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01 女避け要員
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「あの……殿下」
「うん。何かな? アイリーン」
「この後……少し、お話が出来ますか?」
「もちろん。構わない。どうしたの? 君が改まって話したがるなんて、珍しいね」
本日は城の大広間で開かれた夜会も中盤で盛り上がり、そろそろ主催者たる王族が退席する時間帯だ。
けれど、夜はまだまだこれからで、集められた貴族たちの華やかな夜会は続く。
着飾った貴族たちが踊る広間から一段高い位置に専用の席があり、隣り合って座っていた私たちは、王の退席と共に立ち上がった。
私の婚約者は次代国王である、王太子シェーマス様。艶のある真っ直ぐな栗毛に緑色の瞳、まるで人形のように端正に整った顔立ちは、優しげで柔和。
さりげなく彼の腕を取り、大広間から退席する私は、実は彼の従姉妹で幼馴染みだ。
シェーマス様の母である亡き王妃様が私の母の妹で、幼い頃に母を亡くした彼は伯母の家である我がダグラス伯爵家に良く遊びに来ていた。
父王はすぐに後添いの王妃様を娶り、一人息子の彼の居場所が、なくなってしまったからだ。
父に冷たくされ傷ついた孤独な王子様を放っておくことが出来ず、まだ身分差の意味がわからなかった私は、シェーマス様をどこにでも連れ回したものだ。
今では無礼者、不敬罪と言われるようなことも、たくさんしたような気がする。
もちろん分別のつく年齢になってからは、そんなこともないけれど……そんな訳で、シェーマス様にとってみれば、私の母が実の母代わりで、私は実の妹のようなもの。
いまのところ私は名目上の、婚約者……ではあるけれど、私はシェーマス様と結婚する訳ではない。今だって、彼は必要なエスコートなどはしてくれるけれど、ただそれだけだ。
私たち……好き合って、こうして婚約した訳でもないけど……いつも通りの気のない様子に、口からため息がもれてしまう。
彼にとって私は望みなんて何もない恋愛対象外の存在なのだと、まざまざと思い知らされてしまうから。
夜会の応接用に準備された小部屋へと入り、護衛を廊下に待たせ扉を開けたままで、私たちは柔らかなソファへと腰掛けた。
ほっと息をつく。常に衆目を集める王族と並び立つのは、何年も共に居て数をこなしたとしても、どうしても緊張してしまうものだ。
私が話し出すのを待つように、シェーマス様は長い足を組んで頬杖をついた。
彼の立場ではお行儀が悪いとも取られかねない態度だけど、けだるく疲れた様子でも、嫌になるくらい魅力的な人だ。
私のような女避け要員が、必要になるくらいね。
「あの……女避けしたいからと、シェーマス様と婚約しましたけど、私もそろそろ適齢期を過ぎようとしていますし、正式な結婚相手を見つけたいです」
私たちの婚約は正式なものではなく、女性受けの良過ぎるシェーマス様に、王太子としての立場が安定するまで女避けとして婚約者をして欲しいと頼み込まれたのだ。
シェーマス様には腹違いの弟が二人居て、それぞれを担ぐ貴族たちもたくさん居る。そんな中で、王太子としての立場が安定するまで傍に居て欲しいという願いはもっともで、私もぜひ協力したいと頷いた。
……けれど、今のままでは、私の方が、嫁き遅れとなってしまう。
十九にもなろうと言う年齢で、良い嫁入り先を紹介をしてくれるとは約束されていても、求婚者を募る貴族令嬢としては、今ではもう年齢を取り過ぎてしまった。
「……そうか。それは、確かにそうだよね……すべて君の望み通りに、そうしよう」
「ありがとうございます。殿下……」
はにかんでお礼を言った私に、シェーマス様はにっこり微笑んで頷いた。
「うん。良いよ。僕もそろそろもう良いかなと、思っていたからね」
「あの……いつ頃、婚約解消が出来ますか?」
「ああ。そうだね。うん……もうすぐだよ」
そう言ってシェーマス様は立ち上がり、いつも通りに礼儀正しく、私を馬車まで送り届けてくれた。
城から走り出した馬車の車窓から見える自分の浮かない顔に、大きなため息が思わず漏れた。
いつも通りの、気のない態度で、それにがっかりして……けど、わかっていたのに。もしかしたら、あれを言えば、引き留めてくれるかもなんて……すべては、望みのない幻想でしかなかった。
実は私は賭けのつもりだった。
女避けのためなんて、嘘だよって……本当は好きなのはアイリーンなんだって、言ってくれるかも……なんて……そんなことは、有り得ないと思っていたけど、でも……賭けは見事に予想通りに負けてしまった。
そんなことはないってわかりつつ、心のどこかには期待があった。
