28 / 42
会いたい
しおりを挟む
クロムウェル公爵家のお茶会は途中で、まだ閉会もしていない。
私は失礼を承知で主催者のメイヴィス様に挨拶を済ませると、急ぎ、マティアスの家グランデ家に向かった。
「お願いします。マティアス様に合わせてください。急用なんです」
「……訪問のご予定もなく、先触れの知らせもなく、いらっしゃった方には、お帰りいただくようになっております」
玄関で初老の白髪の執事に、止められてしまった。当然だ。彼の言うとおり礼儀も何もない訪問でに、会わせてもらえない。
どうしよう。私が泣きそうになってドレスを握り締めたところで、奥の方から声がした。
「そこに居るのは、ニーナ嬢ではないか。やっと、動く気になったのか」
扉の奥、見上げるとマティアスの兄、アベル様がゆったりと階段を下りて来た。彼は外出する前だったのか、黒い手袋を嵌めているところだ。
「アベル様!」
味方になってくれる人の偶然の登場に、嬉しくて涙が零れそう。マティアスと、会えるのかもしれない。
「アベル様、こちらは……」
「俺の客だ。構わない。通せ」
アベル様は執事に短く言い放つと私の手を取り、以前にも来たことのある、マティアスの部屋の前へと案内してくれた。
彼はガンガンと力強くノックし、乱暴に扉を開ける。
「マティアス。客だ」
「……誰にも会わないと、言っておいたはずだけど」
寝室からマティアスの沈んだ声が聞こえた。ミレイユ様が私にあの様子であれば、当の本人の彼がどんな侮辱的なことを言われていたのかを察することは出来た。
「俺の客だ。お前にも会いたいというから連れて来た……どうしてもというならば、このまま俺の部屋へと行っても良いが? なあ、ニーナ嬢」
アベル様に悪戯っぽく笑うと、片目を瞑った。ばたっと奥から大きな音がして、マティアスが慌てて出て来た。
少しだけやつれた顔に、乱れた服。はだけたシャツから、悪魔の紋様が覗いていた。
アベル様はそれを見て目を眇めると、私に向かって微笑んだ。
「どうぞ。ゆっくりして行ってくれ。この馬鹿な弟が物足りなかったら、今度は俺の部屋に忍んで来てくれても良い」
「兄さん!」
マティアスは急ぎ、私の手を取ると庇うように前に立った。
「冗談だは……馬鹿だと知っていたが、にわかには信じがたい驚くほどの馬鹿な弟だったな。仕事で出掛ける。俺が帰って来たら、詳しく話を聞くぞ」
アベル様は手を広げ冗談であることを示し、そして、隠し事をしていたマティアスに鋭い眼光を浴びせた。ゆっくりとした足取りで部屋から出ると、パタンと扉を閉めた。
「……マティアス。聞いたの」
「ニーナ?」
「どうして、貴方が死ぬことになるの……お願い。誤魔化さないで、答えて欲しい」
私が誰から何を聞いたか悟ったのか、彼ははあっと大きくため息をつくと、マティアスは私の手を引いてソファに連れて行った。隣り合って座り、手をぎゅっと握り締める。
「……どこで、それを?」
「ミレイユ様から聞いたの。貴方と結婚するけど一年後には亡くなって、自分は未亡人になるって……だから、子どもを一人くれたら良いんだって」
マティアスはもう一度、大きくため息をついた。
「悪魔と取引したからだ。一年後、僕は願いを叶えてもらう代わりに、この世を去ることになる」
いつもきらきらとした輝きを放つ宝石の青い目が、今はどこか虚ろだ。
「どんな願いを、願ったの?」
「……最愛の者の死の呪いと、引き換えに。僕は自分が死ぬことを選んだんだ」
マティアスは私の目を見ながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「最愛の者って……誰なの?」
最愛の……私はその単語を聞いて、胸が痛かった。こんな、こんな状況なのに身勝手に胸が痛む。
マティアスの苦境をわかろうともせずに、拒否したのは自分の癖に。
マティアスは戸惑ったかのように、私の両手をぎゅっと強く握る。
「まいったな……」
「マティアス?」
「以前から、折に触れて何度も何度も伝えているつもりなんだけど、伝わってないんだと、今僕は絶望したよ」
彼は苦笑しながら、私の両手の甲にキスをした。それは……その流れだと……一人しか考えられないけど……。
「君だけだ。君に出会った時から、ずっと君だけを見ている」
私は驚きに目を見張った。そんな……何故、私が死ぬことになるの?
