上 下
56 / 66

55 お茶会②

しおりを挟む
 私は深呼吸しつつ震える手でジュストの手を掴み、彼は弱々しいながらもそれを握り返してくれた。

 ……ジュストは、生きている。良かった!

 彼が飲んだ毒が即死に至るような、強い毒ではないことはわかった。だから、これから一刻も早く解毒すれば治るはず。

 さっきまで私を嵐のように襲っていた恐慌は嘘のように消えて、ジュストが生きているならば、それを助けなければという一心で私は自分でも驚く程にスッと冷静になれた。

 ここで私が泣き叫んで喚いて、犯人はあいつだと騒げば、きっと向こうの思い通り。

 きっと……ジュストを、陥れようとしているのよ。恥をかかされてしまった復讐に。

 そうでなければ、絶対におかしいわ。ただこうして、彼に毒を飲ませただけで、何の得があると言うの。

 早く何も言わず騒がずに、ここから逃げなければ。

 ここは、ラザール様が先んじて用意していた蜘蛛の巣。何も考えずに暴れてしまえば、彼にそのまま喰われてしまう。

 冷静に周囲を見れば、毒を盛られた現場に居合わせてしまった使用人たちは、慌ててあちらに行ったりこちらに行ったり。

 ジュストや私にお茶を淹れた使用人は、自害を図っている頃かしら。そうよね。だって、これは王家の主催のお茶会。何かあれば、責任は国王陛下なのよ。

 ……よくも、そんなことを計画したものね。もしかして、自分の言い分なども聞かずに、一方的に婚約解消を言い渡されたという腹いせの解消も兼ねているの?

 となると、毒を盛った犯人は私たちに不利な証言を言わせるために、逆に生かされているかもしれない。

 毒を飲むのはジュストと私、どちらかで良かったんだ。だから、ジュストはあまり嗅いだことのない香りのするお茶を先んじて飲んだ。

 きっと……そうなるとわかっていて、彼が私の身代わりになったのよ。お茶に口を付けない訳にもいかないし、毒が入っているなんて、指摘が出来ないから。

 ラザール様……いいえ。ラザール・クロッシュは、それほどにまで、自分を虚仮にした私たちを憎んでいた。

「ミシェル……大丈夫かい?」

 わざとらしく馴れ馴れしいラザールが近寄ってきたので、私は周囲に聞かれぬように弱々しく微笑み小声で彼に応じた。

「……何も知らない私が、ここで泣き喚くとでも思っていたの? ラザール様。ジュストのことは貴方には何の関係もないことなので、貴方はどこか遠くに行ってくださると嬉しいわ」

 今まで完全に下に見ていた私に、思いもよらぬことを言い返されたと思ったのか、彼の顔は青黒くなり憤怒の表情を浮かべた。

「ミシェル……」

 思い通りにならず、動揺した? その通りよ。私は貴方の思い通りになんて、絶対になりたくないの。

「……誰か! 早く、ジュストを運んで! 医者を早く、呼んでちょうだい。それに、トリアノン侯爵家に早馬を出して。彼のお父様を、早く呼んで来て!」

 辺りは騒然としていて、ジュストの身体は私の指示通り、素早く運ばれることになった。

 私は立ち去る直前に、一人騒ぎから取り残されたラザールを見た。彼は暗い顔をして、不気味に微笑んでいるように見えた。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

処理中です...