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47 所有欲②
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「ええ。嫌だったわ。けれど、それを口にすることは、いけないと思っていたの。ジュストが私の護衛騎士になった頃には、自分の所有物には執着しないことにしていたの。貴方が私に紹介された時を覚えている? ……僕は貴女の護衛騎士として仕えますって、そう言ったの」
「ええ。覚えています。愛するミシェルと、初めて会った時なので」
遠い過去を思い返すようにして、彼は頷いた。
「嬉しかった。けれど、私が喜べば、オレリーにまた取られるのではないかと思ったの。だから、わざと素っ気なくしたわ。私……ジュストを、あの時から取られたくなかったから」
「……ああ。思い出しました。そういえば、お仕えするようになってすぐに、オレリー様が僕が欲しいと言い出して、絶対に嫌ですと彼女を拒否したことがありましたね」
ジュストは妹オレリーから、自分が嫌われるきっかけになった過去を思い出したようだ。彼にとってはどうでも良い事でも私にとっては重要なことなので、ずっと覚えていた。
その時にもジュストらしいはっきりとした意思表示をする彼の姿を思い返して、つい、微笑んでしまった。
サラクラン伯爵邸すべての人間で甘やかしてしまい、我が侭放題になってしまっていた妹の言い分を、彼は淡々とすべておかしいと言い返し、私の護衛騎士が良いから無理ですと呆然としていたあの子に言い放ったのだ。
「嬉しかった。私はジュストもオレリーに、取られてしまうと思ったの。けれど、貴方ってすごく主張が強かったでしょう? だから、ジュストは取られないんだ。ずっと……私の傍に居てくれるんだと思って、本当に嬉しかったの」
「……はあ。まあ、そうですね。僕は物言わぬ、ぬいぐるみではありませんから」
釈然としない表情のジュストは私がまだ、この話を持ち出して来た理由がわからないらしい。
「あの子はだんだんと成長して、そこまでの我が侭は言わなくなったわ。正直に言うと、両親が私の婚約者ラザール様とはあの子が会わないようにしていたの。けれど、偶然会ってしまったの。あの時……ラザール様は、オレリーを選んだ」
「あー……はい。そうでしたね。はいはい。それは、僕も良く存じております」
「私……あの話を聞いた時、婚約者まで取られたと思ったの。けれど、オレリーは知っての通り何もしていないわ。あの子は何も悪くないし、ただ私が一人恐怖していただけなのよ。衝動的に、家出してしまったの。けれど、オレリーは、私がラザール様と結婚することを望んでいた」
「僕も知っております。ミシェル。あの……」
困惑している様子のジュストは、ここまで話した私が何を言いたいかわからないようだ。
それも、そうだと思う。
これは、あの子の姉で私にしかわからないような……そういう意味合いの話だから。
「……私がラザール様と結婚してサラクラン伯爵邸を出れば、昔、手に入れ損ねたジュストが、あの子はようやく手に入ると思っていたのではないかしら」
「……は? 僕ですか?」
ジュストはぽかんとした表情をしていた。彼だって自分がぬいぐるみのように姉妹に取られ合うなんて、思ってもみなかったはずだ。
けれど、オレリーがあんな嘘をついたのは、きっとこれが理由なのだ。
「そうよ。私がクロッシュ公爵家に入れば、ジュストは置いていくしかない。昔から私の持っていたもので、あの子が手に入らなかったのは護衛騎士だったジュストだけ。だから、あの子はずっと欲しかったのよ。それは、何年経っても変わらなかったんだわ。成長しても、ずっと貴方が欲しかったのね」
オレリーは私はラザール様と結婚すべきだし、ジュストは貴族になったとしても似合わないとずっと反対していた。そうだ。あの子はこんなことになるなんて、思ってもいなかったはずだ。
自分が欲しがったジュストを手に入れるまで、もう少しだったのに。
「……オレリー様の気持ちは良くわかりませんけど、僕は正直に言うと気分が悪いです。姉のミシェルが持つものをすべて奪いたいから、僕と結婚したいと……? うわ。気持ち悪いですね。本当に無理です」
ジュストは不味いものを食べたかのような、嫌な表情をしていた。それも、仕方ないと思う。オレリーが彼を欲しがるのは、恋情でもなんでもなくて、ただの所有欲なのだ。
私だって誰かに物のように欲しがられれば、そういう気持ちになってしまうはず。
「わからないわ……これは、私が予想しているだけで、本人はそれは違うと言うかもしれない。けれど、オレリーと二人で一度話してみるわ……ねえ。ジュスト。ひとつだけ教えて欲しいの。これは、大事なことなのよ」
