上 下
8 / 42

夢の中

しおりを挟む
 私は森の中のあの小屋に居た。夢を見ている、ふわふわとした不思議な感覚だった。

 あの、恋を忘れさせてくれる魔法使いはいない。当然か、私は今忘れたい恋をしている訳じゃない。中途半端に消したはずのマティアスとの恋を抱えているだけ。
 私は小屋の中を物色した。色とりどりの恋の色。これだけ忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら訳もなくすごく悲しくなる。

 何気なくその恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っている容器をじっと見つめた。これは青みが強い紫色。きっと辛い恋だったのかな。ふと気が付くとちいさな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられている。流暢な字で誰かの名前が書いている。これは、きっとこの記憶の持ち主のはずだ。

 もしかしたらあの綺麗なピンクの記憶の持ち主も?

 私は目を四方にある大きな棚に走らせた。あれ記憶だけ、とても目立っていた。すぐに見つけられるはずだ。程なくすこし先の棚にある一際美しいピンク色の記憶を見つけた。

「…メイヴィス・クロムウェル? メイヴィスお嬢様! そんな…」

 私は震える手小さな白い紙を持ち上げた。ということはこの記憶を忘れさせたのはラウル王子? 死にかけているのはあの人ということになる。どうして、この前お屋敷にいらしてお会いした時にはとても健康そうに見えた。

 背中にぞっとしたものが走った。魔法使いの言葉そのままならあの王子様は私が何もしなければ死んでしまうということ? どうして。予想される死はいくつかの選択肢しか見つからない。

 健康そうに見えるけれど、病気。或いは政敵に狙われる。
 こんなことしか、思い浮かばない自分の想像力が恨めしい。お嬢様とラウル王子を守るためにはどうしたら良いの?



「……メロディ?」

 パッと目を開くと赤毛のセイラが心配そうに私を見下ろしていた。顔が何故か冷たい。はぁっと息をつく。

「うなされていたわ、嫌な夢でも見たの?」
 セイラの躊躇いがちな問いかけに私は横たわったままゆるく首を振る。顔に手をやると寝ながら泣いていたみたい。あの森の小屋でのことは悪い夢なの? それともひどい現実?

 魔法使いはきっといろんな魔法が使える。私をあの記憶の持ち主を教えようとしたの?

「メロディ、大丈夫?」
「セイラ、ごめんなさい。大丈夫よ。なんだか変な夢だったの。起きたことが一瞬わからなくて呆然としちゃって」

 私のつたない言い訳になんとか納得したのか、セイラは頷きながら笑った。世話焼きなセイラは心配性だ。それに本当のことを言っても、きっともっと心配されるだろう。

 私の言ったことをそのまま鵜呑みに信じてくれたとしても。

「メイヴィス様の、婚約者のラウル様って」
 着替えながら私は鏡を見ながら手早く髪を整えているセイラの様子を伺った。複雑な編み込みをして結い上げている。

「良い方よね。とても礼儀正しいしお優しいし、あのメイヴィス様のベタ惚れ具合がわかるくらい美形よね」
 その言葉を聞きながら私は何を聞きたいんだろう、とハッとした。セイラだって私以上にラウル王子のことを知っているわけないのに。

「……すごく評判の良い方よね。敵なんて居なさそう」
 後ろ手にお仕着せのフリルのついた白いエプロンの後ろのリボンをくくる。このお仕着せ可愛いんだけど、背丈に合わせると胸の部分がすこしきついんだよね。

「あら、知らないの、メロディ」
 鏡から目を離すとセイラは不思議そうな顔をした。今日も凝った髪型が可愛い。セイラは手先が器用で髪結いもお手の物で重宝されている。

「ん、何が?」
 私はさらりとした黒髪をまとめはじめた。ひっかかりがなくてするんと逃げてなかなかまとまらない。私もセイラみたいな巻毛に生まれれば良かった。

「有名じゃない。第1王子フェルディナンド様のお母様、正妃のアメリア様との不仲は」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...