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夢の中
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私は森の中のあの小屋に居た。夢を見ている、ふわふわとした不思議な感覚だった。
あの、恋を忘れさせてくれる魔法使いはいない。当然か、私は今忘れたい恋をしている訳じゃない。中途半端に消したはずのマティアスとの恋を抱えているだけ。
私は小屋の中を物色した。色とりどりの恋の色。これだけ忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら訳もなくすごく悲しくなる。
何気なくその恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っている容器をじっと見つめた。これは青みが強い紫色。きっと辛い恋だったのかな。ふと気が付くとちいさな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられている。流暢な字で誰かの名前が書いている。これは、きっとこの記憶の持ち主のはずだ。
もしかしたらあの綺麗なピンクの記憶の持ち主も?
私は目を四方にある大きな棚に走らせた。あれ記憶だけ、とても目立っていた。すぐに見つけられるはずだ。程なくすこし先の棚にある一際美しいピンク色の記憶を見つけた。
「…メイヴィス・クロムウェル? メイヴィスお嬢様! そんな…」
私は震える手小さな白い紙を持ち上げた。ということはこの記憶を忘れさせたのはラウル王子? 死にかけているのはあの人ということになる。どうして、この前お屋敷にいらしてお会いした時にはとても健康そうに見えた。
背中にぞっとしたものが走った。魔法使いの言葉そのままならあの王子様は私が何もしなければ死んでしまうということ? どうして。予想される死はいくつかの選択肢しか見つからない。
健康そうに見えるけれど、病気。或いは政敵に狙われる。
こんなことしか、思い浮かばない自分の想像力が恨めしい。お嬢様とラウル王子を守るためにはどうしたら良いの?
「……メロディ?」
パッと目を開くと赤毛のセイラが心配そうに私を見下ろしていた。顔が何故か冷たい。はぁっと息をつく。
「うなされていたわ、嫌な夢でも見たの?」
セイラの躊躇いがちな問いかけに私は横たわったままゆるく首を振る。顔に手をやると寝ながら泣いていたみたい。あの森の小屋でのことは悪い夢なの? それともひどい現実?
魔法使いはきっといろんな魔法が使える。私をあの記憶の持ち主を教えようとしたの?
「メロディ、大丈夫?」
「セイラ、ごめんなさい。大丈夫よ。なんだか変な夢だったの。起きたことが一瞬わからなくて呆然としちゃって」
私のつたない言い訳になんとか納得したのか、セイラは頷きながら笑った。世話焼きなセイラは心配性だ。それに本当のことを言っても、きっともっと心配されるだろう。
私の言ったことをそのまま鵜呑みに信じてくれたとしても。
「メイヴィス様の、婚約者のラウル様って」
着替えながら私は鏡を見ながら手早く髪を整えているセイラの様子を伺った。複雑な編み込みをして結い上げている。
「良い方よね。とても礼儀正しいしお優しいし、あのメイヴィス様のベタ惚れ具合がわかるくらい美形よね」
その言葉を聞きながら私は何を聞きたいんだろう、とハッとした。セイラだって私以上にラウル王子のことを知っているわけないのに。
「……すごく評判の良い方よね。敵なんて居なさそう」
後ろ手にお仕着せのフリルのついた白いエプロンの後ろのリボンをくくる。このお仕着せ可愛いんだけど、背丈に合わせると胸の部分がすこしきついんだよね。
「あら、知らないの、メロディ」
鏡から目を離すとセイラは不思議そうな顔をした。今日も凝った髪型が可愛い。セイラは手先が器用で髪結いもお手の物で重宝されている。
「ん、何が?」
私はさらりとした黒髪をまとめはじめた。ひっかかりがなくてするんと逃げてなかなかまとまらない。私もセイラみたいな巻毛に生まれれば良かった。
「有名じゃない。第1王子フェルディナンド様のお母様、正妃のアメリア様との不仲は」
あの、恋を忘れさせてくれる魔法使いはいない。当然か、私は今忘れたい恋をしている訳じゃない。中途半端に消したはずのマティアスとの恋を抱えているだけ。
私は小屋の中を物色した。色とりどりの恋の色。これだけ忘れたい恋をした人がいるんだと思ったら訳もなくすごく悲しくなる。
何気なくその恋の記憶が封じられているはずの不思議な液体が入っている容器をじっと見つめた。これは青みが強い紫色。きっと辛い恋だったのかな。ふと気が付くとちいさな白い紙が先の窄まった部分に紐に括り付けられている。流暢な字で誰かの名前が書いている。これは、きっとこの記憶の持ち主のはずだ。
もしかしたらあの綺麗なピンクの記憶の持ち主も?
