恋する騎士様と魔女の契約と♡型のロリポップキャンディ

待鳥園子

文字の大きさ
上 下
1 / 4

01

しおりを挟む
「あとで後悔したって、僕は知らないよ! お師匠様がもし帰ってきたら、どうやって説明するつもりなの?」

 もし、その光景を魔力のない通行人が見れば、低空飛行している黒いカラスが女の子に向かってカァカァと鳴いているように聞こえるだけだろう。

 顔の全体を覆う煌びやかな仮面を身に付け、透明な羽根をつけた妖精の可愛らしい仮装をしているロワンヌは、数年前に魔女となった時からの付き合いの使い魔カークの小言には耳を貸さずにハロウィンパーティが行われるという会場へ早足でスタスタと急いでいた。

「あんな、タチの悪い悪魔と取引をするなんて……自分は人を助ける良き魔女になりたいって言っていたじゃないか! 絶対に悪魔は君を利用して、何か企んでいるんだよ! ロロ!」

 ロワンヌは仮面をずらして不機嫌な顔を見せると、バサバサと羽根を鳴らしつつ宙に浮いているカークに、強い意志を感じさせる視線を送り家の方向へと指を差した。

 そろそろ夕暮れも近く、ハロウィンパーティが開催される会場はすぐそこで、参加する人だろうか、人通りもかなり多くなってきた。

 黒いカラスが自分の周囲を不自然に飛んでいるのを見られてしまえば、ロワンヌが魔女であることは、すぐに見抜かれてしまうだろう。

(私が魔女だってバレてしまうから、もう帰ってよ!)

「なんだよ! こっちは心配して言っているのに! ロロのバーカ!!」

 心配して言葉を尽くしたのに邪魔だと言わんばかりに睨まれて、不貞腐れたようにカークは捨て台詞を吐くと、くるっと旋回してロワンヌと共に住む家の方向へと帰って行った。

 けれど、ロワンヌは魔女だからと言って、心の中でカークと会話出来る訳ではない。

 付き合いが何年もに渡り、視線と身振り手振りだけで彼がロワンヌの言いたいことをわかってくれただけだ。

 現在、ロワンヌは声を出せない。そういう取引を、悪魔としたからだ。

(……まさに、悪魔の所業。今から、一切声を使わずに恋する人相手に、処女を散らして来いなんて……いいえ。まぎれもなく、あれは悪魔なんだけど)

 どうしても叶えたい願い事を叶えて貰う代わりに、ロワンヌに課せられた払うべき犠牲はそれだった。

 ロワンヌは叶えたい願いのため、絶対にやり遂げるつもりだった。

 だから、自分で作った効き目抜群だという評判がある、とっておきの媚薬を溶かし込んだハート型の棒付き飴を持参していた。

 どうして棒付きにしたかと言うと、ただの丸い飴だと素早く吐き出されれば元も子もないから。

 棒付きであれば、彼の口の中に突っ込めればこちらの勝ち。相手がこちらの意図を掴めず戸惑っている間に、媚薬は効果が発揮することだろう。

 やがて、今夜の目的地としているこの街に駐屯する騎士団の団長宅が見えて来た。

 ロワンヌの想い人が所属する騎士団の面々も数多く参加を表明していたハロウィンパーティは、会場をびっしりと埋め尽くすような人出だ。

 強い魔物が多く現れるこの街周辺を警護するために王が置かれた騎士団には、周辺国との交易の要となる街を守るための必要性もあって、国所属騎士たちの中でも腕の立つ面々が揃えられている。

 騎士学校を卒業し有望な若い騎士はこの騎士団に一度配属になり、手柄を立ててから王都へと帰還し出世するのが通例だ。

 若く凛々しい立ち姿の彼らの中に紛れていたとしても、ロワンヌは何十人、いや何百人居たって、恋するその人のことをすぐに見つけ出すことが出来てしまうはずだ。

 本来であれば、森の中でひっそりと静かに生活することを好む魔女が、現在街中で居を構えているその理由こそ、ただ一人の騎士イーサン・グラハムに他ならない。

 魔女は住む場所を追われたり迫害されているわけではないが、便利な薬や魔力を封じた物を作り出すことの出来る魔女だと利用価値を知っている者に知られれば、どうしても面倒なことになってしまう。

 例えそういう危険を犯したとしても、ロワンヌはイーサンのことが好きで出来るだけ彼の近くで生活がしたかった。

 別に特別な何かがあった訳ではない。

 何か困った時に助けて貰ったり、そんなことがあった訳ではない。最初は、ただ街でイーサンを見かけて『格好良い人だな』と思っただけだった。

 ロワンヌは性格的に生活の中で日課としていることを、決まったことを繰り返すタイプだ。同じ曜日に同じ場所、食料品を買い物するのも同じ店。

 もしかしたら、騎士イーサンも、似ている性格なのかもしれない。

 偶然買い物の途中に見かけて、何度目か、数えられる程度の回数見ただけなのに、もうその時にはロワンヌは既に彼に恋に落ちていた。

 まだ話したこともないと言うのに、住まいを街に移してしまうほどに彼の虜になっていた。

 そうして、今。

 悪魔からの司令通りに、そんな彼に媚薬を使って『どうしても叶えたい願い』のために、ロワンヌは処女を散らす。

 周囲を見回せば、パーティの開始時間前から長時間に渡り酒を飲んでいた人も多いのか、浮かれた空気が漂っていた。

 目を凝らして周囲を見渡しても、人が多過ぎて、イーサンを見つけることが出来なかった。

 けれど、こんな風に仮面を被り公然と顔を隠し、彼に近づけるこんな機会はなかなかない。

 悪魔に願いを叶えてもらうためには、もう時間もない。とにかく、ロワンヌはこの夜に賭けていた。

(居た)

 壁沿いでグラスを持つ背の高いすっきりとした立ち姿に、真っ黒なタキシードと黒いバタフライマスク。

 彼に恋するロワンヌの目には、まるで白黒の風景の中で彼一人だけが色鮮やかに見えるような、不思議な感覚。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

偶然同じ集合住宅の同じ階に住んでいるだけなのに、有名な美形魔法使いに付き纏いする熱烈なファンだと完全に勘違いされていた私のあやまり。

待鳥園子
恋愛
同じ集合住宅で同じ階に住んでいた美形魔法使い。たまに帰り道が一緒になるだけなんだけど、絶対あの人私を熱烈な迷惑ファンだと勘違いしてる! 誤解を解きたくても、嫌がられて避けられている気もするし……と思っていたら、彼の部屋に連れ込まれて良くわからない事態になった話。

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

洗浄魔法はほどほどに。

歪有 絵緖
恋愛
虎の獣人に転生したヴィーラは、魔法のある世界で狩人をしている。前世の記憶から、臭いに敏感なヴィーラは、常に洗浄魔法で清潔にして臭いも消しながら生活していた。ある日、狩猟者で飲み友達かつ片思い相手のセオと飲みに行くと、セオの友人が番を得たと言う。その話を聞きながら飲み、いつもの洗浄魔法を忘れてトイレから戻ると、セオの態度が一変する。 転生者がめずらしくはない、魔法のある獣人世界に転生した女性が、片思いから両想いになってその勢いのまま結ばれる話。 主人公が狩人なので、残酷描写は念のため。 ムーンライトノベルズからの転載です。

処理中です...