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23 婚約者①
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「やっぱり! やっぱり……そうだったのね」
私はナディーヌお母様の意味ありげな笑みを見た時に『もしかしたら、そうなのかもしれない』と、ピンと思いついた通りの文章が、二年前の貴族新聞には書いてあった。
『ドレイク・リュシオールをリュシオール男爵に叙す 各種難病の治療方法解明に尽力し、医療分野で我が国に多大な貢献をしたため』
ジュストのお父様、すごいわ。叙爵してすぐに領地まで、与えられている。よほど、陛下がこれを喜ばれたのを見て取ることが出来る……彼に歳の離れた弟が生まれない限りは、ジュストはリュシオール男爵も受け継ぐことになるのだろう。
……これも、ジュストが仕掛けたという事? 嘘でしょう。私と結婚するために?
「……何がやっぱり、なんだ?」
「キャッ……」
いきなり背後から聞こえた声に、私は背後を振り返って驚いた。だって、本来ならそこに居るべき人ではない人が居たから、幽霊でも見たかのように思わず短い悲鳴まであげてしまった。
……ああ。いけない……とてもプライドの高い彼はこれをした私に、きっと気分を害してしまうはず。
「家出から無事に、ご帰還されたと聞いて、婚約者に会いに来たら、ここに居ると聞いた……もしかして、邪魔だったかな?」
彼の回りくどいその言いようは、私はあまり好きではない。とは言え、多分これを同じことをジュストがしても許せてしまうから、私は単にラザール様よりもジュストのことが好きなのだ。
今までは、ずっと見ない振り知らない振りをしていたけれど、実際そうなのだから仕方がない。
「邪魔などと、そんな……ラザール様。ご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません」
ラザール様は貴族らしい容貌に、余裕ある笑みを浮かべて私の謝罪に頷いた。黒い髪はまっすぐで、同色の瞳は謎めいていると、貴族令嬢たちの中でもとても人気の公爵令息なのだ。
私だって彼の婚約者であるというだけで、よく意地悪されてしまった。今ではもうその立場を譲ってしまって何の悔いもない。
いつもならば、先触れをして訪問するのが貴族の中では当然の作法だけど、婚約者が家出から帰還したというとんでもない緊急時ならば、色々とすっ飛ばしてしまっていてもおかしくはなかった。
ましてや、ラザール様と私は今現在は結婚を約束した婚約者なのだから、応接室で待つことなく、ここまでやって来ることも咎められるようなことではなかった。
なかったけれど、だからって、もっと早く声を掛けてくれたって良くなかった? こっちは一人だと思っていたから、心臓が飛び出るほどに驚いてしまった。
「怪我もなく、特に何もなかったようで、本当に良かったよ……君を見つけて連れ帰ったという、あのいつもの護衛騎士はどうした? 礼を云おうと思っていたんだが」
ジュストの情報を知っているラザール様が、父から何を何処まで聞いているかわからず、彼に対しやましいことがある私はドキッとしてしまった。
ジュストとのことを考えても、婚約者である彼には早々に婚約解消を申し出なければいけないけど……ジュストと父と打ち合わせをするべきだし、何も話せていない。
そんな中で私から、彼にここで下手なことは言えなかった。それに、ジュストが居ればこんなに近付いて来る前に、知らせてくれたはずだったと気が付く。
もう! ……どうして、文句も言わずに、居なくなってしまったのよ! ジュスト酷い。
「えっと……今日はその護衛騎士の彼は、休みでして……ここには居ません」
とても苦しい言い訳だ。嘘がつけない私の顔をまじまじと見て、ラザール様は不敵に笑い目を細めた。
「ふーん……僕が君を訪ねる時も僕の邸へとやって来る時も、いつも必ず彼が居たようだから、サラクラン伯爵家の護衛騎士には休みがないのかと思い込んでいたよ。居ないんだね。珍しい」
休みであるというのは嘘だとわかりつつこう言っているのだから、彼の性格がどうなのかわかってしまうというものだ。
「え……ええ」
……何なの。この嫌味っぽい言い方……婚約者ラザール様のこと、私はそんなに嫌ではなかったはずなのに、今ではなんだかやることなすこと、キザっぽくて無理だと思うようになってしまった。
いいえ。この事自体は、ラザール様は悪くないのよ。
前は婚約者だから、私はラザール様のことを好きになろうと努力していた節があった。結婚するならそうするべきだと思うし、彼だってそうしてくれていたはず。
けれど今は、ジュストのことを好きだと自覚し、彼に伝えて受け入れて貰えたから、今ここでラザール様のことを無理だと思ってしまっても、それは仕方ないと思う。
だって……別に私が彼のことを、嫌がった訳ではないのよ。先にラザール様の方が私ではなく、妹オレリーが良いと言ったの。
彼はそれを私には、絶対に言わないだろうけれど……ううん。ここではっきりと確認したとしても、認めないはずよ。
自分の非を認めるなんて、しない人だと思うもの。
「さっき、君が見ていたものは何なんだ……? 古い貴族新聞か?」
私が見ていたのはジュストの父親が陛下より叙爵された日の古い貴族新聞なんだけど、ラザール様は何を調べていたのか気になったらしい。
「え、ええ。少し調べ物がありまして」
「調べ物? 何を知りたいのか言えば、僕の従者に調べさせよう……君はそんな事をするような身分ではないだろう」
高貴な公爵夫人になるのだから……? いいえ。ならないのよ。
ラザール様はまだ知らないけど、私はジュストと結婚するって決めたんだから。
彼に誠実であるためには、私だって早く婚約解消すべきだってわかってはいるけれど、ジュストとどうにかして話さないとそれも出来ない。
私はナディーヌお母様の意味ありげな笑みを見た時に『もしかしたら、そうなのかもしれない』と、ピンと思いついた通りの文章が、二年前の貴族新聞には書いてあった。
『ドレイク・リュシオールをリュシオール男爵に叙す 各種難病の治療方法解明に尽力し、医療分野で我が国に多大な貢献をしたため』
ジュストのお父様、すごいわ。叙爵してすぐに領地まで、与えられている。よほど、陛下がこれを喜ばれたのを見て取ることが出来る……彼に歳の離れた弟が生まれない限りは、ジュストはリュシオール男爵も受け継ぐことになるのだろう。
……これも、ジュストが仕掛けたという事? 嘘でしょう。私と結婚するために?
