15 / 42
ダンスの後で
しおりを挟む
「ニーナ」
「マティアス……様」
取引をしている貴族を見つけたヴァレール兄さんと別れた私の前に、正装の近衛騎士服も凛々しいマティアスは現れた。
急いで来たのか整えられた金髪が乱れている。
「今夜……君が来ていたと聞いて」
「ええ。社交界デビューしたんです」
私は自分がどう見えるのかが気になって、自分の身なりに目を走らせた。
前々から準備に準備を重ねた、眩しく上質な絹で出来たデビュタントの白いドレスが目に入るだけ。
「そうか……知っていたら、僕がエスコートしたかったな」
「……それだとお友達ではなくて、婚約者になってしまいますけど」
「そうしたいって、そういう意味なんだけど?」
私はマティアスの青い目をじっと見つめた。どこか不安そうに揺れて、光にきらめく宝石のようにも見える。
「お仕事は……大丈夫なんですか?」
彼がここに居る理由は、ジャンポールと同じはずだ。軽口に反応せずに話を変えた私に、ああと深く息をつくとマティアスは後ろを振り返った。
「そう……だから、ジャンポールに任せているが、すぐに戻らなければならない。君とダンスしたかったんだけど、残念だ」
「そうですか……ぜひ、またの機会に」
こういう時のお決まりの言葉を伝えると、マティアスは長い手袋に包まれた私の手をさりげなく取った。
「ジャンポールとは、先程踊ったと聞いたけど」
「ええ。とても、お上手でした」
ジャンポール、そんなことまでマティアスに伝えたの。なんだか、牽制のようにも思える……。
「僕とも今度で良いから、踊ってくれると、そう約束してくれないか」
「ええ……もちろん」
踊るだけなら。いくらでも。今夜だって、沢山の紳士と思ったわ。
「約束だよ」
二度念を押すと、去っていった。
マティアスはどうして、あんなにまで、私にこだわるんだろう。
どうしてだろう。盲目的と言えるほどに、彼へ恋をしていた時は何も気にならなかったのに……とても、不思議だった。
デビュタントたちと王位継承権を持つ王子のダンスは、夜会のラストダンスだ。
身分の高いご令嬢から踊り終わったら会場から退出していくので、男爵令嬢の私は身分的に最後の方になる。
伯爵令嬢が退出していく様子を横目で見ながら、私もそろそろかと所定の待機位置へと移動する。
二人の王子がダンスの相手しているだけあって、数多いデビュタントたちが居なくなっていく。
私はこの会場入りした時と同じように、大きな声で名前を呼ばれると、滑るような動きで手が差し出された。
ラウル殿下だ。
「やあ、ニーナ。久しぶりだ。より美しくなって見違えたよ」
「ありがとうございます……殿下と踊れるなんて、とても光栄です」
軽やかにステップを踏みながら、ラウル様は私に意味ありげな笑顔を浮かべた。
「マティアスとジャンポールの二人と、最近親しくしていると聞いたが」
「街に一緒に出掛けた程度ですわ。殿下」
「そうかい? 君みたいな美しい令嬢は、数多の求婚者を惹きつけるだろうな。ただ、かれらは僕の大事な幼馴染兼近衛騎士の二人だから、少々心配になってね」
踊りながらじっと薄茶色の目を向けて私を見た。探るような目だ。残念ながら私を弄ぼうと近づいてきたのは、貴方の幼馴染兼近衛騎士の一人です。殿下。
「私は男性を弄んだりしません」
貴方の大事な、マティアスと違ってね。
私の真っすぐな視線を迎え撃つ彼は、興味深そうにして私を見つめ返した。
「……君は、とても不思議だね。あんなに美形で将来有望の騎士達に言い寄られても浮ついたところがない……まるで、興味が全くないみたいだ」
「それだけの理由で……すべての令嬢が意のままに動くと思ったら、大間違いですよ。殿下」
にっこりと微笑み合い、私たちはダンス終わりの礼をした。ラウル殿下はまだ何か言いたげだったけど、私は兄にエスコートされて退出の時間だ。
「第二王子と何を話してたんだ?」
私が馬車に乗り込むなり、ヴァレール兄さんは言った。
向かいに座ると、なんだか近寄ると香水の匂いがきつい。強めにつけていた女性と、ダンスしたのかしら。
「婚約者メイヴィス様のことよ。お二人はとても仲が良いから」
さらっと嘘をついた私に、ヴァレール兄さんは鼻白む。
「なんだ、第二王子妃も悪くないと思ったが」
いきなり爆弾発言をした向かい席に座る兄に、私は向き直って言った。
「何を言ってるの。兄さん。ラウル殿下には、婚約者メイヴィス様がいらっしゃるじゃない」
「お前こそ、何を言っている。婚約していても、まだご成婚はしていない。直前の婚約破棄だって、ありうるだろう。お前がラウル殿下の心を、射止めればな」
「絶対に、ないから」
メイヴィス様から略奪するなんて、有り得ない。不快感を感じて鼻に皺を寄せた私は、ひとつひとつの言葉を区切るように言った。
「どうだろうな」
顔の角度を斜めにして、にやりと微笑むヴァレール兄さんは、妹の私から見ても危険で魅力的だった。
「マティアス……様」
取引をしている貴族を見つけたヴァレール兄さんと別れた私の前に、正装の近衛騎士服も凛々しいマティアスは現れた。
急いで来たのか整えられた金髪が乱れている。
