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06 兄の言い分
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「カール! ……僕の本気は、わかって貰えた?」
「……本当にしつこいな。お前。どうやってエレインを呼び出した? お前からの手紙は、すべて取り次ぐなと厳命していたはずだが」
仕事に向かっていたカールは必要に迫られて三年ぶりに話すことになった、元友人ユアンを見た。
「執事の厳しい目を潜り抜けて……なんとか、僕からの手紙を紛れ込ませた」
罪悪感からか言いにくそうに言ったユアンだが、そんな愁傷なことを考える人間ではないことは元友人だったカールは知っていた。
(彼女への思いが高まり過ぎて純潔を奪ってしまったから、責任を取って結婚をしたいと言えば、エレインはもうこいつと結婚するしかない。無理にされたものならともかく、本人がそれを望むのであれば、俺ももう何も言えない)
仕事のため深夜に帰宅した時にユアンの家からの使者に受け取った手紙を受け取って、カールは怒りに打ち震えたのだ。せっかく、神様が妹を誘惑した悪魔の記憶を彼女から消してくれたのに、と。
「チッ、どうせエレインの家庭教師だろう。あの女は夜会での介添人も私がしますと買って出た時から、なんだか違和感があると思っていたよ」
カールはエレインの家庭教師について、常々何か様子がおかしいとは思っていた。しかし、妹本人のお気に入りだったために、兄カールが無理に変更しようとすると泣いて嫌がったのだ。
(何もかも上手くやられたか。いや、もうユアンに狙われたのなら、何もかも時間の問題だったのかもしれない)
「どうか、待ってくれ。カール。話を聞いてくれ。これはしつこいんじゃなくて、それだけ君の妹には僕は本気なんだよ。エレインと会えるまで、気が狂いそうだった」
人目を気にすることもなくユアンが必死で追いすがるので、カールは今回ばかりはいつものように無視して歩き去るのは無理かと諦め彼の話を聞くことにした。
「……では、あれだけ周囲に侍らせていた、多くの女どもはどうした。別に無関係の女なら俺も自己責任だと切り捨てもするだろうが、あんな腐り爛れきった人間関係の中に俺の妹が引き入れられるなど、とても我慢ならない。俺は今だって三年前の自分が間違ったことはしていないと、そう言い切れるよ」
ユアンはまだ成人していない頃からも、多くの女性と関係を持っていた。だが、彼とは話が合い気も合っていたので、カールは友人として付き合う上ではそれは気にしなかった。
ただ、成人前の自分の妹にまで手を出そうとしたのなら、話は別だ。
「今は誰とも会っていない。連絡だって、取っていないよ。社交界に居る君だって、それは知っていることじゃないのか」
必死なユアンの様子に、カールは眉を顰めながら言い放った。
「どうだろうな。どうかこのことを内緒にしてくれと隠せば、俺にはもうわからない。あれだけ女癖の悪い奴が、改心した例を俺は知らない」
「僕がカールにとっては、初めての例になる。どうぞ、よくよく観察してみてくれ。三年間も決して諦めることなく、ただ一途に君の妹と会いたがっていた」
「何が一途だ。自分の過去の悪行を、胸に手を当てて考えてみろ……それはただ手に入らないから、どうしても手に入れたくなった訳ではないのか」
不信感いっぱいの目で彼を胡乱げに見つめたカールに、ユアンはため息をついた。
「そんな訳……ないよ。確かにカールが疑っても仕方ないと思うけど、僕はもう心を綺麗に入れ換えたよ」
「……あの頃は幼かったエレインも、既に成人だ。自分の行動は自分で責任を取るべきだろう。俺はもう、これ以上エレインには何も言わないよ。今まで出会った中で一番に結ばれてはいけない男と、結ばれてしまったのだからな」
「僕は、彼女の良き伴侶になるよ。十年も経てば過去の過ちなど、もうなかったことになる」
「女など自分の快楽のための使い勝手の良い道具にしか思っていなかったお前が……? まぁ、そうだな。過去は過去だ。しかし、お前がこの先どう変わろうが、過去は変えられない。だが、妹を傷つけるようなことをするなよ。そうしたら、俺が無理矢理にでも家に連れ帰る。もし、一度離婚したからとは言え……エレインには今だって、多くの縁談もあったんだ。どこかの誰かからの妨害がなければ、既に婚約もしていただろうな」
「別に良いよ。それでも。あのエレインと会うのがもう少し早かったら、僕だって今も純粋で居られただろうからね」
「はっ……どうだか」
悪事を一度しでかしてしまった者は、いずれまた繰り返す。最初に乗り越えるべき心理的な壁も再度となれば低くなり、それでいて美味しい思いを既に味わっていれば尚更だ。
「……ここまで、諦めきれなかったんだ。これからの時間を以て信じてもらうしかないが、僕はエレインのことを愛している」
「そう言えば、だらしない過去が許される免罪符になるとでも思ったか? 愛などという言葉は、ただのまやかしに過ぎない。三年前までのお前が、良く口にしていたようにな」
カールから痛いところをつかれたと思ったのか、悲しそうになったユアンは何も言わない。これで話はもう終わりかと悟り、カールは踵を返しカツカツと靴音をさせて先を急いだ。
(まぁ、良い……あいつが本性を出せば、俺はエレインを連れ帰るだけで良いからな)
