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06 実家
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「……まぁ、広いわね」
がらんとした家には、物があまりなく、あまり生活感がなかった。けれど、最低限の生活が送れるような、生活必需品はあるようだった。
貴族の私には考えられないけれど、そんなものなのかもしれない。
「ええ……あ。ミシェルお嬢様、お着替えになります? そちらが、僕の使っていた部屋なんで、着替えに使って貰って大丈夫ですよ」
私は彼の勧めに従い、小さな部屋へと入り、これだけはと家出する時も持って来ていたお気に入りのドレスへ着替えることにした。
「……なんだか、物がないわね」
ジュストの部屋にも、ベッド以外は物がなかった。
出て行ってしまった息子の部屋だから、全部片付けてしまったのかもしれない。
「……そういえば、ミシェルお嬢様。僕の父親が功績を認められて、この前叙爵されたんです。息子は僕一人なので、戻って来るようにと言われているんですが」
扉の前に居るジュストが、独り言のように話し始めた。
護衛騎士ジュストが、私の傍から居なくなる……それは、いつかはそうなるかもしれないと思って居たことだけど、予想していたよりも深い喪失を感じた。
けれど、私はジュストが仕えていたことを誇れるような貴族令嬢であらねばと、自分の醜い感情には蓋をした。
「……では、ここには、ジュストのご両親は住んでいないの?」
「だから、言ったではないですか。単に実家ですと。あと、母は僕が幼い頃に亡くなったので、生活不能者の父一人には育てられないと判断した親戚が、お嬢様の居るサラクラン伯爵家へと連れていきました」
十年間一緒に居て明かされなかったジュストの昔話に、私は驚いた。けれど、彼は護衛騎士ではなくなるのなら、私にもう気を使うこともないのかもしれない。
「王に認められ……叙爵されるなんて、とても素晴らしいわね……何で、功績をあげられたの?」
王国に功績のある実業家を下位貴族である子爵や男爵として叙爵することは、あまりないけれど全くないことではなかった。
「長年研究者だったので、王にとある研究結果が、評価されました……あ、お嬢様。一人で、ドレスを着られます?」
私は着慣れていない平民の服を、脱いだところで固まった。
持って来ていた裾の長いドレスはコルセットではないものの、背中で編み上げる造りになっており、ジュストの言う通り一人では着られない。
貴族の着るようなドレスは、使用人に手伝ってもらう前提の仕様なので、一人では脱ぎ着は難しい。
「……着られない……わね」
「良かったら、お手伝いしましょうか?」
私とジュストは長い間主従関係を結んでおり、厚い信頼あってこその関係だ。私はなんとか頭からドレスを被り、肌の見える部分が隠せたところで彼を呼んだ。
「良いわ。入って……ジュスト。背中のリボンを編み上げてくれる?」
私が名前を呼ぶと彼は扉を開けて、部屋へと入って来た。
「かしこまりました。ミシェルお嬢様」
「ジュストは……私がこのドレスを持って来たことも、知っていたのね」
私がサラクラン伯爵邸を家出した後、持ち物を何もかも調べられたのかもしれないと思うと気分が悪いけど、それは私が何処に行ったかと探すのであれば当然のことだろう。
「ええ。ただの勘でしたが、やはりこの服だったんですね。良く似合われています」
こともなげにジュストが言ったので、私は驚いて振り向いた。
「勘だったの!?」
「ええ……これでは、お手伝い出来ません。さあ、お嬢様。前を向いてください。服を着られないと、ここから出られないですよ」
微笑んだジュストはそう促したので、私は慌てて前へと向き直った。
「ねえ。どうして、私が持って来たのが、この服だと思ったの?」
「僕がこれを、とてもお似合いだと褒めましたね。僕のことがお好きなのが、それだけでもよくわかりますよ」
「……それは流石に、言い過ぎだし、自信過剰よ。ジュスト」
がらんとした家には、物があまりなく、あまり生活感がなかった。けれど、最低限の生活が送れるような、生活必需品はあるようだった。
貴族の私には考えられないけれど、そんなものなのかもしれない。
「ええ……あ。ミシェルお嬢様、お着替えになります? そちらが、僕の使っていた部屋なんで、着替えに使って貰って大丈夫ですよ」
私は彼の勧めに従い、小さな部屋へと入り、これだけはと家出する時も持って来ていたお気に入りのドレスへ着替えることにした。
「……なんだか、物がないわね」
ジュストの部屋にも、ベッド以外は物がなかった。
出て行ってしまった息子の部屋だから、全部片付けてしまったのかもしれない。
「……そういえば、ミシェルお嬢様。僕の父親が功績を認められて、この前叙爵されたんです。息子は僕一人なので、戻って来るようにと言われているんですが」
扉の前に居るジュストが、独り言のように話し始めた。
護衛騎士ジュストが、私の傍から居なくなる……それは、いつかはそうなるかもしれないと思って居たことだけど、予想していたよりも深い喪失を感じた。
けれど、私はジュストが仕えていたことを誇れるような貴族令嬢であらねばと、自分の醜い感情には蓋をした。
「……では、ここには、ジュストのご両親は住んでいないの?」
「だから、言ったではないですか。単に実家ですと。あと、母は僕が幼い頃に亡くなったので、生活不能者の父一人には育てられないと判断した親戚が、お嬢様の居るサラクラン伯爵家へと連れていきました」
十年間一緒に居て明かされなかったジュストの昔話に、私は驚いた。けれど、彼は護衛騎士ではなくなるのなら、私にもう気を使うこともないのかもしれない。
「王に認められ……叙爵されるなんて、とても素晴らしいわね……何で、功績をあげられたの?」
王国に功績のある実業家を下位貴族である子爵や男爵として叙爵することは、あまりないけれど全くないことではなかった。
「長年研究者だったので、王にとある研究結果が、評価されました……あ、お嬢様。一人で、ドレスを着られます?」
私は着慣れていない平民の服を、脱いだところで固まった。
持って来ていた裾の長いドレスはコルセットではないものの、背中で編み上げる造りになっており、ジュストの言う通り一人では着られない。
貴族の着るようなドレスは、使用人に手伝ってもらう前提の仕様なので、一人では脱ぎ着は難しい。
「……着られない……わね」
「良かったら、お手伝いしましょうか?」
私とジュストは長い間主従関係を結んでおり、厚い信頼あってこその関係だ。私はなんとか頭からドレスを被り、肌の見える部分が隠せたところで彼を呼んだ。
「良いわ。入って……ジュスト。背中のリボンを編み上げてくれる?」
私が名前を呼ぶと彼は扉を開けて、部屋へと入って来た。
「かしこまりました。ミシェルお嬢様」
「ジュストは……私がこのドレスを持って来たことも、知っていたのね」
私がサラクラン伯爵邸を家出した後、持ち物を何もかも調べられたのかもしれないと思うと気分が悪いけど、それは私が何処に行ったかと探すのであれば当然のことだろう。
「ええ。ただの勘でしたが、やはりこの服だったんですね。良く似合われています」
こともなげにジュストが言ったので、私は驚いて振り向いた。
「勘だったの!?」
「ええ……これでは、お手伝い出来ません。さあ、お嬢様。前を向いてください。服を着られないと、ここから出られないですよ」
微笑んだジュストはそう促したので、私は慌てて前へと向き直った。
「ねえ。どうして、私が持って来たのが、この服だと思ったの?」
「僕がこれを、とてもお似合いだと褒めましたね。僕のことがお好きなのが、それだけでもよくわかりますよ」
「……それは流石に、言い過ぎだし、自信過剰よ。ジュスト」
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