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48 対等①
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私がオレリーの部屋の扉を叩けば、すぐに返事が返って来た。きっと、私がここへ来ることがわかっていて、待っていたのだと思う。
「……オレリー」
ベッドに座ったままのオレリーは、期待通りの私を見て微笑んだ。
私たちは仲が良くて部屋を行き来していて、こんな場面も、これまでにたくさんあった。
「ミシェルお姉さま。あの……ジュストとのことは、申し訳ないと思っているわ。けれど、お姉さまにはラザール様という婚約者が居たから……だから、私は」
「あら。ラザール様は、欲しくならなかったの? オレリー」
オレリーの言葉を遮って私が淡々と言えば、彼女は可愛らしく拗ねたように言った。
「……そんな、あの方はお姉さまの婚約者でしたもの。私は誰かの婚約者を取るような罪深いことを、考えたりしませんわ」
オレリーは頬に手を当てて、にこやかにそう言った。
私以外ならば、清楚で純粋そうなこの子の可愛らしい仕草に騙されてしまうはず……甘やかし過ぎて、妹をこんな風にしてしまったと後悔している姉以外は、きっと。
「では、ジュストだって、私が自ら選んだ結婚相手ですもの。要らないわよね? 嘘はいけないわ。オレリー。貴女が処女か処女でないかは、お医者さまならば判断出来るんですって。その芝居を続けるならば、今すぐに呼んでもらうわ。私はわからないけれど、貴族令嬢には屈辱的なことだそうよ……それで、構わないのね?」
いつもならば甘い姉の私が引くと思ったところで引かず、予想外だったのか、オレリーは立ち上がって叫んだ。
「……医者を呼ぶ必要などありません。私は嘘など、ついていません! ミシェルお姉さま。お姉さまはわかってくださるはずです。ジュストは口の上手い悪い男です。私たち姉妹を騙していいようにするなど、あの人にはとても簡単で……」
「もう一度聞くけど、ラザール様はどうして要らなかったの? オレリー。あの方は公爵家ご子息で、いくつかのことを見なかったことにすれば、誰しもに自慢出来る夫になるはずの人よ。未来の公爵ラザール様よりも、護衛騎士だったジュストが欲しかった理由は、一体何なの?」
彼女の言い分を無視してそう言い切った私に、オレリーは眉を寄せて面白くない顔になった……幼い頃、この子がこういう顔をするたびに、私は無言で欲しがるものを与えていた。
今はただ、見せかけだけの『成長した振り』を見せるのが上手になっただけで、オレリーの中身は幼い頃から変わっていない。
私たち二人は見つめ合い、部屋には長い沈黙が流れた。
オレリーも私も、目を逸らさなかった。今までずっと、目を背けてなかった振りをしていたことから。
……こうして、一目瞭然の確執として、私たち姉妹の目の前にあるものなのに。
「……だって、お姉さまが好きなのは、ジュストではないですか。ラザール様は決められた婚約者だから一緒に居るだけでしょう。お姉さまの中での価値は、ジュストの方が高い……だから、ラザール様よりも欲しくなったんです」
オレリーは処女であるかどうかを確認するための医師の診断も受けたくないし、私を言いくるめるのももう無理だと思ったのか、ふてくされたようにそう言った。
身体は大きく成長して、私たちはオレリーが成長したと思っていた……いいえ。オレリーが都合が良いと判断して、そういう風に見せていただけ。
この子は産まれて来てからのほとんどをベッドの上で一人時を過ごし、会う人と言えば自分を甘やかす家族とその使用人や医者だけ。
そんな状況下で、人としての精神的な成長を得ることは難しかった。
逆に素直に甘えたり可愛く見せることにかけては、より得意になっていったはずだ。だって……それしか、することがない。
けれど……この子に我慢を覚えさせなかったのは、まぎれもなくオレリー以外の私たち家族の罪。
「貴女の言う通りに……私がこれまでに好きになったのは、あのジュストだけよ。お母様も知っていると言っていた。オレリーにもわかっていたのね」
私が一番に欲しくて、けれど、幼い頃からの婚約者と結婚すれば、手放さなければいけなかったジュスト。自覚すると辛くなるからそうしようと思わなかっただけで、私は彼のことがずっと好きだった。
だから、それを知ったオレリーはジュストを敢えて欲しがった。
「あれで……わからないと思う方が、おかしいと思います。ミシェルお姉さま。お姉さまの視線は、いつもジュストを追っていたもの。身分を持たぬ、護衛騎士なのに。本来であれば絶対に……叶わない恋であったはずなのに」
オレリーは悔しそうにそう言い、私を睨み付けた。こんな風に感情を露わにするオレリーを見たのは、なんだか久しぶりだ。
幼い頃は私が持っている物を欲しいと言われ、あげるのを渋ると『ミシェルお姉さまはずるい。私と違って健康な身体を持っているのに、私の欲しいものまで自分のものにするの!?』と言って泣いていた。
