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反故
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私はじっと壁にかけてある時計を睨んでいた。
マティアスが来ない。お見舞いに来たいと書いてあったので返事をして、今日来てもらうことになったのだ。
お見舞いに来てもらう、と言っても寝ている訳ではなくて、ゆるい部屋着と薄いけれど顔色が良く見えるように化粧もしている。これ以上心配をかけたくなかったからだ。
十五分を過ぎても、ノックの音はしないし、お伺いの執事も来ない。
私は居てもたっても居られなくて玄関に向かおうと、部屋の扉を開けた。
「ヴァレール兄さん」
「メロディ、部屋に居ろ」
「私、お客様を待っているんだけど……」
顔をしかめて私を見るヴァレール兄さんに何か違和感があった。硬い表情と眉間の皺。兄さんは仕事中はこういう顔をすることもあるけど、私達家族の前ではしない表情だ。
「グランデ家の三男ならもう帰ってもらった。お前はベッドに入って寝ろ」
「……え」
「お前は何を考えている。ハサウェイ家の嫡男と縁談が進んでいるんだぞ。先方に誤解を与えるようなことはするな」
私はあまりの衝撃に言葉を失ってしまった。もしかしてヴァレール兄さんがマティアスを追い返した?
「そんな……私を助けてくれて、今日はお見舞いに来てくれるだけだったのに」
「川に飛び込んでお前を助けたのはジャンポール・ハサウェイだ。そう聞いているが」
「その後に追いかけて来てくれて助けてくれたの! ここに連れて帰って来てくれたの、知っているでしょう?」
興奮のあまりはあはあと息をつく私に兄さんは肩を叩いた。
「……お前はハサウェイ伯爵夫人になるんだ。見た目は良いかもしれないが、あいつは歴史ある伯爵家とは言えただの三男、スペアですらないじゃないか」
「兄さんにそんなこと言われたくない! なんで、お見舞いに来てくれただけなのに!」
「男爵令嬢が伯爵家に嫁ぐのに、どんな醜聞でも命取りになる」
ヴァレール兄さんは静かに言い含めるように言った。
「私は……そんなこと望んでなんか……」
「いいや、メロディ、お前が望んだんだ。そうシメオン兄さんからも聞いている。他でもない、お前がな」
「それでも! 命の恩人を追い返すなんて」
「何度も言わせるな。メロディ。お前はこの、クルーガー家の令嬢なんだ。……貴族の娘なら政略婚は避けられないと知っているだろう」
「兄さん……ひどい……どうして」
目から涙が流れて来た。マティアスをひどく傷つけたかもしれない。その思いが、どうしても我慢できなかった。
ヴァレール兄さんは顔を歪めると、大きくため息をついた。
「お前がこのまま進めろと言った縁談だ。申し込みのあった最初なら何か理由をつけて断れたかもしれないが、家の力が違い過ぎる。もう断れないところまで来ている。……なんで嫌なら最初に言わなかった」
それは……マティアスが私を裏切ったと、一方的に捨てたと思っていたから。もう結ばれることなどないと思っていたから。
それなら、誰でも一緒だと思っていたから。ジャンポールでも。誰でも。
それなのに。
「お前はもう、婚約が進んでいる未来の伯爵夫人なんだ。行動には気をつけろ。……良いな」
ヴァレール兄さんは人差し指で私の額を押すと、静かに扉を閉めた。
私はベッドに向かって走ってやわらかな高級な寝具の上に飛び込んだ。
確かに私は浅はかだった。彼の隠していることを分かりもしないで、嘆くだけ嘆いてすべてを彼のせいにして自分につけられた傷に酔っていたんだ。
「マティアス……会いたい」
会って話がしたかった。もう結ばれることはないかもしれないけれど。
マティアスが来ない。お見舞いに来たいと書いてあったので返事をして、今日来てもらうことになったのだ。
お見舞いに来てもらう、と言っても寝ている訳ではなくて、ゆるい部屋着と薄いけれど顔色が良く見えるように化粧もしている。これ以上心配をかけたくなかったからだ。
十五分を過ぎても、ノックの音はしないし、お伺いの執事も来ない。
私は居てもたっても居られなくて玄関に向かおうと、部屋の扉を開けた。
「ヴァレール兄さん」
「メロディ、部屋に居ろ」
「私、お客様を待っているんだけど……」
顔をしかめて私を見るヴァレール兄さんに何か違和感があった。硬い表情と眉間の皺。兄さんは仕事中はこういう顔をすることもあるけど、私達家族の前ではしない表情だ。
「グランデ家の三男ならもう帰ってもらった。お前はベッドに入って寝ろ」
「……え」
「お前は何を考えている。ハサウェイ家の嫡男と縁談が進んでいるんだぞ。先方に誤解を与えるようなことはするな」
私はあまりの衝撃に言葉を失ってしまった。もしかしてヴァレール兄さんがマティアスを追い返した?
「そんな……私を助けてくれて、今日はお見舞いに来てくれるだけだったのに」
「川に飛び込んでお前を助けたのはジャンポール・ハサウェイだ。そう聞いているが」
「その後に追いかけて来てくれて助けてくれたの! ここに連れて帰って来てくれたの、知っているでしょう?」
興奮のあまりはあはあと息をつく私に兄さんは肩を叩いた。
「……お前はハサウェイ伯爵夫人になるんだ。見た目は良いかもしれないが、あいつは歴史ある伯爵家とは言えただの三男、スペアですらないじゃないか」
「兄さんにそんなこと言われたくない! なんで、お見舞いに来てくれただけなのに!」
「男爵令嬢が伯爵家に嫁ぐのに、どんな醜聞でも命取りになる」
ヴァレール兄さんは静かに言い含めるように言った。
「私は……そんなこと望んでなんか……」
「いいや、メロディ、お前が望んだんだ。そうシメオン兄さんからも聞いている。他でもない、お前がな」
「それでも! 命の恩人を追い返すなんて」
「何度も言わせるな。メロディ。お前はこの、クルーガー家の令嬢なんだ。……貴族の娘なら政略婚は避けられないと知っているだろう」
「兄さん……ひどい……どうして」
目から涙が流れて来た。マティアスをひどく傷つけたかもしれない。その思いが、どうしても我慢できなかった。
ヴァレール兄さんは顔を歪めると、大きくため息をついた。
「お前がこのまま進めろと言った縁談だ。申し込みのあった最初なら何か理由をつけて断れたかもしれないが、家の力が違い過ぎる。もう断れないところまで来ている。……なんで嫌なら最初に言わなかった」
それは……マティアスが私を裏切ったと、一方的に捨てたと思っていたから。もう結ばれることなどないと思っていたから。
それなら、誰でも一緒だと思っていたから。ジャンポールでも。誰でも。
それなのに。
「お前はもう、婚約が進んでいる未来の伯爵夫人なんだ。行動には気をつけろ。……良いな」
ヴァレール兄さんは人差し指で私の額を押すと、静かに扉を閉めた。
私はベッドに向かって走ってやわらかな高級な寝具の上に飛び込んだ。
確かに私は浅はかだった。彼の隠していることを分かりもしないで、嘆くだけ嘆いてすべてを彼のせいにして自分につけられた傷に酔っていたんだ。
「マティアス……会いたい」
会って話がしたかった。もう結ばれることはないかもしれないけれど。
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