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夢の中
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魔法使いに会った、森の中のあの小屋に居た。
それは、あまり現実感のないふわふわとした、不思議な感覚だった。
今は恋を忘れさせてくれるというあの魔法使いはいない。
当然か……私は今、忘れたい恋がある訳でもない。中途半端に消したはずの、マティアスとのあの恋を胸に抱えているだけ。
私は魔法使いの居ない小屋の中を歩き物色した。
色とりどりの恋の色。
今までにこれだけの数、私と同じような、失えば胸を掻き毟りたくなるような忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら、訳もなく悲しくなって来る。
恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っているというガラス瓶をじっと見つめた。
……これは青みが強い紫色。きっと、辛い恋だったのかもしれない。
小さな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられていることに気が付いた。
とても流暢な字で、誰かの名前が書かれている。
……これは、きっと……この記憶の持ち主だ。
もしかしたら、あの綺麗なピンクの記憶の持ち主も名前がある?
私は四方を囲むような大きな棚に、視線を走らせた。
あの記憶だけ異様に美しく、とても目立っていた。
……すぐに、見つけられるはずだ。
程なく私は、棚に置かれてある一際美しいあのピンク色の液体が入った瓶を見つけた。
「……メイヴィス・クロムウェル? メイヴィスお嬢様の記憶なの? そんな…」
私は震える手で、小さな白い紙を持ち上げた。
……ということは、この記憶を忘れさせたのはラウル王子? メイヴィス様が恋しているのはあの人で、死にかけているのもあの人だったということになる。
……どうして。
この前お屋敷にいらしてお会いした時には、とても健康そうに見えた。その先、なにかの要因で、瀕死になるなんて……。
背中にぞっとしたものが走って行った。
魔法使いの言葉そのままなら、あの王子様は、私が何もしなければ死んでしまうということ?
……どうして。王族たる彼に予想される死は、いくつかの選択肢しか見つからない。
健康そうに見えるけれど、病気。
もしかして、政敵に狙われて暗殺?
いいえ。突如として起きた戦争での戦死?
わからない。こんなことしか、思い浮かばない自分の想像力が恨めしい。
私は……メイヴィスお嬢様とラウル王子を守るためには、何をどうしたら良いの?
◇◆◇
「……メロディ? メロディ!」
パッと目を開くと、赤毛のセイラが心配そうに私を見下ろしていた。
……顔が何故か、冷たい。夢から目覚めたんだ。はぁっと大きく息をつく。
「なんだか、ひどくうなされていたわ。嫌な夢でも見たの?」
私は眠ったままで、よほどうなされて苦しんでいたのかもしれない。セイラの言いにくそうな問いかけに、横たわったままでゆるく首を振った。
頬に手をやると、冷たい。眠りながら、涙を流して泣いていたみたい。
あの森の小屋でのことは、悪い夢なの? ……それとも酷い現実?
魔法使いは、きっと、いろんな魔法が使える。夢を操ることだってできるだろう。
この方法であの記憶の持ち主を、私に教えようとしたの?
「……メロディ、大丈夫なの?」
何も言わず考え込んだ私を不思議に思ったのか、セイラはまた声を掛けてくれた。
「セイラ……ごめんなさい。大丈夫よ。なんだか、変な夢を見てしまったわ。起きたことが、一瞬わからなくて、呆然としてしまって……」
私の下手な言い訳になんとか納得したのか、セイラは頷きながら良かったと笑った。
世話焼きなセイラは、とても心配性だ。それに本当のことを言ったところで、きっともっと、心配されてしまうだろう。
私が言ったことを、そのまま、鵜呑みして信じてくれたとしても。
「メイヴィス様の、婚約者のラウル様って」
着替えながら、私は鏡を見た。
そこに映る手早く髪を整えているセイラが、癖のある赤髪を複雑な編み込みをして、結い上げている。
「良い方よね……とても礼儀正しいしお優しいし、あのメイヴィス様のベタ惚れ具合がわかるくらいの素敵な美形よね」
私と同じ頻度でしか会わないセイラだって、私以上にラウル王子のことを知っているわけないわ。
「……すごく評判の良い方よね。敵なんて、居なさそう」
お仕着せのフリルのついた白いエプロン背中にあるリボンを後ろ手にくくる。
クロムウェル公爵家のお仕着せは、可愛いんだけど、私は背丈にサイズを合わせると胸の部分が少しきつい。
「あら……貴女、知らないの、メロディ」
鏡から目を離すと、セイラは不思議そうな顔をしていた。今日も凝った髪型が可愛い。
セイラは手先が器用で髪結いもお手の物で、メイヴィスお嬢様からも重宝されている。
「え? 何が?」
着替えの終わった私は、さらりとした黒髪をまとめはじめた。ひっかかりがなくてするんと逃げて、なかなかまとまらない。
セイラのような纏まりやすい、癖のある髪に憧れる。
「有名なのよ。ラウル様と王太子フェルディナンド様のお母様、正妃のアメリア様との不仲は」
それは、あまり現実感のないふわふわとした、不思議な感覚だった。
今は恋を忘れさせてくれるというあの魔法使いはいない。
当然か……私は今、忘れたい恋がある訳でもない。中途半端に消したはずの、マティアスとのあの恋を胸に抱えているだけ。
私は魔法使いの居ない小屋の中を歩き物色した。
色とりどりの恋の色。
今までにこれだけの数、私と同じような、失えば胸を掻き毟りたくなるような忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら、訳もなく悲しくなって来る。
恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っているというガラス瓶をじっと見つめた。
……これは青みが強い紫色。きっと、辛い恋だったのかもしれない。
小さな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられていることに気が付いた。
とても流暢な字で、誰かの名前が書かれている。
……これは、きっと……この記憶の持ち主だ。
もしかしたら、あの綺麗なピンクの記憶の持ち主も名前がある?
