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「あとで後悔したって、僕は知らないよ! お師匠様がもし帰ってきたら、どうやって説明するつもりなの?」
もし、その光景を魔力のない通行人が見れば、低空飛行している黒いカラスが女の子に向かってカァカァと鳴いているように聞こえるだけだろう。
顔の全体を覆う煌びやかな仮面を身に付け、透明な羽根をつけた妖精の可愛らしい仮装をしているロワンヌは、数年前に魔女となった時からの付き合いの使い魔カークの小言には耳を貸さずにハロウィンパーティが行われるという会場へ早足でスタスタと急いでいた。
「あんな、タチの悪い悪魔と取引をするなんて……自分は人を助ける良き魔女になりたいって言っていたじゃないか! 絶対に悪魔は君を利用して、何か企んでいるんだよ! ロロ!」
ロワンヌは仮面をずらして不機嫌な顔を見せると、バサバサと羽根を鳴らしつつ宙に浮いているカークに、強い意志を感じさせる視線を送り家の方向へと指を差した。
そろそろ夕暮れも近く、ハロウィンパーティが開催される会場はすぐそこで、参加する人だろうか、人通りもかなり多くなってきた。
黒いカラスが自分の周囲を不自然に飛んでいるのを見られてしまえば、ロワンヌが魔女であることは、すぐに見抜かれてしまうだろう。
(私が魔女だってバレてしまうから、もう帰ってよ!)
「なんだよ! こっちは心配して言っているのに! ロロのバーカ!!」
心配して言葉を尽くしたのに邪魔だと言わんばかりに睨まれて、不貞腐れたようにカークは捨て台詞を吐くと、くるっと旋回してロワンヌと共に住む家の方向へと帰って行った。
けれど、ロワンヌは魔女だからと言って、心の中でカークと会話出来る訳ではない。
付き合いが何年もに渡り、視線と身振り手振りだけで彼がロワンヌの言いたいことをわかってくれただけだ。
現在、ロワンヌは声を出せない。そういう取引を、悪魔としたからだ。
(……まさに、悪魔の所業。今から、一切声を使わずに恋する人相手に、処女を散らして来いなんて……いいえ。まぎれもなく、あれは悪魔なんだけど)
どうしても叶えたい願い事を叶えて貰う代わりに、ロワンヌに課せられた払うべき犠牲はそれだった。
ロワンヌは叶えたい願いのため、絶対にやり遂げるつもりだった。
だから、自分で作った効き目抜群だという評判がある、とっておきの媚薬を溶かし込んだハート型の棒付き飴を持参していた。
どうして棒付きにしたかと言うと、ただの丸い飴だと素早く吐き出されれば元も子もないから。
棒付きであれば、彼の口の中に突っ込めればこちらの勝ち。相手がこちらの意図を掴めず戸惑っている間に、媚薬は効果が発揮することだろう。
やがて、今夜の目的地としているこの街に駐屯する騎士団の団長宅が見えて来た。
ロワンヌの想い人が所属する騎士団の面々も数多く参加を表明していたハロウィンパーティは、会場をびっしりと埋め尽くすような人出だ。
強い魔物が多く現れるこの街周辺を警護するために王が置かれた騎士団には、周辺国との交易の要となる街を守るための必要性もあって、国所属騎士たちの中でも腕の立つ面々が揃えられている。
騎士学校を卒業し有望な若い騎士はこの騎士団に一度配属になり、手柄を立ててから王都へと帰還し出世するのが通例だ。
若く凛々しい立ち姿の彼らの中に紛れていたとしても、ロワンヌは何十人、いや何百人居たって、恋するその人のことをすぐに見つけ出すことが出来てしまうはずだ。
本来であれば、森の中でひっそりと静かに生活することを好む魔女が、現在街中で居を構えているその理由こそ、ただ一人の騎士イーサン・グラハムに他ならない。
魔女は住む場所を追われたり迫害されているわけではないが、便利な薬や魔力を封じた物を作り出すことの出来る魔女だと利用価値を知っている者に知られれば、どうしても面倒なことになってしまう。
例えそういう危険を犯したとしても、ロワンヌはイーサンのことが好きで出来るだけ彼の近くで生活がしたかった。
別に特別な何かがあった訳ではない。
何か困った時に助けて貰ったり、そんなことがあった訳ではない。最初は、ただ街でイーサンを見かけて『格好良い人だな』と思っただけだった。
ロワンヌは性格的に生活の中で日課としていることを、決まったことを繰り返すタイプだ。同じ曜日に同じ場所、食料品を買い物するのも同じ店。
もしかしたら、騎士イーサンも、似ている性格なのかもしれない。
偶然買い物の途中に見かけて、何度目か、数えられる程度の回数見ただけなのに、もうその時にはロワンヌは既に彼に恋に落ちていた。
まだ話したこともないと言うのに、住まいを街に移してしまうほどに彼の虜になっていた。
そうして、今。
悪魔からの司令通りに、そんな彼に媚薬を使って『どうしても叶えたい願い』のために、ロワンヌは処女を散らす。
周囲を見回せば、パーティの開始時間前から長時間に渡り酒を飲んでいた人も多いのか、浮かれた空気が漂っていた。
目を凝らして周囲を見渡しても、人が多過ぎて、イーサンを見つけることが出来なかった。
けれど、こんな風に仮面を被り公然と顔を隠し、彼に近づけるこんな機会はなかなかない。
悪魔に願いを叶えてもらうためには、もう時間もない。とにかく、ロワンヌはこの夜に賭けていた。
(居た)
壁沿いでグラスを持つ背の高いすっきりとした立ち姿に、真っ黒なタキシードと黒いバタフライマスク。
彼に恋するロワンヌの目には、まるで白黒の風景の中で彼一人だけが色鮮やかに見えるような、不思議な感覚。
もし、その光景を魔力のない通行人が見れば、低空飛行している黒いカラスが女の子に向かってカァカァと鳴いているように聞こえるだけだろう。
顔の全体を覆う煌びやかな仮面を身に付け、透明な羽根をつけた妖精の可愛らしい仮装をしているロワンヌは、数年前に魔女となった時からの付き合いの使い魔カークの小言には耳を貸さずにハロウィンパーティが行われるという会場へ早足でスタスタと急いでいた。
「あんな、タチの悪い悪魔と取引をするなんて……自分は人を助ける良き魔女になりたいって言っていたじゃないか! 絶対に悪魔は君を利用して、何か企んでいるんだよ! ロロ!」
ロワンヌは仮面をずらして不機嫌な顔を見せると、バサバサと羽根を鳴らしつつ宙に浮いているカークに、強い意志を感じさせる視線を送り家の方向へと指を差した。
そろそろ夕暮れも近く、ハロウィンパーティが開催される会場はすぐそこで、参加する人だろうか、人通りもかなり多くなってきた。
黒いカラスが自分の周囲を不自然に飛んでいるのを見られてしまえば、ロワンヌが魔女であることは、すぐに見抜かれてしまうだろう。
(私が魔女だってバレてしまうから、もう帰ってよ!)
