婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子

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41 甘い果実②

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「……ここは、何処?」

 私は窓に近付き信じられない気持ちで、それを見上げた。とても広くて、大きな邸だ。しかも建てられたばかりなのか真新しい。

「ああ。これが、僕の邸です」

「ジュストの邸なの? すごいわ」

「僕の父は難病を研究しては、数々の特効薬を開発しておりまして……あの人は研究馬鹿で、ただそれだけで満足していたんですが、僕が義母と共に苦心して量産することに成功し、販路を拡げまして、ええ。平たく言いますと、お嬢様。僕は現在お金だけは、潤沢に持っております」

 確かにジュストのお父様が叙爵された時の新聞記事にも、数々の難病を克服しと書かれていたから、彼が開発してくれたのはオレリーがかかっていた先天性の病の特効薬だけではなかったらしい。

 それに……本来ならば治療することも難しい難病であれば、特効薬と聞けばお金に糸目をつけずに買い求める人だって多いはずだ。

 だから、その特効薬のすべての権利を持つ人の息子だって、大金持ちになってしまうことは想像にかたくない。

「すごいわ……ジュスト。貴方って、もう……本当に、信じられない」

 彼が今夜までに、どれだけの下準備をしていたのかと思うと、何も知らないままただ守られていた私は溜め息をついた。

 ……お母様が言っていた『あの彼の愛はとても深くて重そう』といっていた評価が、ここで正しかったことが証明されてしまった。

 だって、私がアンレーヌ村に家出したのは、ほんの二週間前なのよ。

 こんなにも立派な邸がそんな二週間程度で建つ訳もなく、彼は一年以上……ううん。そのもっと前から、この邸を準備していたことになって……凄い。

 ジュストは全部計算通りです、みたいな顔をしている訳だわ。

「お褒め頂き、ありがとうございます。光栄です。ミシェルお嬢様」

 彼は手の甲で口元を拭うと、外で待っていた御者へと手で合図し、馬車の扉を開かせた。

「ここで、降りるの?」

 見学でもするのだろうかと私が問えば、先に降りていたジュストは、胸に手を当てて私へ手を差し出した。

「大事なお嬢様と愛を交わすというのに、その辺の宿という訳にもいかないだろうと、前々から準備していた甲斐がありましたよ……あ。お嬢様の部屋の浴室は、きっと感動して頂けると思いますよ。ミシェルお嬢様のお好きな童話、人魚姫を模して特別に造って頂きましたので」

 確かに私は『人魚姫』が大好きだ。ずっと共に過ごしていた彼だって、それは知っている。

「……え? 待って。どういうこと?」

 浴室の話をするということは、私も今夜はそこに入ることが前提なのよね?

「今夜は、僕たちはここで過ごそうかと……お嫌ですか? お嬢様」

 ここでそういう子犬のようなうるうるした目は反則だわと言いかけて、これまでに私がジュストをどれだけ我慢させていたかと思い返した。

 この私だって貴族令嬢で閨教育などは一般的に受けているし、男性の生理的な現象にも理解はあるつもりだ。

 ジュストのこれまでの苦労、これまで我慢したもの、そして、私をどれだけ愛してくれているかを知れば、ここで彼を拒否することは出来ないと思った。

 それに、貴族令嬢は初夜まで純潔を保つことを義務とされていても、私はジュストと結婚するのだから……そういう関係になってしまっても、何の問題もないと思う。

 ジュストの思惑は読めないしわからないけど、彼が私を愛していることだけは疑いようもないのだから。

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