私は四方を囲むような大きな棚に、視線を走らせた。
あの記憶だけ異様に美しく、とても目立っていた。
……すぐに、見つけられるはずだ。
程なく私は、棚に置かれてある一際美しいあのピンク色の液体が入った瓶を見つけた。
「……メイヴィス・クロムウェル? メイヴィスお嬢様の記憶なの? そんな…」
私は震える手で、小さな白い紙を持ち上げた。
……ということは、この記憶を忘れさせたのはラウル王子? メイヴィス様が恋しているのはあの人で、死にかけているのもあの人だったということになる。
……どうして。
この前お屋敷にいらしてお会いした時には、とても健康そうに見えた。その先、なにかの要因で、瀕死になるなんて……。
背中にぞっとしたものが走って行った。
魔法使いの言葉そのままなら、あの王子様は、私が何もしなければ死んでしまうということ?
……どうして。王族たる彼に予想される死は、いくつかの選択肢しか見つからない。
健康そうに見えるけれど、病気。
もしかして、政敵に狙われて暗殺?
いいえ。突如として起きた戦争での戦死?
わからない。こんなことしか、思い浮かばない自分の想像力が恨めしい。
私は……メイヴィスお嬢様とラウル王子を守るためには、何をどうしたら良いの?
◇◆◇
「……メロディ? メロディ!」
パッと目を開くと、赤毛のセイラが心配そうに私を見下ろしていた。
……顔が何故か、冷たい。夢から目覚めたんだ。はぁっと大きく息をつく。
「なんだか、ひどくうなされていたわ。嫌な夢でも見たの?」
私は眠ったままで、よほどうなされて苦しんでいたのかもしれない。セイラの言いにくそうな問いかけに、横たわったままでゆるく首を振った。
頬に手をやると、冷たい。眠りながら、涙を流して泣いていたみたい。
あの森の小屋でのことは、悪い夢なの? ……それとも酷い現実?
魔法使いは、きっと、いろんな魔法が使える。夢を操ることだってできるだろう。
この方法であの記憶の持ち主を、私に教えようとしたの?
「……メロディ、大丈夫なの?」
何も言わず考え込んだ私を不思議に思ったのか、セイラはまた声を掛けてくれた。
「セイラ……ごめんなさい。大丈夫よ。なんだか、変な夢を見てしまったわ。起きたことが、一瞬わからなくて、呆然としてしまって……」
私の下手な言い訳になんとか納得したのか、セイラは頷きながら良かったと笑った。
世話焼きなセイラは、とても心配性だ。それに本当のことを言ったところで、きっともっと、心配されてしまうだろう。
私が言ったことを、そのまま、鵜呑みして信じてくれたとしても。
「メイヴィス様の、婚約者のラウル様って」
着替えながら、私は鏡を見た。
そこに映る手早く髪を整えているセイラが、癖のある赤髪を複雑な編み込みをして、結い上げている。
「良い方よね……とても礼儀正しいしお優しいし、あのメイヴィス様のベタ惚れ具合がわかるくらいの素敵な美形よね」
私と同じ頻度でしか会わないセイラだって、私以上にラウル王子のことを知っているわけないわ。
「……すごく評判の良い方よね。敵なんて、居なさそう」
お仕着せのフリルのついた白いエプロン背中にあるリボンを後ろ手にくくる。
クロムウェル公爵家のお仕着せは、可愛いんだけど、私は背丈にサイズを合わせると胸の部分が少しきつい。
「あら……貴女、知らないの、メロディ」
鏡から目を離すと、セイラは不思議そうな顔をしていた。今日も凝った髪型が可愛い。
セイラは手先が器用で髪結いもお手の物で、メイヴィスお嬢様からも重宝されている。
「え? 何が?」
着替えの終わった私は、さらりとした黒髪をまとめはじめた。ひっかかりがなくてするんと逃げて、なかなかまとまらない。
セイラのような纏まりやすい、癖のある髪に憧れる。
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