そもそも世間知らずの可愛い妹に、顔は良いが素行が悪い友人を会わせるべきではなかったのだと、今更ながらにカールは過去の過ちを深く後悔した。
Fin
「……本当にしつこいな。お前。どうやってエレインを呼び出した? お前からの手紙は、すべて取り次ぐなと厳命していたはずだが」
仕事に向かっていたカールは必要に迫られて三年ぶりに話すことになった、元友人ユアンを見た。
「執事の厳しい目を潜り抜けて……なんとか、僕からの手紙を紛れ込ませた」
罪悪感からか言いにくそうに言ったユアンだが、そんな愁傷なことを考える人間ではないことは元友人だったカールは知っていた。
(彼女への思いが高まり過ぎて純潔を奪ってしまったから、責任を取って結婚をしたいと言えば、エレインはもうこいつと結婚するしかない。無理にされたものならともかく、本人がそれを望むのであれば、俺ももう何も言えない)
仕事のため深夜に帰宅した時にユアンの家からの使者に受け取った手紙を受け取って、カールは怒りに打ち震えたのだ。せっかく、神様が妹を誘惑した悪魔の記憶を彼女から消してくれたのに、と。
「チッ、どうせエレインの家庭教師だろう。あの女は夜会での介添人も私がしますと買って出た時から、なんだか違和感があると思っていたよ」
カールはエレインの家庭教師について、常々何か様子がおかしいとは思っていた。しかし、妹本人のお気に入りだったために、兄カールが無理に変更しようとすると泣いて嫌がったのだ。
(何もかも上手くやられたか。いや、もうユアンに狙われたのなら、何もかも時間の問題だったのかもしれない)
「どうか、待ってくれ。カール。話を聞いてくれ。これはしつこいんじゃなくて、それだけ君の妹には僕は本気なんだよ。エレインと会えるまで、気が狂いそうだった」
人目を気にすることもなくユアンが必死で追いすがるので、カールは今回ばかりはいつものように無視して歩き去るのは無理かと諦め彼の話を聞くことにした。
「……では、あれだけ周囲に侍らせていた、多くの女どもはどうした。別に無関係の女なら俺も自己責任だと切り捨てもするだろうが、あんな腐り爛れきった人間関係の中に俺の妹が引き入れられるなど、とても我慢ならない。俺は今だって三年前の自分が間違ったことはしていないと、そう言い切れるよ」
ユアンはまだ成人していない頃からも、多くの女性と関係を持っていた。だが、彼とは話が合い気も合っていたので、カールは友人として付き合う上ではそれは気にしなかった。
ただ、成人前の自分の妹にまで手を出そうとしたのなら、話は別だ。
「今は誰とも会っていない。連絡だって、取っていないよ。社交界に居る君だって、それは知っていることじゃないのか」
必死なユアンの様子に、カールは眉を顰めながら言い放った。
「どうだろうな。どうかこのことを内緒にしてくれと隠せば、俺にはもうわからない。あれだけ女癖の悪い奴が、改心した例を俺は知らない」
「僕がカールにとっては、初めての例になる。どうぞ、よくよく観察してみてくれ。三年間も決して諦めることなく、ただ一途に君の妹と会いたがっていた」
「何が一途だ。自分の過去の悪行を、胸に手を当てて考えてみろ……それはただ手に入らないから、どうしても手に入れたくなった訳ではないのか」
不信感いっぱいの目で彼を胡乱げに見つめたカールに、ユアンはため息をついた。
「そんな訳……ないよ。確かにカールが疑っても仕方ないと思うけど、僕はもう心を綺麗に入れ換えたよ」
「……あの頃は幼かったエレインも、既に成人だ。自分の行動は自分で責任を取るべきだろう。俺はもう、これ以上エレインには何も言わないよ。今まで出会った中で一番に結ばれてはいけない男と、結ばれてしまったのだからな」
「僕は、彼女の良き伴侶になるよ。十年も経てば過去の過ちなど、もうなかったことになる」
「女など自分の快楽のための使い勝手の良い道具にしか思っていなかったお前が……? まぁ、そうだな。過去は過去だ。しかし、お前がこの先どう変わろうが、過去は変えられない。だが、妹を傷つけるようなことをするなよ。そうしたら、俺が無理矢理にでも家に連れ帰る。もし、一度離婚したからとは言え……エレインには今だって、多くの縁談もあったんだ。どこかの誰かからの妨害がなければ、既に婚約もしていただろうな」
「別に良いよ。それでも。あのエレインと会うのがもう少し早かったら、僕だって今も純粋で居られただろうからね」
「はっ……どうだか」
悪事を一度しでかしてしまった者は、いずれまた繰り返す。最初に乗り越えるべき心理的な壁も再度となれば低くなり、それでいて美味しい思いを既に味わっていれば尚更だ。
「……ここまで、諦めきれなかったんだ。これからの時間を以て信じてもらうしかないが、僕はエレインのことを愛している」
「そう言えば、だらしない過去が許される免罪符になるとでも思ったか? 愛などという言葉は、ただのまやかしに過ぎない。三年前までのお前が、良く口にしていたようにな」
カールから痛いところをつかれたと思ったのか、悲しそうになったユアンは何も言わない。これで話はもう終わりかと悟り、カールは踵を返しカツカツと靴音をさせて先を急いだ。
(まぁ、良い……あいつが本性を出せば、俺はエレインを連れ帰るだけで良いからな)
そもそも世間知らずの可愛い妹に、顔は良いが素行が悪い友人を会わせるべきではなかったのだと、今更ながらにカールは過去の過ちを深く後悔した。
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