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接触

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「メロディ」
 げぼげぼと水を吐き出す。肺がひりついて痛い。水が入ってしまっていたのだろう。当たり前だ、私は泳げないし、泳いだことも一度もなかった。
 ひとしきり吐き出す間優しく背中を撫でてくれた人を見る。
「あなたが助けてくれたのね。ありがとう…」
 濃紺の騎士服が濡れてびしょびしょになってしまっているジャンポールは心配そうに顔を歪ませた。

「良かった…」
 私をそっと抱きしめる。
 周囲を見やる。真っ暗な森の中だ。遠くから狼の遠吠えのようなものも聞こえる。だいぶ人里離れたところに来てしまっていたようだった。
 命が助かったと落ち着いてしまうと急に寒さを感じた。ガタガタと震える歯の根を止めることは出来ない。
 冷たい水に濡れた庶民服は肌に張り付き体温を奪っていた。風もやんでいるとはいえない。確実に私の体を冷たくしていった。

 彼は心配そうに私を見る。
「闇雲に動くのは危険だ、このまま救助が来るのを待つしかないが、君が凍死してしまう」
 悲しそうに呟く。騎士用の上着を脱ぐと彼は意を決したようにシャツも脱いでいく。

 そして私を見ないよう後ろを向くと綺麗な白い背中を見せ、座った。
「絶対に見ないから。君も服を脱いで俺の背中に体を預けて」
 私はぎょっとした。これでも貴族の娘。外で肌を露出することなど絶対にあり得ないことだった。

「緊急事態だし君の体温を奪っているのはその濡れた服だ。このままだと…本当に死んでしまう」
 悲痛な叫びにも似た声に私は頷いた。ガタガタと歯の根は合わなかったし、すごく寒かった。私は意を決して服を脱ぎ、一瞬悩んで上の下着を取った。

 最初の感触はヒヤリとしていた。でも大きな背中に体を寄せればだんだんと温かく感じるようになっていた。
 私は腰に手を回し、彼はその両手をとり息をかけてすこしでも温めようとしてくれていた。
 あたたかい。
 私は目を閉じ体を預けていた。

「メロディ」
 少ししてから戸惑ったように彼が声をかけてきた。体を預けていた私が眠ってしまうと思ったのかもしれない。
「はい」
「無事で本当に良かった。あそこに居たのは偶然だったが、偶然を神に感謝する」
 温かい雫が冷えた私の手に落ちる。

「本当にありがとう。ジャンポール……」
 身体が少しずつ温かさを取り戻して余裕が出来たせいか、私は悪戯心を出した。
 腹筋割れているのかな? 昔、シメオン兄さんやヴァレール兄さんとの水遊びに付き合った際にヴァレール兄さんに自慢された。当初騎士を目指していた兄さんは日ごろの鍛錬を欠かさなかった。

 さっと彼の手から自分の手を取ると彼のお腹を触ろうとしたその時だった。
「メロディ嬢、あまり、苛めないでくれ。自分を止められなくなる」
 かすれた声で彼は言った。大きな背中に頬を近づけると自分のやったことがすごく恥ずかしく思えて私は目を閉じた。

「ごめんなさい」
 素直に謝った自分の声がやけに小さくて、恥ずかしさがより増してくる。手持ち無沙汰の私の左手は彼の手がすぐに拾ってくれた。

「構わない、君が無事なら何の問題はない。どこか痛いところはあるか?」
「ないわ。あなたが助けてくれたから」
 ぎゅっと私の手を握る彼の顔は夜の闇が邪魔をして窺い知ることは出来なかった。
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