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夜の果て
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私は急ぎ、シメオン兄さんにグランデ家、ヴァレール兄さんに王宮とハサウェイ家へと走ってもらうことにした。
私自身はもちろん、メイヴィス様の居る屋敷、クロムウェル家だ。
お願い……間に合って。
馬車の中で、指を組んで祈った。もし……私の考えが間違っていたら。それなら、それで良い。どうか、間違っていて。
目的地は勝手知ったるクロムウェル家の本邸の中にある。とは言え、働いているわけでもない私は、メイド長のミランダさんを呼び出してもらう。
「ニーナ? まあ、素敵な令嬢になって、見違えたわ。こんな時間にどうしたの?」
「……メイヴィス様にお会いしたいんです。今担当の侍女は、一体誰ですか?」
詰め寄るように話す私にミランダさんは驚いた顔をして、記憶を探るように口に手を当てた。
「そうね。確か、セイラと……あなたの代わりに入った、エリスだったかしら」
「今すぐに、連れて行ってください! お願いします。お詫びなら後で、いくらでもします」
ミランダさんの手を逆に引っ張るようにして、私は二階にあるメイヴィス様の部屋に向かった。
ノックもせずに、大きな扉を開く。
「……メイヴィス様! セイラ……?」
寝る前なのだろう。セイラに髪を梳かして貰っていたメイヴィス様は突然現れた私に驚いて、目を見開く。
私はそこへ駆け寄って、何が起こっているのか理解出来ていないメイヴィス様を自分の背に隠した。
「……ニーナ? 何をしているの?」
「セイラ、どうして……どうしてあんなことを」
間違いであってほしいそう思いながら呟いた私に、セイラは仲が良かった今までが信じられないくらいに酷薄な表情を浮かべた。
「あら! 気が付いたの? 早かったのね」
「……やっぱり、貴方がラウル殿下とマティアスに呪いをかけたのね、どうして?」
「気に入らなかったからよ。私だけ、幸せになれないなんておかしいでしょう?」
「……セイラ!?」
メイヴィス様は、私の後ろから声を上げた。
「メイヴィス様……あなたも大嫌いよ。すべてを持っていて、尚も幸せになるなんて。許せない」
セイラはサッと窓の方へと後ずさる。
メイヴィス様の部屋の扉には、もう騒ぎを聞きつけてきた使用人達が集まって来ていた。
メイヴィス様の警護担当の騎士も、今まで何の問題もないと思っていた同僚のいきなりの豹変に戸惑っているようだ。
「一番嫌いなのは、ニーナ。貴方よ」
「セイラ」
言いようが悲しくて、私は眉を寄せた。勘違いしてはいけない。この人はもう、友達だった人だ。
「私のような商家の娘は行儀見習いを経て、お金持ちの後家に収まるのが通例。あなただって、そうだと思っていたのに」
「……マティアスと私をくっつけようとしたのは貴方でしょう?」
「そうしたら、捨てられる時は辛いでしょうね。そう、きっと死にたくなるくらい……ね?」
私は彼女の暗い目を見て、背筋がゾッとした。感じたのは、純粋な悪意。
「……どうやって呪いを?」
「悪魔と契約したの。私の命と引き換えに……どうだった? 自分の愛した人が自分のために死ぬなんて、苦しんだでしょう?」
私は彼女の意図を知って、ぐっと息をつめた。後ろのメイヴィス様も、息を呑んだのを感じる。
「もう、終わりよ。貴方を騎士団に突き出すわ……それで何もかも終わり。私は悪魔との契約だって、解ける方法がわかっているもの」
私の視線に訝し気な顔をしたセイラは、不機嫌な表情をした。
「そんなはずないわ。悪魔の紋様は……それこそ、古の魔法使いでない限り解けないはずよ」
私はにこっと笑った。いつもセイラに笑っていたように。ずっと一緒に居たはずなのに、彼女の気持ちを分かってあげられなかった。
「古の魔法使いが約束してくれたの……あなたの契約だって、なくせないか聞いてみるわ」
「嘘よ! 嘘だわ!」
セイラは錯乱したように、綺麗に結い上げた髪をその両手でぐしゃぐしゃにした。
「本当よ。あなたのことも魔法使いに聞いたもの……セイラ、だから」
セイラは私をぎりっと睨みつけると、懐からナイフを取り出した。
「許せない!」