「なんだよ! こっちは心配して言っているのに! ロロのバーカ!!」
心配して言葉を尽くしたのに邪魔だと言わんばかりに睨まれて、不貞腐れたようにカークは捨て台詞を吐くと、くるっと旋回してロワンヌと共に住む家の方向へと帰って行った。
けれど、ロワンヌは魔女だからと言って、心の中でカークと会話出来る訳ではない。
付き合いが何年もに渡り、視線と身振り手振りだけで彼がロワンヌの言いたいことをわかってくれただけだ。
現在、ロワンヌは声を出せない。そういう取引を、悪魔としたからだ。
(……まさに、悪魔の所業。今から、一切声を使わずに恋する人相手に、処女を散らして来いなんて……いいえ。まぎれもなく、あれは悪魔なんだけど)
どうしても叶えたい願い事を叶えて貰う代わりに、ロワンヌに課せられた払うべき犠牲はそれだった。
ロワンヌは叶えたい願いのため、絶対にやり遂げるつもりだった。
だから、自分で作った効き目抜群だという評判がある、とっておきの媚薬を溶かし込んだハート型の棒付き飴を持参していた。
どうして棒付きにしたかと言うと、ただの丸い飴だと素早く吐き出されれば元も子もないから。
棒付きであれば、彼の口の中に突っ込めればこちらの勝ち。相手がこちらの意図を掴めず戸惑っている間に、媚薬は効果が発揮することだろう。
やがて、今夜の目的地としているこの街に駐屯する騎士団の団長宅が見えて来た。
ロワンヌの想い人が所属する騎士団の面々も数多く参加を表明していたハロウィンパーティは、会場をびっしりと埋め尽くすような人出だ。
強い魔物が多く現れるこの街周辺を警護するために王が置かれた騎士団には、周辺国との交易の要となる街を守るための必要性もあって、国所属騎士たちの中でも腕の立つ面々が揃えられている。
騎士学校を卒業し有望な若い騎士はこの騎士団に一度配属になり、手柄を立ててから王都へと帰還し出世するのが通例だ。
若く凛々しい立ち姿の彼らの中に紛れていたとしても、ロワンヌは何十人、いや何百人居たって、恋するその人のことをすぐに見つけ出すことが出来てしまうはずだ。
本来であれば、森の中でひっそりと静かに生活することを好む魔女が、現在街中で居を構えているその理由こそ、ただ一人の騎士イーサン・グラハムに他ならない。
魔女は住む場所を追われたり迫害されているわけではないが、便利な薬や魔力を封じた物を作り出すことの出来る魔女だと利用価値を知っている者に知られれば、どうしても面倒なことになってしまう。
例えそういう危険を犯したとしても、ロワンヌはイーサンのことが好きで出来るだけ彼の近くで生活がしたかった。
別に特別な何かがあった訳ではない。
何か困った時に助けて貰ったり、そんなことがあった訳ではない。最初は、ただ街でイーサンを見かけて『格好良い人だな』と思っただけだった。
ロワンヌは性格的に生活の中で日課としていることを、決まったことを繰り返すタイプだ。同じ曜日に同じ場所、食料品を買い物するのも同じ店。
もしかしたら、騎士イーサンも、似ている性格なのかもしれない。
偶然買い物の途中に見かけて、何度目か、数えられる程度の回数見ただけなのに、もうその時にはロワンヌは既に彼に恋に落ちていた。
まだ話したこともないと言うのに、住まいを街に移してしまうほどに彼の虜になっていた。
そうして、今。
悪魔からの司令通りに、そんな彼に媚薬を使って『どうしても叶えたい願い』のために、ロワンヌは処女を散らす。
周囲を見回せば、パーティの開始時間前から長時間に渡り酒を飲んでいた人も多いのか、浮かれた空気が漂っていた。
目を凝らして周囲を見渡しても、人が多過ぎて、イーサンを見つけることが出来なかった。
けれど、こんな風に仮面を被り公然と顔を隠し、彼に近づけるこんな機会はなかなかない。
悪魔に願いを叶えてもらうためには、もう時間もない。とにかく、ロワンヌはこの夜に賭けていた。
(居た)
壁沿いでグラスを持つ背の高いすっきりとした立ち姿に、真っ黒なタキシードと黒いバタフライマスク。
彼に恋するロワンヌの目には、まるで白黒の風景の中で彼一人だけが色鮮やかに見えるような、不思議な感覚。
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