達と一緒に着いて来て貰えますか?」
「さっすが、理人。わかりやすくて話が早いねえ」
「おい、春、黙れ」
明るい声の右側の人が、低い声の左側の人に怒られた。けれど、特に怒られた側の右の人は悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「え? えっと。わかりました」
保護してくれるというなら、願ってもない。
こんな山の中に居ても良いことは何もなさそう。そして、この人たちは何故か、私がここにいる事を当たり前のようにしている。異世界から来たということを知っているのに、それを驚いていないみたいだ。
そうして保護してくれるという三人組の申し出に、断る理由もなく、私は付いていくことにした。
え? 私は目を何度か擦って、見える風景を疑った。
さっきまで、アスファルトの上を歩き、コンクリートの塀に囲まれた道を歩いていた。そのつもりが、今は鬱蒼とした森の中に居る。
気がついてみたら、靴の下にあるのはアスファルトの硬い感触じゃない。踏み固められていない土の、ふんわりした踏み心地。
暗い。
もちろん。ついさっきまで頭上にあったはずの街灯なんて、今ある訳なんてなくて。救いなのは、明るい満月の薄明かりであたりがすこしだけ見えるってことだけ。
どこか遠くででおんおん、という獣の遠吠えが聞こえる。
なんで。嘘だ嘘だと思っても、目に映る風景は幻のように消えてはくれない。胸に迫るような焦燥感だけが募る。
なんで……なんで。ほんの少し前まで、いつもの通り慣れた帰り道のはずだった。
「あれ? うっそ、女の子が居る」
背後から聞こえてきた声に、私はまた振り向いた。
月明かりも逆光で良く見えない。三人の背の高い男の子達が、私の方を見ているようだった。一人の手には懐中電灯だろう、眩い光を放つものを持っている。光に照らされて彼らの顔は詳しくわからない。
でも、きっと同年代かな。さっきの声はいかにも若そうだった。
いきなりの森の中に居て物凄く驚いたけれど、人が居るという事実に安心してほっと大きく息を吐いた。こんな山奥に思える場所だけど、誰かが居てくれた。
ここが何処かは、全く見当もつかない。けれど、こうして言葉が通じるのなら帰ることは容易いだろう。
「いや……待て。この子、匂いが全く付いてない。嘘だろ。まっさらな女の子?」
「何を言っている。この年齢の雌が、この時代存在する訳ないだろ」
「耳が……なくない? もしかして、人間じゃない?」
三人三様の戸惑った声が聞こえてくる。人間って……それは確かに私は人間だけど。貴方たちだって人間ではないの?
「あの……何言ってるの?」
意味のわからない展開のせいか、自然と震えてしまった声で反応を返した。
「……君は、人間か?」
硬質とも言えるような低い声が、慎重な様子で聞いて来た。人間か……? この人は何を、言っているんだろう?
「えっと……そうです……けど……」
薄暗い視界にある程度の距離があるから、彼らから見ればそうしているかわかるかわからないけれど、一応答えながら頷く。
おろむろに揺れるライトの光が目に眩しくて目を細めてしまった。三人はゆっくりとだけど、私が居るこの場所へと近づいて来ているようだ。
「ほら、やっぱりだ! 満月の夜に、まっさらな女の子! 絶対、人間だと思った。どうする?」
最初聞こえた明るくて朗らかな声が、満月で薄暗い夜の闇に響く。
「どうするったって……里に届け出るしか仕方ないだろう。人間の女を連れて里まで降りるのは、面倒だな」
さっきの二人とはまた違う、一番骨太で低く聞こえる声がはーっと溜め息をついた。
「……今から、君の傍に行く。驚くのは無理もないとは思うが、危害を加えることはないので、どうか慌てないで欲しい」
「? は、はい……?」
私がどう出るかと伺うような、とても慎重な口調だ。こんな状況なんだから、私にはどうすることも出来ない。戸惑いながらも、その声に答える。
もしかして、瞬間移動した? と疑ってしまう程の速度で彼らは私に近づいて来た。ふわっと辺りの空気が柔らかく揺れて肩まで伸びている私の髪を靡かせた。
「……え?」
彼らを見て私は、言葉を失った。
こちらに近付いて、ほのかな月明りに照らされた彼等の頭には、見間違いでなかったら大きな獣の耳がついているからだ。
その色は三人それぞれで違うけれど、どう考えても犬のような獣の耳が人間のあるべきではない頭の上についている。
三人の真ん中に立っている、すこし長めの銀色の髪と灰色の目を持つ人が硬質な響きの声で言った。先程からずっと慎重な言葉を、重ねていたのは彼なのだと知れた。
「貴女が驚くのも、無理はない……どうか落ち着いて聞いて欲しい。貴女は今貴女が居た世界と良く似ている別の世界に居る。僕らの種族は人狼で、狼と君のような人間の間に居る存在だ」
「えっと、えっと」
私の頭は、突然のもたらされた情報に処理が追いつかずショートしてしまったかのようになった。震える唇からは、小さな声で同じ言葉しか出ない。
「貴女が元居た国は日本という名前だと思うが、この国の名前も日本だ。ただ、住んでいる種族は、僕たちのような人狼。君と同じような人間はほんの少しの人数しか日本には存在していない。そして、今居るこの山の中は君のようなか弱い人間が、一晩を過ごすことの出来る場所ではない。貴女は僕らにとって保護しなければならない存在です。だから、今から僕達と一緒に着いて来て貰えますか?」
「さっすが、理人。わかりやすくて話が早いねえ」
「おい、春、黙れ」
明るい声の右側の人が、低い声の左側の人に怒られた。けれど、特に怒られた側の右の人は悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「え? えっと。わかりました」
保護してくれるというなら、願ってもない。
こんな山の中に居ても良いことは何もなさそう。そして、この人たちは何故か、私がここにいる事を当たり前のようにしている。異世界から来たということを知っているのに、それを驚いていないみたいだ。
そうして保護してくれるという三人組の申し出に、断る理由もなく、私は付いていくことにした。
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