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54 お茶会①
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城の庭園で開かれたお茶会に主催者たる国王陛下と王妃様がいらっしゃったのはたった一時間だけで、お二人は多忙を理由に残念そうな表情で去って行った。
けれど、これは事前に決められた流れで予定通りだと思う。
国王陛下もロマンチストの王妃様に押されて、本来ならばこういった貴族の結婚問題などに口出しすることのないご自身が婚約解消を言い渡した手前、臣下たる私たちが険悪な仲になるようなことは止めて欲しいと示す必要性があった。
そして、王族がその場に居て彼らとは関係ないクロッシュ公爵家と我がサラクラン伯爵家、そして、ジュストが義母から頂いたアシュラム伯爵家の話をする訳にもいかない。
天気良く光あふれる庭園に残されたのは、ラザール様とジュストと私の三人。
ほんの上辺の表面上は、穏やかな時が過ぎていた。
私がお茶会が始まった時から、とても気になっているのが、ラザール様がとても機嫌が良さそうなことだ。
公爵家の跡取りとして生まれた彼は、あまり感情を隠すことが得意ではない。
ラザール様は未来の公爵になるべく厳格に育てられ、とてもプライドの高いお方。だと言うのに、下位の身分にある私から婚約解消を言い出したことも、彼には気に入らなかったはず。
そして、まるで森の中にあった罠に嵌められた獣のようにして、あの場で国王陛下から婚約解消を言い渡された。
ラザール様はあの時もその後も、とても気分が悪かったはずだ。ジュストにしてやられたと悔しく思ったはず……それは、長年過ごして来た私には手に取るようにして想像出来てしまうのだ。
陛下たちが席を立たれて、婚約していた私に対し、隠し子のことについての謝罪があった。
あれは隠していた自分に非があるし、そろそろ私にも報告しようと思っていた矢先、あのような形で伝えることになり不本意だったし、嫌な思いをさせてしまい申し訳なかったと。
あの時点で私は実際にそれを知らなかったし、その直前にした家出の原因としてそれを出してしまっていたから、彼の謝罪を受け入れ曖昧に笑うしかなかった。
隣に座っているジュストは、開始からずっと澄ました表情で、にこにこと微笑んでいた。至高の存在たる王族が同席していても、全く怯まないところは、本当に彼らしいと思った。
私にとって、頼れる人なのだと。
そして開始からそれなりの時間が経ち、お洒落な荷台に運ばれて二杯目のお茶が用意された。
甘くて芳醇な良い香りが漂った。
私の記憶にないもので、異国の高級なものなのかもしれない。
ローレシア王国の王家主催お茶会だから、高価で珍しいお茶が出て来ることは何もおかしくないけど、際立って特殊な香りだから気になってしまった。
「ミシェル」
私が何の茶かと思いながらお茶に口をつけようとしたその時、ジュストが不意に私の名前を呼んだ。
「……何? ジュスト」
彼は私に向けて微笑み、何かを伝えるように目を合わせると、先に新しく注がれたお茶を飲み、そして……口に手を当てて血を吐いた。
……え?
「ジュスト!!」
私が椅子を倒し立ち上がった時、ラザールが嬉しそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
まさか!
「ジュスト……!」
言葉もなく椅子から崩れ落ちてしまうジュスト、私は駆け寄り彼の名前を何度も呼んだ。
……どうして……いいえ。
この状況から考えて、どう考えてもラザール様の仕業のはず。けれど、ここで私が騒いだところで何も出てくるはずがない。
だって、そうでしょう。
これは……国王陛下の計らいで開かれたお茶会なのよ。そこに毒を盛られたとしても、疑惑の段階で何も指摘出来るはずはない。
国王陛下を疑ってしまうことになる。
そうよ。待って。
もし、私が騒いで何か証拠が出ることがあるしたら、それは、きっと私たちには何か不利な証拠が出て来るように仕掛けているということ……?
