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確信

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 それから、マティアスは結局何も話してくれることはなかった。

 私はシメオン兄さんが迎えが来てくれる時間になり……今夜は時間切れ。

 ただ、私の送る手紙にはこれからは返信してくれると、そう約束してくれただけ。

 やっぱり、私が送った手紙は届いていたけれど、本人に無視されていたみたい。完全に誤解で濡れ衣だったから、ヴァレール兄さんにも謝らなければいけない。

 こちらで出会ったばかりの……あの時の自分と同じように手紙を無視されているだけなのに、こんなにも胸が痛むんだろう。

 同じことを、マティアスから、返されているだけだ。

 出会いの当初、必要以上につんけんしていた私は、それを甘んじて受け入れなければならない気がしていた。

 ここでも強く実感した。自分が過去にしたことは、もう二度と覆らない。

「あの、ニーナ様」

 新入りのメイドサラに呼び止められて、私は振り返った。

 新入りとは言ってもクルーガー男爵邸を綺麗に改装するのに伴って、使用人も数多く雇い入れた。

 サラはその中の一人だ。昔から居てくれているメイドも居るけれど、元貧乏男爵家には数人しかいない。

 いつもは執事がまとめて手紙を持ってきてくれるのだけど、もしかしたら誰かの物に混じってしまっていたのかもしれない。

「何かしら」

「お手紙を言付かりました」

 一通の手紙を差し出される。ひっくり返してみると公爵家でメイドをしていた頃お世話になった元同僚セイラだ。

 ついこの前まで、同じ部屋で過ごしていたな彼女がなんだか懐かしい。

「ありがとう」

 私はセイラの手紙をすぐに読みたくて、部屋へと急いだ。

 何度か手紙のやりとりをしているけれど、別れの時以来まだ会えていない。

 手紙には私と久しぶりに会って話がしたいということがしたためられていた。

 私もこのもやもやの原因を話せないにしても、誰かと話したい気持ちだったから、すぐにセイラと会いたいと返事を出した。


◇◆◇


 久しぶりの一人の街歩きに、気分は高揚していた。とは言え、この前のこともあり、護衛付き。

 現在、裕福な男爵家の令嬢になってはいる私だけれど、公爵家でメイドとして働いていたころの方が、必死で家を建て直した兄さんたちには悪いけれど、自由で良かったかもしれない。

 そんな浮かれた気分で居た時に。

 前から歩いて来ている人があんまりにも近いなと、のんびり思ったその瞬間、視界が真っ暗になった。

◇◆◇

「……ロディ、ニーナ」

 聞き覚えのある声が聞こえて、私はパチリと目を開けた。

「マティアス?」

 そうだ。セイラに会いに街を歩いていた時に、私は気を失って、それで?

 ここはどこ?

「ニーナ、大丈夫か?」

 目を走らせば、粗末な印象を受ける部屋の真ん中に椅子に縄で縛られたマティアスが居た。私は驚き横になっていた絨毯を敷かれた床から、飛び起きた。

「マティアス!」

「ニーナ。無事で良かった」

 マティアスは、はあはあと息が荒い。

 頭から血を流している。私は息を呑んだ。懐に手をやれば、あの時馬上から私を救ってくれたナイフが残されている。

 ……気が付かれなかったのかしら。

「待って、マティアス、今ナイフを出すから、縄を切るわ」

「……! ダメだ!!」

 せっかく助けようとしたのに勢い良く怒鳴られ、私は驚いた。

 ナイフで彼を椅子へと縛る縄を切らないと、ここからは脱出できない。

 それはマティアスだって、良く分かっているはずだ。

「怒鳴ってごめん。……僕は今、媚薬を飲まされているんだ。縄が切れたら君を襲いかねない。だから……絶対、ダメなんだっ」

 媚薬? 確かにマティアスの息は荒い。

 興奮もしているようだ。白い肌がピンクの赤みかかっているし、すごく色っぽい。そんな……。

「でも……このままだと……」

 狭い部屋ではない。窓からの景色を見れば、二階だろうか。階下には私を攫った人が居るのかもしれない。

「……少し待ってくれ。もう少ししたら、この症状も収まるかもしれないからっ……」

 マティアスは、綺麗な顔を歪ませて私を見た。

 私が目覚めてから、だいぶ時間が経っただろうか。

 良くなるどころか、マティアスの息遣いはどんどん荒くなる一方で、可哀想になる。

「あの……マティアス」

「……ん、何」

「どうしたら、楽になる? つらそうで、とても見ていられない」

「……ニーナ」

 マティアスの綺麗な青い目には、隠せないほどにまで強い渇望が見えた。

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