この距離では彼女から逃げられないと思った私は、ぎゅっと目を閉じた。
遠くでメイヴィス様の悲鳴が聞こえた。
私自身はもちろん、メイヴィス様の居る屋敷、クロムウェル家だ。
お願い……間に合って。
馬車の中で、指を組んで祈った。もし……私の考えが間違っていたら。それなら、それで良い。どうか、間違っていて。
目的地は勝手知ったるクロムウェル家の本邸の中にある。とは言え、働いているわけでもない私は、メイド長のミランダさんを呼び出してもらう。
「ニーナ? まあ、素敵な令嬢になって、見違えたわ。こんな時間にどうしたの?」
「……メイヴィス様にお会いしたいんです。今担当の侍女は、一体誰ですか?」
詰め寄るように話す私にミランダさんは驚いた顔をして、記憶を探るように口に手を当てた。
「そうね。確か、セイラと……あなたの代わりに入った、エリスだったかしら」
「今すぐに、連れて行ってください! お願いします。お詫びなら後で、いくらでもします」
ミランダさんの手を逆に引っ張るようにして、私は二階にあるメイヴィス様の部屋に向かった。
ノックもせずに、大きな扉を開く。
「……メイヴィス様! セイラ……?」
寝る前なのだろう。セイラに髪を梳かして貰っていたメイヴィス様は突然現れた私に驚いて、目を見開く。
私はそこへ駆け寄って、何が起こっているのか理解出来ていないメイヴィス様を自分の背に隠した。
「……ニーナ? 何をしているの?」
「セイラ、どうして……どうしてあんなことを」
間違いであってほしいそう思いながら呟いた私に、セイラは仲が良かった今までが信じられないくらいに酷薄な表情を浮かべた。
「あら! 気が付いたの? 早かったのね」
「……やっぱり、貴方がラウル殿下とマティアスに呪いをかけたのね、どうして?」
「気に入らなかったからよ。私だけ、幸せになれないなんておかしいでしょう?」
「……セイラ!?」
メイヴィス様は、私の後ろから声を上げた。
「メイヴィス様……あなたも大嫌いよ。すべてを持っていて、尚も幸せになるなんて。許せない」
セイラはサッと窓の方へと後ずさる。
メイヴィス様の部屋の扉には、もう騒ぎを聞きつけてきた使用人達が集まって来ていた。
メイヴィス様の警護担当の騎士も、今まで何の問題もないと思っていた同僚のいきなりの豹変に戸惑っているようだ。
「一番嫌いなのは、ニーナ。貴方よ」
「セイラ」
言いようが悲しくて、私は眉を寄せた。勘違いしてはいけない。この人はもう、友達だった人だ。
「私のような商家の娘は行儀見習いを経て、お金持ちの後家に収まるのが通例。あなただって、そうだと思っていたのに」
「……マティアスと私をくっつけようとしたのは貴方でしょう?」
「そうしたら、捨てられる時は辛いでしょうね。そう、きっと死にたくなるくらい……ね?」
私は彼女の暗い目を見て、背筋がゾッとした。感じたのは、純粋な悪意。
「……どうやって呪いを?」
「悪魔と契約したの。私の命と引き換えに……どうだった? 自分の愛した人が自分のために死ぬなんて、苦しんだでしょう?」
私は彼女の意図を知って、ぐっと息をつめた。後ろのメイヴィス様も、息を呑んだのを感じる。
「もう、終わりよ。貴方を騎士団に突き出すわ……それで何もかも終わり。私は悪魔との契約だって、解ける方法がわかっているもの」
私の視線に訝し気な顔をしたセイラは、不機嫌な表情をした。
「そんなはずないわ。悪魔の紋様は……それこそ、古の魔法使いでない限り解けないはずよ」
私はにこっと笑った。いつもセイラに笑っていたように。ずっと一緒に居たはずなのに、彼女の気持ちを分かってあげられなかった。
「古の魔法使いが約束してくれたの……あなたの契約だって、なくせないか聞いてみるわ」
「嘘よ! 嘘だわ!」
セイラは錯乱したように、綺麗に結い上げた髪をその両手でぐしゃぐしゃにした。
「本当よ。あなたのことも魔法使いに聞いたもの……セイラ、だから」
セイラは私をぎりっと睨みつけると、懐からナイフを取り出した。
「許せない!」
この距離では彼女から逃げられないと思った私は、ぎゅっと目を閉じた。
遠くでメイヴィス様の悲鳴が聞こえた。
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