だから、毒を盛った犯人であるラザール様は、心配そうな顔をしつつ落ち着き払い余裕の態度だ。
きっと、何がどう転んでも、自分に不利にならないように準備しているから。
こんな大事な席で、毒を盛ったのよ。事前準備くらい完璧にしておくはずよ。
ジュスト……ジュストなら、こんな状況をどうする? そうよ。彼ならば何があっても、絶対に取り乱さないはず。
……落ち着くのよ。ミシェル。
けれど、これは事前に決められた流れで予定通りだと思う。
国王陛下もロマンチストの王妃様に押されて、本来ならばこういった貴族の結婚問題などに口出しすることのないご自身が婚約解消を言い渡した手前、臣下たる私たちが険悪な仲になるようなことは止めて欲しいと示す必要性があった。
そして、王族がその場に居て彼らとは関係ないクロッシュ公爵家と我がサラクラン伯爵家、そして、ジュストが義母から頂いたアシュラム伯爵家の話をする訳にもいかない。
天気良く光あふれる庭園に残されたのは、ラザール様とジュストと私の三人。
ほんの上辺の表面上は、穏やかな時が過ぎていた。
私がお茶会が始まった時から、とても気になっているのが、ラザール様がとても機嫌が良さそうなことだ。
公爵家の跡取りとして生まれた彼は、あまり感情を隠すことが得意ではない。
ラザール様は未来の公爵になるべく厳格に育てられ、とてもプライドの高いお方。だと言うのに、下位の身分にある私から婚約解消を言い出したことも、彼には気に入らなかったはず。
そして、まるで森の中にあった罠に嵌められた獣のようにして、あの場で国王陛下から婚約解消を言い渡された。
ラザール様はあの時もその後も、とても気分が悪かったはずだ。ジュストにしてやられたと悔しく思ったはず……それは、長年過ごして来た私には手に取るようにして想像出来てしまうのだ。
陛下たちが席を立たれて、婚約していた私に対し、隠し子のことについての謝罪があった。
あれは隠していた自分に非があるし、そろそろ私にも報告しようと思っていた矢先、あのような形で伝えることになり不本意だったし、嫌な思いをさせてしまい申し訳なかったと。
あの時点で私は実際にそれを知らなかったし、その直前にした家出の原因としてそれを出してしまっていたから、彼の謝罪を受け入れ曖昧に笑うしかなかった。
隣に座っているジュストは、開始からずっと澄ました表情で、にこにこと微笑んでいた。至高の存在たる王族が同席していても、全く怯まないところは、本当に彼らしいと思った。
私にとって、頼れる人なのだと。
そして開始からそれなりの時間が経ち、お洒落な荷台に運ばれて二杯目のお茶が用意された。
甘くて芳醇な良い香りが漂った。
私の記憶にないもので、異国の高級なものなのかもしれない。
ローレシア王国の王家主催お茶会だから、高価で珍しいお茶が出て来ることは何もおかしくないけど、際立って特殊な香りだから気になってしまった。
「ミシェル」
私が何の茶かと思いながらお茶に口をつけようとしたその時、ジュストが不意に私の名前を呼んだ。
「……何? ジュスト」
彼は私に向けて微笑み、何かを伝えるように目を合わせると、先に新しく注がれたお茶を飲み、そして……口に手を当てて血を吐いた。
……え?
「ジュスト!!」
私が椅子を倒し立ち上がった時、ラザールが嬉しそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
まさか!
「ジュスト……!」
言葉もなく椅子から崩れ落ちてしまうジュスト、私は駆け寄り彼の名前を何度も呼んだ。
……どうして……いいえ。
この状況から考えて、どう考えてもラザール様の仕業のはず。けれど、ここで私が騒いだところで何も出てくるはずがない。
だって、そうでしょう。
これは……国王陛下の計らいで開かれたお茶会なのよ。そこに毒を盛られたとしても、疑惑の段階で何も指摘出来るはずはない。
国王陛下を疑ってしまうことになる。
そうよ。待って。
もし、私が騒いで何か証拠が出ることがあるしたら、それは、きっと私たちには何か不利な証拠が出て来るように仕掛けているということ……?
だから、毒を盛った犯人であるラザール様は、心配そうな顔をしつつ落ち着き払い余裕の態度だ。
きっと、何がどう転んでも、自分に不利にならないように準備しているから。
こんな大事な席で、毒を盛ったのよ。事前準備くらい完璧にしておくはずよ。
ジュスト……ジュストなら、こんな状況をどうする? そうよ。彼ならば何があっても、絶対に取り乱さないはず。
……落ち着くのよ。ミシェル。
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