「今夜……君が来ていたと聞いて」
「ええ。社交界デビューしたんです」
私は自分がどう見えるのかが気になって、自分の身なりに目を走らせた。
前々から準備に準備を重ねた、眩しく上質な絹で出来たデビュタントの白いドレスが目に入るだけ。
「そうか……知っていたら、僕がエスコートしたかったな」
「……それだとお友達ではなくて、婚約者になってしまいますけど」
「そうしたいって、そういう意味なんだけど?」
私はマティアスの青い目をじっと見つめた。どこか不安そうに揺れて、光にきらめく宝石のようにも見える。
「お仕事は……大丈夫なんですか?」
彼がここに居る理由は、ジャンポールと同じはずだ。軽口に反応せずに話を変えた私に、ああと深く息をつくとマティアスは後ろを振り返った。
「そう……だから、ジャンポールに任せているが、すぐに戻らなければならない。君とダンスしたかったんだけど、残念だ」
「そうですか……ぜひ、またの機会に」
こういう時のお決まりの言葉を伝えると、マティアスは長い手袋に包まれた私の手をさりげなく取った。
「ジャンポールとは、先程踊ったと聞いたけど」
「ええ。とても、お上手でした」
ジャンポール、そんなことまでマティアスに伝えたの。なんだか、牽制のようにも思える……。
「僕とも今度で良いから、踊ってくれると、そう約束してくれないか」
「ええ……もちろん」
踊るだけなら。いくらでも。今夜だって、沢山の紳士と思ったわ。
「約束だよ」
二度念を押すと、去っていった。
マティアスはどうして、あんなにまで、私にこだわるんだろう。
どうしてだろう。盲目的と言えるほどに、彼へ恋をしていた時は何も気にならなかったのに……とても、不思議だった。
デビュタントたちと王位継承権を持つ王子のダンスは、夜会のラストダンスだ。
身分の高いご令嬢から踊り終わったら会場から退出していくので、男爵令嬢の私は身分的に最後の方になる。
伯爵令嬢が退出していく様子を横目で見ながら、私もそろそろかと所定の待機位置へと移動する。
二人の王子がダンスの相手しているだけあって、数多いデビュタントたちが居なくなっていく。
私はこの会場入りした時と同じように、大きな声で名前を呼ばれると、滑るような動きで手が差し出された。
ラウル殿下だ。
「やあ、ニーナ。久しぶりだ。より美しくなって見違えたよ」
「ありがとうございます……殿下と踊れるなんて、とても光栄です」
軽やかにステップを踏みながら、ラウル様は私に意味ありげな笑顔を浮かべた。
「マティアスとジャンポールの二人と、最近親しくしていると聞いたが」
「街に一緒に出掛けた程度ですわ。殿下」
「そうかい? 君みたいな美しい令嬢は、数多の求婚者を惹きつけるだろうな。ただ、かれらは僕の大事な幼馴染兼近衛騎士の二人だから、少々心配になってね」
踊りながらじっと薄茶色の目を向けて私を見た。探るような目だ。残念ながら私を弄ぼうと近づいてきたのは、貴方の幼馴染兼近衛騎士の一人です。殿下。
「私は男性を弄んだりしません」
貴方の大事な、マティアスと違ってね。
私の真っすぐな視線を迎え撃つ彼は、興味深そうにして私を見つめ返した。
「……君は、とても不思議だね。あんなに美形で将来有望の騎士達に言い寄られても浮ついたところがない……まるで、興味が全くないみたいだ」
「それだけの理由で……すべての令嬢が意のままに動くと思ったら、大間違いですよ。殿下」
にっこりと微笑み合い、私たちはダンス終わりの礼をした。ラウル殿下はまだ何か言いたげだったけど、私は兄にエスコートされて退出の時間だ。
「第二王子と何を話してたんだ?」
私が馬車に乗り込むなり、ヴァレール兄さんは言った。
向かいに座ると、なんだか近寄ると香水の匂いがきつい。強めにつけていた女性と、ダンスしたのかしら。
「婚約者メイヴィス様のことよ。お二人はとても仲が良いから」
さらっと嘘をついた私に、ヴァレール兄さんは鼻白む。
「なんだ、第二王子妃も悪くないと思ったが」
いきなり爆弾発言をした向かい席に座る兄に、私は向き直って言った。
「何を言ってるの。兄さん。ラウル殿下には、婚約者メイヴィス様がいらっしゃるじゃない」
「お前こそ、何を言っている。婚約していても、まだご成婚はしていない。直前の婚約破棄だって、ありうるだろう。お前がラウル殿下の心を、射止めればな」
「絶対に、ないから」
メイヴィス様から略奪するなんて、有り得ない。不快感を感じて鼻に皺を寄せた私は、ひとつひとつの言葉を区切るように言った。
「どうだろうな」
顔の角度を斜めにして、にやりと微笑むヴァレール兄さんは、妹の私から見ても危険で魅力的だった。
5
お気に入りに追加
695
あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜
白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人の心は結ばれるのか?
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる