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「ニーナ?」

 考え事をしていた私は、名前を呼びかけられて、はっと顔を上げた。

 今日はジャンポールを招いて、兄二人と応接室でもてなしていた。

 余計なことを言いそうなお父様は、兄の采配で仕事を理由にここには居ない。

「……ごめんなさい。考え事をしていたわ。何でしょう。シメオン兄さん」

 作り笑いを浮かべながら、隣に座るシメオン兄さんの顔を見る。ヴァレール兄さんはジャンポールと何か仕事の話をしているようだった。

 マティアスが来てくれるはずだった日から、あれから。

 マティアスからの手紙は、私へ届かなくなった。

 もしかしたら、事前にヴァレール兄さんが止めているのかもしれない。

 兄さん本人はそんなことはしていないと、そう言っているけれど。あんなことをされたら、どうしても疑い深くなってしまうのが普通だと思う。

 手紙は届いているのか、いないのか……それすらも、わからない。そして、それをどうすることも出来ない、お金を稼ぐ能力のない自分がすごく嫌だ。

「まだ体調が優れないのか?」

「少し考え事をしていただけなの。何の心配もないわ」

 シメオン兄さんは、誘拐未遂の事件があってから、すっかり心配症になってしまっていた。

 今まで気ままに出歩いていたのに、外出することも、まだ許してもらえない。

「大丈夫ならば、良いんだが……」

 優しそうな目を細めて、シメオン兄さんは何か言いたげに私を見た。兄さんが私に言いたいことは、なんとなくわかっている。

 ……本当にこの縁談が、進んでも良いのか。私は先んじて何度も確認された。

 けれど、それでも良いと何度も返したのは私だ。

 力の差があり過ぎる縁談を断ってしまうのは、良策ではないことだって、私だってわかっていた。

 やっと優秀な兄さん二人のおかげで持ち直したクルーガー男爵家を私の我儘で傾けるなんて、どうしても出来なかった。

「ニーナ。ハサウェイ殿に、庭を見てもらったらどうだ」

 ヴァレール兄さんが、私の方を向いて言った。

 最近わが家の庭は優秀な庭師達を雇って大きな変貌を遂げた。貧乏だった時代が嘘だったみたいに、季節の花々が咲き誇り、美しい。

 私はジャンポールに、にこりと微笑んで、立ち上がり庭へと誘った。

「……ニーナ嬢。久しぶりだな」

 端正な顔の目の端を赤くして、背の高いジャンポールを私を見下ろす。そういえば、私たちそういう意味ではないけれど、言葉の通り肌と肌を合わせたんだっけ。

 命の危険のある非常事態とはいえ、とんでもないことをしてしまった。

 私もジャンポールの顔を真正面から見て、顔が熱くなるのを感じてしまう。

「ジャンポール様、先ほども言いましたけど、本当にあの時はありがとうございました。貴方が私を助けてくれなかったら、おそらく……今こうして、家族と一緒に居れて本当に嬉しいです」

 ジャンポールは私の言葉を聞き表情を緩めて、ふっと優し気に笑ってくれた。

 こういった表情を見るのは、はじめてで、まじまじと見つめてしまう。

 ジャンポールはそんな私に驚いたように目を開き、また笑った。

「いや、あの時も言ったが……偶然だとしても、君を助けることが出来て本当に良かった」

「……あの時は、偶然だったんですか?」

「そうだ。マティアスと城から帰るところだったんだ。ちょうど馬に乗っていたこともあり、君の兄上の声が聞こえてすぐに駆け付けた。まさか、君が犯人の腕に刃物を突き立てるとは予想していなかったが……勇気ある行動だが、あまり褒められないな。落ちた先が運良く川でなかったら、大怪我をしていただろう」

 苦笑しながら、私をまた見た。

「必死だったんです」

「君は見た目に似合わず、大胆なんだな」

「……私はジャンポール様から見て、どんな風に見えていますか?」

 そう言うとジャンポールは、顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。

 そんなに……おかしなこと、聞いたかしら? 不思議に思い首を傾げて見つめる私に、ジャンポールは軽く咳をしてから俯いた。

「……君はとても美しい、と思う」

 ……わ。まさかそんな事を言われると思っていなかった私も、慌てて俯いた。

 状況が彼からの称賛の言葉をねだったみたいになってしまった。そういった意味ではなく、積極的とか消極的とかそういう印象を聞きたかったんだけど。

「あの、ありがとうございます」

 居心地を悪くして、彼にそうお礼を言うと、ジャンポールは赤くした顔を向けて微笑んでくれた。

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