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魔力の素

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 それから一人部屋に入った私はふーっと息をついた。今日は流石に疲れてしまった。生まれてからこんなに話したことはなかったかもしれない。
 とりあえず、今、出来るだけのことをしたと思う。マティアスの兄弟達を巻き込んだのは、マティアス本人が当事者だからどう転んでも巻き込んでしまう、と思ったからだ。

「味方を集めたか、考えたな」
「どうしてここに?」
 私は誰も居ないはずの自分の部屋の真ん中に居る黒いローブを纏い、深くフードを被ったその人を見て驚いた。

「面白そうな事態になっていたからな……あの男が悪魔と契約していたことで絶望するかと思ったら活路を切り開く勢いだな」
「出来るだけのことをするわ。自分からは決して諦めたくない」
「……恋する乙女には誰も敵うまいな」
「え?」
 魔法使いがぼそりと呟いた声に顔を上げた。

「いや、大方君の恋の記憶は消したはずなのにと思ってな。不思議だな」
「……私もほとんど忘れてしまっていたけど、どうしてって思った。でも彼の存在がどうしても……忘れられなかった。貴方に全部消して貰っていたら、楽なのかなと思ったりもしたけれど、忘れてなくて……良かった。ありがとう。やり直しをさせてくれて……」
「君の記憶は私の魔法と馴染みが良くて助かったよ。一年前に戻すに足りる記憶で良かった」
「……どういうこと?」
 私は訝し気に眉をひそめた。

「私の魔力の素として相性が良いのが乙女の恋の記憶でね、だからあれ程集めているんだよ」
 はっとして口元を押さえた。彼の部屋の棚に並べられた記憶、あれはそういうこと?

「……あんなにたくさんあるのに、まだ集めるの?」
「相性があるんだよ、この魔法にはこの記憶が効果がある、という風にそれぞれ効果が違う」
「私の忘れた記憶では一年前に帰るのが精一杯であったように?」
「いや? 君の記憶と時間操作は馴染みが良かった、まだ残りがあるよ。……君の恋人の体を悪魔の契約前の時に返すことも出来る」

「……悪魔と契約する前に? そんなにうまいこと……」
「出来るさ。私を誰だと思っている?」

 聞き返され、何故かぶるっと背中を震わせた。魔力を持たない私にも彼から圧倒的な力を感じることが出来たからだ。
「ラウル殿下の体も戻して欲しい」
「承知した。他に?」
 あっさり答えた魔法使いをじっと見つめて言った。

「……ラウル殿下とマティアスを呪ったのは誰?」

 ふ、と魔法使いは笑った。

「欲張りなお嬢さんだ、嫌いじゃないよ……だがそれを答えてしまうと、私が面白くないからな」
 ふわりと魔法使いの体が浮いた。
「ヒントだけあげよう。君とメイヴィス嬢が不幸になると一番喜ぶのは誰だ?」

 私はさっきまで誰かが居た空間を見つめた。
 一番喜ぶ? 誰?
「まさか……」

 思い至った考えに大きく首を振る。そんな……。
 信じたくない。信じられない。それなら私達は、大きな勘違いをしていたことになる。
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