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50 守る①
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廊下を少し進んだところで、ジュストは当たり前のような顔をして私を待っていた。
「……こんな場所に、居なくても……さっきの部屋で戻ってくるのを待っててくれれば良かったのに。ジュスト」
廊下を歩く私に肩を並べて、壁に凭れることもせずに立っていた彼も歩き出した。護衛騎士だったジュストは常に私の傍近く仕えるか、許される範囲の近い距離に居た。
……それが、彼の大事な仕事なのだと思っていたけれど。
「いえいえ。逆上したオレリー様が、ミシェルに襲い掛かったらどうするんです。僕のミシェルはとても優しいので、自分より弱いものには反撃できませんからね。念のため、助けがいるかと近くで耳を澄ませていました」
「……喧嘩はあの子が可哀想であった頃は、私はしてはいけないと思っていたの。ジュスト」
私が隣を歩く背の高いジュストを見上げてそう言えば、彼は何か聞きたそうな表情になった。けれど、聞かなかった。
詳しくは言いたくないことだと、察してくれたのだろう。
「どうやらオレリー様のことは解決出来たようで、何よりです。ミシェル。僕には兄弟は居ませんし、姉妹のことはお二人にしかわかりませんからね」
解決はした。妹オレリーは私に対し、これから我が侭を言うことはないだろう。
これまで何もかも許して来た姉が、もう無条件では許さないと、きっぱり宣言したのだから。
「ジュスト。いつも私を守ってくれて、ありがとう」
「いいえ。それは僕の仕事であり、自分で決めた人生の使命でもありましたから。僕のお嬢様」
ジュストは悪戯っぽく微笑んで、私に片目を瞑った。
私はずっと前から、ジュストのことが好き。魅力的な男性であることに踏まえて、いつも私を守り、尊重してくれていたから。
だから、すごく彼が好きなの。
「ねえ。ジュスト。私、ようやく思い出したの。ずっと、これまで、なかったふり見ないふりをしていたこと」
「見ないふりとは?」
ジュストは不思議そうだ。彼には私の気持ちはわからない。いいえ……私の気持ちは、誰にもわからない。
こうして、ちゃんと言葉にして伝えない限りは。
「実はオレリーが私の前で良い子の振りをするようになったのは、ジュストが来てからなのよ。あの子は貴方の前では、自分勝手な真似が出来ないと警戒していたのね。何か我が侭を言えば、強く言って聞かせるのは貴方だけだったもの……だから、ずっと私の傍にジュストが居れば、あの子は可愛い妹のままで居るしかなかったの」
「そうでした……? それは、知りませんでした」
ジュストは私の話を聞いて、きょとんとした表情をしていた。思えば彼は、常に普通の態度で対応していただけなのだ。
病弱なオレリーでも甘やかさずに、あの子が私に不利益のあることを言い出そうものなら『何故ですか。そのような必要性はありません』と、口では決して敵わないジュストが出て来てしまう。
お父様に雇われていたサラクラン伯爵邸で働く他の使用人のようには扱いは簡単にいかない。ジュストには、私個人を守るという確固たる意志があった。
オレリーの我が侭は目に見えて少なくなり、私はたまに出て来る可愛い我が侭を許す寛大な姉のままで居られた。
だから、ジュストが守ってくれたおかげで私はオレリーのことを愛する可愛い妹と思ったままで居られたのだ。
「ふふ……そうだったの! そうよ。全部、ジュストのおかげだったの。私が愛する妹を憎むようになり苦しまずに済んだのも、全部ジュストが私の事を守ってくれていたからなのよ……本当にありがとう」
私は感極まって、涙を流してしまっていた。貴族は無闇に感情を見せてはならない。そう幼い頃から教育されていて、涙を流すことはあまりない。
私を見たジュストはハンカチを取り出して、頬に流れる涙を拭った。
「どういたしまして。僕にあまり自覚はありませんが、ミシェルを守ることには疑いはありません……面倒なことを言い出す者は肉親であろうと、復讐したければ僕に任せてください」
真剣な眼差しを向けそう言ったジュストに、私はつい声をあげて笑ってしまい、涙は勝手に引っ込んだ。
そうね……こういう人なの。だから、私は好きになったんだわ。
「……あの……これはまったく笑うところでは、ないんですけど……ミシェル?」
ひとしきり笑った私に、ジュストは不満げにそう呟いた。私はそんな彼の腕を取り、彼と幼い頃から暮らしたサラクラン伯爵邸の廊下を歩いた。
「そうね。あの子に……オレリーに復讐なんて、するつもりはないわ。私はさっき、もう二度と甘やかさないとあの子に言ったの……それで、十分だと思うわ。ジュスト」
それを聞いたジュストは、目を細めてにっこりと笑った。
「それはそれは……僕のお嬢様は、一番効果的な復讐方法をご存知でしたか。絶対に自分を見捨てないと思っていた愛する姉に決別されてしまえば、オレリー様は当分立ち直れないのではないですか。正直に言えば、ミシェル以外の女性との関係を匂わせられるなど我慢出来なかったんですが、それで溜飲を下げることが出来そうです」
オレリーと夜を過ごしたと嘘をつかれたジュストは、いつもの彼なら考えられぬほどに余裕をなくしていたようだったから、本当に怒っていたのね。