人間不信気味で、あまり人を寄せ付けない様子のシェーマス様の……女避け要員としてでも、彼の婚約者に選ばれたのは、私だったから。
「うん。何かな? アイリーン」
「この後……少し、お話が出来ますか?」
「もちろん。構わない。どうしたの? 君が改まって話したがるなんて、珍しいね」
本日は城の大広間で開かれた夜会も中盤で盛り上がり、そろそろ主催者たる王族が退席する時間帯だ。
けれど、夜はまだまだこれからで、集められた貴族たちの華やかな夜会は続く。
着飾った貴族たちが踊る広間から一段高い位置に専用の席があり、隣り合って座っていた私たちは、王の退席と共に立ち上がった。
私の婚約者は次代国王である、王太子シェーマス様。艶のある真っ直ぐな栗毛に緑色の瞳、まるで人形のように端正に整った顔立ちは、優しげで柔和。
さりげなく彼の腕を取り、大広間から退席する私は、実は彼の従姉妹で幼馴染みだ。
シェーマス様の母である亡き王妃様が私の母の妹で、幼い頃に母を亡くした彼は伯母の家である我がダグラス伯爵家に良く遊びに来ていた。
父王はすぐに後添いの王妃様を娶り、一人息子の彼の居場所が、なくなってしまったからだ。
父に冷たくされ傷ついた孤独な王子様を放っておくことが出来ず、まだ身分差の意味がわからなかった私は、シェーマス様をどこにでも連れ回したものだ。
今では無礼者、不敬罪と言われるようなことも、たくさんしたような気がする。
もちろん分別のつく年齢になってからは、そんなこともないけれど……そんな訳で、シェーマス様にとってみれば、私の母が実の母代わりで、私は実の妹のようなもの。
いまのところ私は名目上の、婚約者……ではあるけれど、私はシェーマス様と結婚する訳ではない。今だって、彼は必要なエスコートなどはしてくれるけれど、ただそれだけだ。
私たち……好き合って、こうして婚約した訳でもないけど……いつも通りの気のない様子に、口からため息がもれてしまう。
彼にとって私は望みなんて何もない恋愛対象外の存在なのだと、まざまざと思い知らされてしまうから。
夜会の応接用に準備された小部屋へと入り、護衛を廊下に待たせ扉を開けたままで、私たちは柔らかなソファへと腰掛けた。
ほっと息をつく。常に衆目を集める王族と並び立つのは、何年も共に居て数をこなしたとしても、どうしても緊張してしまうものだ。
私が話し出すのを待つように、シェーマス様は長い足を組んで頬杖をついた。
彼の立場ではお行儀が悪いとも取られかねない態度だけど、けだるく疲れた様子でも、嫌になるくらい魅力的な人だ。
私のような女避け要員が、必要になるくらいね。
「あの……女避けしたいからと、シェーマス様と婚約しましたけど、私もそろそろ適齢期を過ぎようとしていますし、正式な結婚相手を見つけたいです」
私たちの婚約は正式なものではなく、女性受けの良過ぎるシェーマス様に、王太子としての立場が安定するまで女避けとして婚約者をして欲しいと頼み込まれたのだ。
シェーマス様には腹違いの弟が二人居て、それぞれを担ぐ貴族たちもたくさん居る。そんな中で、王太子としての立場が安定するまで傍に居て欲しいという願いはもっともで、私もぜひ協力したいと頷いた。
……けれど、今のままでは、私の方が、嫁き遅れとなってしまう。
十九にもなろうと言う年齢で、良い嫁入り先を紹介をしてくれるとは約束されていても、求婚者を募る貴族令嬢としては、今ではもう年齢を取り過ぎてしまった。
「……そうか。それは、確かにそうだよね……すべて君の望み通りに、そうしよう」
「ありがとうございます。殿下……」
はにかんでお礼を言った私に、シェーマス様はにっこり微笑んで頷いた。
「うん。良いよ。僕もそろそろもう良いかなと、思っていたからね」
「あの……いつ頃、婚約解消が出来ますか?」
「ああ。そうだね。うん……もうすぐだよ」
そう言ってシェーマス様は立ち上がり、いつも通りに礼儀正しく、私を馬車まで送り届けてくれた。
城から走り出した馬車の車窓から見える自分の浮かない顔に、大きなため息が思わず漏れた。
いつも通りの、気のない態度で、それにがっかりして……けど、わかっていたのに。もしかしたら、あれを言えば、引き留めてくれるかもなんて……すべては、望みのない幻想でしかなかった。
実は私は賭けのつもりだった。
女避けのためなんて、嘘だよって……本当は好きなのはアイリーンなんだって、言ってくれるかも……なんて……そんなことは、有り得ないと思っていたけど、でも……賭けは見事に予想通りに負けてしまった。
そんなことはないってわかりつつ、心のどこかには期待があった。
人間不信気味で、あまり人を寄せ付けない様子のシェーマス様の……女避け要員としてでも、彼の婚約者に選ばれたのは、私だったから。
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