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32 不安①
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ようやく会うことの出来たジュストは、明日(みょうにち)城で開かれる夜会に行く理由を『クランシー侯爵夫人と仲良くなり意気投合し、彼女の友人を紹介して貰うため』とするようにと私へ指示を出した。
「それは……どうして?」
クインシー侯爵夫人ミランダ様は、有名な方なので知ってはいるけれど、もちろん私が一方的に知っているだけだ。今日、主催者なのでご挨拶もしたけれど、彼女の記憶に私が残っているかどうかはわからない。
「はい……そうすれば、サラクラン伯爵は、何も言えません。クインシー侯爵夫人ミランダ様は、王妃様の幼馴染でお気に入りのご友人。そんな方に気に入っていただければ、ミシェルお嬢様の社交界での地位は磐石になるだろうと思われるはずです」
「ああ……お父様は、それならば何も言わないでしょうね」
「ですから、お嬢様が少々何か緊張されていても、上位貴族夫人に紹介して貰えるのならと、それは仕方ないと思って頂けるはずですし」
ジュストは私と離れていた短い間に、何もかも準備していたと言っていたけれど、私はそれでもなんだか不安なのだ。
だって、ジュストは私にすべてを言ってはくれない。
「ねえ。夜会で何が起こるかは、私にはまだ、言えないのね……?」
気になるは気になるけれど、なんでも顔に出てしまう私がそれを台無しにしてしまう可能性も高く、ジュストがしている心配はもっともだと思う。
……けれど、知りたいという気持ちはどうしても隠せない。
「申し訳ありません……僕はむしろ、お嬢様のそういう素直で可愛らしいところを愛してやまないんですけど、明日の夜の話だけは譲れません。これは別にお嬢様だけではなく、僕以外は全体は知らないことなんです。先程も言った通り、一世一代の賭けに出ておりますので」
「そうね……明日さえ乗り切れば、私たちは一緒になれるのね?」
「ええ。その予定ではありますが……もし、これが上手くいかなくても、また次の手を考えますよ。僕はお嬢様を諦めるつもりは、まったくありませんし……」
ジュストはそう淡々と言うと、不敵に笑って私を見た。
「あの、ジュストって……もし……もしもの話なんだけど、これもあれも上手く行かない。私とはもう結婚出来ないってなって……会わないように引き離されてしまったら、どうするつもり?」
ジュストがここに来るまでにかけた労力は、本当に凄まじいものがあった。私だって、彼と同じことが出来るか? と問われたら正直自信がない。
そもそも……それが出来るとはとても思わずに、そうそうに諦めてしまっていたかもしれない。
「お嬢様の元へ……戻ります。どんな身分に落ちても、大逆転の可能性はいくらでもありますので。僕にはそれが出来る力が備わっていると思います」
「そうまでして……どうして、私のことを、諦めないの?」
私は素直に不思議に思ってそれを聞いたんだけど、ジュストはどこか苦しそうな表情を浮かべて言った。
「お嬢様を簡単に諦められたのなら、これまでもこれからも楽に生きられたと思います。けど、どうしても僕は諦められなかった。結ばれるかもしれないわずかな可能性があると思うと、眠くても疲れていても勝手に身体が動いていた……それほどまでに好きになれる存在に出会えて、なんだか不思議に思えます。もうすぐ、その夢が叶いますし」
「ジュスト……あの、怖い」
私はそう思った。だって、当の本人である私には、そんな素振り一切見せないままで、彼はすべての外堀を埋めて、家出した私にその事実を明かした。
「ええ。僕は本当に、怖いですね……嫌ですか? 今なら、引き返せますよ。未来の公爵夫人のままです」
静かに私に問い掛けたジュストの目は、静かに揺らいでいた。そして、こんなにも飄々として見える彼はもしかしたら、常に暗い不安と戦っていたのかもしれない。
私への軽口だって、今にも溢れだしそうな熱い想いを誤魔化すために、そうしていたのかもしれない。
だって、私を揶揄って遊んでは笑ってはいたけれど、こういうしんみりとした空気になったことなんて、一度もなかった。
だから、常に彼は不安だったのかもしれない。これだって、ここで私が『引き返す』と言えば、二人の関係は終わってしまう。
それが怖いジュストは、いつも私の動向を窺っていたのかもしれない。
ジュストは……私のことが、とても好きだから。
「ジュスト。好きよ」
私がそう呟くと、真剣な顔をしていたジュストは、泣き笑いの表情になった。
「……ええ。僕も好きです。もし、手に入るのならば、ミシェルお嬢様以外、すべてを捨てて良いと思うほどには」
「ジュスト……すごく重い」
ここで私がわざとらしく後退れば、彼はうるっとした目で私に訴えた。
「えっ……あの、怖いだの重いだの、酷くないですか?! 僕がここまで来るのに、どれだけ苦労したと思っているんですか! お嬢様への愛ゆえに、ここまで来たんですよ?」
数秒黙ったままだった私は、上目遣いで彼に言った。
「……けど、好き」
その瞬間に、ぱっと立ち上がったジュストは、てきぱきと私に指示を出した。
「はーっ……もう、そろそろ……僕、行きますね……打ち合わせした通りにしてくださいね。ここまで来て、やっぱり止めるはなしですよ。僕が行ったら十秒数えてから来てくださいね。ここで疑われたらいけませんからね……!」
慌てて去って行くジュストを見て、私はこれまでに、自分がとても大きな勘違いをしていたことに気が付いた。
ジュストがいつも余裕な態度で飄々としていたのは、もしかして……私が好きだから、バレてしまうから、そうしていただけ……なの?