「何でしょうか?」
ジュストにしか知らないことを確認して、私は妹オレリーと直接話すことにした。
「ええ。覚えています。愛するミシェルと、初めて会った時なので」
遠い過去を思い返すようにして、彼は頷いた。
「嬉しかった。けれど、私が喜べば、オレリーにまた取られるのではないかと思ったの。だから、わざと素っ気なくしたわ。私……ジュストを、あの時から取られたくなかったから」
「……ああ。思い出しました。そういえば、お仕えするようになってすぐに、オレリー様が僕が欲しいと言い出して、絶対に嫌ですと彼女を拒否したことがありましたね」
ジュストは妹オレリーから、自分が嫌われるきっかけになった過去を思い出したようだ。彼にとってはどうでも良い事でも私にとっては重要なことなので、ずっと覚えていた。
その時にもジュストらしいはっきりとした意思表示をする彼の姿を思い返して、つい、微笑んでしまった。
サラクラン伯爵邸すべての人間で甘やかしてしまい、我が侭放題になってしまっていた妹の言い分を、彼は淡々とすべておかしいと言い返し、私の護衛騎士が良いから無理ですと呆然としていたあの子に言い放ったのだ。
「嬉しかった。私はジュストもオレリーに、取られてしまうと思ったの。けれど、貴方ってすごく主張が強かったでしょう? だから、ジュストは取られないんだ。ずっと……私の傍に居てくれるんだと思って、本当に嬉しかったの」
「……はあ。まあ、そうですね。僕は物言わぬ、ぬいぐるみではありませんから」
釈然としない表情のジュストは私がまだ、この話を持ち出して来た理由がわからないらしい。
「あの子はだんだんと成長して、そこまでの我が侭は言わなくなったわ。正直に言うと、両親が私の婚約者ラザール様とはあの子が会わないようにしていたの。けれど、偶然会ってしまったの。あの時……ラザール様は、オレリーを選んだ」
「あー……はい。そうでしたね。はいはい。それは、僕も良く存じております」
「私……あの話を聞いた時、婚約者まで取られたと思ったの。けれど、オレリーは知っての通り何もしていないわ。あの子は何も悪くないし、ただ私が一人恐怖していただけなのよ。衝動的に、家出してしまったの。けれど、オレリーは、私がラザール様と結婚することを望んでいた」
「僕も知っております。ミシェル。あの……」
困惑している様子のジュストは、ここまで話した私が何を言いたいかわからないようだ。
それも、そうだと思う。
これは、あの子の姉で私にしかわからないような……そういう意味合いの話だから。
「……私がラザール様と結婚してサラクラン伯爵邸を出れば、昔、手に入れ損ねたジュストが、あの子はようやく手に入ると思っていたのではないかしら」
「……は? 僕ですか?」
ジュストはぽかんとした表情をしていた。彼だって自分がぬいぐるみのように姉妹に取られ合うなんて、思ってもみなかったはずだ。
けれど、オレリーがあんな嘘をついたのは、きっとこれが理由なのだ。
「そうよ。私がクロッシュ公爵家に入れば、ジュストは置いていくしかない。昔から私の持っていたもので、あの子が手に入らなかったのは護衛騎士だったジュストだけ。だから、あの子はずっと欲しかったのよ。それは、何年経っても変わらなかったんだわ。成長しても、ずっと貴方が欲しかったのね」
オレリーは私はラザール様と結婚すべきだし、ジュストは貴族になったとしても似合わないとずっと反対していた。そうだ。あの子はこんなことになるなんて、思ってもいなかったはずだ。
自分が欲しがったジュストを手に入れるまで、もう少しだったのに。
「……オレリー様の気持ちは良くわかりませんけど、僕は正直に言うと気分が悪いです。姉のミシェルが持つものをすべて奪いたいから、僕と結婚したいと……? うわ。気持ち悪いですね。本当に無理です」
ジュストは不味いものを食べたかのような、嫌な表情をしていた。それも、仕方ないと思う。オレリーが彼を欲しがるのは、恋情でもなんでもなくて、ただの所有欲なのだ。
私だって誰かに物のように欲しがられれば、そういう気持ちになってしまうはず。
「わからないわ……これは、私が予想しているだけで、本人はそれは違うと言うかもしれない。けれど、オレリーと二人で一度話してみるわ……ねえ。ジュスト。ひとつだけ教えて欲しいの。これは、大事なことなのよ」
「何でしょうか?」
ジュストにしか知らないことを確認して、私は妹オレリーと直接話すことにした。
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