やり直し失恋令嬢の色鮮やかな恋模様

待鳥園子

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おいしいもの

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「おいしい」

 私は一口食べて、隣に居る人の顔を見た。

 その言葉を聞き、嬉しそうにマティアスは微笑む。

 ここは、海に近く新鮮な海鮮料理が、カウンター席に座った私たちの前に並んでいた。

 美味しい。公爵家の賄いと言えど、ここまで鮮度の高いものはあまり食べられない。

「良かった……ここは、この街に来たら、僕は必ず寄るんだ。君に気に入ってもらえて、良かった」

「はい。すごく美味しいです。ありがとう」

 私は素直に嬉しくて、彼の言葉に微笑んだ。マティアスは目を見張って驚いた風にすると、また顔を綻ばせた。

「君の笑顔は本当に可愛いよ。ずっと見ていたくなる」

 私はまじまじと、彼の顔を見た。

 こういった甘い言葉を言う彼は、やり直す前の急に冷たくなる前までだったから。

 なんだか懐かしくて、嬉しくもあった。

「……君の反応は変わっているな」

 私が思った通りの反応を示さなかったせいか、マティアスはそう言った。

「いえ。ごめんなさい。そんなことを言ったなら、他のご令嬢ならば、赤くなって貴方に夢中になるわね」

 きっと、そうなると思うわ。以前の私みたいに、柑橘系のジュースが入ったグラスを持った。

 すっきりとして、とても美味しい。

「君にも、夢中になって欲しい」

 マティアスは、私をを見つめた。

 透き通る、青い目。不思議と悲し気に見えた。

 そんな訳がない。この人は、恋愛を遊びとして、楽しむような人で。

 まんまと彼に夢中になった私を、あっさり捨てた人で。

「私はならないわ。ごめんなさい」

 すげなく言い、料理に向き直った。

 料理は温かくて、美味しい内に食べに限る。

 恋と同じで冷えてしまったら、全然美味しくないんだもの。


◇◆◇

「メロディ、また会いたい」

 帰りの馬車で対面に座り、慎重にマティアスは口にした。しつこくも取れる言葉に、私は首を傾げた。

 何故、マティアスは、私にそこまでこだわるんだろう。

 誘っても乗って来ない。脈がない女なんて、放っておいて他に行けば良いのに。

「……どうして、私にそこまでこだわるの?」

 私は疑問を、そのままに口にした。マティアスは息を呑んで、私の目をまっすぐに見た。

「理由は、自分でも良くわからない。初めて会った時から、君にすごく惹かれている。自慢ではないけれど、誘いを断られたのもはじめてだ……迷惑かもしれないが、君を諦めたくない」

 マティアスは実際のところ、私と知り合う前は、気楽に関係を楽しむ人だったみたいだ。

 グランデ家は、伯爵家で彼は三男。

 お兄様が二人居て、とても気楽なご身分だ。

 どうしてか私を気に入り、付き合い始めると、それまでが嘘のように遊ぶのをやめてしまったと、彼の同僚が言っていた。

 だから、君にはきっと本気なんだよって言ってくれた。

 ……結局、マティアスは、私にも本気じゃなかったけれど。

「お友達としてなら」

 ラウル殿下の情報収集は、私も続けなければならない。会うことになるのなら、その関係に名前がついていた方が良い。

「……どういう友達?」

「普通のお友達。それ以外に、何か意味があるの?」

 私が問いかけると、マティアスははっとして口に手を置いた。

 どういう反応なのかしら?

「すまない。それで構わないよ。君に会えるなら。手紙も返してくれると嬉しい……ジャンポールに、書いたみたいにね」

 面白くなさそうな顔で、マティアスは呟いた。

 ジャンポールに手紙を書いたことを、何故知っているのかしら? ジャンポールはそんなことを、無意味に吹聴するタイプに見えないし。

「……分かったわ。もう無視しない。手紙も返事するわ、それで良い?」

「君はジャンポールのことを、どう思っている?」

 マティアスは挑むようにして、私に聞いて来た。嘘は許さないと言わんばかりに強い光を秘めた青い目に、私は息をのんだ。

「……真面目そうな人だなって思うわ。無口だけど、とても優しそう」

「まあ、間違ってないかな。でも、君には僕の方が、合うと思うよ」

 私は首を傾げた。気のない様子の私に、必死に言い募るマティアスがなんだか、可愛く思えてきた。

「……その根拠は?」

「僕の方が、君の事を好きだ」

「そんなこと、証明できないわ」

「証明する。これからじっくりね」

 色気のある目つきで、挑戦的に私を見た。

 それを証明されたところで、もう付き合う訳ないんだけど。
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