「どうして?」
マティアスは私のどうしてを、違う意味に捉えてしまったらしい。
「……伝わっていなかったかな。君が好きだ……自分が死んでも良いと、そう思えるほど」
私はマティアスに握られた手を、ぎゅっと握り返した。マティアスはそれを感じてか、ふっと微笑みながら、指先へと音をさせてキスを落としていく。
「ねえ……マティアス、待って。どうして、私が死ぬことになるの? 教えて欲しい。何もかも、全部」
今度こそ、知りたい。私の失恋してしまった、本当の意味を。
私は失礼を承知で主催者のメイヴィス様に挨拶を済ませると、急ぎ、マティアスの家グランデ家に向かった。
「お願いします。マティアス様に合わせてください。急用なんです」
「……訪問のご予定もなく、先触れの知らせもなく、いらっしゃった方には、お帰りいただくようになっております」
玄関で初老の白髪の執事に、止められてしまった。当然だ。彼の言うとおり礼儀も何もない訪問でに、会わせてもらえない。
どうしよう。私が泣きそうになってドレスを握り締めたところで、奥の方から声がした。
「そこに居るのは、ニーナ嬢ではないか。やっと、動く気になったのか」
扉の奥、見上げるとマティアスの兄、アベル様がゆったりと階段を下りて来た。彼は外出する前だったのか、黒い手袋を嵌めているところだ。
「アベル様!」
味方になってくれる人の偶然の登場に、嬉しくて涙が零れそう。マティアスと、会えるのかもしれない。
「アベル様、こちらは……」
「俺の客だ。構わない。通せ」
アベル様は執事に短く言い放つと私の手を取り、以前にも来たことのある、マティアスの部屋の前へと案内してくれた。
彼はガンガンと力強くノックし、乱暴に扉を開ける。
「マティアス。客だ」
「……誰にも会わないと、言っておいたはずだけど」
寝室からマティアスの沈んだ声が聞こえた。ミレイユ様が私にあの様子であれば、当の本人の彼がどんな侮辱的なことを言われていたのかを察することは出来た。
「俺の客だ。お前にも会いたいというから連れて来た……どうしてもというならば、このまま俺の部屋へと行っても良いが? なあ、ニーナ嬢」
アベル様に悪戯っぽく笑うと、片目を瞑った。ばたっと奥から大きな音がして、マティアスが慌てて出て来た。
少しだけやつれた顔に、乱れた服。はだけたシャツから、悪魔の紋様が覗いていた。
アベル様はそれを見て目を眇めると、私に向かって微笑んだ。
「どうぞ。ゆっくりして行ってくれ。この馬鹿な弟が物足りなかったら、今度は俺の部屋に忍んで来てくれても良い」
「兄さん!」
マティアスは急ぎ、私の手を取ると庇うように前に立った。
「冗談だは……馬鹿だと知っていたが、にわかには信じがたい驚くほどの馬鹿な弟だったな。仕事で出掛ける。俺が帰って来たら、詳しく話を聞くぞ」
アベル様は手を広げ冗談であることを示し、そして、隠し事をしていたマティアスに鋭い眼光を浴びせた。ゆっくりとした足取りで部屋から出ると、パタンと扉を閉めた。
「……マティアス。聞いたの」
「ニーナ?」
「どうして、貴方が死ぬことになるの……お願い。誤魔化さないで、答えて欲しい」
私が誰から何を聞いたか悟ったのか、彼ははあっと大きくため息をつくと、マティアスは私の手を引いてソファに連れて行った。隣り合って座り、手をぎゅっと握り締める。
「……どこで、それを?」
「ミレイユ様から聞いたの。貴方と結婚するけど一年後には亡くなって、自分は未亡人になるって……だから、子どもを一人くれたら良いんだって」
マティアスはもう一度、大きくため息をついた。
「悪魔と取引したからだ。一年後、僕は願いを叶えてもらう代わりに、この世を去ることになる」
いつもきらきらとした輝きを放つ宝石の青い目が、今はどこか虚ろだ。
「どんな願いを、願ったの?」
「……最愛の者の死の呪いと、引き換えに。僕は自分が死ぬことを選んだんだ」
マティアスは私の目を見ながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「最愛の者って……誰なの?」
最愛の……私はその単語を聞いて、胸が痛かった。こんな、こんな状況なのに身勝手に胸が痛む。
マティアスの苦境をわかろうともせずに、拒否したのは自分の癖に。
マティアスは戸惑ったかのように、私の両手をぎゅっと強く握る。
「まいったな……」
「マティアス?」
「以前から、折に触れて何度も何度も伝えているつもりなんだけど、伝わってないんだと、今僕は絶望したよ」
彼は苦笑しながら、私の両手の甲にキスをした。それは……その流れだと……一人しか考えられないけど……。
「君だけだ。君に出会った時から、ずっと君だけを見ている」
私は驚きに目を見張った。そんな……何故、私が死ぬことになるの?
「どうして?」
マティアスは私のどうしてを、違う意味に捉えてしまったらしい。
「……伝わっていなかったかな。君が好きだ……自分が死んでも良いと、そう思えるほど」
私はマティアスに握られた手を、ぎゅっと握り返した。マティアスはそれを感じてか、ふっと微笑みながら、指先へと音をさせてキスを落としていく。
「ねえ……マティアス、待って。どうして、私が死ぬことになるの? 教えて欲しい。何もかも、全部」
今度こそ、知りたい。私の失恋してしまった、本当の意味を。
3
お気に入りに追加
696
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる