上 下
48 / 66

47 所有欲②

しおりを挟む
「ええ。嫌だったわ。けれど、それを口にすることは、いけないと思っていたの。ジュストが私の護衛騎士になった頃には、自分の所有物には執着しないことにしていたの。貴方が私に紹介された時を覚えている? ……僕は貴女の護衛騎士として仕えますって、そう言ったの」

「ええ。覚えています。愛するミシェルと、初めて会った時なので」

 遠い過去を思い返すようにして、彼は頷いた。

「嬉しかった。けれど、私が喜べば、オレリーにまた取られるのではないかと思ったの。だから、わざと素っ気なくしたわ。私……ジュストを、あの時から取られたくなかったから」

「……ああ。思い出しました。そういえば、お仕えするようになってすぐに、オレリー様が僕が欲しいと言い出して、絶対に嫌ですと彼女を拒否したことがありましたね」

 ジュストは妹オレリーから、自分が嫌われるきっかけになった過去を思い出したようだ。彼にとってはどうでも良い事でも私にとっては重要なことなので、ずっと覚えていた。

 その時にもジュストらしいはっきりとした意思表示をする彼の姿を思い返して、つい、微笑んでしまった。

 サラクラン伯爵邸すべての人間で甘やかしてしまい、我が侭放題になってしまっていた妹の言い分を、彼は淡々とすべておかしいと言い返し、私の護衛騎士が良いから無理ですと呆然としていたあの子に言い放ったのだ。

「嬉しかった。私はジュストもオレリーに、取られてしまうと思ったの。けれど、貴方ってすごく主張が強かったでしょう? だから、ジュストは取られないんだ。ずっと……私の傍に居てくれるんだと思って、本当に嬉しかったの」

「……はあ。まあ、そうですね。僕は物言わぬ、ぬいぐるみではありませんから」

 釈然としない表情のジュストは私がまだ、この話を持ち出して来た理由がわからないらしい。

「あの子はだんだんと成長して、そこまでの我が侭は言わなくなったわ。正直に言うと、両親が私の婚約者ラザール様とはあの子が会わないようにしていたの。けれど、偶然会ってしまったの。あの時……ラザール様は、オレリーを選んだ」

「あー……はい。そうでしたね。はいはい。それは、僕も良く存じております」

「私……あの話を聞いた時、婚約者まで取られたと思ったの。けれど、オレリーは知っての通り何もしていないわ。あの子は何も悪くないし、ただ私が一人恐怖していただけなのよ。衝動的に、家出してしまったの。けれど、オレリーは、私がラザール様と結婚することを望んでいた」

「僕も知っております。ミシェル。あの……」

 困惑している様子のジュストは、ここまで話した私が何を言いたいかわからないようだ。

 それも、そうだと思う。

 これは、あの子の姉で私にしかわからないような……そういう意味合いの話だから。

「……私がラザール様と結婚してサラクラン伯爵邸を出れば、昔、手に入れ損ねたジュストが、あの子はようやく手に入ると思っていたのではないかしら」

「……は? 僕ですか?」

 ジュストはぽかんとした表情をしていた。彼だって自分がぬいぐるみのように姉妹に取られ合うなんて、思ってもみなかったはずだ。

 けれど、オレリーがあんな嘘をついたのは、きっとこれが理由なのだ。

「そうよ。私がクロッシュ公爵家に入れば、ジュストは置いていくしかない。昔から私の持っていたもので、あの子が手に入らなかったのは護衛騎士だったジュストだけ。だから、あの子はずっと欲しかったのよ。それは、何年経っても変わらなかったんだわ。成長しても、ずっと貴方が欲しかったのね」

 オレリーは私はラザール様と結婚すべきだし、ジュストは貴族になったとしても似合わないとずっと反対していた。そうだ。あの子はこんなことになるなんて、思ってもいなかったはずだ。

 自分が欲しがったジュストを手に入れるまで、もう少しだったのに。

「……オレリー様の気持ちは良くわかりませんけど、僕は正直に言うと気分が悪いです。姉のミシェルが持つものをすべて奪いたいから、僕と結婚したいと……? うわ。気持ち悪いですね。本当に無理です」

 ジュストは不味いものを食べたかのような、嫌な表情をしていた。それも、仕方ないと思う。オレリーが彼を欲しがるのは、恋情でもなんでもなくて、ただの所有欲なのだ。

 私だって誰かに物のように欲しがられれば、そういう気持ちになってしまうはず。

「わからないわ……これは、私が予想しているだけで、本人はそれは違うと言うかもしれない。けれど、オレリーと二人で一度話してみるわ……ねえ。ジュスト。ひとつだけ教えて欲しいの。これは、大事なことなのよ」

「何でしょうか?」

 ジュストにしか知らないことを確認して、私は妹オレリーと直接話すことにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。 「お前が私のお父様を殺したんだろう!」 身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...? ※拙文です。ご容赦ください。 ※この物語はフィクションです。 ※作者のご都合主義アリ ※三章からは恋愛色強めで書いていきます。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...