私は目を四方にある大きな棚に走らせた。あれ記憶だけ、とても目立っていた。すぐに見つけられるはずだ。程なくすこし先の棚にある一際美しいピンク色の記憶を見つけた。
「…メイヴィス・クロムウェル? メイヴィスお嬢様! そんな…」
私は震える手小さな白い紙を持ち上げた。ということはこの記憶を忘れさせたのはラウル王子? 死にかけているのはあの人ということになる。どうして、この前お屋敷にいらしてお会いした時にはとても健康そうに見えた。
背中にぞっとしたものが走った。魔法使いの言葉そのままならあの王子様は私が何もしなければ死んでしまうということ? どうして。予想される死はいくつかの選択肢しか見つからない。
健康そうに見えるけれど、病気。或いは政敵に狙われる。
こんなことしか、思い浮かばない自分の想像力が恨めしい。お嬢様とラウル王子を守るためにはどうしたら良いの?
「……メロディ?」
パッと目を開くと赤毛のセイラが心配そうに私を見下ろしていた。顔が何故か冷たい。はぁっと息をつく。
「うなされていたわ、嫌な夢でも見たの?」
セイラの躊躇いがちな問いかけに私は横たわったままゆるく首を振る。顔に手をやると寝ながら泣いていたみたい。あの森の小屋でのことは悪い夢なの? それともひどい現実?
魔法使いはきっといろんな魔法が使える。私をあの記憶の持ち主を教えようとしたの?
「メロディ、大丈夫?」
「セイラ、ごめんなさい。大丈夫よ。なんだか変な夢だったの。起きたことが一瞬わからなくて呆然としちゃって」
私のつたない言い訳になんとか納得したのか、セイラは頷きながら笑った。世話焼きなセイラは心配性だ。それに本当のことを言っても、きっともっと心配されるだろう。
私の言ったことをそのまま鵜呑みに信じてくれたとしても。
「メイヴィス様の、婚約者のラウル様って」
着替えながら私は鏡を見ながら手早く髪を整えているセイラの様子を伺った。複雑な編み込みをして結い上げている。
「良い方よね。とても礼儀正しいしお優しいし、あのメイヴィス様のベタ惚れ具合がわかるくらい美形よね」
その言葉を聞きながら私は何を聞きたいんだろう、とハッとした。セイラだって私以上にラウル王子のことを知っているわけないのに。
「……すごく評判の良い方よね。敵なんて居なさそう」
後ろ手にお仕着せのフリルのついた白いエプロンの後ろのリボンをくくる。このお仕着せ可愛いんだけど、背丈に合わせると胸の部分がすこしきついんだよね。
「あら、知らないの、メロディ」
鏡から目を離すとセイラは不思議そうな顔をした。今日も凝った髪型が可愛い。セイラは手先が器用で髪結いもお手の物で重宝されている。
「ん、何が?」
私はさらりとした黒髪をまとめはじめた。ひっかかりがなくてするんと逃げてなかなかまとまらない。私もセイラみたいな巻毛に生まれれば良かった。
「有名じゃない。第1王子フェルディナンド様のお母様、正妃のアメリア様との不仲は」
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