明日、聞いてみよう。何かが起こるとしても、すべては明日なんだから。
「それは……どうして?」
クインシー侯爵夫人ミランダ様は、有名な方なので知ってはいるけれど、もちろん私が一方的に知っているだけだ。今日、主催者なのでご挨拶もしたけれど、彼女の記憶に私が残っているかどうかはわからない。
「はい……そうすれば、サラクラン伯爵は、何も言えません。クインシー侯爵夫人ミランダ様は、王妃様の幼馴染でお気に入りのご友人。そんな方に気に入っていただければ、ミシェルお嬢様の社交界での地位は磐石になるだろうと思われるはずです」
「ああ……お父様は、それならば何も言わないでしょうね」
「ですから、お嬢様が少々何か緊張されていても、上位貴族夫人に紹介して貰えるのならと、それは仕方ないと思って頂けるはずですし」
ジュストは私と離れていた短い間に、何もかも準備していたと言っていたけれど、私はそれでもなんだか不安なのだ。
だって、ジュストは私にすべてを言ってはくれない。
「ねえ。夜会で何が起こるかは、私にはまだ、言えないのね……?」
気になるは気になるけれど、なんでも顔に出てしまう私がそれを台無しにしてしまう可能性も高く、ジュストがしている心配はもっともだと思う。
……けれど、知りたいという気持ちはどうしても隠せない。
「申し訳ありません……僕はむしろ、お嬢様のそういう素直で可愛らしいところを愛してやまないんですけど、明日の夜の話だけは譲れません。これは別にお嬢様だけではなく、僕以外は全体は知らないことなんです。先程も言った通り、一世一代の賭けに出ておりますので」
「そうね……明日さえ乗り切れば、私たちは一緒になれるのね?」
「ええ。その予定ではありますが……もし、これが上手くいかなくても、また次の手を考えますよ。僕はお嬢様を諦めるつもりは、まったくありませんし……」
ジュストはそう淡々と言うと、不敵に笑って私を見た。
「あの、ジュストって……もし……もしもの話なんだけど、これもあれも上手く行かない。私とはもう結婚出来ないってなって……会わないように引き離されてしまったら、どうするつもり?」
ジュストがここに来るまでにかけた労力は、本当に凄まじいものがあった。私だって、彼と同じことが出来るか? と問われたら正直自信がない。
そもそも……それが出来るとはとても思わずに、そうそうに諦めてしまっていたかもしれない。
「お嬢様の元へ……戻ります。どんな身分に落ちても、大逆転の可能性はいくらでもありますので。僕にはそれが出来る力が備わっていると思います」
「そうまでして……どうして、私のことを、諦めないの?」
私は素直に不思議に思ってそれを聞いたんだけど、ジュストはどこか苦しそうな表情を浮かべて言った。
「お嬢様を簡単に諦められたのなら、これまでもこれからも楽に生きられたと思います。けど、どうしても僕は諦められなかった。結ばれるかもしれないわずかな可能性があると思うと、眠くても疲れていても勝手に身体が動いていた……それほどまでに好きになれる存在に出会えて、なんだか不思議に思えます。もうすぐ、その夢が叶いますし」
「ジュスト……あの、怖い」
私はそう思った。だって、当の本人である私には、そんな素振り一切見せないままで、彼はすべての外堀を埋めて、家出した私にその事実を明かした。
「ええ。僕は本当に、怖いですね……嫌ですか? 今なら、引き返せますよ。未来の公爵夫人のままです」
静かに私に問い掛けたジュストの目は、静かに揺らいでいた。そして、こんなにも飄々として見える彼はもしかしたら、常に暗い不安と戦っていたのかもしれない。
私への軽口だって、今にも溢れだしそうな熱い想いを誤魔化すために、そうしていたのかもしれない。
だって、私を揶揄って遊んでは笑ってはいたけれど、こういうしんみりとした空気になったことなんて、一度もなかった。
だから、常に彼は不安だったのかもしれない。これだって、ここで私が『引き返す』と言えば、二人の関係は終わってしまう。
それが怖いジュストは、いつも私の動向を窺っていたのかもしれない。
ジュストは……私のことが、とても好きだから。
「ジュスト。好きよ」
私がそう呟くと、真剣な顔をしていたジュストは、泣き笑いの表情になった。
「……ええ。僕も好きです。もし、手に入るのならば、ミシェルお嬢様以外、すべてを捨てて良いと思うほどには」
「ジュスト……すごく重い」
ここで私がわざとらしく後退れば、彼はうるっとした目で私に訴えた。
「えっ……あの、怖いだの重いだの、酷くないですか?! 僕がここまで来るのに、どれだけ苦労したと思っているんですか! お嬢様への愛ゆえに、ここまで来たんですよ?」
数秒黙ったままだった私は、上目遣いで彼に言った。
「……けど、好き」
その瞬間に、ぱっと立ち上がったジュストは、てきぱきと私に指示を出した。
「はーっ……もう、そろそろ……僕、行きますね……打ち合わせした通りにしてくださいね。ここまで来て、やっぱり止めるはなしですよ。僕が行ったら十秒数えてから来てくださいね。ここで疑われたらいけませんからね……!」
慌てて去って行くジュストを見て、私はこれまでに、自分がとても大きな勘違いをしていたことに気が付いた。
ジュストがいつも余裕な態度で飄々としていたのは、もしかして……私が好きだから、バレてしまうから、そうしていただけ……なの?
明日、聞いてみよう。何かが起こるとしても、すべては明日なんだから。
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