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42 計算違い①

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 ジュストが二人で暮らすために用意していたという邸の中は、驚くほどに豪華だった。

 私の部屋だという部屋に案内され、特別に雇われたというメイド、それに、私好みに造らせたという例の浴室。

 底から泡が産まれる特殊仕様の湯舟に浸かりながらメイドに丁寧に長い髪を洗われて、私の心の中に浮かんで来るのは『何故』という言葉だった。

 だって、ジュストはこんなにも大金持ちだというのに、サラクラン伯爵邸で護衛騎士として働いていたのよ……本当に信じられない。

 我がサラクラン伯爵邸は世間では待遇が良いとされているようで、だからこそというかそこで働く使用人たちも質が良く、そんな人たちに囲まれて働くという環境も良かった。

 ……というのを、ジュスト本人から聞いたことがある。

 けれど、こんなにもお金持ちなのに、どうして私の護衛騎士なんてしていたの……?

 ジュストが何を考えているかなんて、これまでに読めたことなんて一回もなかったけど、私が好きだからそうしていたという線を、遥か彼方に越えてしまっていそうな気がするもの。

「……ジュストって、本当に信じられない」

 この湯舟だって、細かな泡が底から立ち上り……そんな特殊な加工は見たことも聞いたこともないから、間違いなく特別注文して造らせているはず。

 何もかも私のために……? これって、現実なの。本当に信じられない。

 ……人魚姫を模したという浴室は本当に夢の中のようで、今すぐに夢から醒めてベッドの上に居たとしても全然不思議ではなかった。


◇◆◇


 主寝室の扉を開くと、ここで待っているはずのジュストが見えて、私はほっとして彼の名前を呼んだ。

「ジュスト……」

 私は身体の隅々まで磨かれ髪も綺麗に乾かしてもらって、つやつやになるまで香油を付けて梳かして貰っていたんだけど、大きなベッドに座っていたジュストはガウンに濡髪のままで、大きな氷を入れた濃い色のお酒を飲んでいたようだった。

「……どうでした? きっと喜んで頂けるとは、思っていたんですけど……ご本人の反応を見るまではなんだか不安で、こんな僕も割と可愛いところがあると思いませんか」

 苦笑した彼はベッドの脇にあるチェストへと持っていたグラスを置くと、扉の傍に立ち尽くしていた私へ手を伸ばした。

 いけない。なんだか、胸が高鳴って……とても平静では居られない。

 さっきまでは、今夜はジュストとそういうことをするけど、結婚するのだから、何の問題もないと思っていられたのに。

「私のために、用意してくれたんでしょう……すごく可愛くて、素敵だった」

 私は隣に腰掛けると、とても顔を直視出来ずに、自分の膝の辺りをずっと見ていた。

 ……いつもジュストと話している時、私ってどんな感じだった? こんな感じの喋り方だったっけ? この状況に意識し過ぎて余計なことまで考えてしまう。

 だって、十年ほどずっと傍に居たけど……当たり前だけど、こんな色っぽい空気になったことなんてなかった。

 ジュストはいつも私を揶揄って、イライラさせては楽しんで笑ってたし……今だって……今だって、揶揄うでしょう?

「そうですね。けど、ミシェルお嬢様が大人の女性になられて趣味が変わってしまえば、また改装しても良いですし……数ある童話の中でも人魚姫を好まれるなんて、趣味が良いですよね。流石は僕のお嬢様だと思っておりました」

 淡々とそう言ったジュストは、私を肯定して揶揄わない……いけない。どうして? 胸が高鳴って何も考えられなくなっていた。

 そうよ……ジュストが以前言っていたサラクラン伯爵邸で働くシェフ、ジョンの女装姿でも……私はこの目で見たことないけどね。

 想像だけでもわりと落ち着けたわ。ありがとう。ジョン。

「……その……ジュスト……っ」

 ドキドキし過ぎておかしくなりそうだから、もういっそのこと、この会話を終わらせて早くして欲しいんだけど!?

 そんなことを直接彼にいう訳にもいかず、私はなんと言うべきか悩んだ。

 皆……こういう時って、なんて言うの? もうそろそろ私たち……そういうことを始めた方が、良くないかしら?

 性行為を開始する合図なんかもあるのかしら? 私が知らないだけで。そういう便利なものも、もしかしたら。

「……僕が嫌になりました? けど、もう戻れませんけどね。ラザール様との婚約は解消されてしまいました。残念でしたね。ミシェル」

 初めて私を呼び捨てにしたジュストに驚いて、私は彼の顔をようやく見た。今まで見たこともないくらいに真顔になっていたジュスト、その目はとても真剣で……とても冗談を言えるような雰囲気でもなかった。

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