そうだ。今は……この子も、健康になった。
すべて、ジュストのおかげで。
「……オレリー」
ベッドに座ったままのオレリーは、期待通りの私を見て微笑んだ。
私たちは仲が良くて部屋を行き来していて、こんな場面も、これまでにたくさんあった。
「ミシェルお姉さま。あの……ジュストとのことは、申し訳ないと思っているわ。けれど、お姉さまにはラザール様という婚約者が居たから……だから、私は」
「あら。ラザール様は、欲しくならなかったの? オレリー」
オレリーの言葉を遮って私が淡々と言えば、彼女は可愛らしく拗ねたように言った。
「……そんな、あの方はお姉さまの婚約者でしたもの。私は誰かの婚約者を取るような罪深いことを、考えたりしませんわ」
オレリーは頬に手を当てて、にこやかにそう言った。
私以外ならば、清楚で純粋そうなこの子の可愛らしい仕草に騙されてしまうはず……甘やかし過ぎて、妹をこんな風にしてしまったと後悔している姉以外は、きっと。
「では、ジュストだって、私が自ら選んだ結婚相手ですもの。要らないわよね? 嘘はいけないわ。オレリー。貴女が処女か処女でないかは、お医者さまならば判断出来るんですって。その芝居を続けるならば、今すぐに呼んでもらうわ。私はわからないけれど、貴族令嬢には屈辱的なことだそうよ……それで、構わないのね?」
いつもならば甘い姉の私が引くと思ったところで引かず、予想外だったのか、オレリーは立ち上がって叫んだ。
「……医者を呼ぶ必要などありません。私は嘘など、ついていません! ミシェルお姉さま。お姉さまはわかってくださるはずです。ジュストは口の上手い悪い男です。私たち姉妹を騙していいようにするなど、あの人にはとても簡単で……」
「もう一度聞くけど、ラザール様はどうして要らなかったの? オレリー。あの方は公爵家ご子息で、いくつかのことを見なかったことにすれば、誰しもに自慢出来る夫になるはずの人よ。未来の公爵ラザール様よりも、護衛騎士だったジュストが欲しかった理由は、一体何なの?」
彼女の言い分を無視してそう言い切った私に、オレリーは眉を寄せて面白くない顔になった……幼い頃、この子がこういう顔をするたびに、私は無言で欲しがるものを与えていた。
今はただ、見せかけだけの『成長した振り』を見せるのが上手になっただけで、オレリーの中身は幼い頃から変わっていない。
私たち二人は見つめ合い、部屋には長い沈黙が流れた。
オレリーも私も、目を逸らさなかった。今までずっと、目を背けてなかった振りをしていたことから。
……こうして、一目瞭然の確執として、私たち姉妹の目の前にあるものなのに。
「……だって、お姉さまが好きなのは、ジュストではないですか。ラザール様は決められた婚約者だから一緒に居るだけでしょう。お姉さまの中での価値は、ジュストの方が高い……だから、ラザール様よりも欲しくなったんです」
オレリーは処女であるかどうかを確認するための医師の診断も受けたくないし、私を言いくるめるのももう無理だと思ったのか、ふてくされたようにそう言った。
身体は大きく成長して、私たちはオレリーが成長したと思っていた……いいえ。オレリーが都合が良いと判断して、そういう風に見せていただけ。
この子は産まれて来てからのほとんどをベッドの上で一人時を過ごし、会う人と言えば自分を甘やかす家族とその使用人や医者だけ。
そんな状況下で、人としての精神的な成長を得ることは難しかった。
逆に素直に甘えたり可愛く見せることにかけては、より得意になっていったはずだ。だって……それしか、することがない。
けれど……この子に我慢を覚えさせなかったのは、まぎれもなくオレリー以外の私たち家族の罪。
「貴女の言う通りに……私がこれまでに好きになったのは、あのジュストだけよ。お母様も知っていると言っていた。オレリーにもわかっていたのね」
私が一番に欲しくて、けれど、幼い頃からの婚約者と結婚すれば、手放さなければいけなかったジュスト。自覚すると辛くなるからそうしようと思わなかっただけで、私は彼のことがずっと好きだった。
だから、それを知ったオレリーはジュストを敢えて欲しがった。
「あれで……わからないと思う方が、おかしいと思います。ミシェルお姉さま。お姉さまの視線は、いつもジュストを追っていたもの。身分を持たぬ、護衛騎士なのに。本来であれば絶対に……叶わない恋であったはずなのに」
オレリーは悔しそうにそう言い、私を睨み付けた。こんな風に感情を露わにするオレリーを見たのは、なんだか久しぶりだ。
幼い頃は私が持っている物を欲しいと言われ、あげるのを渋ると『ミシェルお姉さまはずるい。私と違って健康な身体を持っているのに、私の欲しいものまで自分のものにするの!?』と言って泣いていた。
そうだ。今は……この子も、健康になった。
すべて、ジュストのおかげで。
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