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56 返り討ち①
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城中の豪華な客室へ急遽運び込まれたジュストは、大きなベッドに寝かされた。
さっきまで荒い息を吐いていたはずなのに、青い顔になっている気がする。けれど、私が握っている手はしっかり握り返してくれているし、早く解毒したらすぐに治るはずだ……大丈夫。きっと、大丈夫だから。
城で勤める医師である御典医がやって来た時、早馬で呼びに行ったはずのトリアノン侯爵夫妻……つまり、ジュストのご両親が現れた。
「フィオーラ様!」
私が彼女の名前を呼べば、トリアノン女公爵フィオーラ様は沈痛な面持ちで、部屋に居た人たちに告げた、
「もしかしたら、もう私の義理の息子は、危ないかもしれないわ……ミシェルと、静かに話させてあげたいの。申し訳ないけれど、家族以外は席を外してくれるかしら」
そんな悲痛なフィオーラ様の言葉を聞き、私は信じられない思いで愕然とした。
そんなはずはない、私を残して、ジュストが死んでしまうなんて……そんな……そんなはずないのに!
集まってくれた医者や医療関係者は無言でその場を立ち去り、彼らが去って扉がきっちりと閉まったのを確認したフィオーラ様は、ベッドで横になっていたジュストをちらっと見た。
「もう良いでしょう。そろそろ、目を覚ましたら? ジュスト」
さっきまでの悲壮な表情はどこへやら、呆れたような表情でそう言ったフィオーラ様に私は驚いた。
……え?
何、嘘でしょう。どういうこと?
私はこの状況にあまりに驚き過ぎて、涙が引っ込んでしまった。
青い顔をして目を閉じていたはずのジュストは、パッと目を見開き上半身を起こして、気の置けない関係を築いているらしい義母フィオーラ様に微笑んだ。
「はい。義母上。演技もプロと思ってしまうほどに、とってもお上手なんですね。女優にでもなられたら良かったのでは? きっと、天職でしたよ」
確かにフィオーラ様は『女優です』と自己紹介されても何の違和感もないほどに、美しい美貌を持ち洗練された身のこなしだった。ジュストのお父様ドレイク様も、そんな彼女の隣に立って困り顔をしていた。
何? 私だけこの事態に、全然っ……付いていけていないんだけど……。
「あら。舞台に立つ女優になっても、数人の金持ちのパトロンを手懐けるのが関の山。私は自分が、金を出すパトロンになるのよ。誰かから金を貰うような、弱い立場ではなくてね」
ジュストに向けた色っぽい流し目を私はうっかり受けてしまい、彼女の美しさに惹かれお金を出してしまうおじ様たちの気持ちがわかるような気がした。
「ははは。それは、失礼しました。義母上……ミシェル。そういう訳で、すみません。これは、すべて演技だったんです」
ようやく私の方へ向き、毒を飲んで苦しんでいたはずのジュストは微笑みそう説明した。
「えっ……演技? どういうこと? ……もうっ……本当に毒を飲んだと思って、心配したんだから!」
動揺した私の非力な力で胸を何度も叩かれても、抱き止めたジュストはびくともしなかった。彼が十年ほど付いていた職業を考えれば、それも当たり前のことだったのかもしれない。
けれど、流石に今回はさしもの私も頭に来ていた。こんなにも、心配して……顔をぐちゃぐちゃにして、泣いてしまったのにと。
「そうなんです。僕があのお茶を口に含んだのは、確かなんですけど……あの時、血を吐く前に口を手で押さえたではないですか?」
そう問われた私は、ジュストが倒れてしまう前を思い出していた。確かに彼はお茶を飲んだ後に、口を右手で覆っていた。
「……え? ええ。そうね。確か、そうだったわ」
「あの時に、僕は手の平に赤い粉を持っていたんです。だから、あれは血ではなく、赤い粉が溶けただけのお茶なんですよ。ちゃんとこれは訳あってしたことなんですけど、ミシェルを驚かせてしまってすみません」
血では、なかった? 倒れるのも、演技だった? 本当に! よくわからない。なんなの。
「どうして、そういうことをしたの? もうっ……何も私に言わないのも、良い加減にして!」
混乱して動揺して最高潮に興奮してしまった私を宥めるように、彼はその腕に抱き背中をとんとんと優しく叩いた。
「ええ。ミシェル、ご心配をかけてしまって、すみません……ですが、これは必要なことだったんです。父さん。あれは、持って来てくれた?」
「ジュスト。君は本当に、いつも変なことを頼んでくるねえ」
息子の呼びかけに応えたジュストのお父様ドレイク様は、私が想像していた通りジュストに良く似ていて美男だった。眼鏡を掛けて髭を蓄え、少し野生的な年齢を経たジュストといったところだった。
「父さんは何も言わずに、僕の言う通りやってくれたら良いんだよ。なんでも好きな研究をする費用だって、父さんが雑に扱っていた研究結果があれば、僕が稼いで来ただろう?」
いつもは常に敬語を話しているジュストだけど、血の繋がった肉親のお父様の前では違うようだ。
さっきまで荒い息を吐いていたはずなのに、青い顔になっている気がする。けれど、私が握っている手はしっかり握り返してくれているし、早く解毒したらすぐに治るはずだ……大丈夫。きっと、大丈夫だから。
城で勤める医師である御典医がやって来た時、早馬で呼びに行ったはずのトリアノン侯爵夫妻……つまり、ジュストのご両親が現れた。
「フィオーラ様!」
私が彼女の名前を呼べば、トリアノン女公爵フィオーラ様は沈痛な面持ちで、部屋に居た人たちに告げた、
「もしかしたら、もう私の義理の息子は、危ないかもしれないわ……ミシェルと、静かに話させてあげたいの。申し訳ないけれど、家族以外は席を外してくれるかしら」
そんな悲痛なフィオーラ様の言葉を聞き、私は信じられない思いで愕然とした。
そんなはずはない、私を残して、ジュストが死んでしまうなんて……そんな……そんなはずないのに!