「ええ。もう……これで良いわ。お父様も納得してくれるはずよ」
私たちは先程の応接室へと戻り、お父様ともう一度話したいからと彼を呼んでもらうことにした。
「……こんな場所に、居なくても……さっきの部屋で戻ってくるのを待っててくれれば良かったのに。ジュスト」
廊下を歩く私に肩を並べて、壁に凭れることもせずに立っていた彼も歩き出した。護衛騎士だったジュストは常に私の傍近く仕えるか、許される範囲の近い距離に居た。
……それが、彼の大事な仕事なのだと思っていたけれど。
「いえいえ。逆上したオレリー様が、ミシェルに襲い掛かったらどうするんです。僕のミシェルはとても優しいので、自分より弱いものには反撃できませんからね。念のため、助けがいるかと近くで耳を澄ませていました」
「……喧嘩はあの子が可哀想であった頃は、私はしてはいけないと思っていたの。ジュスト」
私が隣を歩く背の高いジュストを見上げてそう言えば、彼は何か聞きたそうな表情になった。けれど、聞かなかった。
詳しくは言いたくないことだと、察してくれたのだろう。
「どうやらオレリー様のことは解決出来たようで、何よりです。ミシェル。僕には兄弟は居ませんし、姉妹のことはお二人にしかわかりませんからね」
解決はした。妹オレリーは私に対し、これから我が侭を言うことはないだろう。
これまで何もかも許して来た姉が、もう無条件では許さないと、きっぱり宣言したのだから。
「ジュスト。いつも私を守ってくれて、ありがとう」
「いいえ。それは僕の仕事であり、自分で決めた人生の使命でもありましたから。僕のお嬢様」
ジュストは悪戯っぽく微笑んで、私に片目を瞑った。
私はずっと前から、ジュストのことが好き。魅力的な男性であることに踏まえて、いつも私を守り、尊重してくれていたから。
だから、すごく彼が好きなの。
「ねえ。ジュスト。私、ようやく思い出したの。ずっと、これまで、なかったふり見ないふりをしていたこと」
「見ないふりとは?」
ジュストは不思議そうだ。彼には私の気持ちはわからない。いいえ……私の気持ちは、誰にもわからない。
こうして、ちゃんと言葉にして伝えない限りは。
「実はオレリーが私の前で良い子の振りをするようになったのは、ジュストが来てからなのよ。あの子は貴方の前では、自分勝手な真似が出来ないと警戒していたのね。何か我が侭を言えば、強く言って聞かせるのは貴方だけだったもの……だから、ずっと私の傍にジュストが居れば、あの子は可愛い妹のままで居るしかなかったの」
「そうでした……? それは、知りませんでした」
ジュストは私の話を聞いて、きょとんとした表情をしていた。思えば彼は、常に普通の態度で対応していただけなのだ。
病弱なオレリーでも甘やかさずに、あの子が私に不利益のあることを言い出そうものなら『何故ですか。そのような必要性はありません』と、口では決して敵わないジュストが出て来てしまう。
お父様に雇われていたサラクラン伯爵邸で働く他の使用人のようには扱いは簡単にいかない。ジュストには、私個人を守るという確固たる意志があった。
オレリーの我が侭は目に見えて少なくなり、私はたまに出て来る可愛い我が侭を許す寛大な姉のままで居られた。
だから、ジュストが守ってくれたおかげで私はオレリーのことを愛する可愛い妹と思ったままで居られたのだ。
「ふふ……そうだったの! そうよ。全部、ジュストのおかげだったの。私が愛する妹を憎むようになり苦しまずに済んだのも、全部ジュストが私の事を守ってくれていたからなのよ……本当にありがとう」
私は感極まって、涙を流してしまっていた。貴族は無闇に感情を見せてはならない。そう幼い頃から教育されていて、涙を流すことはあまりない。
私を見たジュストはハンカチを取り出して、頬に流れる涙を拭った。
「どういたしまして。僕にあまり自覚はありませんが、ミシェルを守ることには疑いはありません……面倒なことを言い出す者は肉親であろうと、復讐したければ僕に任せてください」
真剣な眼差しを向けそう言ったジュストに、私はつい声をあげて笑ってしまい、涙は勝手に引っ込んだ。
そうね……こういう人なの。だから、私は好きになったんだわ。
「……あの……これはまったく笑うところでは、ないんですけど……ミシェル?」
ひとしきり笑った私に、ジュストは不満げにそう呟いた。私はそんな彼の腕を取り、彼と幼い頃から暮らしたサラクラン伯爵邸の廊下を歩いた。
「そうね。あの子に……オレリーに復讐なんて、するつもりはないわ。私はさっき、もう二度と甘やかさないとあの子に言ったの……それで、十分だと思うわ。ジュスト」
それを聞いたジュストは、目を細めてにっこりと笑った。
「それはそれは……僕のお嬢様は、一番効果的な復讐方法をご存知でしたか。絶対に自分を見捨てないと思っていた愛する姉に決別されてしまえば、オレリー様は当分立ち直れないのではないですか。正直に言えば、ミシェル以外の女性との関係を匂わせられるなど我慢出来なかったんですが、それで溜飲を下げることが出来そうです」
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「ええ。もう……これで良いわ。お父様も納得してくれるはずよ」
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