「……何がやっぱり、なんだ?」
「キャッ……」
いきなり背後から聞こえた声に、私は背後を振り返って驚いた。だって、本来ならそこに居るべき人ではない人が居たから、幽霊でも見たかのように思わず短い悲鳴まであげてしまった。
……ああ。いけない……とてもプライドの高い彼はこれをした私に、きっと気分を害してしまうはず。
「家出から無事に、ご帰還されたと聞いて、婚約者に会いに来たら、ここに居ると聞いた……もしかして、邪魔だったかな?」
彼の回りくどいその言いようは、私はあまり好きではない。とは言え、多分これを同じことをジュストがしても許せてしまうから、私は単にラザール様よりもジュストのことが好きなのだ。
今までは、ずっと見ない振り知らない振りをしていたけれど、実際そうなのだから仕方がない。
「邪魔などと、そんな……ラザール様。ご心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません」
ラザール様は貴族らしい容貌に、余裕ある笑みを浮かべて私の謝罪に頷いた。黒い髪はまっすぐで、同色の瞳は謎めいていると、貴族令嬢たちの中でもとても人気の公爵令息なのだ。
私だって彼の婚約者であるというだけで、よく意地悪されてしまった。今ではもうその立場を譲ってしまって何の悔いもない。
いつもならば、先触れをして訪問するのが貴族の中では当然の作法だけど、婚約者が家出から帰還したというとんでもない緊急時ならば、色々とすっ飛ばしてしまっていてもおかしくはなかった。
ましてや、ラザール様と私は今現在は結婚を約束した婚約者なのだから、応接室で待つことなく、ここまでやって来ることも咎められるようなことではなかった。
なかったけれど、だからって、もっと早く声を掛けてくれたって良くなかった? こっちは一人だと思っていたから、心臓が飛び出るほどに驚いてしまった。
「怪我もなく、特に何もなかったようで、本当に良かったよ……君を見つけて連れ帰ったという、あのいつもの護衛騎士はどうした? 礼を云おうと思っていたんだが」
ジュストの情報を知っているラザール様が、父から何を何処まで聞いているかわからず、彼に対しやましいことがある私はドキッとしてしまった。
ジュストとのことを考えても、婚約者である彼には早々に婚約解消を申し出なければいけないけど……ジュストと父と打ち合わせをするべきだし、何も話せていない。
そんな中で私から、彼にここで下手なことは言えなかった。それに、ジュストが居ればこんなに近付いて来る前に、知らせてくれたはずだったと気が付く。
もう! ……どうして、文句も言わずに、居なくなってしまったのよ! ジュスト酷い。
「えっと……今日はその護衛騎士の彼は、休みでして……ここには居ません」
とても苦しい言い訳だ。嘘がつけない私の顔をまじまじと見て、ラザール様は不敵に笑い目を細めた。
「ふーん……僕が君を訪ねる時も僕の邸へとやって来る時も、いつも必ず彼が居たようだから、サラクラン伯爵家の護衛騎士には休みがないのかと思い込んでいたよ。居ないんだね。珍しい」
休みであるというのは嘘だとわかりつつこう言っているのだから、彼の性格がどうなのかわかってしまうというものだ。
「え……ええ」
……何なの。この嫌味っぽい言い方……婚約者ラザール様のこと、私はそんなに嫌ではなかったはずなのに、今ではなんだかやることなすこと、キザっぽくて無理だと思うようになってしまった。
いいえ。この事自体は、ラザール様は悪くないのよ。
前は婚約者だから、私はラザール様のことを好きになろうと努力していた節があった。結婚するならそうするべきだと思うし、彼だってそうしてくれていたはず。
けれど今は、ジュストのことを好きだと自覚し、彼に伝えて受け入れて貰えたから、今ここでラザール様のことを無理だと思ってしまっても、それは仕方ないと思う。
だって……別に私が彼のことを、嫌がった訳ではないのよ。先にラザール様の方が私ではなく、妹オレリーが良いと言ったの。
彼はそれを私には、絶対に言わないだろうけれど……ううん。ここではっきりと確認したとしても、認めないはずよ。
自分の非を認めるなんて、しない人だと思うもの。
「さっき、君が見ていたものは何なんだ……? 古い貴族新聞か?」
私が見ていたのはジュストの父親が陛下より叙爵された日の古い貴族新聞なんだけど、ラザール様は何を調べていたのか気になったらしい。
「え、ええ。少し調べ物がありまして」
「調べ物? 何を知りたいのか言えば、僕の従者に調べさせよう……君はそんな事をするような身分ではないだろう」
高貴な公爵夫人になるのだから……? いいえ。ならないのよ。
ラザール様はまだ知らないけど、私はジュストと結婚するって決めたんだから。
彼に誠実であるためには、私だって早く婚約解消すべきだってわかってはいるけれど、ジュストとどうにかして話さないとそれも出来ない。
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