集まってくれた医者や医療関係者は無言でその場を立ち去り、彼らが去って扉がきっちりと閉まったのを確認したフィオーラ様は、ベッドで横になっていたジュストをちらっと見た。
「もう良いでしょう。そろそろ、目を覚ましたら? ジュスト」
さっきまでの悲壮な表情はどこへやら、呆れたような表情でそう言ったフィオーラ様に私は驚いた。
……え?
何、嘘でしょう。どういうこと?
私はこの状況にあまりに驚き過ぎて、涙が引っ込んでしまった。
青い顔をして目を閉じていたはずのジュストは、パッと目を見開き上半身を起こして、気の置けない関係を築いているらしい義母フィオーラ様に微笑んだ。
「はい。義母上。演技もプロと思ってしまうほどに、とってもお上手なんですね。女優にでもなられたら良かったのでは? きっと、天職でしたよ」
確かにフィオーラ様は『女優です』と自己紹介されても何の違和感もないほどに、美しい美貌を持ち洗練された身のこなしだった。ジュストのお父様ドレイク様も、そんな彼女の隣に立って困り顔をしていた。
何? 私だけこの事態に、全然っ……付いていけていないんだけど……。
「あら。舞台に立つ女優になっても、数人の金持ちのパトロンを手懐けるのが関の山。私は自分が、金を出すパトロンになるのよ。誰かから金を貰うような、弱い立場ではなくてね」
ジュストに向けた色っぽい流し目を私はうっかり受けてしまい、彼女の美しさに惹かれお金を出してしまうおじ様たちの気持ちがわかるような気がした。
「ははは。それは、失礼しました。義母上……ミシェル。そういう訳で、すみません。これは、すべて演技だったんです」
ようやく私の方へ向き、毒を飲んで苦しんでいたはずのジュストは微笑みそう説明した。
「えっ……演技? どういうこと? ……もうっ……本当に毒を飲んだと思って、心配したんだから!」
動揺した私の非力な力で胸を何度も叩かれても、抱き止めたジュストはびくともしなかった。彼が十年ほど付いていた職業を考えれば、それも当たり前のことだったのかもしれない。
けれど、流石に今回はさしもの私も頭に来ていた。こんなにも、心配して……顔をぐちゃぐちゃにして、泣いてしまったのにと。
「そうなんです。僕があのお茶を口に含んだのは、確かなんですけど……あの時、血を吐く前に口を手で押さえたではないですか?」
そう問われた私は、ジュストが倒れてしまう前を思い出していた。確かに彼はお茶を飲んだ後に、口を右手で覆っていた。
「……え? ええ。そうね。確か、そうだったわ」
「あの時に、僕は手の平に赤い粉を持っていたんです。だから、あれは血ではなく、赤い粉が溶けただけのお茶なんですよ。ちゃんとこれは訳あってしたことなんですけど、ミシェルを驚かせてしまってすみません」
血では、なかった? 倒れるのも、演技だった? 本当に! よくわからない。なんなの。
「どうして、そういうことをしたの? もうっ……何も私に言わないのも、良い加減にして!」
混乱して動揺して最高潮に興奮してしまった私を宥めるように、彼はその腕に抱き背中をとんとんと優しく叩いた。
「ええ。ミシェル、ご心配をかけてしまって、すみません……ですが、これは必要なことだったんです。父さん。あれは、持って来てくれた?」
「ジュスト。君は本当に、いつも変なことを頼んでくるねえ」
息子の呼びかけに応えたジュストのお父様ドレイク様は、私が想像していた通りジュストに良く似ていて美男だった。眼鏡を掛けて髭を蓄え、少し野生的な年齢を経たジュストといったところだった。
「父さんは何も言わずに、僕の言う通りやってくれたら良いんだよ。なんでも好きな研究をする費用だって、父さんが雑に扱っていた研究結果があれば、僕が稼いで来ただろう?」
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