やり直し失恋令嬢の色鮮やかな恋模様

待鳥園子

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ダンスの後で

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「ニーナ」

「マティアス……様」

 取引をしている貴族を見つけたヴァレール兄さんと別れた私の前に、正装の近衛騎士服も凛々しいマティアスは現れた。

 急いで来たのか整えられた金髪が乱れている。

「今夜……君が来ていたと聞いて」

「ええ。社交界デビューしたんです」

 私は自分がどう見えるのかが気になって、自分の身なりに目を走らせた。

 前々から準備に準備を重ねた、眩しく上質な絹で出来たデビュタントの白いドレスが目に入るだけ。

「そうか……知っていたら、僕がエスコートしたかったな」

「……それだとお友達ではなくて、婚約者になってしまいますけど」

「そうしたいって、そういう意味なんだけど?」

 私はマティアスの青い目をじっと見つめた。どこか不安そうに揺れて、光にきらめく宝石のようにも見える。

「お仕事は……大丈夫なんですか?」

 彼がここに居る理由は、ジャンポールと同じはずだ。軽口に反応せずに話を変えた私に、ああと深く息をつくとマティアスは後ろを振り返った。

「そう……だから、ジャンポールに任せているが、すぐに戻らなければならない。君とダンスしたかったんだけど、残念だ」

「そうですか……ぜひ、またの機会に」

 こういう時のお決まりの言葉を伝えると、マティアスは長い手袋に包まれた私の手をさりげなく取った。

「ジャンポールとは、先程踊ったと聞いたけど」

「ええ。とても、お上手でした」

 ジャンポール、そんなことまでマティアスに伝えたの。なんだか、牽制のようにも思える……。

「僕とも今度で良いから、踊ってくれると、そう約束してくれないか」

「ええ……もちろん」

 踊るだけなら。いくらでも。今夜だって、沢山の紳士と思ったわ。

「約束だよ」

 二度念を押すと、去っていった。

 マティアスはどうして、あんなにまで、私にこだわるんだろう。

 どうしてだろう。盲目的と言えるほどに、彼へ恋をしていた時は何も気にならなかったのに……とても、不思議だった。

 デビュタントたちと王位継承権を持つ王子のダンスは、夜会のラストダンスだ。

 身分の高いご令嬢から踊り終わったら会場から退出していくので、男爵令嬢の私は身分的に最後の方になる。

 伯爵令嬢が退出していく様子を横目で見ながら、私もそろそろかと所定の待機位置へと移動する。

 二人の王子がダンスの相手しているだけあって、数多いデビュタントたちが居なくなっていく。

 私はこの会場入りした時と同じように、大きな声で名前を呼ばれると、滑るような動きで手が差し出された。

 ラウル殿下だ。

「やあ、ニーナ。久しぶりだ。より美しくなって見違えたよ」 

「ありがとうございます……殿下と踊れるなんて、とても光栄です」

 軽やかにステップを踏みながら、ラウル様は私に意味ありげな笑顔を浮かべた。

「マティアスとジャンポールの二人と、最近親しくしていると聞いたが」

「街に一緒に出掛けた程度ですわ。殿下」

「そうかい? 君みたいな美しい令嬢は、数多の求婚者を惹きつけるだろうな。ただ、かれらは僕の大事な幼馴染兼近衛騎士の二人だから、少々心配になってね」

 踊りながらじっと薄茶色の目を向けて私を見た。探るような目だ。残念ながら私を弄ぼうと近づいてきたのは、貴方の幼馴染兼近衛騎士の一人です。殿下。

「私は男性を弄んだりしません」

 貴方の大事な、マティアスと違ってね。

 私の真っすぐな視線を迎え撃つ彼は、興味深そうにして私を見つめ返した。

「……君は、とても不思議だね。あんなに美形で将来有望の騎士達に言い寄られても浮ついたところがない……まるで、興味が全くないみたいだ」

「それだけの理由で……すべての令嬢が意のままに動くと思ったら、大間違いですよ。殿下」

 にっこりと微笑み合い、私たちはダンス終わりの礼をした。ラウル殿下はまだ何か言いたげだったけど、私は兄にエスコートされて退出の時間だ。

「第二王子と何を話してたんだ?」

 私が馬車に乗り込むなり、ヴァレール兄さんは言った。

 向かいに座ると、なんだか近寄ると香水の匂いがきつい。強めにつけていた女性と、ダンスしたのかしら。

「婚約者メイヴィス様のことよ。お二人はとても仲が良いから」

 さらっと嘘をついた私に、ヴァレール兄さんは鼻白む。

「なんだ、第二王子妃も悪くないと思ったが」

 いきなり爆弾発言をした向かい席に座る兄に、私は向き直って言った。

「何を言ってるの。兄さん。ラウル殿下には、婚約者メイヴィス様がいらっしゃるじゃない」

「お前こそ、何を言っている。婚約していても、まだご成婚はしていない。直前の婚約破棄だって、ありうるだろう。お前がラウル殿下の心を、射止めればな」

「絶対に、ないから」

 メイヴィス様から略奪するなんて、有り得ない。不快感を感じて鼻に皺を寄せた私は、ひとつひとつの言葉を区切るように言った。

「どうだろうな」

 顔の角度を斜めにして、にやりと微笑むヴァレール兄さんは、妹の私から見ても危険で魅力的だった。
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