9 / 66
09 支度(Side Just)②
しおりを挟む
◇◆◇
「あれ? ……ミシェルお嬢様、それって何ですか?」
出入りの商人からこそこそと小袋を受け取って、廊下を歩く挙動不審なミシェルに敢えて偶然見かけた風に声を掛けると、彼女は慌てて後ろ手にそれを隠した。
「なっ……何でもないわ! ……ジュスト。私今から忙しいから、放っておいて欲しいんだけど?」
「お忙しいところ失礼しました。かしこまりました。お嬢様」
微笑んで了承した僕が何処へ行くかを、じっと確認しているミシェルは、意図がわかりやすくて可愛い。まるで、腹いっぱいで自分から興味なく離れて行く肉食獣の動向を必死で伺う小動物のようだった。
……ふーん。おそらく、私物の宝石を換金して、使いやすい硬貨を用意して貰ったというところか。
「……あ。ジュスト。私、午後は大事な手紙を書きたいの。絶対絶対、部屋には入ってこないでね」
その場から立ち去ろうとする僕に、思い出したかのようにミシェルは言った。
「はい。ミシェルお嬢様。僕は大事なご用事の邪魔は、決して致しませんよ。ご安心ください」
そして、見るからに警戒している彼女が自室に入るところを確認して、ミシェルが希望した通り一旦ここを離れようと思った。
ラザールが血迷ったあの話を聞いて、ショックを受けたミシェルが家出しそうな気配は、薄々察していた。
ミシェルは貴族令嬢の中でも箱入り中の箱入りで、次期公爵となるラザールの婚約者であることもあって、公爵夫人である未来も確定している。
権力の匂いに敏感な貴族たちの中で、おっとりした性格の良さも相まって、とても大事にされて来た存在だ。
つまり、これまでに自分を否定されることには慣れていないから、一度でもそんな自分を拒否しようとした婚約者を許したくても許せない。
世間知らずの少女らしいそういう純粋な潔癖さを、持ち合わせていた。
「あ。ジュスト? ……少し、良いかしら?」
「どうかしましたか?」
心配顔のメイドに呼び止められて、僕は立ち止まった。
「実はミシェルお嬢様が庭師の息子に、辻馬車の乗り方を聞いていたらしいの。あの方が辻馬車に乗ることを考えるなんて、なんだかおかしいわ。だから、もしかしてとは思うんだけど……お嬢様は家出なんて、しないわよね?」
ミシェルが家出するのではないかと心配して、常に彼女の傍に仕える僕に忠告をして来てくれたようだ。
「そんな、まさか! クロッシュ公爵夫人になる未来を捨てて? それはあり得ないと、僕は思います」
損得を単純計算出来る人ならそう思うと思うだけで、純粋培養貴族令嬢ミシェルは違うかもしれないけどね。
「そうですよね……! 最近、ミシェルお嬢様の様子がおかしいことは間違いないから、ジュストも気をつけて見ておいてくれる?」
「ええ。任せておいてください。僕が傍近くに付いている限り、お嬢様は大丈夫ですよ」
わざとらしく胸に手を当てた僕を見て、メイドは安心したように笑って去って行った。
しかし、これは、間違いなさそうだ。身近な辺りで必要な情報をかき集め、本日、硬貨の両替が出来て準備が整ったから、そろそろ家出するつもりだろう。
ミシェルが一体何処に行くつもりなのか知らないが、そうなれば、僕も手早く遠出の準備でもするか。
「あれ? ……ミシェルお嬢様、それって何ですか?」
出入りの商人からこそこそと小袋を受け取って、廊下を歩く挙動不審なミシェルに敢えて偶然見かけた風に声を掛けると、彼女は慌てて後ろ手にそれを隠した。
「なっ……何でもないわ! ……ジュスト。私今から忙しいから、放っておいて欲しいんだけど?」
「お忙しいところ失礼しました。かしこまりました。お嬢様」
微笑んで了承した僕が何処へ行くかを、じっと確認しているミシェルは、意図がわかりやすくて可愛い。まるで、腹いっぱいで自分から興味なく離れて行く肉食獣の動向を必死で伺う小動物のようだった。
