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44 嘘①
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「ミシェル……緊張してますか?」
遅く起きた昼頃、私たちはサラクラン伯爵家へと向かう馬車に乗っていた。
緊張とは、少し違うかもしれない。いつにない状況に、興奮はしているかもしれないけど。
「……お父様は、怒るでしょうね。けれど、きっとわかって下さると思うわ」
最初、私がジュストと結婚したいと言い出した時、頭ごなしにあり得ないと怒り聞く耳を持たなかったのはお父様だ。
ラザール様との婚約が解消されてしまえば、お父様との交渉だけが懸念点。そして、ジュストは私の『純潔を奪ってしまったから責任を取る』と、結婚する話を切り出すはずだ。
貴族令嬢の嫁入りは、純潔であることが必須条件だ。なぜかというと、その家の血を繋ぐことになるというのに、夫でない男性との子を産むかもしれない。
「そう願います。僕だってサラクラン伯爵に、嫌われたい訳ではないですし……とても感謝しているんです。サラクラン伯爵は親元から離れることになった僕を甘やかさずに厳しかったですけど、寂しくないようにと、年齢の近いミシェルの護衛騎士になるように配慮して命じてくださいました」
品の良い貴族服を着たジュストは、まるで生粋の貴族のようだった。平民とはいえお父様は学者で生活水準が元々高かったし、私の傍に居るのならと、礼儀作法もみっちり扱かれている。
貴族令嬢である私の隣に並んでいても、誰も不思議には見えないだろう。
「……そうだったの?」
ジュストが私の護衛騎士になったのは、ずっと傍に居ることになる彼が遊び相手にもなれるように、私と年齢が近いからだとは前々から聞いていた。
幼い頃に母親を亡くしたジュストは生活不能者であったお父様から離して育てられたというのも、私はこの前知ったばかりなのだ。
別に彼に興味がなかったという訳ではないけれど、なぜかジュストは自分のことになると違う話題を出して誤魔化してしまったり、私を揶揄って終わっていた。
「ええ。サラクラン伯爵は、もしかしたら、それを後悔なさるかもしれないですけど……僕はミシェルに会えて、人生が変わりました。ただなんとなく過ぎていくだけの無為な時間を、目的へと進むことの出来るとても意味のある楽しい時間に変えてくれたんです」
「ジュストって、私のことが好きすぎて……たまに、怖くなるわ……」
好きだから許せているだけで、『そこまでしてしまうの?』と若干思っている時がないわけではない。隣に座っていた私がわざとらしく後ずさると、彼は驚いた表情をした。
「怖いって……酷くないですか? ……ミシェルがこんなにも、好きにさせるから悪いんですよ……」
私は拗ねた様子のジュストに微笑み、窓の外を見て言った。
「そろそろサラクラン伯爵邸ね。よく考えれば、こんな時間に帰宅したの初めて」
夜会では明け方に帰るし、昼過ぎにどこかから私が帰って来るなんて、生まれて初めてのことだ。
「当然ですよ。僕が常にミシェルと共に居ましたからね」
ジュストが肩を竦めたと同時に、馬車が停まり、彼は先んじて馬車を降り、私へと手を差し出した。
「もう……護衛騎士ではないのね。ジュスト」
今まで十年ほども続いている関係が変わってしまうことは、なんだか感慨深かった。ついこの間まで、ジュストは私の護衛騎士だったのだから。
「ええ。これからは、違う関係性で僕たちは呼ばれることになります」
私たち二人がサラクラン伯爵邸に到着したと同時に、お父様が厳しい表情で現れた。
「サラクラン伯爵……」
「何も言うな……とにかく、邸へと入れ」
お父様はそうしてそのまま邸へ入り、私とジュストの予想外の反応だったので、二人して不思議に思い見つめ合った。
真っ直ぐで熱血なお父様の性格なら、ここで厳しく怒鳴って、気が済んだら話を聞いてくれるだろうと思っていたからだ。
「……行きましょうか。ミシェル。考えていても始まりません」
「そうね。何があったかなんて、聞かないとわからないもの」
けれど、予想外の方向へ反応を見せたお父様に私は不安を抱いていた。
……どうして、怒らないの?
怒らせるようなことをして来てなんだけど、どうしてお父様が怒らないのかがわからない。
遅く起きた昼頃、私たちはサラクラン伯爵家へと向かう馬車に乗っていた。
緊張とは、少し違うかもしれない。いつにない状況に、興奮はしているかもしれないけど。
「……お父様は、怒るでしょうね。けれど、きっとわかって下さると思うわ」
最初、私がジュストと結婚したいと言い出した時、頭ごなしにあり得ないと怒り聞く耳を持たなかったのはお父様だ。
ラザール様との婚約が解消されてしまえば、お父様との交渉だけが懸念点。そして、ジュストは私の『純潔を奪ってしまったから責任を取る』と、結婚する話を切り出すはずだ。
貴族令嬢の嫁入りは、純潔であることが必須条件だ。なぜかというと、その家の血を繋ぐことになるというのに、夫でない男性との子を産むかもしれない。
「そう願います。僕だってサラクラン伯爵に、嫌われたい訳ではないですし……とても感謝しているんです。サラクラン伯爵は親元から離れることになった僕を甘やかさずに厳しかったですけど、寂しくないようにと、年齢の近いミシェルの護衛騎士になるように配慮して命じてくださいました」
品の良い貴族服を着たジュストは、まるで生粋の貴族のようだった。平民とはいえお父様は学者で生活水準が元々高かったし、私の傍に居るのならと、礼儀作法もみっちり扱かれている。
貴族令嬢である私の隣に並んでいても、誰も不思議には見えないだろう。
「……そうだったの?」
ジュストが私の護衛騎士になったのは、ずっと傍に居ることになる彼が遊び相手にもなれるように、私と年齢が近いからだとは前々から聞いていた。
幼い頃に母親を亡くしたジュストは生活不能者であったお父様から離して育てられたというのも、私はこの前知ったばかりなのだ。
別に彼に興味がなかったという訳ではないけれど、なぜかジュストは自分のことになると違う話題を出して誤魔化してしまったり、私を揶揄って終わっていた。
「ええ。サラクラン伯爵は、もしかしたら、それを後悔なさるかもしれないですけど……僕はミシェルに会えて、人生が変わりました。ただなんとなく過ぎていくだけの無為な時間を、目的へと進むことの出来るとても意味のある楽しい時間に変えてくれたんです」
「ジュストって、私のことが好きすぎて……たまに、怖くなるわ……」
好きだから許せているだけで、『そこまでしてしまうの?』と若干思っている時がないわけではない。隣に座っていた私がわざとらしく後ずさると、彼は驚いた表情をした。
「怖いって……酷くないですか? ……ミシェルがこんなにも、好きにさせるから悪いんですよ……」
私は拗ねた様子のジュストに微笑み、窓の外を見て言った。
「そろそろサラクラン伯爵邸ね。よく考えれば、こんな時間に帰宅したの初めて」
夜会では明け方に帰るし、昼過ぎにどこかから私が帰って来るなんて、生まれて初めてのことだ。
「当然ですよ。僕が常にミシェルと共に居ましたからね」
ジュストが肩を竦めたと同時に、馬車が停まり、彼は先んじて馬車を降り、私へと手を差し出した。
「もう……護衛騎士ではないのね。ジュスト」
今まで十年ほども続いている関係が変わってしまうことは、なんだか感慨深かった。ついこの間まで、ジュストは私の護衛騎士だったのだから。
「ええ。これからは、違う関係性で僕たちは呼ばれることになります」
私たち二人がサラクラン伯爵邸に到着したと同時に、お父様が厳しい表情で現れた。
「サラクラン伯爵……」
「何も言うな……とにかく、邸へと入れ」
お父様はそうしてそのまま邸へ入り、私とジュストの予想外の反応だったので、二人して不思議に思い見つめ合った。
真っ直ぐで熱血なお父様の性格なら、ここで厳しく怒鳴って、気が済んだら話を聞いてくれるだろうと思っていたからだ。
「……行きましょうか。ミシェル。考えていても始まりません」
「そうね。何があったかなんて、聞かないとわからないもの」
けれど、予想外の方向へ反応を見せたお父様に私は不安を抱いていた。
……どうして、怒らないの?
怒らせるようなことをして来てなんだけど、どうしてお父様が怒らないのかがわからない。
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