……ふーん。おそらく、私物の宝石を換金して、使いやすい硬貨を用意して貰ったというところか。
「……あ。ジュスト。私、午後は大事な手紙を書きたいの。絶対絶対、部屋には入ってこないでね」
その場から立ち去ろうとする僕に、思い出したかのようにミシェルは言った。
「はい。ミシェルお嬢様。僕は大事なご用事の邪魔は、決して致しませんよ。ご安心ください」
そして、見るからに警戒している彼女が自室に入るところを確認して、ミシェルが希望した通り一旦ここを離れようと思った。
ラザールが血迷ったあの話を聞いて、ショックを受けたミシェルが家出しそうな気配は、薄々察していた。
ミシェルは貴族令嬢の中でも箱入り中の箱入りで、次期公爵となるラザールの婚約者であることもあって、公爵夫人である未来も確定している。
権力の匂いに敏感な貴族たちの中で、おっとりした性格の良さも相まって、とても大事にされて来た存在だ。
つまり、これまでに自分を否定されることには慣れていないから、一度でもそんな自分を拒否しようとした婚約者を許したくても許せない。
世間知らずの少女らしいそういう純粋な潔癖さを、持ち合わせていた。
「あ。ジュスト? ……少し、良いかしら?」
「どうかしましたか?」
心配顔のメイドに呼び止められて、僕は立ち止まった。
「実はミシェルお嬢様が庭師の息子に、辻馬車の乗り方を聞いていたらしいの。あの方が辻馬車に乗ることを考えるなんて、なんだかおかしいわ。だから、もしかしてとは思うんだけど……お嬢様は家出なんて、しないわよね?」
ミシェルが家出するのではないかと心配して、常に彼女の傍に仕える僕に忠告をして来てくれたようだ。
「そんな、まさか! クロッシュ公爵夫人になる未来を捨てて? それはあり得ないと、僕は思います」
損得を単純計算出来る人ならそう思うと思うだけで、純粋培養貴族令嬢ミシェルは違うかもしれないけどね。
「そうですよね……! 最近、ミシェルお嬢様の様子がおかしいことは間違いないから、ジュストも気をつけて見ておいてくれる?」
「ええ。任せておいてください。僕が傍近くに付いている限り、お嬢様は大丈夫ですよ」
わざとらしく胸に手を当てた僕を見て、メイドは安心したように笑って去って行った。
しかし、これは、間違いなさそうだ。身近な辺りで必要な情報をかき集め、本日、硬貨の両替が出来て準備が整ったから、そろそろ家出するつもりだろう。
ミシェルが一体何処に行くつもりなのか知らないが、そうなれば、僕も手早く遠出の準備でもするか。
501
お気に入りに追加
1,228
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
気付いたのならやめましょう?
ましろ
恋愛
ラシュレ侯爵令嬢は婚約者である第三王子を愛していた。たとえ彼に子爵令嬢の恋人がいようとも。卒業パーティーで無実の罪で断罪されようとも。王子のその愚かな行為を許し、その愛を貫き通したのだ。己の過ちに気づいた第三王子は婚約者の愛に涙を流し、必ず幸せにすることを誓った。人々はその愚かなまでの無償の愛を「真実の愛」だと褒め称え、二人の結婚を祝福した。
それが私の父と母の物語。それからどうなったか?二人の間にアンジェリークという娘が生まれた。父と同じ月明かりのような淡いプラチナブロンドの髪にルビーレッドの瞳。顔立ちもよく似ているらしい。父は私が二歳になる前に亡くなったから、絵でしか見たことがない。それが私。
真実の愛から生まれた私は幸せなはず。そうでなくては許されないの。あの選択は間違いなかったと、皆に認められなくてはいけないの。
そう言われて頑張り続けたけど……本当に?
ゆるゆる設定、ご都合主義です。タグ修正しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる